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第31話 過酷な現実 「求職男」〜再就職への道〜
「訪問介護」の実習を終えると、今度は大手企業が経営する老人介護施設(特養)での実習が待っていた。 僕はビルを見上げた。 「ここか・・・立派なビルだな」 近代的なビルの玄関を入ると、まるで病院のようなフロアだった。 フロントで受付を済ませてエレベーターで上に上がると、各階ごとに介護フロアが あった。広々としたフロアは清潔で快適だった。ちょうど朝食を終えたばかりの 二十名ほどの入居者がテレビを見てくつろいでいた。 その周りを五名ほどの若い介護スタッフが慌ただしく動き回っている。 (若い・・・二十代前半がほとんどだな。さて、何をすればいいのだろう) 一番年配とおぼしき三十歳くらいの男性をつかまえて挨拶をした。 「研修生の中島です。よろしくお願いします」 「じゃあ、すみませんが流しの茶碗を洗ってください」 流しのシンクには食事の時に使ったと思われる茶碗やエプロンがあふれていた。 洗い物をしながら周囲の様子をうかがった。 ソファアに座りテレビを見ている老人たちの表情を見ると、何か違うことに気づいた。 誰もが無言でテレビを見ている。 会話する者は誰もいなく、起きているのか居眠りをしているのか分からない老人もいた。 脳梗塞等で麻痺の人もいるが、ほぼ全員が認知症だと先ほど説明を受けた。 認知症は記憶力の低下だけでなく、脳から伝達される体の機能が低下し、自分で 歩けなくなったり手足を動かせなくなったり、自分の体を支えることも出来なく なっていくことを知った。 生きていくための機能が低下していくので、何をするにしても人の手が必要となる。 介護には休みなどなく、ここにいる若いスタッフ達が二十四時間年中無休で、 つきっきりで老人たちの介護をしている。もし自宅で家族がつきっきりで介護をすると したら、仕事は出来ないし、介護する家族がまいってしまう。 二十四時間休みなしで介護・・・やはり家族での介護には限界がある。、 洗い物を終えると今度は何をすればいのだろうと、動き回る若いスタッフを呼び止めた。 娘と同じ歳くらいの女性スタッフが立ち止まった。 「次は何をすればいいのでしょうか?」 「それじゃあ、テーブルの上を消毒用のアルコールで拭いてください」 テーブル拭きが終わると次は食べこぼしが落ちている床の掃除。 次はコーヒータイムの準備。テーブルにおしぼり乗せをセットして、おしぼりを 乗せていく。コーヒーはコーヒーでも普通のコーヒーではない。 飲み込みやすいようにトロミの素となる粉末が加えられる。甘みも糖尿病の人も いるので低カロリー甘味料を使用する。 スタッフが老人たちの手を引きながら次々とテーブルに移動させると、すぐさま コーヒーを配っていく。 再び茶碗洗いが始まり、床の掃除。 スタッフは入居者を一人一人順番に「トイレに行きましょうね」と各個室に 設けられたトイレに誘導する。ここは全室八畳ほどのフローリングの個室と なっている。 休む間もなく今度は昼食の準備。再びテーブルの消毒にお茶の準備。 各テーブルにナプキンとおしぼりがセットされ、エレベーターから食事が入った 専用台車が上がってくると各テーブルに食事を運び始める。 食事の内容も微妙に違っていた。病院と同じようにカロリーや症状によって違う。 食事を運ぶ順番も決まっている。 「早く食べ終わってしまう人がいるので、そういう人は後から運びます」 無言で食事する老人たち。 麻痺で箸やスプーンが使えない人にはスタッフが食事介助をする。 スタッフも私も朝からずっと動き回っていた。喉が渇いたら冷蔵庫にある自分の ペットボトルを取り出して立ったままグビッと一口飲むと、すぐさま次の仕事に動く。 「中島さん、先に食事に行ってきていいですよ」 やっと今日初めての休憩時間だ。 休憩室に行くと違う階のスタッフ数名が食事していたが、お互いに何も話さない。 やはり二十代の若者だった。食事を終えると黙って部屋を出て行く。 喫煙ルームに行くと別の階の人だろう、見知らぬ三十歳くらいのスタッフが一人いた。 現場ではスタッフと話せるような時間もないし、いろいろ聞きたいことがあったので 思い切って話しかけてみた。 「ここは若い職員が多いですね」 「ええ、そうですね。うちは全員若くて三十代の私は年寄りのほうですよ」 「みなさん、よく働きますね。ずっと朝から動きっぱなしで一度も座ることもないし、 スタッフ同士でおしゃべりすることもないようですね」 僕は現場で感じたことを尋ねた。 「ええ、慣れましたけど毎日が大変ですからね。昼の休憩の時だけがホッとする 時間ですよ」 「一日の仕事のうちで一度も休憩はしないのですか」 「ははは、そうですね。ずっと仕事に追われていますからね。ここは体力がいる 仕事ですよ。それに給料が安いし辞めていく人も多いですよ」 「私は五十歳ですけど、その年代の人は誰もいないのですか?責任者とかも 若い人なの?」 「うーん・・・上のほうで四十代くらいですかね。うちの会社は現場は若い人ばかり ですよ。体が持たないしですね」 「仕事にやりがいを感じますか?」 「ハイ、すごくやりがいを感じます。だから続けることが出来るんですよ。 毎日、入居者のみなさんの体調や様子が違うのですよね。昨日は食欲がなくて食事を 残していた人が今日は食べてくれただけで嬉しいし、『ありがとう』と喜んで もらうとそれだけで嬉しくなるんですよ。好きじゃないとこの仕事は続けられ ませんしね。アハハ」 くったくなく笑う若者を見て、くじけそうになった心が救われた。 昼食を終えて再び現場に戻ると流しは茶碗の山だった。 また洗い物に取りかかったが、今度は入浴の時間となりスタッフが今日の入浴者を 順番に連れて行く。茶碗を洗い終えると食べこぼしの掃除、おしぼり作り。 おやつの時間になり再びお茶の準備。茶碗洗い、それが終わると各部屋の掃除、 夕食の準備・・・休む暇などなく次から次へと目まぐるしく動き回る。 夜間の当直は一人なので順番にオムツを替えたりしなければならず、一睡も 出来ないと聞いた。 夕方に実習を終えた時、僕はさすがに疲れきっていた。 足が棒になるとはこのことだ。 しかし、肉体的な疲れよりも、ただ黙々と働き続けるスタッフの仕事ぶりを 見ていると、仲間という感覚がわいてくるのか不安になった。 僕は現実という厳しさを目の当たりにして、まるで転がり落ちていく石のような 心境だった。 まじめかもしれないが、スタッフはあまり笑わないし何の楽しみがあるのだろう・・・。 冗談を言い合ったり一緒に酒を飲んだり・・・そんな場面はあるのだろうか。 介護の現場は過酷だと聞いていたが、まさしくそのとおりだった。 しかし、それぞれの会社の方針であり、すべてがこのような労働環境とは思いたくない。 ここで働く若者たちは何を考えながら頑張っているのだろうか。 「これじゃあ夢も希望もわいてこない・・・」 会話らしき会話もないまま、施設での実習初日を終えて帰宅した。 翌日、仕事の流れをつかんだ僕は再び現場に入った。 「おはようございます。今日もよろしくお願いします」 スタッフ一人一人に声をかけて回った。 (よし、今日は僕がムードメーカーになろう) 昨日とは違う自分がいた。こちらから積極的にスタッフに声をかけようと決めていた。 いろんなことを教えてもらおうと現場で感じた疑問をノートに書きとめてきた。 「お願いがあるのですが・・・昨日はバタバタして入居者の方とは話す機会がなかった のですが、今日は少しお話をさせてもらってもいいでしょうか?」 若いリーダーは一瞬驚いた表情をみせた。 「ええ・・・いいですよ。くれぐれも言葉遣いには注意してくださいね」 「あはは、年の功ですよ。もちろん自尊心を傷つけないように・・・ですね」 認知症の人とどこまでコミュニケーションが可能なのか、こちらから会話をしてみようと 願い出た。 つづく
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確かに仕事はやりがいがないとつづきませんね。
2009/5/14(木) 午後 6:53
新しいことって、やっぱり、緊張するでしょうけれど、・・・与えられるより、与えろですね。
2009/5/14(木) 午後 7:04 [ hannreinakinisimo ]
PARKさん、 hannreinakinisimoさん。現場を見て最初は驚きましたが、逆に問題点も見えてきました。これは大きな収穫かもしれません。じゃあ自分ならばどうするか・・・何が出来るか・・・職場選びで職場のムードや人間関係は重要な要素ですし、自分に合った施設(会社)を探さなければと気持ちを引き締めています。
2009/5/14(木) 午後 10:05
祖母がいた介護施設を最初に訪問した時には、バタバタと仕事をこなしているという印象があまりにも強くて・・・大変な仕事だなと感じました。
だんだんと訪問回数が増えていく中で感じたのは、お茶を飲んでいる入居者のそばで笑いながら話しかけているスタッフがいた事。
その横には、ほほ笑むご老人の姿・・・。
認知症のためにコミュニケーションがなかなかうまくいかない方もいらっしゃると思いますが・・・心をもって接すればきっと何かが伝わるような気がします。
優しい笑顔は元気を、優しく介護する手の温もりはまだ生きているという喜びと心の温かさを与えてくれると思います。
頑張ってくださいね。
2009/5/14(木) 午後 10:15 [ mik*nt*1* ]
mikanさん、そうですね。やはり人間相手の仕事ですからコミュニケーションが重要。スタッフと入居者、スタッフ同士のコミュニケーション・・・両方がどうしたらうまくかみ合うか?認知症の度合いによって違うでしょうが、言葉だけでなく他にも方法があるかなとも思います。たとえば似顔絵やイラストをサラサラっと描いてみたり・・・残念ながら試してみる機会がありませんでしたが、心に響かせる方法が何かあるかも。以前、講座で部下と上司とのコミュニケーションについて教えていたので、もう一度思い出してチャレンジしたいと思います。未知の世界に飛び込むのだからすべてがチャレンジですよ(笑)
2009/5/14(木) 午後 10:27
忙しすぎますものね、現場は。
若い方しか体力的に無理かもしれませんが、年齢を経た方を相手にするのですから、やはり勉強だけでは分からないことが多いでしょうね。事故の無いように、目の前の仕事をこなすには無言になるのでしょうか?
中島さんのチャレンジを楽しみにしています。
2009/5/15(金) 午前 0:34
ajaokangaerukaiさん、実習は本当に驚きの連続です。体力には自信があったつもりですが、いつの間にか体力も衰えたことを思い知らされました。五十歳からの未知の世界への挑戦は、まず自分自身の体調管理が必要みたいですね。それと気力の充実と維持(笑)
まだまだ若いと思っていても体力では、若い人についていくのが精一杯だし、人生経験を駆使して知恵と工夫でカバーするしかありませんね。
一緒に学んだ仲間からの連絡も「俺が行った実習先の施設は昼に三十分の休憩が一回あっただけだよ。とにかくみんな働く働く。休みなくずっと働いておるばい」と驚いていました。
2009/5/15(金) 午前 2:16
お早うございます。
私も仕事は忙しいですが、この仕事に比べたら楽なほうなのだな…と実感しました。
お身体にはお気をつけ下さいませ!!
2009/5/15(金) 午前 4:57
離職される方が多いのがうなずけますね。
スタッフ間の人間関係も難しいと聞きます。
自分にあった施設が見つかればいいですね
2009/5/15(金) 午前 5:56
人間関係、コミュニケーションというのは、目に見えない、外からの評価の難しい部分ですね。大企業では、それが機械的になるのかなぁと感じました。
ファイトさんのチャレンジ、目の付けどころ、勉強になります。
自分の日常にも活かせるかもしれないと、次の記事を期待しています。
2009/5/15(金) 午前 6:38 [ neroli2007 ]
「認知症は記憶力の低下だけでなく、脳から伝達される体の機能が低下し、自分で歩けなくなったり手足を動かせなくなったり、自分の体を支えることも出来なくなっていく」、そうなんですか、知りませんでした。「記憶の低下」についてのみ注視しておりました。知識を、ありがとうございました。
2009/5/15(金) 午前 11:45
次回の記事が待ち遠しいです。新聞連載を楽しみにしている読者と同じ心境。
うちの息子の友人(女性)は勉強して”介護福祉士”の資格をとったのに、施設に勤めて、たった3ヶ月でリタイア!
現場の厳しさに体力も気力も追いつかなかったもよう・・・
厳しい労働にたいしては十分な対価がないと無理。
今、一番、課題の多い職種ですが、ゼッタイ必要な職種でもあり、大いなる矛盾を抱える分野・・・ですよね・・・。
2009/5/15(金) 午後 3:08 [ pilopilo3658 ]
ファイトさん、お疲れ様です✿✿✿
業務はだいたいこんな感じですが、ここまで徹底してる施設ばかりではないですよ^^
高齢者の方に対しての考えや感じたことは大事ですね✿
ものすごく大変に思える業務内容も、毎日の繰り返しで
慣れてきますから、心配ないです。
最初の数ヶ月は緊張されるかもしれませんが
いい先輩に恵まれるといいですね✿
↑えらそーに語っちゃってすみません<m(__)m>
2009/5/15(金) 午後 7:25 [ めぐむさん ]
やっと終わりました。めぐむさん、いろいろ教えて頂きありがとうございます。確かにハードですね(笑)
なんだって最初から楽な仕事なんてないし、会社によって違うし、大切なことは自分に合った人間関係の職場を探せばいいだけ。こればかりは自分で見つけるしかないですし、チャンスは自分で作る。さあ、再び就職活動を開始しますよ。
2009/5/16(土) 午後 0:26
neroli2007 さん、無事に全過程を終えました。今、資格証明書をもらいに行っている電車の中です。いやあ〜きつかった…これが正直な感想です(笑)これでやっとスタートラインに立つ権利を得ただけです。コミュニケーションの大切さを改めて実感しました。相手に自分のことを分かってくれよと求めるだけでなく、自分も相手を理解してあげる努力をする…これに尽きますね。
頑張りますよ。
2009/5/16(土) 午後 0:36
min*1*7272 さん、認知症は人によって症状もさまざまでした。もとには回復はしないので症状を進行させないように努力する…家族や特定の人だけで介護するのは現実的に無理だなあと感じましたよ。
2009/5/16(土) 午後 0:51
介護のお仕事は大変そうですが、お体にはくれぐれもお気をつけくださいませ〜!
2009/5/16(土) 午後 4:24
pilopilo3658 さん、本日資格を取得しましたが、介護の世界は理想と現実のギャップが大きく、よほどの志と覚悟、忍耐力がないと無理なようです。中高年男性の働く場所は、この介護の世界でも年齢的なハンディがあり、おのずと道が絞られていきます。僕が介護の世界でめざす場所はそこも狭き門のようですし、どうやって道を切り開くか…これからが勝負です。
さて、どうしようか。
2009/5/16(土) 午後 5:30
こうやま みかさん、いつもあなたのパワーに圧倒されながら僕も頑張っています。お互いに身体が資本ですしね。頑張りましょう。
2009/5/16(土) 午後 5:33
資格を取得したものの、実習先の介護の現場で中高年男性が働いている姿を一度も見なかった…これは僕だけでなくオヤジ組の仲間も同じでした。
人手不足なので就職は絶対に出来ると聞いていたけれど…中高年男性はどこにもいなくて、若い男性ばかりでした。
資格があっても働く場所がないのか?採用されるのは体力がある若い男性ばかり。体力にも精神的にも厳しい世界だから、中高年男性には無理だと敬遠されてしまうのか?それとも、就職したものの、体力が続かずスグに辞めてしまうから現場に居ないのか?…う〜ん、地域性もあるかも知れませんが、仲間が行った福岡市内の実習先でも最後まで中高年男性の姿を見ることはありませんでした。
何故なんだろう?
2009/5/17(日) 午前 2:15