『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

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【著者より】
司法の正義とは何か。家族の絆とは何かを知っていただき、何かを感じていた
だければ幸いです。間もなく最終章へと…
●西日本新聞社の書評 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/book/auther/20080630/20080630_0001.shtml 
●よっしーさんの書評 http://blogs.yahoo.co.jp/yossie_70/14334993.html
◆福岡県弁護士会の書評(平成20年7月24日付け記事) http://www.fben.jp/bookcolumn/



【解説】
人は苦しい時、どんな行動に出るのでしょうか。

じっとしているのはつらい。かといって何をする…。
泥沼化した状況の中で、この状況を打破するために、何かを成
し遂げて自信を持ちたかった…これが当時の私の気持ちでした。

ふと24時間テレビの「愛は地球を救う」を思い出したのです。
芸能人が100キロ走る姿に視聴者は感動し元気や勇気をもらう。
そう、あの番組をふと思い出したのです。必死で足の痛みをこら
えながら走る姿…自分だって出来るかもと。もちろん百キロなど
歩いたこともないし、どれくらい時間がかかるかなども考えたこ
ともありませんでした。

何かを成し遂げれば自分にも自信がつく。普段は神や仏など信じ
ない私が、頑張った褒美に神様か仏様が願いを叶えてくれるかも
と思うようになったのです。衝動的に思いついたようなものです。
「百キロ」自分も歩いて願いを叶えようと。
無謀なことを考え、トレーニングも一切しないまま、気合で歩き
始めたのです。

私も長引く裁判に疲れていましたが、父や母が苦しむ姿を見てい
ると、とにかく何かをしなければ耐え切れなくなっていたのです。
それほど精神的に追いつめられていたのかも知れません。
こうして福岡から佐賀(片道50キロ)の往復百キロの道のりを
一人で歩き始めたのです。
あの場所をめざして歩き始めました…あの場所へどうしても行っ
て想いを伝えたかったのです。43歳の誕生日でした。

物語も全12章のうちいよいよ11章へと。
著書のタイトル「いつか春が」に込めた私の想いが明らかになります。
ちなみに表紙絵はこの想いを、絵の作者に描いてもらったものです。
このあたりは著書では、カットしたり修正したりしていますので
本とは一味違ったバージョンとなっています。


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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
     (不知火書房より全国の主要書店にて発売中)

 第十一章 いつか春が 泥沼(未公開原稿より)


裁判はだんだんと終盤に向けて動いていた。アリバイが争点と
なっていた。
弁護士の先生達は今まで集めた証拠や証言をもとに父のアリバ
イは立証できたと自信を見せていた。

私も当日の父達が車で走った同じコースを同じ時間帯に実際に
走り、時間や距離などを計測した。約二十キロの道のりを三回
ほど計測したが、その時間帯では四十数分かかった。

それでも検察は反論した。
「そこまでなら普通のスピードでゆっくり走って三十分で十分
に行けるはず」
証人まで出してきた。

検察は本当に調査したのか私は疑問を感じ、検察が主張した同
じコースを走って計測した。
やっとの思いで真実を暴くと、次の事実と異なる争点が法廷に
出される。それを突き崩すために証拠探しや証人探しの調査を
行う。その繰り返しだった。

裁判から二年余りが過ぎているが、どこまでこんなことが続く
のだろう・・・・
私も不安と焦りを感じ始めていた。
やりきれない想いで胸が締めつけられた。

父は不安や苛立ちを母にぶつけた。苛立ちや不安の中で二人き
りで孤独な毎日を過ごす父や母のことを想うと、そばにいてあ
げることが出来ない自分が情けなかった。
長期化する裁判に私も父も母も、そして家族も疲れていた。

私は父や家族の前では決して弱気な態度は見せなかった。内心
は私自身もワラにもすがりたい思いだった。
このままでは私自身も裁判を闘いぬく気力を失い、自分自身が
現実の厳しさにつぶされてしまうような焦りと苛立ちを感じ始
めていた。
ここまできたら自分自身との精神力の闘いだと思った。
自分の中の弱気との葛藤だった。

もう一度、最初の頃のように絶対にあきらめないという強い信
念を取り戻そう。迷いや不安を打ち消すために、もう一度初心
に戻ろう・・・・
私はそう考えるようになった。

私は願いを叶えるためにあることを実行しようと決めた。
自宅
から佐賀まで往復約百キロ・・・絶対に無罪を勝ち取るという
願いを込めて歩く事を決意した。

なぜ歩くのか?
特別な理由など何もない。願いを叶えるための神頼み。そんな
決意だった。
百キロ最後まで歩きとおせたら必ず願いが叶うような気がした。
そう信じたかった。
じっとしているのが辛くて何かを成し遂げるという自信が欲し
かった。

桜が満開の四月始め。
私は一人で計画を実行した。

この計画は家族にも誰にも告げなかった。
こんな計画はバカバカしくて、誰も理解してくれないだろう。
神頼みだろうと、願いを叶えるためならば、私は何だってやっ
てみようと思った。

その日は私の四十三歳の誕生日だった。
リュックにレインコートとタオルを詰め込むと博多の事務所を
スタートした。

真夜中の午前四時。
春と言えども朝方は寒かった。首にタオルを巻きリュックを背
負って外に飛び出したた。

外はまだ真っ暗で空には星が輝いていた。
「どうか父の無罪が勝ち取れますように・・・」
私は夜空の星に向って両手を合わせて祈った。

さあ歩こう。

国道に出ると大型トラックが目に付いた。上り車線も下り車線
もトラックがゴオーと地響きを立てながら私の横を走っていく。
こんな真夜中に、こんな格好で歩いている人など誰もいない。
夜空の向こうにある佐賀市をめざして歩いた。ひたすら歩く、
歩く、歩き続ける。寒さなど感じなかった。

一人で歩く寂しさを紛らわそうと自分に問いかけながら歩いた。
もし父がこんな事件に巻き込まれなかったら、今頃自分はどう
していただろう。

もし検事が父にあんな取調べをしなかったら今頃父はどうして
いただろう。
なぜこんな事になってしまったのだろう。
なぜこんなにも人生が変わってしまったのだろう。

いくら考えても答えなど見つかるはずがない事は分っていた。
車のライトに照らし出される真っ暗な風景を眺めるよりも空を
見上げるほうが楽しかった。私は星座や星の名前なんて知らな
い。
でも夜空に散らばる無数の星達を眺めていると「がんばれよ」
と私を励ましてくれているような気がした。
星は私がどこを歩こうが、早く歩こうが、ゆっくり歩こうが、
どこまでも私をしっかり見守ってくれた。建物の陰に隠れて見
えなくなっても、建物が途切れると再び天空の空から私を見守
ってくれた。
私という存在を認めてくれて、そっと見守ってくれているよう
で嬉しかった。

夜空の星を見あげながら私は黙々と歩き続けた。

いくら過去を振り返っても元に戻る事はできない事も分ってい
る・・・でも、過去を振り返ってしまう。

いつまでこの裁判は続くのだろう。

いつまでこの孤独は続くのだろう。

真っ暗な道を一人で歩いていると悲しいことばかり考えてしま
う。

考えるのはよそう。
気を取り直して私は黙々と国道三号線を佐賀に向って歩き続け
た。
歩き始めて四時間。
夜が明け、朝日を見ながら佐賀県の鳥栖市内に入った。通勤や
通学の車や自転車が私の横を次々と通り過ぎてゆく。朝早くか
らリュックを背負い黙々と歩く私の姿を不思議そうな顔をしな
がら通り過ぎていく。

私はひたすら歩き続けた。

鳥栖を抜けると久留米方面へと向った。久留米と佐賀県の県境
を流れる筑後川の土手を歩きたかった。ここは佐賀への行き帰
りによく通った道だ。土手の下には整備された河川敷が広がっ
ている。辛い時はここに車をとめて一人でよく空を眺めていた。

誰にも打ち明ける事ができない心の中の真っ黒な闇。それは不
安や葛藤だった。
私はよくここに来て、気持ちを整理した。私はこの場所を家族
にも話さなかった。ここは私だけの特別な場所だった。

河川敷の公園のベンチに腰をおろして私は休憩した。
筑後川の春は土手沿いに菜の花が一面に咲きみだれる。まるで
黄色い絨毯を敷き詰めたように美しかった。菜の花の甘い香り
が私の疲れた体を癒してくれた。

再び私は佐賀に向って歩き始めた。
日が暮れかかった頃、私は佐賀の三根町を歩いていた。

                         つづく
(「月」の写真:Mikan)
やさしさいっぱいの胸にしみる写真と言葉のMikanさんのブログ。
    「風の吹くまま・・・気の向くままに…」
http://blogs.yahoo.co.jp/mikanti18/archive/2008/08/05

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閉じる コメント(9)

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供述証拠を捏造されない唯一の防禦は黙秘権行使だけです。
調書を取られればその内容は如何様にも改竄されてしまう。
裁判は三審制だからと当方のように二審に期待をするととんでもない事になります、しかし一審でも裁判長宛の情実書を提出しており、これを原田國男裁判長が読んでいたなら公訴棄却されていたのは必定です。
その原田は今や逆転無罪判事として名が高く、発売中の「冤罪File」でも高評価の東京高裁総括判事です。

確定した判決は真実であり、再審請求とはかくも困難の極みです。
http://suihanmuzai.web.infoseek.co.jp/saishinseikyu001.jpg.html

2008/8/9(土) 午後 6:13 [ sui**nnmuz*i ]

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上手い文章だなあ・・・真実が持つ重みというか。引き込まれてしまった。

2008/8/9(土) 午後 11:36 [ たくま ]

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たくまさん、こんばんわ。いえいえ、そんな…今、公開
している文章は校正前の文章ですので、よく読むと
無駄な文章が多くて、実際の本に描かれた文章のほうが
だいぶよくなっています。鬼編集長のもとで書き直しを
四回ほどさせられました(笑)
文章の技術はまだまだですが、気迫と渾身の力を振り絞って
書きました(笑)しかし、現実には無名の著者という事実に
変わりありません。これからもよろしくお願いします。

2008/8/9(土) 午後 11:44 Fight

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50キロですね・・・
私は途中で、だめです。爆

暮れかかって、三根町・・まだまだ歩いていた
のですね。佐賀に入るのは、真っ暗だったので
すか?・・・
良き夜をお過ごし下さい。

2008/8/10(日) 午前 0:04 瑠

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Ruriさん、こんばんは。片道50キロですので
往復100キロでした。真夜中に歩き始めて
佐賀に入った時は夜、それから福岡に。
かれこれ37時間かかりました(笑)もう少し
トレーニングしてればよかったのですが、最後は
30センチくらいずつしか歩けなくて時間が
かかりました。
もう二度とあのようなことは出来ませんよ。
何が自分をあそこまで支えていたのか…
不思議ですね。

2008/8/10(日) 午前 0:20 Fight

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鍵コメントさんへ

おっしゃるように、命の大切さを知っている
あなただから出来ることかも知れませんね。
この本を読んで、あきらめない勇気を感じてもらえたら
嬉しいですよ。

2008/8/10(日) 午前 8:07 Fight

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じっくり読ませて頂きました。
また来ますね…

2008/9/10(水) 午前 10:49 [ yama ]

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yamaさん、ありがとうございます。
真実を知ることは喜びだけでなく辛い場合もあります。
でも、真実の中から何かが変わっていくのだと思います。
これからもよろしくお願いします。

2008/9/10(水) 午後 10:14 Fight

もう1度自分と向き合ういいウォーキングになったんでしょうか。
お疲れ様でした.

2009/5/7(木) 午後 1:39 らんらん


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