『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

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第21話  老いるということ 「求職男」〜再就職への道〜

桜の花びらが舞う午後の病室。
今年80歳を迎える父と78歳の母。
そして50歳になったばかりの私。
父は長かった裁判が終わった直後から,心労がたたり体調を崩し始めた。
持病の糖尿病に狭心症、公判中は検事の脅迫によるPTSDに苦しみ、
身の潔白を証明しようと死をもって抗議しようと、死に場所を探してさまよった
こともあった。裁判後に二度の脳梗塞に認知症。
さらに心臓の動脈硬化も見つかった。

「お父さん、どがんね。傷口は傷むね?」
父は心臓のカテーテル治療のために入院した。
治療は無事に終わったが、腕の動脈からの出血が止まらず、手術が行われて
退院が延期になっていた。
内出血でどす黒く変色した右腕。

「おお、お前か。ほんなこと(本当に)久しぶりに来たな。(息子たちが)
誰も来てくれんから徒然なか(とぜんなか:寂しい)ったばい。」
(父は私が数日前に来たとことを忘れていた。兄や弟が来たことも忘れている。
以前、良さんが教えてくれた『受容』という言葉が浮かぶ)
「ごめんごめん、職探しで忙しくてね」
「そうか、お前はそうやったな・・・ニュースを見てると、ほんなこと厳しか
みたいだな」
(父は私の職探しのことは覚えていた)
「うん、その件で二人に聞いて欲しいことがあってさ。まっ、俺の話を聞いてよ」

私は父と母に介護企業への就職をめざすことを伝えた。
なぜ介護業界なのか、何をめざすのかを説明した。
ヘルパーの養成講座に通うことも伝えた。
父や母の反応が気になった。

「そうか、介護か・・・俺は賛成ばい。実際、自分が介護をしてもらう身になって
知ったけど、お世話して下さる人たちはみんな良か人ばかりばい。せちがない
世の中に他人を世話してくれるなんて、誰にでも出来る仕事やなか。ほんなこと
感謝しとるばい」
父は意外なほど快く賛成してくれた。

「そうよ、私も一人ではお父さんを介護できんよ。みなさん良くして下さるし、
私も感謝しとるよ。人様に喜んでもらえる仕事だし、よかと思うよ」
母も賛成してくれた。

「介護の世界は仕事がキツイし給料も安いというし・・・反対するかと思うとったよ」
「あはは、なんば言いよるか。以前の俺やったら反対したかもしれん・・・でもな、
俺も逮捕されて苦しい裁判を闘う中でいろんなことを考えたばい。
人生って何やろうかと。一瞬で人生が変わる事も知った」
父の言葉に私も母もうなずいた。

「どんな立派な地位や肩書きがあっても必ず歳を取っていく。歳を取ればただの人、
誰でん同じばい。そん時に誰が世話してくれるとか・・・絶対に介護は必要ばい。
感謝される仕事ばい。そこで今までのお前が教えてきたことや経験が活かせるならば、
やってみればよか」
「俺もそう思う。裁判で俺も変わったとよ・・・人生観や生き方がね。
だからボランティアに興味を持つようになったし、就職活動を続けていく中で
だんだんと自分が探していたことが見えてきたとよ」
今度は父と母がうなずいた。

「あんたがどがん仕事しようと、自分で納得して決めた仕事ならば、お母さんは
応援するよ。頑張りんしゃい」
母の言葉がさらに私の背中を押してくれた。

「よう考えると、お前は小さか頃から黙って人の様子ば、よう見よる子やった。
辛抱強くて根は優しい子やった。お前が闘ってくれたから無実を証明できたとばい。
お母さんも俺もほんなこと、お前には感謝しとるばい」
「またあ、その話はもうよかよ・・・もう終わったことだし。でもさ、裁判でいろんな
ことを教えられたことは確かだね。
感情に押し流されない冷静な見極めと決断、そしてあきらめない気持ち。
最初は先生たちに感情ばかりで物事を見るなと何度もボロクソに怒られたよ」
「あはは、そうそう、そうやったな。お前なりに考えた上で決めたことやろうし、
俺も人として何が大切かを考えてきた。お前が考え抜いた末に出した結論やし
応援するばい」

「お父さん、ありがとう。最初は現場のヘルパーの仕事から勉強せないかんし、
大変やと思うけど頑張るよ」
「うむ、最初は誰でん苦労するのは当たり前ばい。そりゃあ大変やろうけど、
苦労した分は後で必ず役に立つ。お前は俺たちに内緒で夜の工事現場で
働きよったやなかか。お前なら出来ると信じとるばい」
たしかにあの時は親兄弟にも内緒で働いていた。
必死だった・・・。

事件以降、世間に背を向けて人との関わりが途絶えた八年だったが、
もう一度、人との関わりの中に戻ろうと決めた。

父と母、そして私。
いつも一緒に裁判を闘っていた。
当時の出来事が、今では遠い昔の出来事のような気さえする。
ベッドに横たわる年老いた父。
あの頃の父とはまるで別人のように老いてしまった79歳の父。
しかし父の表情には穏やかな優しさを取り戻していた。
そして寂しげな表情も。


五年前、74歳の父は法廷に立っていた・・・。

結審の日。

「本日、今の私の心境をお話させて頂こうと思って法廷に臨みましたが……この
二年半を振り返ると、一生忘れることが出来ないし、言葉ではお伝えできないほどの
憤りと苦しい日々でありました……そして、もっと検察が適正な捜査をしてくれて
いたらと思うと残念でなりません……」

K検事は表情を変えないまま父をじっと見つめていた。
「私は検察の申されるように、不正を知っていながらあえて指示したということは、
天地神明に誓って致しておりません……」
父は、裁判官席に向かって涙をこらえながら訴えていた。
母は不安そうな顔で、今にも泣き崩れてしまいそうな父の背中をじっと見つめていた。
声がつまった父は三人の裁判官たちの顔を確認するかのようにゆっくりと見渡し
直立の姿勢で、腹の底から搾り出したような声で訴えた。

「私は司法の正義の元に、本当の真実が必ず明らかになる事を信じています」

それまで表情を変えずに聞いていたK検事の顔が、苦渋に満ちたような複雑な表情に
変わった。日野弁護士と山口弁護士は二人とも目を閉じたまま父の声を聞いていた。


「司法の正義が……司法の正義が、必ずや真実を明らかにしてくれることを私は信じています」

(「いつか春が」連載32話★「司法の正義を信じています」…結審
   http://blogs.yahoo.co.jp/rainrain1192/14474079.html)



あの冤罪事件から今、九年目の春を迎えた。
一度失った信用をもう一度取り戻したい・・・父や母の願いだった。

窓際に立ち、ふるさとの佐賀の風景を見渡すと視線の先に裁判所が見えた。
母は椅子から立ち上がると私の横に並んだ。
背中が丸くなるばかりの母は以前よりも小さくなっていた。
母の視線は私と同じ方向を見つめているようだった。


人が老いるということ・・・。
親として子供に最後に教えることは、老いていくこと、死とは何かなのかもしれない。
誰も避けることができない「老い」と、どう向き合っていけばいいのかを、
父と母が教えてくれた。

今日に至るまでの時間は、父にとっても私たち家族にとっても言葉では言い表せない
濃密な時間だった。

「・・・・・・」

「おい、何か見えるか?」
「うん・・・桜が見える。今まで忘れていたけど・・・やっぱりきれいかね」

「そうか・・・」

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第20話 男たちの詩 「求職男」〜再就職への道〜


「よし、やるぞ!」

翌日から再び就職活動を開始した。
もちろん介護企業に向けての就職活動だ。まずは最低ヘルパー2級の
資格を取得しなければならない。これが採用の必須条件ともいえる。
私は集めてきた資料をもとに次々と電話をかけた。
「もしもし、そちらのヘルパーの養成講座についてお聞きしたいのですが」
十件ほど電話をして、ここだという講座が見つかった。
期間は約1ヶ月の短期集中講座。
(よし、ここにしよう)


福岡も雇用不況が深刻化する中、今まで行政は派遣切りなどの失職者の緊急
雇用対策を優先的に取り組んできたが、ここにきて中高年の再就職も非常に
困難であることに行政もやっと気づいたようだ。
福岡労働局や県とハローワークが協力して、40歳から60歳を対象にした
中高年専用の就職支援センターを開設した。
専門のキャリアカウンセラーが、個別に相談にのってくれることを知り早速
足を運んだ。
慎重に業界を研究して選んだつもりでも、ひょっとしたら自分の考えは甘いのかも・・・
これならいけると決意したものの不安はある。
私が描いた介護企業への就職と入社後のステップアップの構想を専門家に一度
聞いてほしかったからだ。

「おお!」
圧倒された。ドアを開けるとフロアには私と同年代の人たちがあふれ、ムンムン
とするような熱気につつまれていた。わずかだが女性もいる。
メタボ気味のお腹、髪が薄くなった人、顔が脂ぎった男性。
見るからに一目見て中年と分かる。
ハローワークで見かける同年代の男性はため息まじりに下を向いているような
人たちが多かったが、ここは違った。
加齢臭など何のその、気にしない気にしない。どの顔も真剣な眼差しで輝いている。
中高年の再就職の厳しさを知っている闘う男たちだ。

自分のため、家族のため、必死で仕事を見つけようとしている。
みんな気づいている。再就職というチャンスをつかむためには行動するしか
ないということを。
就職が決まらないまま時間だけが過ぎていく焦りや不安。誰もが同じだ。
この歳になると残りの人生を考える。あと何年働けるかを逆算してしまう。
口には出さないが、過去の輝いていた頃の肩書きや生活に、執着すればするほど
チャンスは遠のいていくことを本当は誰もが気づいている。
いつかチャンスが訪れるだろうと待ち続けても、時間だけが過ぎていく
虚しさを知っている。

ここにいる男たちは職を失う怖さを知っている。
「お仕事は何ですか」と尋ねられた時、返事に困り言葉を濁すみじめさも知っている。
背広や作業着姿の道行く人たちが妬ましく思える自分の小ささに悲しくなった。

私も一番輝いていた時に自ら仕事を捨てた。
とてつもない勇気が必要だった。一瞬、妻や娘たちの顔が脳裏をよぎったが、
それ以上に父の「助けてくれ」という悲痛な叫びが聞こえた。
だからこそ決断できた。捨てる勇気を経験したから怖くない。
法廷で真実を証言すると検察の報復が怖いと、弱気になった父を大声で怒鳴りつけた
ことがある。
「逃げるなよ!闘えよ!もう失うものは何もなかろうもん!」

私は泣きながら父を怒鳴りつけた。
(※連載15話★「もうなくすものはなかろうが!」…悔し涙
http://blogs.yahoo.co.jp/rainrain1192/13295089.html )

やる前から無理だ、無駄だとゴチャゴチャほざいても何にも変わらない。
もし介護の世界に夢や希望を見出せなかったら、私は今も出来ない言い訳を
探し続けていただろう。
介護に未来はないと考える人がいるが、それははたして本当だろうか。
人は必ず老いていく、死んでいく。そこに介護を求める人が必ずいる。
もし介護の世界に偏見を抱く人がいるならば、その人は自分が老いた時に
介護を必要とせずに暮らせるだろうか・・・。

最後は人のために泣いたことがあるかだ。
出来る出来ないは最後はハートが熱いかだ。

とにかくやってみよう。
やる前からあきらめるなんてつまらなすぎる。
実際に飛び込んで自分の目で確かめなければ本当のことは分からない。
飛び込んで問題点が見つかれば改善に向けて知恵を絞ればいい。
誰も動かないならば、まずは自分が動けばいい。
最初はバラバラでも、一人の想いがやがて二人、三人と同じ想いに
つながっていけばいい。
今まで私はそうやって人材育成に取り組んできた。
その代わり言うからには、人の三倍は動いた。
「人がついてきてくれるかはリーダーが苦しんだ分に比例する」
この言葉を実践した。だからみんながついてきてくれた。
きっと変わる、意識が変わる。

「挑戦することを恐れたら何も変わらないですよ」
私が担当する講座でリーダーシップ論を語るとき、これが私の口癖だった。

ここにいる同じ中高年の熱気に圧倒されて私も燃えてきた。
64番目でやっと私の順番が回ってきた。私より
年配の白髪交じりのカウンセラーが私の経歴を見てすぐに気づいた。
ここは労働局が絡んでいるので、私が労働局の専門委員をしていた経歴を見て
すぐに反応した。

「なぜ、ここに・・・どうしてですか?」

「いやー、いろいろあってですね。人生波乱万丈ですよ。あはは」
明らかに私を不信の目で見ている。
私はお構いなしに尋ねた。
「じつは私の考えを専門家に聞いて頂きたくてやってきたのですが聞いてもらえますか」
「はい・・・何でしょうか」
私は介護業界に新しい人生を賭ける意気込みや志を熱く語った。
カウンセラーは黙ってうなずき続けた。

なぜ介護業界を選ぶのか。そこで何を目指すのか。何をしたいのか・・・。

「私の構想はざっとこんなもんですがいかがでしょう。甘いでしょうか?」
最後まで話しを聞き終えたカウンセラーがやっと口を開いた。
「私が介護施設の理事長ならば、あなたを即採用しますよ。
じつに業界を研究しておられますね。目の付け所が違いますね、なるほどですよ」
「そうですか!この考えで進んでよろしいでしょうか?」
「そこまで考えを整理されて計画も具体的ですし大賛成ですよ。やってみなさい。
あなたの今の情熱ならばきっと出来ると思いますよ。とにかく早く行動しなさい。
その目標に向かって動きなさい」

「ありがとうございます。これで私もプロのお墨付きを頂き安心しました」
「何をおっしゃるのですか、あなたこそ専門家でしょう」
「いいえ、今はただの求職者ですよ」
「頑張ってくださいね」

私は自信を深めて部屋を出た。
ようし、いっちょう暴れてやるぞ!
私の中で闘いの火ぶたが切られたことを確信した。

少しずつ昔の自分を思い出してきた。
50歳、人生半分・・・まだまだ半分。
五十歳からの新たな挑戦があってもいいはずだ。
俺の人生はまだ終わっていない。

良さん、俺も青春を見つけたよ。

男たちよ、闘おう。

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   第19話 また振り出しに 「求職男」〜再就職への道〜



やっと再就職への願いが叶うと思ったものの新たな問題が。
やっとつかんだチャンスだが、自分が夢見ていた道と違うかもしれない。
もし違うとしたらどうする?
このチャンスを逃したら、再びゼロからのスタートだ。
今はそれ以上は考えたくなかった。
私は一人で悶々とした時間を過ごしていた。

気分を変えようと、久しぶりに平日の映画館に足を運んだ。
どうしても観ておきたかった。
予告編が流れる館内の薄明かりの中で自分の席を探した。
黒いシルエットから見て、七十歳過ぎの女性が二人。
(あった、ここだ)
私の席はそのご婦人たちの斜め後ろだった。
私とご婦人二名の閑散とした館内だった。

すぐに「おくりびと」の本編が始まり、私はぼんやりとスクリーンを眺めていた。
仕事を失い職探しの主人公。自分の今と重なり切なかった。

「プッ!ククク・・・」
冒頭から笑いを誘う場面が続き、最初は声を殺していたが、貸切状態のためか
次第に大胆になった。

「フフ、フファファ、アハハハ・・・」

館内に私の笑い声が響いた。
こんなに声を出して映画を観たのは初めてだった。
私の笑い声に誘われてか、ご婦人たちも大声で笑いだした。
「あははは・・・」
「うふふふ・・・」
「クククク・・・」
笑いが笑いを誘う。
館内は三人だけの笑い声につつまれていた。

物語が進み、人間の死について考えた。
五十歳の誕生日を迎えた私が、今まで関わってきた死。
老衰による穏やかな死、病との闘いの末に訪れた死、
突然襲った事故による悲しみの死、自ら命を絶った悔しい死。

人生五十年、さまざまな死と向き合ってきた。
誰もに訪れる死。私の両親や家族、友人も大切な人たちすべてに訪れる死。
そして私自身も。死に行く人たちにはそれぞれの人生があり、
人生の中心に家族がいて仕事がある。
仕事とは何か、働くとは何か。人生とは何か・・・。

スクリーンの中の主人公が苦悩する。
私の頬を熱い涙がつたう。拭いても拭いても涙があふれてきた。
「うっ、ううう・・・うぇっ」
「うぇっ、うええええ・・・」
「うっ、うっ、ズズズー・・・」
館内に私とご婦人たちの嗚咽が重なり合いながら響いた。

最後は涙、涙、涙の連続。
斜めのご婦人を見ると、スクリーンに向かって両手を合わせて拝んでいた・・・
えっ!と目をこらしてよく見るとハンカチで鼻をすすっていた。

映画館を出ると、外はすでに暗くなっていた。
この映画を観て、心の中に熱い情熱が湧き上がってくるのが分かった。
襟を立てながら両手をポケットにつっこんで歩く自分。
一人であてもなく歩くうちに、映画の余韻は消えて、現実に引き戻されていった。

私に向かってくるかのように、次から次へと人の波が打ち寄せる。
波の合間をすり抜けて歩く私は、人の流れに逆らって歩いている。
もうすぐ岸にたどりつこうとすると、大きな波に押し戻されてしまう。
そんな気がした。

(この人たちには仕事があり、仕事の仲間もいる。なのに、どうして俺には
仕事も仕事の仲間もいないんだ・・・なぜ、どこの会社も俺を必要としてくれないんだよ)
ため息がこぼれた。

その時、ポケットの中の携帯電話が震えた。
先日の派遣会社の担当者だった。
(来たぞ!・・・いよいよだな)
一瞬、緊張で顔がこわばったような気がした。
「先日の件ですが・・・」
「で、どうでした?」
「確認しましたが、今回の事業は職を失った人たちを緊急的に救済するのが
目的だということで・・・」
(うん、俺も職を求めているよ。条件に該当するよ)
「それと、派遣する施設は利益を求めない公益法人、つまり社会福祉法人が
運営する施設に限定するそうですので、障害者施設や特養などで、民間の
施設はちょっと・・・」

「何ですかそれは?民間の施設には行けないのですか?」
「はい・・・利益を求める民間の施設は対象外と」
「介護はボランティアでは運営できないですよ!ちゃんと利益をあげてこそ
健全な施設運営ができ、職員にもきちんとした給与が分配されてこそ働く意欲を
共有できるのじゃないですか」
「私に言われましても・・・」
「人材育成という言葉が事業名に使われているけれど、人を育てるということは
単に職を与えればいいというだけでは、人は育てられないですよ。人を育てる
ということは、その人の悩みや夢や希望も受け止めた上で、一緒に考えて
あげなければ人を育てるなんて出来っこないですよ」

「おっしゃることは分かりますが・・・でも民間施設への斡旋は出来ないとの方針
ですから」
「とりあえず人手が足りない現場に求職者を送り込む。それが就労支援ですか。
たしかに緊急を要する人もいるし、それも必要です。
でも、介護に希望を持って働きたいという人もいますよ。希望とは関係なしに、
指定された施設に派遣される。それでは根付きませんよ。
介護の世界を雇用の受け皿とだけ考えるだけならば、人材は育たないですよ。
介護に興味や関心を持った人たちでないと現場では務まりまらないことも
たくさんあると思いますよ」

「はっ、まさにそのとおりです。しかし・・・」
「介護は人が好きでないと出来ない仕事ですよ。機械相手じゃないし・・・。
こんな世の中だからこそ、予算を使ってやる事業ならばもっとハートに響く
企画を作ってくださいよ」
「今後の参考にさせて頂きますので・・・それでどうしましょうか?」

「どうしましょうって・・・そう言われても。私が描いた夢が実現できる現場を
自分で探します。今回は白紙にさせてください」
「はっ、それでいいですね。上のほうには希望が合わないので辞退されたと
ご報告させて頂きますね。そのような扱いとさせて頂いていいでしょうか?」
「どうぞ、ご自由に」
「では、先ほどの意見は今後の参考にさせて頂きますので・・・ご検討をお祈りします」


サクラチルだな。
チャンスが消えた・・・。
いや、これはチャンスではなかったんだ。
介護の会社でこんなことをしたい、こうゆうこともしたいと私は夢や希望を抱いている。
そんな私の想いとは別に介護の現場を仕事の受け皿ととらえる認識ではあまりにも
違いすぎる。
正社員になれるという魅力はあるが、これだけは譲れない妥協できなかった。

また振り出しに戻ってしまった。
ゼロからスタートしなければならない。
でも後悔はしていない。

転んだら起き上がればいい。
何度転んでも起き上がってみせる。

帰りの電車の窓に映る自分の顔。
(おう、自分よ。大丈夫か?)
ガラスに映る自分に問いかける。

(ああ、大丈夫だ。まだまだ大丈夫だ。心配するなって)

ガタンゴトン、ガタンゴトン。

ポッカリと空いた私の心に電車の音が響いた。





第18話 夢の坂道 「求職男」〜再就職への道〜


桜が満開の頃を迎えようとしていた。
もうすぐ・・・もうすぐだ。長かった就職活動に終止符が打たれようと
している・・・・。
私は晴れ晴れとした気持ちで空を見上げた。
青く晴れ渡る春の空がまぶしかった。

福岡市天神の説明会会場。
今回の介護業界への就労促進事業は、県からの委託で派遣会社が窓口に
なっていた。
(県の事業なのに派遣会社が窓口ということは、こりゃ丸投げだな)
だが、そんなことはどうでもよかった。
無料で資格が取れて、就職先も斡旋してもらえる今回の事業は、
まさに願ったり叶ったりの話だったので、迷うことなく応募した。

説明会会場となる派遣会社の会議室に案内された。
二十名分ほどの席が用意されていたが、まだ誰の姿もなかった。
(あれ?意外と少ないんだな・・・)
事前に人数を制限して、応募者だけを集めての説明会と聞かされていた。

定刻どおりに説明会が始まった。
参加者の人数を数えてみると全部で16名。
(へえー、男性が10名、女性が6名。これは意外だな)
二十代が半数を占め、三十代、四十代、五十代がそれぞれ数名ずつ。
(俺より年配者は・・・三名か)

私は希望に満ちた表情で周囲の参加者を見回したが、どの顔も精彩がなく
疲れきった表情だった。
(おかしいな?介護の仕事に就きたいと、自ら希望して参加しているはずでは・・・
この空気は何だろうか)

事業の概要説明が始まった。

今日、ここで派遣会社と半年間の雇用契約を結び、最初は派遣会社から
介護施設へ派遣というスタイルで半年間勤務。その間、日当分としての
給料が支払われる。
まあ、試用期間と考えればいい。
半年間の契約が終了した時点で、特に問題がなければ正規採用となるらしい。

今日は派遣会社への登録と派遣先や就労への希望を個別に面談する時間が
用意されていた。
(へえー、これが派遣会社への登録というものか)
登録書類に必要事項を記入していく間に、順番に名前が呼ばれ面談室へと消えていく。

全部書き終えた頃、私の名前が呼ばれた。
部屋に入ると三十代半ばの男性が私を待っていた。

「では派遣先についてのお話ですが、その前に履歴書と経歴書を拝見させて
頂きますね」
私の資料に目を通すうちに、担当者は「??」と首をかしげ始めた。
困惑した表情を浮かべて黙り込む担当者に私から声をかけた。

「年齢も経験も不問ですよね。私の年齢でも応募は可能なのでしょう」
「はあ、大丈夫ですけれど・・・あのぅ、これって先生をされておられたのですか?」
「先生というより講師といいますか・・・まあ何というか、昔、ヒトのヤル気を
引き出すというか、企業の人材育成や地域活性化などの講師をしていました」

担当者はますます不思議そうな表情を浮かべた。
「へえー・・・でも、なぜ今回応募されたのですか?」
「なぜって・・・介護の会社で働きたいからですよ。無料で資格も取れて実務経験も
積めるなんて素晴らしいじゃないですか」
担当者はやはり不思議そうな表情で私の顔を見た。

「誰でも応募できるのでしょう?」
「はい・・・そうですが」
「じつは既に企業研究して、働きたい施設や会社名も決めてきました。そこに
派遣してもらえないでしょうか」
「はあ??」
「だって就職を前提として派遣するのでしょう。派遣先が就職先になるならば、
どこでもいいというわけにはいかないし慎重に選びますよ。希望はきいてもらえると
聞いていたので、自分の働きたい会社を既に決めてきました。就職した後、何を
めざすか目標も自分なりに決めていますしね」

「えっ!もう会社名も目標も決めておられるのですか?ずっと働くつもりですか」
担当者は目をパチクリさせた。
(やはり派遣会社の社員だな。派遣期間という発想があるから、定年まで働くことが
珍しいのかな)
「当たり前ですよ。当然目標を持って就職したいし、自分にとってやりがいのある
施設に就職したいしですね。定年まで精一杯頑張るつもりですよ、あはは」
「へえー、そこまで考えておられるのですか・・・」

「それで、○○株式会社の○○施設を第一希望します。アハハ、まっ、いわゆる
逆指名ですかね。よろしいでしょうか」
「ちょっ、ちょっと待ってください。そりゃあそうですが・・・今日は三日間の説明会の
最終日ですが、そんな人は誰もおられませんでしたので・・・さてどうしましょうか」

担当者は一覧表を取り出すと私が名指した会社名を探し始めた。

「申し訳ありませんが、こちらで準備している派遣先の施設リストには、その施設は
入っていませんよ」
「じゃあ、その会社を派遣先リストに加えてもらえるように、上に交渉して
もらえませんか。誰だって希望する施設で働きたいしですね。派遣先、いや就職先となる
施設は私のほうでも選べるのでしょう?」
「たしかにそうですが・・・そういう応募者は今までおられなかったので、そんな人が
応募されるとは考えていませんでしたので」

(おいおい、そりゃないよ。どうも話が噛み合わないな。変だな・・・)

「どうゆことですか?応募された方々は用意されたリストの中からだけで派遣先を
決めておられるのですか」
「はあ・・・だいたいそうですね」
「ええー、そんなもんですか」
今度は私が目をパチクリさせた。
(やっぱり何か変だ。そんなに簡単に決めるのって変だよ)

「ここでチョコチョコと話して、自分の一生の仕事とする就職先を決めるのですか」
「そういうわけではありませんが・・・だいたい決めておられますね」
(ひえー、就職先を即決なんて俺には出来ないよ)
「じゃあ私は保留にして下さい。三十分あまりで自分の就職先を簡単に決めたくないし、
先ほどの会社が派遣先リストに加えてもらえるかを上のほうと交渉して下さい。
確認していただいた上で返事をします。それでいいでしょうか」
(私が慎重すぎるのか、変なのか?うーん、おかしいな)

「わかりました。ご希望の施設がリストに加えてもらえるか、後日結果をご連絡しますね」
「よろしくお願いします」

意気揚々と説明会に出席した私だったが、暗雲が立ち込め始めた。
いったいどうなっているんだ。なんか変だぞ・・・。
雇用不況が厳しさを増すばかりの中で、やっとつかんだチャンス。
このチャンスに賭けようと願う私だった。

あと少しで夢が叶う。
やっと自分が描いた夢の坂道を登り始めた。
そう信じたい・・・。

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  第17話 たしかなこと(後編) 「求職男」〜再就職への道〜


(前回からのつづき)

自滅への道を突き進む私に対して彼は言った。

「自分の人生を大切に」と。

彼の一言によって私は救われた、と今でも思う。

「俺は絶対に親父の無実ば証明するよ・・・そして、絶対にあの検事を許さんよ。
人の人生を滅茶苦茶にして・・・何が正義ね。あの検事が正義のヒーローね、
出世のためならば事件をでっち上げてもよかとね」

私は今まで誰にも聞いてもらえなかった怒りや悔しさを、堰を切ったように彼に
話し続けた。
彼は黙って聞き続けてくれた。

話を聞いていくれる良さんが、いつも悲しそうな表情を浮かべながら
私の話を聞いてくれていることに気づいていた。
気づいていたけれど、自分の怒りや悔しさを誰かに吐き出さないと、現実の苦しさに
耐え切れず、自分自身が壊れていくようで怖かった。
彼に私の話を聞いてもらえるだけで、私の心は壊れる寸前のギリギリのところで
踏ん張ることができた。
私にとって彼の存在は、どん底生活をさまよう中で、唯一の理解者であり、
お互いに自分の人生を変えようと戦う同士だった。

夜勤の仕事の合間に、薄明かりの中で二人でお互いの夢を語り合うこともあった。
良さんは自分の夢を嬉しそうに語った。
「僕はね何歳になっても青春はあると思うよ。だから今も青春真っ只中だよ」
今も青春・・・彼の口癖だった。
彼はいつも遥かなる未来を見つめているようだった。

「あのさ、ケンさんは裁判が終わったらどうする?」
「裁判が終わったら?・・・そうですねえ・・・今は裁判のことしか考えられないですね」
将来のことは、返事はいつも濁した。

本当は言葉には出さなかったけれど、心の中では父の無実を証明さえすれば、
失った信用も回復し、何もかも以前の生活に戻れると信じていた。仕事だって・・・。
当時は本当に元の生活に戻れると信じていた。

今、振り返ると現実はそんなに甘くはなかった。

固い友情に結ばれた二人が、別々の道を歩むことを決意したのも、桜の花びらが
散る季節だった。
彼は父親の介護に専念する道を選び、私は助けを求める父の裁判へと。

私は斉藤さんに一つだけ嘘をついた。
カウンセリングの勉強をしたのは、仕事に生かすためではなかった。
良さんが病と闘う父親を支え、一緒に闘っていることを知りながら、私は何も
出来なかった。
何もしてあげることができなかった。
良さんに救われた私が、今度は私が良さんの力になってやろうと思うものの、
私は父の裁判のことで精一杯だった。

私は命の尊さにどう向き合えばいいのか分からなかった。
生きること、命が尽きること・・・私にはどう接していいのか分からなかった。

何もしてあげることができなかった自分が情けなかった。

それ以来、ずっと心に引っかかるものがあった。
人の苦しみや悩みをどう受け止めてあげればいいのだろう。
命と向き合う人にどのように接すればいいのだろう。
自分には何ができるのだろう。

答えを探したが見つからなかった。

カウンセリング講座の受講生募集の新聞広告を目にした時、迷わず応募した。
受講料を払って半年間の研修を受けた。精神科の医師や心理学の大学教授の話、
傷ついた心や人に言えない苦しみと、どう向き合えばいいのかを学んだ。
良さんに言われた言葉の意味をずっと考え続けてきた。
最近、やっと分かりかけてきたような気がする。

自分を大切に出来ない人間は、他人を大切になど出来ない。

あの頃の私は自分を大切にしてなどいなかった。
だから大切な友人である良さんも、家族も、周りの誰をも大切にできなかったのかも
知れない。
私はまるで何かに取り付かれたかのように目を血走らせて、裁判のことしか頭になかった。
そんな私を、良さんや私の家族、周りがどんな想いで見つめていたのかなど気づかなかった。
もっと自分を大切にすることができたのなら、周りの人たちの苦しみや悲しみにも気づいて
あげることができたかも知れない。

介護の世界で自分を活かせると気づかせてくれたのは、良さんとの出会いや、
そんな私の過去があったからなのかも知れない。
いつか良さんに出会えたら、今度は私が話を聞いてあげよう。


おーい、良さん、聞こえるかい・・・。
俺は介護の世界へ進もうと決めたよ。
理想と現実は違うかもしれない。俺の考えは甘いのかもしれない。
でもさ、やってみなくちゃわからないよ。
今までだって体当たりでぶつかってきたんだもん、今度だって体当たりだよ。
やっと自分に何が出来るか見つかったんだよ。
これは、たしかなことだよ。
今なら笑うこともできるし、いい相談相手になれるかもしれない。
今度こそ本当の友達になれるかもしれない。
今ならどんな話を聞かされても目をそらさないで、向き合うことができそうな気がする。


介護の現場でもスタッフやお年寄りの話を聞いてあげよう。
愚痴でも何でも聞いてあげよう。話を聞いてあげるだけで心が救われる・・・元気が出る。
これがカウンセリングの基本であることを学んだ。


緊急雇用対策としての介護業界への就労支援事業に応募した私は、期待に胸を弾ませて
事業説明会の会場へと向かった。そこで私の希望が打ち砕かれることなど、
その時は知る由もなかった・・・。

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