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※今日から公開する文は出版される原稿の校正前の未公開部分
を含むノーカット版からの抜粋です。原稿枚数が多くすぎて
(約八百枚)、最終校正段階で削りました。したがって著書に
描かれていない部分もあります。校正前原稿なので誤字や脱字
もありますがそのまま公開します。
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【解説】
埋め尽くされた傍聴席。
全員が見守る中で証言台に立つ心境はどのようなものでしょう。
父は答えました。「背中に視線を感じたか?そんな余裕はなか。
傍聴席の人たちの顔など見る余裕などないし、裁判長の顔だけ
を一生懸命見ていた。私の言うことをどうか信じてくださいと
祈るような気持ちで精一杯やったばい」
この日、父はこの日人生を賭けるような決死の思いで証言台に
立ちました。傍聴席から見守る私も手を合わせて祈るような気
持ちで、父の背中を見つめていました。
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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
(不知火書房より全国の主要書店にて発売中)
第八章 証言台の父 埋まった傍聴席(未公開原稿より)
「そろそろ行きましょうか」
開廷十分前になり、日野先生が立ち上がると全員で控え室を出
た。いつもの三階の大法廷まで薄暗い階段を上っていく。人気
のない階段には、ひんやりとした空気が漂い、六人の足音だけ
が冷たく響いた。何度この階段を上ってきたのだろうか。父は
手すりにつかまりながら一歩一歩ゆっくりと上がっていった。
私は父に近づきそっと声をかけた。
「お父さん、昨日は眠れたね?」
「ああ・・・何とか。薬を飲んで寝たばい」
「俺も準備はすべて終わったから何も心配せんでよかよ。今ま
で言いたかったことを勇気を出して全部話しんしゃい」
「うん、分っとる。頑張るからな」
父は手すりにつかまりながら階段を上っていった。
階段を上がると、いつもの大法廷のドアの前に出た。
「?・・・」
いつもと様子が違った。
普段は誰も居ないひんやりとした空気が漂っているが、人の気
配を感じた。大法廷のドアをゆっくり開くと、我々は目を疑っ
た。
傍聴席が大勢の人達で埋まり、記者席も全部埋まっていた。
「へえぇ〜今日はどうしたんだろう?こんなに大勢の人が傍聴
に来たのは初公判以来じゃないですか。世間も今日の裁判には
注目しているのでしょうね」
日野先生は何も知らずにいつもと違う光景に驚いていた。
傍聴席を見渡すと、親戚の叔母や叔父などのほかにも義母やそ
の友人達までもが来てくれていた。今まで連絡が途絶えていた
高校時代の友人の顔も見えた。中には私も知らない人達も多く
いた。妻や義母が一人でも多くの人に父の訴えを聞いてもらお
うと、いろんな人達に声をかけて集めてくれた事がすぐに分か
った。私が予想して以上に法廷は埋まり、ほぼ満席になってい
た。記者席も初公判の時のように地元のマスコミが勢揃いして
いた。
父は驚いて私を振り返った。
「お父さん、言ったとおりやろう。これだけ多くの人達がお父
さんの話を聞いてくれるとやから勇気を出して話しんしゃい。
頑張って!」
私が父の肩をポンと叩いてやると、父は小さくうなずくと被告
席のほうへと向った。
私は記者席の真後ろに座った。
記者達の雑談が聞こえてきた。
「へえぇ、久しぶりに来たら、こんなに大勢の人が来ているの
で驚いちゃったよ」
「そうそう、ビックリしたよ。いったい裁判はどうなっている
の。知ってる?」
「さあ?・・・最近は傍聴していないので裁判がどうなってい
るのかサッパリ分らん」
今までの裁判はガランとした法廷だったので誰もどんな闘いが
繰り広げられていたかなど知る由もなかった。
記者席の中に昨夜の記者を見つけた。記者も私に気づいた。私
は約束どおり傍聴に来てくれた記者に「ありがとうごいざいま
す」と黙礼した。
三人の裁判官が法廷に入廷すると、法廷内のざわめきは一瞬に
して消えた。
初公判から数えて、二十九回目の裁判が始まった。
「では裁判を始めます」
開廷が告げられると、裁判は前回の続きから始まった。
六年前、今回の融資が理事会で協議した結果、理事全員の一致
で賛成した経緯について、弁護側と検察側双方から、証言台に
立つ父へ尋問が続いた。一時間ほどかけて検察側からの尋問が
すべて終了した。
いよいよ取調べの状況についての尋問が開始された。
日野先生が、ゆっくりと立ち上がった。
全員の注目がH先生に集まった。
首を少し傾け資料を片手に持ちながら一寸考えるような仕草。
これが日野先生の闘いの前のいつものスタイルだった。
唇を真一文字にむすび、険しい表情だったが全身に気迫がみな
ぎっていた。
今から始まる大一番の興奮を鎮めるかのように目を閉じた。
意を決して顔を上げると、尋問を開始した。
普段は静かな口調で尋問を開始する先生だが、この日は最初か
ら気迫がこもった力強い声だった。
「副島さん、あなたは、平成十三年三月三日に逮捕されて以降、
検察官の取調べを少年刑務所で受けましたね?」
水を打ったような静かな法廷に、日野先生の声が力強く響き渡っ
た。
「はい」
証言台に一人立つ父は、背筋を伸ばし正面の裁判官を向いたま
ま、はっきりとした口調で答えた。
法廷内が、張りつめたような緊張感に包まれた。記者達も今か
らどんな証言が飛び出すのかと身を乗り出した。
「あなたの取調べ担当は前任のI検事でしたね?」
「はい」
「これは最初から最後までI検事でしたか?」
「はい」
「取調べを受けるに当たっては、正直に述べて、検察官に自分
が無実であることをハッキリと話したという気持ちじゃなかっ
たんですか?」
「はい、当然私は無実であることを強く主張しました」
「あなたは検察官から相当数の供述調書を取られていますが、
検察官はあなたの話したとおりに調書を作成してくれましたか
?」
「いいえ。ほとんど私の言ったとおりには、していただけませ
んでしたと思っております」
「あなたの話したとおりの調書になっていない調書がたくさん
あるということですか?」
「はい、そういうことです」
「どれくらいありますか?」
「大体八割程度は、検察官の作文であろうかと思っております」
三人の裁判官達も身を乗り出した。
検事のほうを見ると、先ほどから目を伏せたまま、じっと下を
向いている。
「調書に自分の言い分と違う内容がたくさん書いてあるという
事ですか?」
「はい、そういうことです」
父の声から察すると、精神状態も落ち着いているようで私は安
心した。
「あなたと検察官とが論争になった部分というのは、記憶があ
る部分で、どういうところがありますか?」
「私が先送りしたとか、身の保全をはかったとか、私が理事会
を騙したとか。まだ他にも一杯あります」
「部下から事前に融資の申し込みについて報告を受け、担保が
厳しいと報告を受けていたとかでも論争になりませんでしたか
?」
「はい、お前はそういうことを事前に聞いていたはずだ、いや
聞いていないとかで論争になりました」
「あなたは部下に何とかならんねと言ったとか、言わないとか
でも論争になったんじゃないですか?」
「はい、ありました・・・ちょっとすみません。裁判長殿、そ
の時の様子をここで再現してよろしいでしょうか?」
突然、父は裁判長にその時の場面を再現させてほしいと申し出
た。
裁判長は「いいですよ。どうぞ」と父の申し出を許可した。
父が、自分が受けた取調べの状況をどんなふうに伝えようとし
ているのかまで私も弁護士も事前に確認していなかった。
椅子を後ろにずらして、ゆっくりと父が立ち上がった。
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※この本のあらすじは「プロフィール」に記しております。
【この事件の特集番組を動画で見る場合はこちら↓】
■テレビ朝日「ザ・スクープ」 http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/
動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分
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