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実家で迎えた新年。兄弟とその家族が集まる。 事件前の副島家の正月は近所の人達や父の部下、仕事関係の人達が新年の挨拶に訪れ 台所はまさに戦場だった。手が足りずに酌婦さんを雇ったりしたこともあった。 これがいつもの正月の光景だった。今では誰も訪れる人もなくなり静かな正月。 昨年の正月はまだ民事裁判が続いていたので、家族の話題はおのずと裁判の話になっていた。 それから一ヶ月もしないうちに農協から起こされていた二年に及ぶ民事裁判が終わった。 この民事裁判は一審・二審無罪だった父に対して「トップにすべて責任がある」として 農協から損害賠償が起こされた裁判だった。「真相解明はせずに責任を全部俺に押し付けて 真実を封印するのか」 私も父と一緒に闘いながら農協に真相解明を求めたが、求めれば求めるほど裁判は泥沼化した。 父はもう心身ともに限界だった。 「これ以上闘うのは無理ですよ。無念ですが裁判所の和解案を受け入れましょう」 弁護士は父の衰弱ぶりを案じて和解案受け入れを勧めた。 苦渋の決断の末、和解案を受け入れた。その日の夜、父は倒れた。 脳梗塞だった。 リハビリの甲斐あって、父は杖を使って何とか歩けるようになった。 今年の大晦日の夜、私は二ヶ月半ぶりに父と顔を会わせた。 私は父の姿を見て驚いた。一目見て分かるくらい父は一気に老け込んでいた。 足元もおぼつかず、手すりにつかまりなが家の中を歩く父・・・。 口数も少なくなった。 私の到着を眠らずに待っていた。 除夜の鐘が鳴り始めた頃、父と私は洋間で向かいあっていた。 「就職はどがんかい?何とかなりそうか」 父の声は優しかった。 「うん、頑張っているけれど・・・今は派遣切りとか内定取り消しとか、とにかく嵐が 吹き荒れている状況でね・・・」 「そうやろうな。ニュースを見るたびにお前のことを心配しているとばい・・・」 「うん・・・俺も何とかしたいけれどね」 「昔のお父さんだったならば、お前の就職くらい簡単に何とかしてあげれることが できたのになあ」 「事件でお父さんも人脈はなくなったしね。仕方なかよ。人に頼んでも事件の関係者 だったと陰口を言う人もいるだろうし、後で迷惑がかったら悪いしね。無罪になっても 世間の全ての人が無実だと信じてくれているわけじゃないだろうし、誰も事件のことを 口にしたくないし話題にしたら気が重くなる。それが普通の人達の正直な気持ちじゃ ないかな」 「そうだな・・・」 久しぶりに会った父と息子なのに会話が続かない。 二人の間に沈黙が流れる。 「お前が仕事を捨ててまで裁判に関わらんやったら、今頃お前はそれなりの仕事を やっていただろうに・・・それを思うとお前には申しわけなくてな。何もしてやれんですまんな」 「なんば言いよるとね。あの時はお父さんの無実を証明するので必死やったし、無罪を 勝ち取れたからよかやんね」 「あの時、一審で裁判が終わっていれば、お前も仕事に復帰できたかもと考えるとばい。 無駄な時間を過ごしたために、こうなってしまった。でもお前がいなかったら無実は 証明できなかったと思うし、お父さんもお母さんもお前には感謝しているばい」 「お父さんとお母さんの気持ちはよく分かっているよ。よお最後まで闘ったね。自分でも 信じられんよ」 「あれから八年か・・・なくしたもんは戻らんなあ。世間は裁判が終わって過去の出来事に なっとるし、無罪でよかったねと思うとるやろうな。本当はその後もこうして苦しみが 続いていることなど誰も知らんやろうな」 「そうね・・・本でも最後はハッピーエンドで締めくくったけれど、本当はその後がもっと すごかったしね。検察もなりふり構わず、何でもアリの闘いだったからね」 「その後は(続編)書かんとか」 「まだ自分の中で気持ちが整理できとらんことに気づいたし、書いていると苦しくて・・・」 「そうだな・・・まだ傷は消えとらんな。お前もお父さんも」 翌朝、家族が集まり一緒に新年を迎えた。 ぎこちない空気が流れていた。 誰も裁判や事件のことは口にしなかった。 一度口にしてしまうと悔しさや悲しみがこみあげてくることを知っているからだ。 事件前の家族に戻ろうとしている。 事件のことを早く忘れたい。でも忘れることはできない。 たぶん一生消えることはない。 敢えて口にしないことで各々の気持ちの整理をしようとしている。 父の無実を証明する、その目標に向かって家族は闘った。 時には家族同士でやり場のない怒りをぶつけあい傷つけあったりもした。 家族や夫婦の崩壊の危機もあった。 裁判が終わって初めて迎えた正月。 喜びはなかった。ポッカリと空いた心の隙間をどうやって埋めようか、心に刻まれた傷を どうやって癒せばいいのか分からない。 会話が続かず私たちは無言でテレビを見ていた。 家族の胸中は分からない。家族同士で心を閉ざしている。 私はいたたまれなくなって一人で散歩に出た。 家の前のショッピングセンターへ行くと家族連れで賑わっていた。 誰の顔も新年の喜びに満ちているように見えた。 大勢の人達の笑顔や弾んだ声に接するのが今も辛い。 胸が苦しくなる。 正月だというのに心は重く沈んでしまう。 早くふるさとから離れたい。 父に「じゃあ帰るから」と挨拶した。 足元がおぼつかなくなった父、背中がどんどん丸くなっていく母。 父や母の人生を思うと悲しい。 人生の後半に経験した冤罪事件。 普通の老夫婦ならば二人で旅行に行ったり、仲のよい友達とおしゃべりしたり。 裁判が終わっても心の傷は消えないまま老いていくばかり。 裁判で精根尽き果てて、二人は寄り添いながら老いていっている。 父の足ではもう旅行など行けそうにない。 父も母も孤独を二人で受け止めている。 二人は世間とは別の世界で生きている。 何を楽しみに生きているのか。 二人を包んでいるのは穏やかな時間ではない。 裁判で闘った八年という空っぽの時間だ。 帰り際に父が言った。 「苦しかろうが、くじけるなよ。きっといいことだってあるばい。お前は あれだけの闘いをしたのだから、きっと誰かがお前を認めてくれるばい。 元気を出して頑張れよ」 「・・・うん。大丈夫。今ここであきらめたら全てが無駄になるしね。まだまだ 頑張れる。心配せんでよか。あと少し頑張ってダメだったら就職はあきらめて バイトを探すよ。バイトと友達が紹介してくれたライターの仕事をしながら本を書くよ。 人の心に響く小説を書くよ。今、経験していることはネタにするよ(笑)」 父は目を細めてうなずいた。 私は元旦の夜に一人で福岡に帰った。 自分のこれからの人生を考えていた。 自分に何が出来るのか・・・。 父や母を安心させたい。 落ち込んでいる姿なんて見せられない。 妻や娘たちに頑張っている父親の姿を見せてあげたい。 夢と希望に満ちて輝いている私の姿を見せてあげたい。 新年の願いをこめてイラストを描いた。 「夢と希望」 さあ、頑張るぞ!
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イラストうまいですね〜!力強いタッチです。
心の傷はゆっくりかもしれませんが、癒えていってほしいと願います。
厚い雲がいつか途切れて優しい日の光が差し込むように、ファイトさんの心の空も穏やかに晴れますよう。。。。
2009/1/3(土) 午後 10:32 [ ももさんご ]
ありがとうございます。
久しぶりにペンを握りました(苦笑)
気分は前向きですよ。凹んでいる暇はありませんしね。
必ず自分の道を見つけますよ。
2009/1/3(土) 午後 10:45
意思の強さとそれを客観視する冷静さの両方が現れている絵だと
思います。今年もよろしくお願いします。
2009/1/3(土) 午後 11:01 [ 産業 ]
イラストまでお上手ですねぇ。
今のご両親にとって一番の夢はファイトさんの元気な姿だと思います。
それにしても、この事件の首謀者と全貌が明らかにならないと後を引きずりますね。くやしいです。
夢と希望を目指して頑張ってくださいね。
2009/1/4(日) 午前 1:28
苦しいかもしれないけどがんばって欲しいです。いまはそれしかいえません。
2009/1/4(日) 午後 1:38
失った年月の重さは、本当に計り知れません。
でも、時間は容赦なく流れていくんですよね。
まわりの人々が幸せに見えて苦しくなる気持ち、少しだけわかります。
私も20年間を捨てたようなものですから。
でも生きていかなきゃ…。
たまに気が狂いそうになるけど、風と共に去りぬのスカーレットの言葉【明日は明日の風がふく】をモットーに頑張っています。
2009/1/4(日) 午後 3:35 [ いとしのフィート ]
2009新しいステップアップが出来ます様、遠隔地より応援しております。
暫くの空白でしたがお元気そうで何よりでございます。
再会とブログ再開をよろこんでおります。
新規のエッセイを楽しみにブログを訪ねますが読む度毎に
エッセイの内容に惹かれます。 硬派なのか繊細な方なのか微妙ですが・・・・・
内容に感動しながら文章に無駄がなく、直接的に伝えたいであろう意思を感じます。
文章の切れ目や行間のレイアウトなど見事に構成されていると思います。
Fightさんのライターとしての資質を伺い知るタイミングがあります。
現在のご心労されている折、適切にコメントすることに恐縮しますが
生活的に許容範囲でありますならば、物書きの仕事が適職ではなかろうかと
外野応援席から思います。 いつか春が・・・・続編でしょうか・・・
新規一転 あらたなページを書いていくのだろうか、興味と期待が先行します。
モノクロ・イラスト作品・・・書籍のカバーになりそうなハイカラ画像です。ね・
2009/1/4(日) 午後 4:27 [ afriex ]
裁判で失ったものは計り知れぬものがあるとお察しします。
一度受けた心の傷は簡単には癒せはしないと思います。
とりあえず今はご就職先を確保することが幸せの第一歩でしょうか。
私も非力ですが、少しずつ情報を集めてみます。
2009/1/4(日) 午後 4:37
>夢と希望に満ちて輝いている私の姿を見せてあげたい。
そうですよね。同じ年としてはその言葉は重みがあります。
自分もここ数年上り調子だったのですが、色々あって岐路に立たされています。50歳を迎える今年は毎日不安に駆られる日々で、その言葉を忘れていました。ありがとう。
2009/1/4(日) 午後 7:15 [ きんのり丸 ]
おめでとうございます。
ご経験は、必ず生かされる時がくると思います。
ご両親、ご家族を思われるお気持ちは、人として最も大切な思いです。こちらの方が、記事を読ませてもらって励まされました。
どうぞ、よい一年であります様に。
2009/1/5(月) 午後 5:00
「あれだけの闘いをしたのだから、きっと誰かがお前を認めてくれるばい」、はい。お父さんのこの言葉に同感です。「きっと」「認めてくれる」人がでてくる、と思います。今年がその年でありますことを、遠くから願っております。
2009/1/6(火) 午前 6:51
ご無沙汰しております。
この記事の次が、6月26日になってますが、
コメント投稿欄が見当たらなくて・・
負けずに、あきらめずに頑張ってる様子が心強いです。
良いことが早く訪ればいいですね。
2009/6/27(土) 午後 0:12 [ ansund59 ]