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刑事裁判は人生を賭けた生きるか死ぬかの闘いです…。
大げさな言い方に思われる方もおられるかも知れませんが本当
です。刑事裁判には「引き分け」などありません。有罪か無罪
かだけです。この判決結果がその後の人生に大きく影響してい
くのです。
当時の私は、父の無罪を証明して晴れて無罪が確定すれば、何
もかもが以前のような元の生活に戻れると信じていました。失
った信用や人間関係、仕事だって元に戻り、笑顔に包まれた楽
しい生活に戻れると信じていました。
被告人とされた父が、証言台に立って自分の主張したい内容を
裁判長に直接訴えることができるチャンスは何度もありません。
緊張してうまく話せなかったので、もう一度やり直させて下さ
い…裁判長に申し入れても原則としては無理なのです。
同じ内容の主張を何度も話すチャンスはないのです。
「取調べを担当した検事が『ぶち殺すぞ!』と何度も脅迫して
嘘の自白調書を作りました。私が自白したとされる自白調に書
かれた内容は嘘です。検事が勝手に作った作文です」
……このことを裁判長に訴えるチャンスが巡ってくるまでに一
年三ヶ月も待たなければならなかったのです。裁判はそれまで
検察主導で検察有利な闘いが続いていました。なにしろ逮捕後
の取調べで被告本人である父が罪を認めたとされる「自白調書」
が決定的な証拠として認定されていたのですから。
検察の嘘を崩す……最初で最後のチャンスが巡ってきたのです。
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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
(不知火書房より全国の主要書店にて発売中)
第七章 真夜中のアルバイト 混乱する記憶(著書より)
五月から、新しく引き受けた講師の仕事が始まった。私は二週
間に一度、商店主達の前で商店街の活性化策についてのノウハ
ウを語った。夜遅くまで考えをぶつけあっていると、少しずつ
以前の自分に戻っていくような気がした。
梅雨に入った。父はますます家の中にこもりがちになり、ふさ
ぎこんだまま一日を過ごすようになっていた。
そんな中で朗報が飛び込んできた。七月の次回公判で被告人の
父が証言台に立つことになった。取調べの模様を自ら法廷で証
言する機会がめぐってきたのである。ここにたどり着くまでに
既に一年三ヶ月の時間が経過していた。
早速、日野弁護士の事務所で次回裁判の打ち合わせが行われた。
日野先生は目を細めながら嬉しそうに父に言葉をかけた。
「副島さん、やっとチャンスがめぐってきたね。あなたが今ま
で言いたかった取調べの様子を、やっと裁判長に話せるよ」
「はい。本当に……やっとですよ」
「でも、自分で話せますか? こういう機会は今回が最初で最
後だと思いますよ。裁判長だって、取調べの様子について証言
する機会を何度もは与えてくれませんからね。話せる機会は多
分、今回の一回だけだと思いますよ。本当に大丈夫ですか?」
日野先生は不安そうに父の顔を覗き込んだ。
「はい、分っております。ちゃんと裁判長さんにありのままを
全部伝えます」
父は胸を張って答えたが、私も弁護士の先生達も父が精神的に
相当まいって落ち込んでいることを知っていた。せっかく巡っ
てきたチャンスだったが、父が法廷で緊張したり頭が混乱した
りして話せなくなるのではと心配していたのだった。父の体調
や精神状態はそれほどひどかった。
チャンスは一回しかない。最初で最後のチャンスだった。
「代わりに私が裁判長に話しましょうか? 副島さんが話そう
が、私が話そうが内容は同じことだしね」
日野先生は心配して、そう父に申し出た。
「いえっ、先生、これだけはぜひ私に話させて下さい。これを
自分の口で話さんと、私は死んでも死にきれません。先生、お
願いします」
父は日野先生に頭を下げた。これだけは誰にも譲れないという
父の気迫が伝わった。日野先生と山口先生は顔を見合わせなが
ら「う〜ん」と唸った。
「先生、ぜひ父に自分の口で話させてやってください。あの取
調べの恐ろしさや悔しさは、父本人にしか話せないと思います。
だから父に話させてやって下さい。お願いします」
これだけは父に話させなければ父は後悔する。直感的に私はそ
う感じた。
「先生、私たち家族も、父がちゃんと話せるように応援します。
だから父に話させてください。お願いします」
私はもう一度頭を下げてお願いした。
「先生、私からもお願いします。主人に話させてください。主
人の味わった悔しさを思うと、どうしても主人に話させてやり
たかですよ」
母も私と一緒に頭を下げてお願いした。
無実である事や取調べの恐怖を誰にも信じてもらえず、父がど
れだけ苦しんできたかは母が一番知っている。この苦しみは父
だけの苦しみでなく、私たち家族の苦しみでもあった。母や私
は、家族全員の想いを父に託したかった。
日野先生は根負けしたのか、「仕方ないですねぇ」とうなずい
た。
しかし、証言内容を打ち合わせる段階で、先生達の不安はすぐ
に現実のものとなった。
父は先生達の質問に答えて取調べの模様を語るうちに興奮状態
に陥ってパニックを引き起こしたのだ。話そうとすればするほ
ど興奮して、記憶が混乱してゆく。
目に涙をためながら、「あのI検事は何度も何度もこんなふう
に、こんちくしょう、ぶち殺すぞー! ……」と同じ事ばかり
繰り返す。何度やっても同じだった。
取調べで受けた恐怖で、父の記憶は混乱したままの状態になっ
ていた。父の記憶は内容が断片的で、すぐに話が飛んでしまっ
た。無理して思い出させようとすると、「頭が痛い、痛い」と
苦しみだした。無理矢理に記憶を呼び戻そうとすると、自分が
受けた恐怖を忘れたいとする気持ちが拮抗して体が拒絶反応を
起こしてしまうようだった。それほど父の心の傷は深かった。
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※この本のあらすじは「プロフィール」に記しております。
【この事件の特集番組を動画で見る場合はこちら↓】
■テレビ朝日「ザ・スクープ」 http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/
動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分
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「検事が『ぶち殺すぞ!』と何度も脅迫して嘘の自白調書を作りました」、刑事ではなく、検事がですか。なんとも「恐ろしい国・日本」ですねぇ。
2008/7/27(日) 午前 11:41
そうなんです。正義の味方HEROである検事がです。
だから最初は誰も父の無実を信じてくれなかったし、
検事がそんなことをするハズがないと。なぜそこまで
しなければならなかったかは、検察に理由があります。
連載シリーズをさかのぼって読んでいただければ、
理由がお分かりになると思います。
過失は誰にでも起こりえると思います。問題なのはその
発覚を恐れて隠したことです。隠すために無実の人間を
犯人にでっちあげようとしたことです。
今までこの事実を公表する機会がなかったので本を書きました。
世の中には私達みたいに無実の罪を着せられて泣いている人が
たくさんいます。そのことを知っていただきたいと思います。
福岡県弁護士会の書評 http://www.fben.jp/bookcolumn/
2008/7/27(日) 午後 0:52
こんにちは。今日、著書を買って電車の中で走り読みしていましたが、何度も涙ぐみそうになりました。副島さんの文章は本当に説得力があり、私は今はなき反骨のノンフィクション作家、松下竜一氏を思い浮かべてしまいます。そういえば、松下氏も作家活動を妨害するような家宅捜索を受け憤慨されていたことがありました。今後も微力ながら、応援させていただきます。
2008/7/27(日) 午後 4:54
ありがとうございます。反骨のノンフィクション作家など
身に余る光栄ですが、自分の経験したことを題材にして本を
書いただけです。ただ、たしかにこの本には怒りや悔しさ、
悲しみや勇気を込めて一生懸命描かせて頂きました。
何度も何度もくじけそうになりながらも勇気を出せ、負けるなと
自分に言い聞かせながら闘っていた当時の記憶。それを描いた
のです。
著書をご購入して頂きありがとうございます。本の内容と同じでは
申しわけないし、途中から校正前の原稿に変えてご紹介しようかとも
考えています。四回ほど書き直しました。三回目は原稿用紙八百枚
ほどになり、最終的には削りましたので、削る前の原稿。著書には
描かれていない場面もかなりあります。
応援ありがとうございます。
2008/7/27(日) 午後 5:53
PTSDになってしまってたんでしょうね....
自分で話したいのに話せないもどかしさ...
お父さんさぞ辛かったことと思います。
2009/4/13(月) 午後 0:06