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ガチャガチャ…
これは手錠の音である。私は七年経った今もあの冷たい音が忘れ
られない。音だけではない。銀色に鈍く光る手錠の輝きが今も私
の目に突き刺ささったままだ。
人生の中で忘れようとしても忘れられない場面がある。
法廷の空気を知っているだろうか。
法廷の空気は厳粛な教会や寺院とも違う。息苦しくなるような張
り詰めた重たい空気だ。人生を賭けた生きるか死ぬかの戦場。そ
れが法廷だ。開廷直前になると法廷内はざわめきが消え、心臓の
鼓動だけが聞こえてくる。映画やドラマとは比較にならないほど
の緊張感と重圧が襲いかかる。証言台に立つと大の大人でさえ緊
張のあまり声がうわずったり手が震えたりする。
満員の傍聴席に手錠をかけられて初公判に臨んだ三人の胸中はど
うだったのだろうか。父と同様に無罪になった小柳さん(一審有
罪とされたが福岡高裁で検察の不当な捜査を立証して逆転無罪を
勝ち取った。逮捕・起訴された三人のうち二人が無罪になる異例
の裁判だった、小柳さん冤罪被害者だ)にも、その時の感想を聞
いたが、緊張と興奮のあまり傍聴席は目に入らなかったと語った。
初公判で法廷に鳴り響いた手錠の音や光。
その場面が今も私の脳裏に突き刺さっている。
裁判員制度が来年から始まろうとしているが、まず最初に法廷の
空気に慣れることが必要だ。
法廷は怒りと憎しみが渦巻く真剣勝負の闘いの場だった。
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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
(不知火書房より発売中)
第五章 仕事も信用もなくした 手錠(著書本文より)
今から裁判が始まる……、そう思うと緊張が走って、私は椅子に
もう一度座りなおした。
最初に裁判所の職員から三分間の静止画像のテレビ撮影がある事
が告げられ。カメラが回り始めると、法廷内の誰もが身動きしな
くなって不気味だった。
右の弁護側の席に座る日野弁護士は静かに目を閉じていた。隣の
山口弁護士は口を真一文字に結び、天井をじっと見つめていた。
「一分経過」
職員の時間を告げる声が法廷に響き渡った。
左の検察側の席には背広姿の検事達が背筋を伸ばして座っていた。
父から取調べをした検事の風貌を聞いていたので、私にはすぐに
父を取り調べた検事が誰であるかが分かった。三十代半ばでサン
グラス風の黒ぶちメガネをかけていて肩まで無造作に伸びた髪に
モミアゲ……間違いない、あいつだ。目の前にいるあの男が父を
取り調べた検事だ。私の視線は彼にクギ付けになった。
「撮影終了」
テレビカメラが次々に法廷から退出し、それが確認されると正面
左奥のドアが開いた。
法廷内の視線がドアに集中した。
最初に紺色の背広姿の元金融部長が入廷してきたが、彼の姿を見
た瞬間、誰もが息をのんだ。両手には銀色に輝く手錠がかけられ
ていたのだ。元金融部長は制服姿の刑務官と並んで歩いてきた。
次に父が法廷に姿を現した。逮捕されてから人前に姿を見せたの
は一ヶ月半ぶりだった。
ガチャガチャ……。
手錠の音を鳴り響かせながら、父は逮捕され
た時のままの濃紺の背広を着て入廷してきた。腰には腰縄がまか
れて、その縄の端を刑務官が握って父と並んで歩いてきた。
父の両手にかけられた銀色の手錠は不気味に輝き、その光はまる
で鋭い閃光のように私の目に突き刺さった。
精一杯に背筋を伸ばし、手錠で繋がれた両手を胸の前に突き出し
ながら、拳を握りしめて歩く父。座ったままの拘留生活で足を痛
めたのか、足を引きずりながらも胸を張って歩こうとする父の姿
は余計に痛々しかった。接見の時は気づかなかったが、父はぶか
ぶかになったズボンがずり落ちないようにフックをグイッと横に
引っ張ってベルト通しにかけていた。
わずか数メートルの目の前を手錠と腰縄につながれた父が歩いて
いる。静まり返った法廷に手錠の音だけが冷たく響いている。
変わり果てた父の姿を目の当たりにして、誰もが言葉を失った。
わずか一ヶ月ほど前までは佐賀県農政界にその存在感を示してい
た父が、今は大勢の人たちの目の前でさらし者になっていた。
私は父のそんな姿を見るのは辛くて目をそむけたかったが、体中
にこみあげてくる悔しさを抑えながら父を見ていた。
父が裁判長に一礼して被告席に座ると、刑務官が手錠のカギを
はずして腰縄を解いた。
最後に元共済部長の小柳氏が入廷してきた。小柳氏は父と同じよ
うに手錠の音を鳴り響かせながら、父と元金融部長が並んで座る
長椅子に少し離れて座った。
裁判長が開廷を告げた。
「被告人、全員前へ」
裁判長の声が法廷に響いた。
三人は互いに目を合わせないまま前に進み出ると、裁判官席に向
かって横一列に並んだ。直立不動の姿勢で並ぶ三人の後ろ姿は切
なくて悲しかった。
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※この本のあらすじは「プロフィール」に記しております。
【この事件の特集番組を動画で見る場合はこちら↓】
■テレビ朝日「ザ・スクープ」 http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/
動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分
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音
これは文字にすることができる最大の表現かも
しれませんね。
2008/7/18(金) 午前 8:58
本、読みました。今まで知らなかった、閉ざされた世界。その権力に凝り固まった世界に果敢に飛び込んで行けたのは、家族愛なのでしょう。色々と考えさせられました。文章構成も映画を観るように、立体的でした。でも、この本はこれで終わりでは有りませんよね。読者にも、起こりうる事。果たしてその時、これだけの事が出来るのでしょうか。冤罪・・・もっともっと有ると思いました。☆NOKKO☆
2008/7/18(金) 午前 11:10 [ mir*rin*55 ]
ruriさんありがとうございます。
法廷という空間は普段めったに経験することが
ない空間ですから、言葉で表現しようとすると
かなり難しくて、ここの場面はかなり苦労しました。
少しでも法廷の空気を伝えることができたなら
嬉しいです。ありがとうございます。
2008/7/18(金) 午後 0:37
NOKKOさん、本をお読みいただき
ありがとうございます。
本の中では、私達が生きていく上で起こりうる
さまざまな人生の試練について語っています。
たまたま私が経験した裁判という事例をもとに
描いていますが、人生の中で誰もが直面する「決断」
「怒り」「挫折」「涙」「孤独」などにどう対処
したのかを、ひとつの教訓として読んで頂いても
かまいません。でも私が取った行動が正解だったか
どうか今も分かりません。他にもいい方法があった
かも知れません。
しかし、本を読んでいただき何かを考えるきっかけに
なっていただいたのなら嬉しいです。
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
2008/7/18(金) 午後 0:50
冤罪があまりにも簡単につくられている日本、権力を乱用するものたちが溢れ、悪が善を片隅に追いやっている、この国の現状。
このような悪意が罰せられないなんて、許せませんよね。冤罪を導いたものには、相応の罰則を与えなければ、いとも簡単に、善良な民を刑に陥れてしまう、そういう事実をよく見聞します。誰にでも起こりうる、由々しき現状、わたしたちは馬鹿な裁判官、馬鹿な警察、馬鹿な権力者、馬鹿なますゴミのもとにあることを、事件報道を見る場合、頭の片隅に置いて見る必要があります。
2008/7/18(金) 午後 3:03 [ aru*o26 ]
aru*o26さん、コメントありがとうございます。
私も今回ブログを開設してみて、罪のない人たちが数多く苦しんでおられる現状を知りました。父の事件が特別ではなく、今までは冤罪の実態についての詳しい情報を得る機会が少なくて「まさか自分は」と
思われる方が多かったのではないでしょうか。
冤罪は他人事ではありません。交通事故でも冤罪は発生します。事件・事故が多発する現在、いつ自分が巻き込まれるのか分からないのです。事件や事故がなくならない限り、冤罪は発生しつづけていくのです。
2008/7/18(金) 午後 6:14
おはようございます。ご訪問、コメントいただきありがとうございました。
法廷の空気はすごく息苦しいですね。授業の一環で傍聴に行っただけなのに呼吸をするのも遠慮したくなる雰囲気でした。
冤罪は他人事ではないというのは、目をそむけたいけれど厳然たる事実ですね。
これから裁判員制度が始まりますけど、多くの人は裁判や司法制度に関心がないようなので不安です。
マスコミの影響力が強い以上、事件報道のイメージだけで判断しそうでとても怖い気がします。
御著書、期末レポートと試験が片付いたら、読みますね。
2008/7/19(土) 午前 5:36 [ - ]
ヨネさん、コメントありがとうございます。事件や事故、裁判の裏側で何が起きているのか、これからもあなたの確かな視点で真実を見て下さいね。真実を知ることで何かが変わっていくと信じています。
2008/7/19(土) 午前 6:36
レポートの応援ありがとうございます。がんばります。。。きっと。
マスコミの一方的な見方だけで判断すると誤ってしまうけれど、当事者でもない限り、なにが起きているのか知るのは難しいです。
それでも知ろうとする姿勢は忘れてはいけませんよね。
と、偉そうなことを書いていますが、普段はマスコミに踊らされてます。(苦笑)
2008/7/19(土) 午前 7:46 [ - ]
はじめまして、サクラノです
自分の父親が手錠はめられてる姿なんて、想像しただけで涙がたまってしまいます
それは無罪となった今も忘れることができませんね・・・
2008/7/20(日) 午前 11:25
サクラノさん、やはり目の前で父が手錠の音を響かせながら、法廷に姿を現したときは衝撃でした。罪を犯しているのなら仕方ありませんが、私は父の無実を信じていましたので悔しさと怒り…。必ず父の無実を証明してやると心に火がつきましたね。
2008/7/20(日) 午後 1:14
私達が生きていく上で起こりうるさまざまな人生の試練〜
人はその試練を乗り越えながら一生を終えるのですね。正しいと思う道を歩むことの難しさを思います。
2008/7/29(火) 午前 0:49
kyoko3723さん、読んでいただきありがとうございます。
こうして一人でも多くの人が真実を知ることによって
考えて頂くきっかけになれば幸いです。
2008/7/29(火) 午後 1:11
おはようございます。
高校野球、オリンピックともにたけなわです。
俺は、騒がしい世間の騒音をシャットアウトして静かにこのダイジェスト版を読んでいます。
貴方の心の起伏を通して当時を想像しています。
どうしょうもない雰囲気は映画の映像には表現できません〜目に見えない圧迫感は裁かれる側の身内にしかわからないかもしれませんね。
この小説を通して学ぶべき点が数多くあります。俺は、学ぶ姿勢を取ります。
《ガチャ》と言う手錠の音、胸が痛いです。
有難うございます。
温暖化の夏、体調を崩されないように・・・。
傑作させてください。
2008/8/13(水) 午前 10:15
龍さん、ありがとうごいざいます。「卒業写真」拝見しました。
コメント残してきましたのでご覧下さい。
私のほうへの感想、ありがとうございます。
何かを感じていただく…嬉しいですよ。
ありがとうございます。
2008/8/13(水) 午前 10:37
ここまで読みましたが、やっぱり本で読みたいと思います。
本屋さんに行きます。
2008/9/15(月) 午後 11:00
Kayomiさん、こんばんは。ありがとうございます。
とても光栄です。よろしくお願いします。
2008/9/15(月) 午後 11:35