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第26話 時代おくれの男たち 「求職男」〜再就職への道〜 良さんの夢を見た。 良さんこと良二さんは、投げやりになりかけていた私に『自分の人生を大切に』と 気づかせてくれた恩人。そして介護の世界を教えてくれたのも良さんだった。 夢の中で良さんは『がんばれよ!』と笑っていた。きっといつか会える。 どこかで見守ってくれているはずだ。 良さんが言っていたように、介護の世界は生半可な気持ちでは務まらない。 私たちは介護の奥の深さに驚くばかりだった。 デジタル化が進む中で介護とはアナログそのものだ。人間の心はアナログだ。 人と人とが向き合い、人を知ることから始まる。 人の心を見つめ、人を想う気持ち・・・。 介護技術の一つひとつにもすべて意味があった。 実技の講習は難易度を増していった。 「はい、次は大久保さん。やってみますか?」 「えっ!俺ですか・・・オッス、やります!」 ベッドに寝かしたままの人を、寝巻きからトレーナーに着替えさせる技術に 挑戦だ。映画「おくりびと」にも登場したあの技。 その技に挑戦する大久保さんは、たくましい腕とがっちりとした身体つきの、 私と同じ50歳。県外からの受講生で建設業界にいたようだ。 悪戦苦闘する大久保さん。 「あー駄目だ。うまくできん!先生、ちょっと待ってください」 「???」 頭にタオルを巻く彼。 「どうも調子が出んとですよ。やっぱりこのほうが気合が入ります」 一斉に笑いが起きた。 こんな調子で私たちオヤジ組は頑張っていた。 昼食の時間、私が切り出した。 「あのさ、よければ親睦を兼ねて帰りに一杯、どう?」 「おお、いいっすねー」 話はすぐにまとまった。せっかくだからと他の者にも声をかけたが、結局、 中年世代の我々四人で行くことになった。 「カンパーイ!」 食べる、飲む、しゃべる、笑う。憂さをはらすかのように次々とグラスが空いていく。 あっという間に焼酎の瓶が空になった。「焼酎もう一本!」 酔いが回るにつれ、ますます勢いづく四人。 「いやあ、最初は若い人ばかりだと思うて心配やったよ」 「俺もよ。みんなの顔を見て安心したもん」 「そうそう。まさか介護の講習に、オヤジ達がこんなに参加しているなんて、世の中 変わったよね」 みんな同じ思いだった。 「でもさ、来てビックリしたけど、介護は女性が多いと思っていたけど、他の教室ば 見ても分かるように、男性も多かね。四割は男性やなかね」 全員うなづく。 不況のせいなのか、それとも介護業界に関心を持つ男性が増えたのか。本当に男性の 数が多い。我々のような中高年の数はまだまだ少ないが、いずれもっと増えてくるはずだ。 そうなれば、この業界もいずれは就職が難しくなる。全員、今がチャンスだと考えて 応募したと打ち明けた。 「なーんだ、考えることはみんな同じやったとね」 「あはは、我々には時間がないしですね。焦っちゃいかんけど、若い頃と違って チャンスが何度もあるわけじゃないし、今の我々には一ヶ月が一年くらいの価値があると 思うとですよ。俺は介護の世界でチャンスをつかもうと思うて出てきたとですよ」 大久保さんの声が弾んだ。 不思議なことに誰の口からも愚痴や妬みは出ない。 すでにその段階を乗り越えたからだろうし、そもそも夢や希望を抱かずに、わざわざ ここに参加するわけがない。 そう、みんな夢や希望に自分の人生を託した仲間だ。 それぞれ夢や想いは違うかもしれない。 背中に背負っているのも家族であったり、会社であったり。 でも頑張る気持ちは同じだ。 「俺は今までIT業界で働いてきたけれど、関連会社に出向に出されてからが 運のツキ。それで会社を辞めて契約社員で生きてきましたよ、10年ね。資格を取れば、 この業界では何とかやれると思ってですね」 大手家電メーカーで働いていた堤さんも、人生を変えようとの想いで参加していた。 酔いにまかせて我々は、もう一件行こうと街に繰り出した。 さらに盛り上がり、今度はカラオケへと。 同年代ということもありリクエストする曲が、昔よく歌った曲ばかりだった。 チューリップ、アリス、かぐや姫、吉田拓郎などの曲が次々と飛び出す。 まさに50歳の青春だ。 私の隣に座る大久保さんは、いつの間にか頭にタオルを巻いていた。 「中島さん、聞いてもよかですか?」 「えっ、何をですか?」 「どう見ても中島さんは介護のイメージに合わんとですよ。何か違うとですよね。 どうしてここに参加したのですか? 」 どうしてそんなふうに見られるのか自分でも分からない。イメージって何だろう。 酔いも手伝い、私はここに至るまでのことを話し始めた。いつの間にか他の二人も、 歌うのをやめて私の話を聞いていた。 私が話し終えると、みんなうなずいていた。 「中島さん・・・俺は現場で頑張るけど、あんたは上を目指さんばいかんよ。 頑張ってくんしゃい。そうせんといかんですよ」 川村さんがつぶやいた。 「中島さん・・・俺はね、じつは介護の世界に社運を賭けて飛び込んできたとですよ」 「社運?仕事を持っているとね」 「はい。二十年ほど前に今の社長と一緒に建設会社を立ち上げ、私は常務を しています。当時はバブルで儲かって社員も少しずつ増えていきました。 しかし、建設業界は知ってのとおり、最近は不況で仕事がどんどん少なく なるばかりです」 「そうね・・・」 「このままではいかん、何とかせんばと。社長と話し合ったとですよ。 会社を信じて付いてきてくれている社員を路頭に迷わすわけにはいかんとですね。 うちは大手みたいに簡単に首を切るなどできません。社員は俺たちの家族です、 会社が社員の家族も守ってやらんといかんですよ」 私たちは雇用の厳しさを身を持って知っている。 「だから、社長と話し合って介護の世界に賭けてみようと。まず最初に俺が 介護の世界に飛び込んで資格を取り、次は社長もヘルパーの資格を取りに来ます。 社員には休日を利用して地元でヘルパーの資格を取らせます。 建設業から介護事業へと転換して、みんなで生き残ろうと決めたとです。 みんなも付いてきてくれると言ってるしですね」 「・・・・・・」 せちがない世の中で、効率や利益よりも絆を選んだ大久保さんの想いに感動した。 「そういうことやったとね・・・大久保さんも大変な決断したとね。 人生、もっとうまく生きていけたらよかけど、俺たち不器用な男ばっかり集まったね」 川村さんのその言葉にまた全員がうなずいた。 「すみません、こんな話をして。じゃあ、今度は俺が歌います」 大久保さんは頭に巻いたタオルをはずして立ち上がると、一人で歌い始めた。 いつしか私も一緒に歌い始め、そして川村さんも堤さんも。 挫折を経験した中年オヤジ四名が出会った。 挫折を経験したからこそ優しくて強いのかもしれない。 四人はゼロからのスタートに燃えている。 一度つまずいたり落ちこぼれても、人生は素晴らしい。 なぜなら、人生は変えることができるからだ。 頑張って歩き続ければ人生は変わる。 想いがあれば変えることだって出来る・・・。 きっと想いは叶う・・・その日が訪れることを信じて頑張る。 ♪時代おくれ 作詞 阿久悠 作曲 森田公一 唄 河島英五 昭和61年(1986) 不器用だけれど しらけずに 純粋だけど 野暮じゃなく 上手なお酒を 飲みながら 一年一度 酔っ払う 昔の友には 優しくて 変わらぬ友と 信じ込み あれこれ仕事も あるくせに 自分の事は あとにする ♪ 妬まぬように 焦らぬように 飾った世界に 流されず 好きな誰かを 思い続ける・・・ 時代遅れの 男になりたい ♪ 目立たぬように はしゃがぬように 似合わぬ事は 無理をせず 他人の心を 見つめ続ける 時代遅れの 男になりたい |

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