『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

物語:続「いつか春が」

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          「続・いつか春が」

        第10話「くい違うアリバイ」

平成十六年六月、福岡高検から福岡高裁に控訴趣意書が提出された
ことによって、裁判が再び動き始めた。私と夫、駆けつけた健一郎
と弁護士の先生とで早速打合せが始まった。

控訴趣意書を手にとり目を通す健一郎。一審に続き弁護を担当してく
れる日野弁護士と山口弁護士は沈痛な表情で黙り込んでいた。
夫はため息をつきながら健一郎を見つめていた。

趣意書を読み終えた健一郎は弁護士に興奮した口調で詰め寄った。
「先生、何ですか、これは!ひどいですね、あまりにもひどい!
正義も何もあったもんじゃない。でたらめもいいとこですよ。裁判所
はこんな嘘をなぜ採用するのですか」

息子が怒るのも当然だった。
福岡、長崎、熊本地検から応援を仰ぎ大掛かりな強制捜査に着手して、
夫が逮捕されたのが平成十三年だった。あれから三年かかって五十回
もの裁判を闘って無罪を勝ち取った。その間に検察側は物的証拠は
何一つ出してこなかった。それどころか夫の手帳に書かれていた平成
八年の七月八日の、夫のアリバイでさえ裏づけを取っていなかった。
しかも、夫のアリバイを示す貴重な手帳を隠していた。

三年たった今ごろになって、夫のアリバイが嘘だと主張して、次々と
新たな物的証拠や証人を福岡高裁に出してきた。控訴してから四ヵ月
半の間に新たな証拠が次々と見つかるとは不自然だ。

平成八年七月八日の当日の夫のアリバイについて弁護側と検察側は
真っ向からぶつかることになった。夫は当日、兼務していた共済連会長
として専用車で佐賀県内を巡回していたことが、運転手の証言や検察が
隠していた手帳で分かり、夫のアリバイは証明されたと思っていた。

ところが昼間は巡回で佐賀県内を回っていたので、問題となった時間に
その場に居合わせていないことが分かり、検察が主張するような不正融
資の謀議が行われていないことが明らかになったにもかかわらず、今度
は「じゃあ、その後の夕方に謀議が行われたと主張を変えてきた。

事実はこうだ。夕方に県内巡回から戻った夫は、すぐさま佐賀から二十
キロほど離れた割烹旅館に向かった。余裕を持って到着するまでには
一時間ほどかかる。夕方六時半から開催された懇親会に出席するために、
部下四名とともに五時ちょっと過ぎには農協本所を出発していたはずだ。

検察は昼間に本所で、不正融資の謀議が行われたというシナリオが
崩されてしまったので、夕方に行われたとシナリオを変えた。夫が割烹
旅館で開催された懇親会に出席したというのは嘘であり、市内の数キロ
の場所で行われた別の宴会に出席していたので、時間的にも余裕があり
謀議をはかる時間は十分にあったと主張を変えてきた。会場まで二十分
ほどで到着できるので、農協を六時過ぎに出発すれば間に合う。
その間に元金融部長が主張するように、不正融資の説明を受けたという
新たなシナリオを用意してきた。しかも、それを裏付ける目撃者や証拠
となる会場で作られた出席者の名簿にも名前が書き込まれていると。

「ええ、たしかに組合長(夫)さんは当日、その会場に見えられて挨拶の
スピーチもされたし、私も言葉を交わしたしハッキリと覚えています」
そのような目撃者の供述証言が何通か用意されていた。

夕方六時半に始まった二十キロ離れた割烹旅館での懇親会にいたと主張する
弁護側と、同じ六時半に始まった市内の宴会場にいたと主張する検察側。
夫の当日のアリバイをめぐって、真っ向から対立することになった。
検察側はそれを裏付ける証拠や証人が揃っている。
こちらがわは、夕方からの夫のアリバイを示す証拠は、手帳に書かれた内容
だけで証拠や証人は何もない。

このまま夫のアリバイを示す証拠や証人が見つからなければ、検察側が
提出した証拠や証人が決めてとなり、判決が覆される危険性が高まった。

「三年以上もてたって急に証拠や証人が次々と見つかるなんて・・・
先生、これは怪しいですよ。検察が嘘の証拠や証人を用意したとしか
考えられませんよ」
健一郎は感じたことをそのまま口にした。

日野弁護士が重たい口を開いた。
「たしかに不自然ですね。今ごろ次々と証拠が出てくるなんて・・・。
でもですね・・・でも裁判所は検察側が出してきた証拠を認めたわけ
ですから、それが嘘であることをこちらは立証しなければなりません。
それができなければ検察が主張するように、その時間に不正融資の謀議が
行われたということになり、一審の無罪判決が覆させられてしまうかも
しれません・・・」

「そんなぁ・・・嘘であることは明白ですよ。またその嘘を暴かないと
いけないのですか。一審で検察の嘘を暴いて無実を証明したと思って
いたのに、また新たな嘘が用意されて裁判所に提出されて、それをまた
嘘であることを立証しなければならないなんて・・・あんまりですよ」
「しかし、それが裁判なのです。検察の証拠が嘘だと言うならば、我々は
証拠をそろえなければなりません。それができなければ何を言っても
無駄なのです」

夫も私も息子も何も言えなくなった。
感情で叫んでもどうすることが出来ない。裁判はすべて証拠がモノをいう。
証拠があるほうが有利なのだ。例えその証拠が嘘であろうと、嘘であることを
立証できなければ検察側に有利になり、逆転有罪とされてしまうかもしれない。

まるで水槽の中に黒いインクをたらしたかのように、不安が黒い雲のように
どんどん広がっていった。

裁判所は弁護側の主張は簡単には受け入れてくれないのに、検察側の主張は
何の疑いもなく受け入れる。これが司法の現実なのか・・・。

控訴審裁判が始まるまでに一ヵ月半の時間しかなかった。
それまでに検察側の証拠を崩すことができるのか・・・。
どうやって崩せばいいのか・・・。
健一郎はせっかく仕事に復帰して、重要な仕事を任されたばかりだった。

最初から暗雲が立ち込めていた。

                         つづく

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今日も良き日でありますように。

2008/9/26(金) 午前 9:28 瑠


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