『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

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■■■【表紙写真について】■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
※表紙の写真はブログで知り合ったMikanさんの写真をお借りしまし
た。心に響くやさしさと切なさがあふれる写真と言葉。胸にしみます。
http://blogs.yahoo.co.jp/mikanti18/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=2

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【解説】
当時、検事の取調べ調書が棄却されたというニュースは全国に報じられ
ましたが、一般の人には裁判のことは分かりにくく、周囲の反応は何も
変わらないまま元旦を迎えました。私たち家族には、父の無実を証明す
るまでは元旦もなく、お屠蘇を酌み交わして食事すると終わり。私には
正月の浮かれた気分に浸る余裕はなく、次の裁判に向けての準備しか頭
にありませんでした。この年も私は誰とも会わずにすぐに福岡へと戻り
ました。

中学の同級生が、父が逮捕された直後、酒の席で「副島はオヤジがあん
なことをしでかしたから、福岡に逃げて行ったとばい。ワハハ」と笑っ
ていたことを聞き、それからというものの人の笑顔や笑い声がする輪の
中に加わることが、精神的に苦しくてダメでした。事件のことを知って
いる友人と酒を飲もうとしても、もし別の話題であろうと人の笑い声が
まるで自分のことを笑われているような錯覚がして、佐賀では誰とも酒
が飲めなくなっていました。友人に裁判の苦しみや父が犯人にされるか
も知れないという恐怖を、いくら話しても分かってもらえないだろう…
私は一人で決めつけて心をずっと閉ざしたままでした。

そんな時、日本テレビの「きょうの出来事」というニュース番組のディレ
クターTさんから電話がかかってきたのです。後にテレビ朝日の「ザ・スク
ープ」の長野智子さんらも特集番組の取材に駆けつけられましたが、まだ
この頃は誰もこの事件が冤罪であることに気づいていませんでした。

さて、この物語もラストに向けてどんどん展開してゆきます。

※この原稿はかなり下手です(笑)最終校正まえなので誤字や
句読点のミスもありますがご容赦ください。


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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
     (不知火書房より全国の主要書店にて発売中)

 第十章 裁判長の異例の判断 孤独の苦しみ(未公開原稿より)


平成十五年一月七日。
私は今年も正月は誰とも会わないまま事務所で裁判の資料を
整理していた。
午後七時を回り、そろそろ帰ろうかとパソコンの電源を落と
し帰り支度をしていた。
突然、電話が鳴った。
また父だろう・・・裁判が気になり、いつものように不安な
気持ちを私に聞いてほしいのだろう。そう思いながら電話に
出た。

「もしもし、日本テレビのTと申しますが、健一郎さんはい
らっしゃいますか?」
日本テレビ?何か聞いたことがあるような会社名だな。私は
営業の電話と勘違いした。
正月早々、何の営業だろう・・・私は東京のテレビ局である
ことにまったく気づかなかった。

「はい、私ですが何でしょうか?」
「じつは健一郎さんからのメールを拝見しまして、よければ
お話をお聞かせ頂けないかと思いましてお電話した次第です」
「はあ?・・・どちら様ですか。もう一度お願いします」
「東京の日本テレビの『きょうの出来事』という報道番組で
すが、担当しているTと申します」
「えっ、日本テレビ?・・・日本テレビというと東京のあの
テレビ局のことですか?」
「そうです」
これが日本テレビのTさんとの最初の出会いだった。

         〜 中 略 〜

当日、佐賀駅でTさんを私は父と母の三人は待った。
私たちの前に現れたTさんは、黒のダッフルコートを着た三
十半ばの男性だった。
父と母を紹介するとニューオータニ佐賀の喫茶ルームへと向
った。人目を避けたかったのでホテルの喫茶ルームを選んだ。

喫茶ルームには思っていたとおり誰も知り合いはいなくて、
午後のまどろむようなやさしい日差しが心地よかった。
テーブルに着くと私は今までの事件の経過を説明した。Tさ
んは黙って私の話を聞いてくれた。
父と母は私の話に何度もうなずきながらTさんを見つめてい
た。
「・・・ざっとこういう経過です。これは真実ですよ。今ま
では誰も信じてもらえませんでしたが・・・・」
私は話し終えるとTさんの顔を見つめた。
Tさんは私が今話したことを頭の中で整理するかのように、
しばらく考え込んだまま黙っていた。

「なるほど・・・やはりそういうことでしたか。私はもちろ
ん副島さんの話を信じますよ」
Tさんは私の目を見つめて真顔で話した。
「そう言って頂くと本当に嬉しいです。裁判は当然苦しいで
すが、誰にも信じてもらえないという苦しみは、孤独の苦し
みですよ・・・」
私は今の正直な気持ちを打ち明けた。

            〜 中 略 〜

私は今まで誰にも聞いてもらえなかった正直な想いを伝えた。
「ちょうど今、拉致問題が注目されていますが、あの家族の
方々が最初は誰も信じてもらえず苦しかったと言われていま
したが、私たち家族も同じです。誰にも信じてもらえない事
が、これほど苦しいなんて思ってもいませんでした。拉致問
題も最初はマスコミがおかしいと気づき、その報道によって
流れが変わり最後は政府も動いた。私も同じ気持ちでマスコ
ミに救いを求めたのです」

「じつは私どもも健一郎さんからのメールをもとに、いろい
ろ情報を取り寄せて確認したところ、この事件は何かおかし
い・・・そう思って今日お伺いした次第です」
マスコミの人間であり、初対面でもあるので私もどこまで本
当の気持ちを伝えていいのか内心ためらっていたが、Tさん
を信じてみようと思った。

「父の裁判も検事調書が棄却されましたが、世間の大半は何
がどうなっているのか分からないままだと思います。裁判は
法廷で弁護士の先生方に闘ってもらっています。でも私たち
は失った信用を回復するために法廷の外でも闘かっているの
です。失った信用は自分達で信用を回復するしかないんです
よ。そのためには世間に真実を伝えるしかないと思います」
私はTさんに、なぜマスコミに救いを求めたかを正直に打ち
明けた。

「今まで全国のマスコミへ何百通も父を助けて下さいとメー
ルを送り続けましたが、世間だけでなくマスコミにも信じて
もらえないことが悔しくて情けなかったですよ・・・」
Tさんにこんな事を話しても仕方なかったが、私はマスコミ
への悔しさも口にした。
Tさんは寂しそうな顔を浮かべた。
「今まで、うちの局にも健一郎さんから何度もメールが送ら
れてきたでしょうが・・・気づかず申し訳ありませんでした。
全国からかなりの数のメールや手紙などが届くので見落とし
たのだと思います。それに、寄せられた情報が真実か嘘かも
見極めるのも大変でして・・・・。たまたま私が健一郎さん
からのメールを読んでこの事を知ったのです」
Tさんは申し訳なさそうに答えた。

偶然であろうとTさんが私のメールに気づいてくれなかった
ら、私はTさんと出会うことはなかった。
Tさんは今日の内容を局に持ち帰り、内部で検討してみる事
になった。
窓際のテーブルに座る私たちに降り注いでいた午後の日差し
は、既に夕方の静かな日差しに変わっていた。Tさんは私た
ちの話を聞くと再び東京へと戻った。
佐賀駅まで私はTさんを車で送った。

駅が見えてきた時に改めて私はTさんに尋ねた。
「偶然に私のメールを読んで何かを感じたと言われましたが
・・・その何かというのはどんなものですか?」
「そうですね、何かというのは・・・私の心の中にある後悔
かもしれません・・・」
Tさんは悲しそうにつぶやいた。

「後悔?どういう意味ですか」
「私は松本サリン事件の時、あの現場を取材していました。
河野さんが『私は犯人じゃない』と必死に訴えておられまし
たが、私たちマスコミは誰もが彼を犯人だと思っていました
・・・・私もそうでした」

「ああ、あの事件は私も覚えていますよ。あの時は日本中が
河野さんが犯人だと決め付けていましたよね。でも疑いが晴
れて良かったですよね」
「ええ。でも報道した私たちマスコミの責任は大きいですよ。
河野さんが必死で自分は犯人じゃないと訴える声に私も誰も
耳を貸そうとしなかったんです。今でもあの時のことを思う
と胸が痛みます」
「そうでしたか・・・」
「だから健一郎さんの『父を助けて下さい』と必死で訴える
メールを読んで、私はあの時の松本サリン事件のことを思い
出したのです。私にとっては胸が痛い、後悔の思い出です」
「・・・・・」

佐賀駅に着いた。
Tさんは車を降りると振り返りながら私に言った。
「私はジャーナリストとして真実をきちんと報道する使命が
あります。今回の副島さんの事件はきちんと報道させて頂き
ますよ」
私は胸が熱くなった。

Tさんの姿が見えなくなるまで私は見送った。
数日後、Tさんから電話があった。
「健一郎さん、この事件の真実を伝えましょう。我々は応援
しますよ」
こうやって全国報道に向けての準備が始まった。

一月の終わりに、Tさんは撮影スタッフとともに再び佐賀に
やってきた。佐賀で取材を行いながら撮影を進めていくとい
うハードなスケジュールだった。
撮影にともないTさんが実家の父に挨拶に訪れたのは佐賀に
到着してすぐだった。
午後の副島家のリビング。

「まだ副島さんが公判中ですので、我々もそのことを配慮し
ながら撮影を進めたいと思います。よろしくお願いします」
Tさんは先日の佐賀での話を局に持ち帰り上司とも相談した
結果、公判に支障がないように十分配慮しながら報道するこ
とになったと経緯を説明してくれた。
父も黙ってうなずいた。

「ところで、副島さん・・・取調べの様子を再現シーンで伝
えたいのですが、辛い思い出でしょうが・・・よろしければ
取調べの場面をお話しして頂けませんか?」
私なりに取調べの様子は説明していたが、父本人に確認する
のも当然だろう。
父は「いいですよ」と快諾した。

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Fightさん、ゆっくり読ませていただきます。
人生をゆがめる司法、マスコミ、世の中の動き、成果主義の警察、検察、事なかれ主義の裁判所。社会正義が聴いてあきれることばかりですね。

2008/8/7(木) 午前 7:37 [ taruim1941 ]

tar*im*941 さん、ありがとうございます。
一般の方々は裁判については、テレビやドラマのイメージで考えられることが多いと思いますが、実際は余りにも違います。難解な法定用語が飛び交い、何を争っているのか傍聴しても分かりづらいしですね。
裁判の流れやルールなども分かりづらいです。ましてや裁判の裏側での出来事や犯人となる被告の家族、被害者となる家族の苦悩などほとんど知られることはないと思います。
事件や事故によって、裁判に関わらなければなくなった人達の、心の叫びも知って頂ければ幸いです。冤罪は他人事でなく日常起こり得る交通事故でも起きます。
冤罪とは何か、裁判とは何かを知るきっかけにして頂ければと願っています。これからもよろしくお願いします。

2008/8/7(木) 午前 8:09 Fight

鍵さん、おはようございます。博多は今日も暑か一日になりそうですばい。忙しい一日になるけど頑張りましょう。

2008/8/7(木) 午前 8:59 Fight


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