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第32話 無力「求職男」〜再就職への道〜
実習に行った老人施設(特養)で見た光景は衝撃的だった。休むことなく正確に「介護」という作業が続けられる。 流れ作業のように仕事に追われ、決められた作業工程に従って、黙々と介護を こなしていく二十代の若い介護スタッフたち。 施設も立派で快適な居住空間がある。スタッフも入居者である老人たちに 至れり尽くせりのサービスを提供しようと、24時間一生懸命働いている。 大切な人を施設に預けた家族にとっては申し分のない施設だ。 ここに入居するには百人待ちという人気の高さも納得できる。 スタッフの給料も他の施設に比べて高い。 でも・・・ここは自分には似合わない。 僕が描いていたイメージとは何かが違う。 ここに入居する老人たちはほぼ全員が認知症で、一日中無言でテレビを見て過ごす。 食事の時間になると無言で食事をし、お茶の時間になると無言でお茶を飲む。 人にはこんなふうに老いていく人生があることを知った。 翌日、私はフロアの若いスタッフたちに声をかけて回った。 「おはようございます。昨日はお世話になりました。今日も一日よろしく お願いしますね」 私の元気な声に若者たちは戸惑った。 「おはようございます・・・」 照れるのか、恥ずかしそうに挨拶を返す。ここで働く若者たちは冗談も言わず 真面目でおとなしかった。 (真面目なのはいいことだが、もう少し笑ってもいいじゃない) せっかく実習に来たのだから認知症について学ぼうと、朝からリーダーを つかまえて私の疑問をぶつけた。認知症の老人たちと、どんなコミュニケー ションが出来るのか。これは現場でしか学べない。 「ちょっと教えてください。認知症の方々は言葉の意味はどの程度認識 できるのですか?」 「えっ、そうですね・・・全部認識できる人もおられれば、半分くらいしか 認識できない人もおられますし・・・人それぞれですね」 「じゃあ、こちらから話しかけても言葉の意味が通じない場合もあるの ですか?」 「人によってはそうですね」 いろいろ聞いてみたが釈然としない。 こうなったら自分で話しかけてみるしかない。 ここでは午後に一度だけレクレーションタイムがあり、今日の担当者が童謡の DVDを流して「じゃあ今日は『こいのぼり』を一緒に歌いましょう」と 歌い始めると、老人たちもモゴモゴと歌いだすが笑顔はない。 私は複雑な思いで彼らが歌う姿を見ていた。 (これがレクレーション・・・) 10分ほどのレクレーションの時間が終わると、再びテレビの時間に戻った。 老人たちに最も人気があるのが『ドリフの八時だよ全員集合!』のDVDだった。 単純明快なギャグは楽しめるのか、大声で笑う男性が一人だけいた。 昨日の実習で作業のおおまかな流れをつかんでいたので、時間を見つけて彼に 話しかけてみた。その人は愛嬌のある七十代半ばの男性だった。 「○○さん、今日はいい天気ですね」 「はい、いい天気ですね」 「ごはんはおいしく食べれましたか?」 「はい、おいしく食べれました」 共通の話題を見出そうと、さらに言葉をかけた。 「そうですか、よかったですね。○○さんはお生れはどちらですか?」 「ワシは対馬よ」 「へえー、対馬ですか。海がきれいですね」 「うん、海がきれいかよー」 彼はふるさとの海を思い出したのか、嬉しそうに笑った。 「じゃあ泳ぎは得意ですか?」 「ああ、泳ぎは得意やったよ。朝から晩まで海につかっとったよ」 スタッフはあきらめているのか、彼には必要なこと意外は話しかけなかった。 (ほーら、ちゃんと目を見て心をこめて話しかければ会話ができるじゃないか) 私は得意げになって、さらに話しかけた。 「あはは、海につかっとったですか。じゃあ、どれくらい泳げたのですか?」 「ああ、海はきれいかよ」 「??・・・どれくらい泳げたのですか?」 「ああ、海はきれいかよ」 (うーん・・・話題を変えよう) 「対馬でおいしいもんは、どんなのがありますか?」 「うん、おいしかよ」 「いや、あのー・・・どんなものがおいしいのですか?」 「海がきれいかよー」 「そうですか・・・海がきれいですか・・・」 私は誠心誠意つくせば、相手とコミュニケーションがはかれると思っていたが、 私の考えは甘かった。 これが認知症なのか・・・。 いつも一人でいる八十代の女性。 認知症が進行した彼女は自分では歩けず車椅子だった。話しかけても言葉は 返ってこないとスタッフに聞いていた。 フロアの隅っこのテーブルが彼女の居場所で、テレビも見ないし誰とも 言葉を交わさない。目を大きく見開き、いつも遠くを睨みつけたような 険しい表情で一日を過ごす。 時折、怖い形相で何かに向かってブツブツとつぶやいていた。 「あの人はいつもこうだから気にしないでいいですよ」とスタッフは説明した。 彼女にお茶を運んだ時、思い切って話しかけてみた。 「○○さん、お茶ですよ。あっちでみなさんと一緒にテレビでも見ませんか?」 「・・・・・・」 (何の反応もない・・・) 「ほら、外を見てみませんか。今日はいい天気ですよ」 「・・・・・・」 何を話しかけても彼女の視線は遠くを見つめたままだった。 (やっぱり無理か・・・) お茶を置いて立ち去ろうとした時、突然彼女が口を開いた。 「おいは小学校しか出とらん・・・」 「えっ!・・・」 「・・・・・・」 彼女は怒りに満ちた表情で過去の記憶の中をさまよっているようだった。 夕方になると七十代の女性が泣き出した。 他の入居者の娘さんが自分の母親を訪ねてきたのを見て、彼女は自分の 息子を思い出したようだった。 「早く家に帰りたかー。息子が迎えに来ると言うとったけど、まだ迎えに 来んとよー。早う迎えに来るように息子に電話してよー。家に帰りたかよー・・・」 彼女は最近入居してきたために、ここでの生活にまだ馴染めないでいた。 自分の居場所が見つからず、時折何かの拍子に泣き出すという。 スタッフがなだめるが、彼女は子供のように泣きじゃくった。 「迎えに来るように、息子に早う電話してよー」 (ここがあなたの新しい家なんですよ・・・) せめて、ここで楽しい時間を過ごさせてあげれたらいいのだが・・・笑顔を与える ことは出来ないのだろうか? ここで暮らす老人たちは、「今」ではなく「過去」の記憶の中で生きていた。 幼いころの楽しい思い出の中で生きている人。 辛かった記憶の中で生きている人。 家族との思い出の中で生きている人。 みんな遠い過去の思い出の中で生きている・・・そんな気がした。 介護の現場には命と向き合うだけでなく、認知症の現実を知り、さまざまな老い方が あることを学んだ。 施設での実習が終わり外に出た。 駅までの道が昨日よりも遠く感じた。疲れだけでなく、いろんな場面が目に 焼きつき足取りが重かった。 人生の終焉を迎えようとする人たちに何が出来るのだろう。 コミュニケーションの重要性を実感し、自らコミュニケーションをはかろうと 思ったが、結局何も出来なかった。 現場の厳しさを知るにつれて打ちのめされていくような思いだ。 自分のふがいなさを思い知らされた。無力だった。 介護の世界は僕が考えていた以上に奥が深くて難しい・・・。 何もできない自分が悔しかった。 スタッフも入居者も笑顔であってほしいが、どうすればいいのだろう。 コミュニケーションの難しさを知ったが、他に方法は・・・。 「そうだ!この方法でやってみよう」 私はある方法を思いついた。 ようし、頑張ろうぜ!
もう一度、挑戦してみよう! 今度こそ・・・ つづく |

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母体となる企業色や体質が色濃く出てしまうのでしょうか…。
預けている家族の立場としてこれ迄に数ヶ所の施設を見てきましたが…何だか寂しいなと記事を読んで想いました。
Fightさん、無力なんかじゃないですよ。
話しかけてもらった、笑顔を向けてもらった…たとえ認知症でも、ほんのわずかな断片として入居者の心の中に埋め込まれたと思います。
声をかけ、笑顔でいられること…一番大切なケアの技術のような気がします。
それは入居者だけではなくスタッフに対してもです。声をかけられたスタッフの心には、わずかな断片ではなく、嬉しくて温かい記憶としてしっかり残っていることだと思いますよ。
応援しています。頑張って下さいね。
2009/5/19(火) 午前 5:25 [ mik*nt*1* ]
頑張っていらっしゃいますね。
でも、笑顔は与えるものではないと私は思います。
こちらがその人を好きになれば、きっと自然とお互いに笑顔になっていると私は思います。
2009/5/19(火) 午前 6:23 [ emi*u*y8 ]
人間らしくい最後まで生きるのはなかなかたいへんです。だからこそ介護が必要なのです。がんばってください。
2009/5/19(火) 午前 6:49
mikanさん。介護のサービス内容や施設基準は細かく設けられています。しかし、人間が行うものですし、やり方が微妙に違ったりしているようです。どこを利用するかによって満足度が違う・・・僕自身もいろいろ考えさせられました。
2009/5/19(火) 午前 9:03
エミさん、ハッとしました。おっしゃるとおりですね。笑顔は信頼と安心があってこそ生まれるものかもしれませんね。僕と初めて会った老人との間に簡単に信頼が生まれるわけではないし、お互いのことを知らない者同士ですからね。信頼には時間が必要ですね。笑顔は与えるものではない・・・まずは僕が相手を理解し受け止めることが大切。与えるという発想そのものが、自分の考えを相手に押し付けようとしているのですよ。介護の基本を忘れていました。反省と同時に教えていただいたエミさんに感謝です。ありがとうございます。
2009/5/19(火) 午前 9:12
PARKさん、普段は何気なく暮らしていますが「人間らしく生きる」って本当に大変なことなんですね。病気とは無縁で穏やかに大往生できる人は幸せなんですね。どんなに金持ちでも、どんなに地位や名誉があっても、最期は分かりません。人間らしく生きる・・・すばらしい言葉ですね。ありがとうございます。
2009/5/19(火) 午前 9:21
>「ここで暮らす老人たちは、「今」ではなく「過去」の記憶の中で生きていた。
幼いころの楽しい思い出の中で生きている人。
辛かった記憶の中で生きている人。
家族との思い出の中で生きている人。
みんな遠い過去の思い出の中で生きている・・・そんな気がした。
介護の現場には命と向き合うだけでなく、認知症の現実を知り、さまざまな老い方が
あることを学んだ。」というのをファイトさんの記事を読んでる間自然に同感でき、
> 何もできない自分が悔しかった。
いいえ、話をさせ、思い出させたのではないでしょうか?
>私はある方法を思いついた。
何でしょうか?待ち遠いですが、
本当に複雑で、頭が上がらない気持ちで読まさせて頂きました。
介護はみんなの事で、いつか必ず向き合う時がくるんですよね。
応援します。
2009/5/19(火) 午後 1:21 [ ansund59 ]
こんにちわ♪
時々は訪問しては記事を読ませてもらっています。
お父様の時の記事を読んでもどうコメントを書けばいいのか
解らず中々、書けずにいました〜〜〜m(_ _)m
今度は介護の記事です〜〜私の母も認知症で2年間介護して
この世を去りました。
施設に入る事なく自宅で介護しました〜〜普通に話していた母が
だんだん壊れていく様子を見続けてきました。
最後は娘の私を自分の母親に置き換えて私の事を「おかあちゃん」
っと呼んでいました〜〜とても悲しかったけどこれが現実で私を
頼っていてくれただけでも嬉しかったです〜〜☆
書かずにいられませんでした〜〜文章がとても苦手で支離滅裂
ですみません〜〜〜m(_ _)m
でも頑張ってくださいね〜〜〜何も出来ませんが応援して
います〜〜〜☆
2009/5/19(火) 午後 3:03
認知症患者さんとのコミュニュケーションは難しいですね。
QOLを少しでも向上出来れば、良いですね。
2009/5/19(火) 午後 5:36
偉そうに思わないでくださいね。
ファイトさんのコメント返しを読んでいて、ふと思いました。
変わられたなぁ〜って。
何か、ピュアになられた感じがします。
新しいことに全霊で向かっておられますね。
元気を貰いました。ありがとうございます。
2009/5/19(火) 午後 6:04
無表情や分けのわからないことを言う入所老人に話しかけるとき、ついつい、子供に言う口調になったり、上から目線で見たりしがちです。
家族としてその様子をみると、悲しくなります。
歳をとっても、認知症になっても親は、尊敬する対象のままであってほしいのが子どもの気持ちです。
と、母が入院しているときや、義父が入所しているときに思いました。
逆に、しっかり人間として対して下さる介護者に出会うと、安心して、感謝しました。
今のファイトさんの気持ち、忘れないで下さいね。
2009/5/19(火) 午後 8:19
yaghinekoさん、そうでしたか・・・現場を見て介護の本当の大変さや辛さを知り、驚きの連続でした。頭でどんなに考えても理解できないこと・・・ありますね。人それぞれに人生があるように老い方もそれぞれ。介護についての認識や考え方もそれぞれ違います。まだ実習で、わずかな時間しか現場にふれていませんが、これからもっともっと何かを感じ、多くのことを学んでいければと思います。
2009/5/19(火) 午後 10:51
実夏さん、ありがとうございます。何事も体が資本であり、健康が一番ですね。お互いに体に気をつけて頑張りましょうね。
2009/5/19(火) 午後 10:55
kayomiさん、父の裁判で人生観が変わり心を閉ざしていた自分が、今度は「人の心」の世界に飛び込んでいこうとしています。裁判は理論・理屈の世界でしたが、ここでは理論・理屈よりも「心」です。まだ慣れないことばかりで戸惑いや迷いもたくさんあります。でも少しずつ変わっていく努力をしています。誰だって最初は完璧ではないし、一歩ずつ・・・そう、一歩づつ頑張ります。
2009/5/19(火) 午後 11:02
大変でしょうけども、
見てやろう、確かめてやろうの気分で
お仕事がんばってくださいね。
そうすれば自身もまた強くなれると思うので、失礼。
2009/5/19(火) 午後 11:13
アジカンさん、どんなに親が老いていこうと、最期まで親は親ですよね。現場に慣れてくると、いろんなことに驚かなくなり、同時に大切なものを忘れてしまう・・・実習では本当に驚きの連続でした。現場のことで精一杯で、大切な人を預けた家族の思いや願いに気づかなくなってしまいそうでしたが、しっかりと胸に刻んでおきます。ありがとうございます。
2009/5/19(火) 午後 11:16
ans*nd5*さん、僕も以前は「介護」というと自分の親のことしか考えていませんでしたし、自分が老いていくことなど想像できませんでした。介護は生きることの延長線上にあり、人は必ず老いるわけですから、決して自分には関係ないとは言えませんね。いろいろ学ぶことが多いです。
2009/5/19(火) 午後 11:23
ヨシさん、はじめまして。一度にたくさんのことを見て、感じて、自分でも驚きです。裁判で人間の醜さや正義とは何かを感じ、闘うことの勇気を学びましたが、今度は今までと違う生きるとは何かを学んでいくような気がします。僕が見た介護の現場は、ほんのちょっとにしかすぎませんが強烈でした。もっともっといろんな場面に直面し、落ち込んだり喜んだり・・・そうやって経験をつんで学んでいきますよ。頑張ります。
2009/5/19(火) 午後 11:42
ファイト様は人のあまり経験できない苦労をなさっていますね。天から与えられた宿題なんでしょうか。
ファイトさんの力でお年寄りのみならず、ロボットのように働くだけの若者たちに別の視点とやりがいを感じさせてやれたら素晴らしいと思います。
2009/5/20(水) 午後 5:16 [ pilopilo3658 ]
pilopilo3658さん。介護といっても当然ボランティアでは続けられませんからね、そこで働く人たちの給料だって払わなければならず、施設が立派であればあるほど、その分コストもかさみます。介護企業として利益を追求するのは当然ですが、そこに建前でなく企業ごとの本当の経営方針が出てくるのです。働く者としても、給与を優先するか、やりがいを優先するか・・・そこが苦しい決断です。
2009/5/20(水) 午後 5:30