『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

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  第26話 時代おくれの男たち 「求職男」〜再就職への道〜



良さんの夢を見た。

良さんこと良二さんは、投げやりになりかけていた私に『自分の人生を大切に』と
気づかせてくれた恩人。そして介護の世界を教えてくれたのも良さんだった。
夢の中で良さんは『がんばれよ!』と笑っていた。きっといつか会える。
どこかで見守ってくれているはずだ。
良さんが言っていたように、介護の世界は生半可な気持ちでは務まらない。

私たちは介護の奥の深さに驚くばかりだった。
デジタル化が進む中で介護とはアナログそのものだ。人間の心はアナログだ。
人と人とが向き合い、人を知ることから始まる。
人の心を見つめ、人を想う気持ち・・・。

介護技術の一つひとつにもすべて意味があった。
実技の講習は難易度を増していった。
「はい、次は大久保さん。やってみますか?」
「えっ!俺ですか・・・オッス、やります!」
ベッドに寝かしたままの人を、寝巻きからトレーナーに着替えさせる技術に
挑戦だ。映画「おくりびと」にも登場したあの技。

その技に挑戦する大久保さんは、たくましい腕とがっちりとした身体つきの、
私と同じ50歳。県外からの受講生で建設業界にいたようだ。
悪戦苦闘する大久保さん。
「あー駄目だ。うまくできん!先生、ちょっと待ってください」
「???」
頭にタオルを巻く彼。
「どうも調子が出んとですよ。やっぱりこのほうが気合が入ります」
一斉に笑いが起きた。
こんな調子で私たちオヤジ組は頑張っていた。

昼食の時間、私が切り出した。
「あのさ、よければ親睦を兼ねて帰りに一杯、どう?」
「おお、いいっすねー」
話はすぐにまとまった。せっかくだからと他の者にも声をかけたが、結局、
中年世代の我々四人で行くことになった。

「カンパーイ!」
食べる、飲む、しゃべる、笑う。憂さをはらすかのように次々とグラスが空いていく。
あっという間に焼酎の瓶が空になった。「焼酎もう一本!」
酔いが回るにつれ、ますます勢いづく四人。
「いやあ、最初は若い人ばかりだと思うて心配やったよ」
「俺もよ。みんなの顔を見て安心したもん」
「そうそう。まさか介護の講習に、オヤジ達がこんなに参加しているなんて、世の中
変わったよね」
みんな同じ思いだった。

「でもさ、来てビックリしたけど、介護は女性が多いと思っていたけど、他の教室ば
見ても分かるように、男性も多かね。四割は男性やなかね」
全員うなづく。
不況のせいなのか、それとも介護業界に関心を持つ男性が増えたのか。本当に男性の
数が多い。我々のような中高年の数はまだまだ少ないが、いずれもっと増えてくるはずだ。
そうなれば、この業界もいずれは就職が難しくなる。全員、今がチャンスだと考えて
応募したと打ち明けた。

「なーんだ、考えることはみんな同じやったとね」
「あはは、我々には時間がないしですね。焦っちゃいかんけど、若い頃と違って
チャンスが何度もあるわけじゃないし、今の我々には一ヶ月が一年くらいの価値があると
思うとですよ。俺は介護の世界でチャンスをつかもうと思うて出てきたとですよ」
大久保さんの声が弾んだ。

不思議なことに誰の口からも愚痴や妬みは出ない。
すでにその段階を乗り越えたからだろうし、そもそも夢や希望を抱かずに、わざわざ
ここに参加するわけがない。
そう、みんな夢や希望に自分の人生を託した仲間だ。
それぞれ夢や想いは違うかもしれない。
背中に背負っているのも家族であったり、会社であったり。
でも頑張る気持ちは同じだ。

「俺は今までIT業界で働いてきたけれど、関連会社に出向に出されてからが
運のツキ。それで会社を辞めて契約社員で生きてきましたよ、10年ね。資格を取れば、
この業界では何とかやれると思ってですね」
大手家電メーカーで働いていた堤さんも、人生を変えようとの想いで参加していた。

酔いにまかせて我々は、もう一件行こうと街に繰り出した。
さらに盛り上がり、今度はカラオケへと。

同年代ということもありリクエストする曲が、昔よく歌った曲ばかりだった。
チューリップ、アリス、かぐや姫、吉田拓郎などの曲が次々と飛び出す。
まさに50歳の青春だ。

私の隣に座る大久保さんは、いつの間にか頭にタオルを巻いていた。
「中島さん、聞いてもよかですか?」
「えっ、何をですか?」
「どう見ても中島さんは介護のイメージに合わんとですよ。何か違うとですよね。
どうしてここに参加したのですか? 」
どうしてそんなふうに見られるのか自分でも分からない。イメージって何だろう。
酔いも手伝い、私はここに至るまでのことを話し始めた。いつの間にか他の二人も、
歌うのをやめて私の話を聞いていた。

私が話し終えると、みんなうなずいていた。
「中島さん・・・俺は現場で頑張るけど、あんたは上を目指さんばいかんよ。
頑張ってくんしゃい。そうせんといかんですよ」
川村さんがつぶやいた。
「中島さん・・・俺はね、じつは介護の世界に社運を賭けて飛び込んできたとですよ」
「社運?仕事を持っているとね」
「はい。二十年ほど前に今の社長と一緒に建設会社を立ち上げ、私は常務を
しています。当時はバブルで儲かって社員も少しずつ増えていきました。
しかし、建設業界は知ってのとおり、最近は不況で仕事がどんどん少なく
なるばかりです」
「そうね・・・」

「このままではいかん、何とかせんばと。社長と話し合ったとですよ。
会社を信じて付いてきてくれている社員を路頭に迷わすわけにはいかんとですね。
うちは大手みたいに簡単に首を切るなどできません。社員は俺たちの家族です、
会社が社員の家族も守ってやらんといかんですよ」

私たちは雇用の厳しさを身を持って知っている。

「だから、社長と話し合って介護の世界に賭けてみようと。まず最初に俺が
介護の世界に飛び込んで資格を取り、次は社長もヘルパーの資格を取りに来ます。
社員には休日を利用して地元でヘルパーの資格を取らせます。
建設業から介護事業へと転換して、みんなで生き残ろうと決めたとです。
みんなも付いてきてくれると言ってるしですね」
「・・・・・・」

せちがない世の中で、効率や利益よりも絆を選んだ大久保さんの想いに感動した。

「そういうことやったとね・・・大久保さんも大変な決断したとね。
人生、もっとうまく生きていけたらよかけど、俺たち不器用な男ばっかり集まったね」
川村さんのその言葉にまた全員がうなずいた。
「すみません、こんな話をして。じゃあ、今度は俺が歌います」

大久保さんは頭に巻いたタオルをはずして立ち上がると、一人で歌い始めた。
いつしか私も一緒に歌い始め、そして川村さんも堤さんも。

挫折を経験した中年オヤジ四名が出会った。
挫折を経験したからこそ優しくて強いのかもしれない。
四人はゼロからのスタートに燃えている。

一度つまずいたり落ちこぼれても、人生は素晴らしい。
なぜなら、人生は変えることができるからだ。
頑張って歩き続ければ人生は変わる。
想いがあれば変えることだって出来る・・・。

きっと想いは叶う・・・その日が訪れることを信じて頑張る。



  ♪時代おくれ

作詞 阿久悠 作曲  森田公一
唄 河島英五  昭和61年(1986)

不器用だけれど しらけずに 純粋だけど 野暮じゃなく

上手なお酒を 飲みながら 一年一度 酔っ払う

昔の友には 優しくて 変わらぬ友と 信じ込み

あれこれ仕事も あるくせに 自分の事は あとにする

♪ 妬まぬように 焦らぬように 飾った世界に 流されず

好きな誰かを 思い続ける・・・

時代遅れの 男になりたい

♪ 目立たぬように はしゃがぬように 似合わぬ事は 無理をせず

他人の心を 見つめ続ける 時代遅れの 男になりたい





第25話 人生半分 「求職男」〜再就職への道〜


「おはようございまーす」

教室に響く元気な声。一日が挨拶から始まる。
当たり前のことだけど、家族以外に朝の挨拶をする相手が居なかった私に
とっては新鮮だった。
資格取得という共通の目的を持った仲間がいる。
それだけで嬉しかった。

ここ数ヶ月、毎日求人情報をチェックしながら、一人で悶々とした生活を
過ごしていたが、ここでは雇用状況がどうだとか、そんな不安や悩みを
考える時間さえない。
講義についていくのが精一杯だ。

毎日、朝から夕方まで立ちっぱなしで実技に挑む。私が受講するクラスは
通信制のシステムを取り、テキストは各自が自宅で勉強し、スクーリング
として今のように講義を受ける。そのためにレポートを提出して採点されるが、
合格点に満たない場合は追試。教室ではテキストでは学べない実践的な実技を
中心に学んでいくというスタイルだ。

夕方になると疲れがピークに達し、受講生の顔から笑顔は消えていく。
ここでは専門学校としての4ヶ月コース、3ヶ月コース、そして私が受講する
短期集中コース。専門学校としてのコースは、約50名ほどの学生が学んでいる。
隣の教室は20代から30代が学ぶ。
こちらは中身が濃くてストップウォッチを手にした講師が受講生のシーツの
交換の時間をはかり採点する。

私が受講するコースは、とにかく早く資格を取得したいという中高年世代の
オヤジが半数を占めるコースだ。同年代ということもあり、打ち解けて教室に
笑い声が響くまでに時間はかからなかった。

最年長の川村さん、54歳。
島育ちの彼は日焼けした笑顔と明るい性格が魅力の男性だ。
彼が今まで何をしていたのか、どんな人生を経てきたのか、
ここでは誰も知らない。

「はい、今度は川村さんにやってもらいましょうね」

若い女性講師が彼の名前を呼んだ。
「先生、まだよく分からんとですが・・・」
「いいいのよ、失敗したって。誰だって最初は出来ないのよ。頭で覚えるよりも
体で覚えましょう」
「そんじゃあ、やってみますかね」
彼がベッドのシーツ交換に挑む。彼を囲むようにして私たちが見守る。
ごつごつとした太い指先でシーツの端をつかみ、ベッドから剥がす。
今度は新しいシーツを張る。
うまくいかずに焦る川村さん。
「川村さん、膝をついちゃ駄目ですよ」
「あっ、すんません」
「川村さん、そこはもっと丁寧にね」
「あっ、はい・・・うまくいかんですよ」
私たちは真剣な表情で彼の作業を見守る。
彼の手が止まる。
「ええっと・・・次は・・・どうやったでしょうか。うーん・・・」
室温は21度。緊張と焦りで汗が噴き出すので、冷房が最強に設定されている。
それでも彼の額からは汗が噴き出す。

一人が終わると次の受講生が挑戦する。
「では、中島さん。やってみて」
「はい」
私の番だ。手順を思い出しながら挑戦する。途中で何度もつまずいてしまう。
(ええっと、この角の折り返しはどうやったかな・・・うーん、思い出せない)
私も汗が噴き出し、足や腰に力が入る。
「そんな姿勢でやったら腰を痛めますよ」
先生からの注意が入る。
やっとのことで、どうにか完成した。
若い男性や女性陣は難なくこなしていくが、私たちオヤジ組は不器用なのか、
ぎこちない手つきで作業に挑むが何度も失敗ばかり。

講義が終わると、帰り道が同じ川村さんと一緒に帰る。

「中島さん、講義が始まって思ったけれど、私は介護に向かんとやろうか。
こがんとも出来んで大丈夫やろうかと・・・自信ばなくすですよ」
「あはは、なんば言いよるとですか。僕も同じですよ。下手だから全身筋肉痛ですし、
帰ったらもうグッタリですよ」
「そうですか!よかったー。私だけかと思いよりました」
自信をなくしていた川村さんの顔が輝いた。
「この歳で人生をゼロからスタートしようと思って、みんな集まっていますし、
みんな真剣ですよね。だから僕も頑張れるとですよ。最初は失敗の連続でしょうが、
頑張りましょうよ」
「そうですね・・・でも、よかったですよ。最初は同年代の人が誰もおらんかもと
不安でしたが、中島さんや大久保さん、堤さんとか同じ年代の人がおったので
ホッとしましたよ」
「あはは、同感です」

「じつはね、私は島の地元のスーパーでずっと働いてきたとですよ。ところが最近は
景気が悪くてですね・・・それでリストラされたとですよ。この歳で職探しですよ」
「僕も職探ししましたよ。全滅でしたけれどね」
「そうですか!中島さんもですか。島で仕事なんてなかとですよ。悔しかけど・・・
やっぱり年齢でしょうかね」
「うーん、確かに年齢のハンディは大きいですね。島だけでなく福岡も同じですよ」
「それでずっと悩んで考えたとですよ。このまま島でいくら頑張っても仕事は
見つからんし・・・母ちゃんにだけ働かせておくのが辛くてですね」
「・・・・・・」

「それで島を出ようと決めたとですよ。もう一度ゼロから頑張ろうとですね」

「私も同じですよ。ゼロからのスタートです」

「そうですか・・・私はそれで介護の仕事に目をつけたとです。ここやったら私の年齢でも
まだまだ頑張れるしですね。私の夢は資格を取って就職して、さらに上の資格を取って、
母ちゃんと島に戻ることです。
その頃は島も高齢化で、介護の仕事が必要になっている頃だろうしですね」

「そうでしたか・・・じゃあ、福岡へはお一人で?」
「島では母ちゃんがパートに出て家を守ってくれていますが、私が一人じゃ不便
やろうしと、母ちゃんも島を出て私と一緒に福岡で頑張ってくれると言ってくれたと
ですよ。私が就職したら母ちゃんも福岡に来るとです。二人で頑張って、
いつかは一緒に島に帰ろうと言っておるとですよ」
嬉しそうに奥さんのことを語る川村さん。

「五十半ばにしての大決断ですね」
「たしかに不安もあるけど、今のままではどうすることも出来んしですね。
島で仕事を探そうと思っても無理ですし、介護の仕事に賭けているんですよ。
それに長年客商売をしてきたから人と話すのは好きですしね。母ちゃんと
二人で頑張れば何とかなると言うて、島を出てきたとですよ」
川村さんの日焼けした顔には決意がみなぎっていた。

いろんな人生がある。
54歳からの新しい人生・・・・・。

誰でも新しい人生を踏み出すには、それなりの苦悩と勇気が必要だ。
川村さんも自分の人生を変えようとしている。
自分の力で変えようと、夢と希望を抱いてここにやってきた。

「そいじゃあ、また明日」
私に手を振ると地下鉄の改札口に消えていく川村さん。
「川村さん、明日も頑張りましょうね」
私が声をかけると彼は振り返った。
いつものひょうきんな川村さんだった。



 第24話 50歳からの青春 「求職男」〜再就職への道〜

今日からいよいよヘルパー養成講座のスタートだ。
私は決意も新たに教室の扉を開けた・・・?

・・・ざっと計画ではこんなスタートを切るはずだった。
ところが、昨夜は興奮してほとんど眠れなかった。
(初日から遅刻なんてコリャまずいよ)
ハッ、ハッ、ハッ・・・。
走る、走る、走る。

受付を済ませて、指定された教室に駆け込んだ。
(ふー、何とか間に合った)
空いている席を探した。後ろの壁際の一番奥の席が空いてた。

「おはようございます」
席に着いた私に微笑んだのは、見るからに私よりも年配の男性だった。
(おおっ、俺よりも年配の人がいる。あーよかったー・・・)
見るからに人のよさそうな人だ。
「お、おはようございます」

どんな人がいるのだろう。
周りを見渡しながら人数を数えた。
ええーっと・・・全部で10名か。男性が6名、女性が4名。
年齢は二十代らしき人が二名、三十代がチラホラ、四十代は・・・むむ?
あの人はどう見ても四十後半だな。おやっ、一人、二人、三人・・・
(俺と同年代の五十前後の人が五人もいる)

このコースで介護の世界を目指す人たちは年齢層が高かった。

ガラス越しに見える隣の教室には約40名ほどの若者が講義を受けている。
こちらは、週に1〜2日の受講で3ヶ月ほどの時間をかけて
資格を取得するコース。就職に備えて資格を取得しようとする
大学生も多いという。
隣の教室では二十代から三十代の人たちが、ベッドの上でオムツ交換の
実技を学んでいた。


「うちでは一人に約10ほどの求人があります。就職率100%です。
世間では介護に対する認識のズレがありますが、この仕事は人から
感謝されるすばらしい仕事です。ぜひ頑張って資格を取得してください」

理事長からの挨拶のあとオリエンテーションがあり、順番に自己紹介を兼ねて
受講動機を語ることになった。
女性陣は病院の看護助手や施設で介護助手として働いてきたが、
資格がないために、やりがいのある仕事を任せてもらえないので、
資格を取得してステップアップをはかるための受講だった。
(へぇー、前向きな人たちだ)

男性陣は私を含めて、前職は介護とは全く別の異業種からの
参加者ばかりだった。
「現在、建設業界にいますが、不況により会社が厳しい状況なので
今のうちに資格を取得して、転職をはかろうと決めました」
県外から参加した彼の地元には、このように短期で資格が取得できるコースが
ないので、ビジネスホテルに滞在しながらの受講だった。
(将来性を考えての早めの決断か。この人も頑張っているんだな)

工場の生産ラインで働いていた人、離島の建設業で働いていた人。
施設で働いていたが資格を取得するために参加した若者。

私の番が回ってきた。
「ええー、人生いろいろありまして、前職は執筆というか売れない作家
みたいな仕事をしていましたが、転職をはかるために今回参加しました」
(あっ、変わった人だなという目で見ている・・・まっ、いいか)

全員、自らの意志で目的を持っての参加だ。目的とはもちろん資格取得。

      人生を変えたい。

自分の人生を変えるチャンスをつかもうと参加している。
約10万円ほどの受講料は決して安くはない。
それでも受講したのは決意の表れだ。
ハローワークで感じる職探しの悲壮感や重たい空気は微塵もない。
あるのは希望に輝く目だけ。
まるで新学期を迎えた学生のような目をしている。

初日から中身の濃い講義が始まった。
福祉の理念やケアサービスの意義から点字や手話についての講義もあった。
「ノーマライゼーション?」
「受容?」
「チームケア?」
(以前、良さんが話していた専門用語が次々と出てくる。うーん、難しい)

介護の世界は思っていた以上に専門知識や技術が求められる仕事だ。
ここでは実践的な技術を教えていくという。自宅に帰ると、今度は
テキストをもとにレポートを作成し、レポートとは宿題みたいなもので、
設問に対する答えを書き込んでいかなければならない。
それを提出して採点となる。合格ラインに達さなければならない。
レポートの提出が二日おきだ。
早速、実習先の調整も始まった。

一日八時間の講義と自宅での学習。
最初は学校というイメージを連想したが・・・違う。
「予備校」という表現が適切かもしれない。

今日から一日の時間の流れが変わった。

今だけは学生だ。
かくして私の50歳からの青春が始まった。


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第22話 なすがままに 「求職男」〜再就職への道〜

私の50歳からの新しい挑戦。
いよいよ来週からヘルパー養成講座に通う。
この新たな決意の裏側に、心の奥に閉まっていた過去の想い出が蘇る。

駐車場の隅の一本の桜。
見上げると、すでに花びらは散り若葉が色づき始めている。
この桜の下で、私は仲間に別れを告げた。

平成十三年三月、父が逮捕されたニュースが広まるや、キャンセルが相次ぎ
仕事がなくなり、スケジュールボードはすべて空白になった。
その年の六月十九日、博多駅近くに構えていた事務所を引き払い、市内はずれの
安アパートに事務所を引っ越した。

引越当日、荷物を部屋の中に運び込む作業を終えると、この樹の下に仲間を集めた。
「みんな、今日はありがとうございます。いろいろ考えた末、今のままでは
仕事のメドも立たないし・・・それで事務所をここに移しました。俺は親父の無実を
証明するために検察と闘います」

うなだれたままの六人。

「今まで一緒に頑張ってもらったけれど・・・この先どうなるのか、俺にも分かりません。
申し訳ないけど、これからはお互いに別々の道を歩いてもらいたいと思います。
今まで本当にありがとう」

私は断腸の思いで仲間に『解散』を告げた。
予期していた言葉だったのか、全員下を向いたままだった。
「ありがとう、元気でね」

仲間全員の顔を見たのは、この日が最後だった。
私はこの日を境に世間から姿を消した。
八月から夜の工事現場に立ち、昼間は父の無実を証明するための事件の調査。

翌年の三月、北九州の役所からまちづくりの講師の依頼が舞い込んだ。
役所の担当者は、幸いに父の事件のことは知らなかった。
私は以前の仲間だった小林さんに、この仕事を手伝ってくれないかと連絡した。
小林さんは私と同年代で多彩な資格と才能を持つ女性だった。
しかし、小林さんは既に別の会社で働いていた。
「うわー!ホント?よかったね。いいよ、手伝うよ」
「今の仕事はどうするの?大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。何とかするよ」

こうして小林さんを加え、北九州某地区の活性化事業がスタートした。
私は三つの仕事を掛け持ちした。夜の工事現場での警備の仕事、休みの日を利用した
北九州での講師の仕事、昼間の事件の調査。

「そんなことしても無駄。何も変わらんよ」
「自分は忙しいので出来ん。他の人にやってもらえばいい」

やる前から無理だとあきらめている人。
屁理屈や言い訳ばかりが飛び出す。
「なぜ変わろうとしないのですか!変えたいならば、まず自分を変えなければ
一歩も前に進めませんよ!」

なかなか地元住民の意識が変わらず作業は難航した。
どうしたら住民の意識を変えることが出来るのか、私と小林さんと役所の担当者とで
何度も協議を重ねた。まちづくりは人づくりと言われる。その壁にぶつかった。

ある日、会議が終わった後、彼女が私を呼び止めた。
「何とかこの仕事を成功させて、中島さんにはもう一度カムバックしてほしいのよ。
主人も『何があろうと俺たちは中島さんを応援してやろうじゃないか』と話しているんよ。
だから頑張ってね」
工事現場で働く俺を今も応援してくれる人がいる。

「・・・ありがとう。この事業を成功させて、親父の無実も証明して。そしたらもう一度
会社を再開させるよ。そん時はさ、また一緒に仕事しよう。また以前のようにワイワイ
頑張ろうね」
「あはは、うん、また頑張ろう。期待しているよ」

夏、事業が計画の半ばを過ぎ、その日も打ち合わせが始まったが、小林さんは
最後まで姿を現さなかった。
「小林さんに何度連絡してもつながらないのですよ。変ですね、彼女が無断で
休むなんて今までなかったけれど・・・何かあったのでしょうか」
私が口にした不安は的中した。

小林さんのご主人からの電話だった。
受話器の向こうにご主人の動転した声が響いた。
「家内が倒れて・・・くも膜下出血で。緊急手術が行われましたが、今夜がヤマで・・・」
「・・・・・・」
私は言葉を失った。

彼女は奇跡的に一命を取りとめた。

ご主人の説明では、彼女は過労とストレスが重なり、自宅で脳天を直撃するような
激痛で、一瞬で意識を失い倒れたという。救急車で運ばれ、すぐに頭蓋骨を切り開き
手術が行われたが、病院に運び込まれるのがあと数分遅れていたら助かって
いなかっただろうと。その際に神経が絡み合っていたので感情の神経が切断されたという。
今後、後遺症が残るかもしれないが、今は何も分からないという状況だった。

彼女がこれほど無理をしていたことに、私は気づいてあげることができなかった・・・
心が痛んだ。

二週間ほど経った頃、彼女の面会謝絶がとけた。
ベッドに横たわる彼女は頬がこけ痛々しかった。
私は彼女に何と言葉をかけていいのか分からず立ち尽くした。
小林さんは何か言おうとしているが、記憶が消えて言葉が出ない。
「・・・・・・」
彼女は感情の神経が切れているので、喜びや悲しみの表情もない。目を大きく
見開いたまま、じっと私を見ていた。私が知っている小林さんとは別人だった。
私は思わずベッドの横にひざまずいて彼女に言った。

「悔しさを忘れちゃいかんよ!このまま人生を終わっちゃいかん!必ず元気に
ならんといかん。何クソ!と悔しさを忘れちゃいかんよ。元気になったら
また一緒に仕事しよう。また一緒に頑張ろう。だから・・・だから、あきらめんで・・・」
涙で声がつまり、それ以上言葉が続かなかった。

小林さんが抜け、彼女の担当も引き受けた私は目が回るほどの忙しさに変わった。
一人で二人分を頑張る・・・出来るだろうか。
私はスーツを脱ぎ捨てて、ジーンズに首にタオルを巻いて、一人で商店街の
すみずみを何度も歩いて調査した。私の姿を黙って見つめる商店主たち。
次第に事業に参加している人たちの意識に変化が現れ始めた。
頑張る想いが通じ始めた。

事業のフィナーレを飾る地域イベント当日。
今まで閑散としていた商店街に、大勢の人たちが押し寄せて活気がみなぎった。
地域の活性化は住民の意識が変わることがカギであることを実証できたと思った。
後で分かったが、このとき、小林さんがご主人に付き添われて、車の中から会場内を
走り回る私の姿を見ていたことを知った。

あれから七年・・・。


私は小林さんに介護の世界に進むことを報告した。
「そうね、うん、よかったよ。やっと見つけたね・・・人生は転んでもやり直せるね」
「うん、ありがとう・・・」
(一緒に頑張ろうという約束を果たせなくてゴメン)

再び会社を再開させることは出来なかった・・・。
しかし、別の道を見つけた。
人の心の痛みや優しさ、頑張ることの大切さ・・・いろんなことを教えてもらった。
この経験を新しい人生に活かすんだ。

小林さんは懸命のリハビリを経て、今は自宅で母親を介護している。

あの桜の樹の下で誓ったように、お互いに別々の道を見つけて
新しい人生を歩んでいる。
百キロの道のりを歩いた時、裁判所の門までの道のり・・・
私はさまざまな想いを背負いながら歩き続けた。

たとえ歩む道は変わっても、あの時の想いは変わらない。

「いつか春が」連載35話★書き下ろし最終回
http://blogs.yahoo.co.jp/rainrain1192/14745639.html

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  第22話 挫折して強くなる 「求職男」〜再就職への道〜


ホームヘルパー養成講座の申し込み手続きを終えた。

穏やかな気持ちで新しい人生に向けての部屋の片付けに取りかかった。

スピーカーからはMichael Franksのささやくような歌声にピアノとサックスの
音色がメロディを奏でている。
机の上には集めてきた資料や雑誌が山積み。
ほこりを被ったままのCDや書きかけのレポート、原稿が無造作に散らばっている。
これが普段の自分だ。

書庫に閉まっていた古い専門書や報告書の原稿や数々の資料を段ボール箱に
詰めこむ。その中から、かつての自分の新聞記事や雑誌が出てくると、ふっと
手を止めて見入ってしまう。
(へー、俺は昔はこんなことをしていたんだ)
まるで他人事のように、今では過去の懐かしい想い出。


私は昭和34年生まれのB型、4月で50歳になった。
人は人生の岐路に立った時、自分の人生を振り返るのかも知れない・・・。

自分は人から使われるよりも、経営者に向いているとずっと思い込んでいた。
自分の才能を過信していた。
やがてサラリーマン生活を捨てて、経営者としての道を歩み始めた。
身を粉にして働いた。新しい事業にも挑戦し、挑戦と失敗の連続だった。
やっと事業も軌道に乗り、さらに業務拡大をはかるため、新規事業の立ち上げを
スタートしようとしていた。40歳の時だった。突然、父が逮捕され仕事は
キャンセルの嵐。取引先と気まずい空気が漂い、やがて連絡が途絶えた。

仕事がなくなり決断を迫られた。
このままではみんなを道連れにして自滅してしまう。

会社を整理して、世間から身を隠しながらの国家権力との孤独な闘いが始まった。

いつか必ずカムバックしてみせる。

その想いを胸に、夜の工事現場から工場での夜勤のアルバイト生活へと。
この手で父の無実を証明して、必ず元の生活に戻ってみせる。
執念の事件の調査が続いた。

裁判とアルバイト生活の傍ら、その日に備えてITビジネスの起業を夢見て
水面下で準備を進めた。なけなしの金をはたいて新しいシステムも開発した。
これならいける!と、自信があった。

検察との闘いで一審、二審と無罪を勝ち取り父の無罪が確定。
冤罪事件であることを証明し、裁判が終わり、その時がやってきた。
起業するにしても当面の運転資金が必要だが、その資金も底をつき、協力してくれる
スタッフもいない。世間に背を向けてきたから仕方がない展開だった。
一人で起業を決意した。

かつての業界には戻りたくなかったので、別の業界での立ち上げを狙った。
なぜ以前の業界に戻らないのか?

「犯人の息子」

心無い人たちに浴びせられたこの言葉がいつも脳裏に焼きついていた。
信頼関係が一度壊れた中で、私も相手も何事もなかったかのように元の関係に
戻ることは出来なかった。
元の業界は長いブランクの間に時代が変わり、仕事のシステムもニーズも
変わっていた。いつの間にか時代は変わっていた。
自分が浦島太郎に思えた。

その直後、突然の悲劇が襲った。
命の尊さを知った・・・。
どんなに傷ついても生きていかなければならない苦しさを知った。
命や人の苦悩と向き合うようになった。

悲しみを乗り越えて再び動き始めた。
ITを活かした新しい起業、一人起業を開始した。
久しぶりにスーツに身を包み、新しい名刺に営業用のチラシ、パンフレットを抱え、
一人で街に飛び出した。

誰も私の過去など知らない。私は名前ではなく「業者さん」と呼ばれた。
「業者さんはお断りしています」「すみません、忙しいのでまたにして下さい」
「ただいま責任者は留守ですので」
事務所のインターホン越しに、つれない返事がかえってきた。
事務所の中にさえも入れてもらえず、門前払いなど当たり前だった。
額から汗が噴き出した。

かつての業界ならば、名刺を出せば肩書きが功を成して「どうぞ。ただいま上の者を
呼んでまいりますので」と丁寧に迎え入れてもらえたが、この業界では名前も実績も
ない私は全く相手にしてもらえなかった・・・信用がないことのみじめさを知った。
名刺を手に取り、いぶかしそうな面持ちで私を見る。
「少しだけでもお話を聞いて頂けないでしょうか」
「今、忙しいので」
「じゃあ、資料だけでも」
「あっ、はいはい」
受け取ったかと思うと資料はそのまま机の上に置かれた。

挫折という言葉が私を打ちのめした。
失敗を認めたくなかった。
あきらめきれずに資料一式を封筒に詰め、関係先へ四百通郵送した。
電話を待ったが、一件も反応はなかった。

再び打ちのめされた。

食事ものどを通らない日々が続いた。
自問自答する・・・冷静に自分を見つめなおした。

来る日も来る日も一人で悩んだ。
眠れない日々が続く。

自分は経営者に向いているのか、その能力はあるのか・・・。
過去の遠い記憶の糸をたぐりよせながら、自分の今までの生き方や自分の
性格を振り返った。
競技に例えるならば、私は個人競技で闘ってきた。
個人の能力や才能を活かせる活躍の場を求め続けてきた。人から見られる仕事に
対して、そのイメージに応えようと自分らしさを抑えていた。
自分の実力以上のレベルが求められた。時代のニーズをつかみ、さまざまな情報を
分析する。

今は学んだ知識や理論が記憶の向こうに消えかかっている。
自分への悔しさがにじんだ。
最初は長いブランクのせいだと思った。経営者としての資質のなさに気づき、別の
スタイルを模索した。

私に残されていたのは、体にしみついた人との関わりによる喜び。
人との出会いの中からアイデアを生み出し、現場でこそ今の自分を活かせる。
見せかけや突っ張って生きるよりも本当の自分に戻ろう。

個人競技でなく団体競技をめざそうと考えた。
経営者よりも、それをサポートする役が自分に向いていることにやっと気づいた。
野球に例えるならば、球団という組織の中で選手からコーチや監督をめざし、
その経験を活かして最後はフロントで手腕を発揮する。

そこに気づき、組織の中でこそ自分の力を発揮できると就職を決意したが、
これまた失敗の連続。不採用の通知を受け取るたびに自信をなくし、
再び挫折を味わう。

一度、人生の歯車が狂ってしまうと何をやってもうまくいかない・・・。

あきらめそうになり、もう何でもいいやと自分を見失いそうになった。
挫折の中でもう一度自分と向き合う。

仕事をしている自分のイメージ・・・真っ先にどんな場面を想像するかを考えた。
仲間に囲まれた自分がいて、仲間と一緒に笑う自分。
父や母の面影を重ねながらの人々の笑顔。
自分の居場所が少しずつ見えてきた。
心の中に命の尊さという言葉が、しっかりと刻まれていることに気づいた。

仲間と一緒に仕事できる楽しさ。楽しいことばかりじゃないのは分かっているが、
一人じゃない喜びがある。
人の心をあたためることの素晴らしさ・・・介護という仕事が浮かんできた。
現場を運営している介護企業の実態が見えてきた。
今まで携わってきたノウハウも活かせることに気づいた。

介護の世界では定年が65歳の企業もある。あと15年あればいろんなことに挑戦できる。
五十歳という年齢は、介護の世界では決して若くはないが、真ん中を少し
過ぎた位だと聞いた。この年齢でもまだまだ活躍の場はある。
もちろん体力の限界があり、それに合わせて現場の経験を活かした場所へと
ステップアップしていけばいい。その努力は惜しまない。
常に学ぶことはいくらでもある。
遅咲きのルーキーの心境だ。

失敗や挫折の数だけ多くのことを学んだ。
挫折を経験するたびに強くなる自分。ベストを尽くした結果だから恥じることないんだ。
人生や命と向き合うとき、自分の数多くの失敗や挫折の経験が生きてくる。
挫折や失敗を経験し、自分の弱さを認めた時に人間は強くなれる・・・そんな気がする。
こうして自分の失敗を素直に語れるようになったということは、自分の中で
何かが変わったからだろう。今は気負いもない。
表情にも心にも明るさを取り戻している・・・と思う。

多くの人たちの人生を見届け、「おつかれさまでした」と手を振ってあげる。
そんな人生との出会いも素晴らしいかも。

最高の人生や仕事に いつめぐり逢うのかを 私たちはいつも知らない・・・。

♪縦の糸はあなた 横の糸は私
 逢うべき糸に 出逢えることを 
 人は「仕合わせ」と呼びます・・・
   
     中島みゆき ♪「糸」より

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