『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

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第16話  「求職男」〜再就職への道〜


「ええーっ!かいごぉー??」
ハローワーク相談員の斉藤さんは驚きの声を上げた。

「シー!・・・斉藤さん、声が大きいですよ」
私はあわてて人差し指を立てた。
「だって、突然そんなことを言うからですよ」
「そんなに意外ですか?」
「そりゃあ・・・まったく・・・意外も意外。いったいどうしたの
ですか?」
「いろんな情報を集めてもう一度考えたんですよ。自分が何を
したいのかをですね。年齢のカベという現実を受け止めて、
今の私の年齢で門戸が開かれている業種を。しかも将来性や
自分の経験が活かせる仕事をですね」
「それで、介護ですか・・・そりゃあ介護市場は将来性がありますよ・・・
でも本当に
大変ですよ。あなたに出来ますか?」


斉藤さんは眉間にしわを寄せながら、腕を組んだまま私の顔を見た。

「じつは父が要介護2で、父の付き添いで何度も施設に行ったりして
現場を見てきました。どんな人たちが施設を利用して、どんな人たちが
どんなふうに介護しているのかを。介護スタッフの手際よい作業と父が
感謝して喜ぶ姿を見て、なるほどと思いました」

「そうですね、素人とは違うでしょうね、プロですからね」
「そうなんですよ。さすがだと思いました。それに以前、介護の勉強を
していた友人が、現場の大変さや問題点などをいろいろ話してくれました。
どんな勉強が必要なのか、テキストなども見せてもらい、
どうやったら現場のスタッフをまとめることが出来るのかを一緒に考えたり・・・。
僕はマネジメントや人材育成の講師もしていましたからね」

「なるほど・・・」
「自分だったらこうゆう方法で現場をまとめるけれど・・・その時も自分なりに
考えて、彼にアドバイスしたり。現場はかなり忙しいいようで、ストレスも
かなり溜まるようでした。現場の管理、つまり現場をまとめきれる責任者が
いないと、現場はスタッフ同士もギクシャクして不平不満が蔓延している
ようでした」

「へえー、そうだったのですか」
「広報紙を作るのを手伝ったり、レポートを手伝ったり・・・その頃から
気づかないうちに介護の世界にある種の関わりを持ち始めていたのかも
知れません。父の介護で当時のことを思い出し、自分の今までの経験を
活かせる部分があることを思い出したのです」

「じゃあ、ヘルパーさんになるのではないのですか?」
「もちろんヘルパーとしての仕事から始めますよ。実際に現場に飛び込む
ことで、自分の目で確かめることができるし、現場の問題点や改善点を
勉強したいと思います。将来的にはスタッフを育てる仕事や施設の運営管理
などの仕事に携わりたいと思います。最高のサービスを提供できる
介護チーム作りをめざしてですね。ここに来てよかった、と施設を利用する人も
スタッフも思えるような・・・そんな現場を作りたいですね。
そのためにカウンセリングの勉強もしました」

腕組みをしたまま聞いていた斉藤さんが体を起こした。

「介護の現場で何を目指すのかちゃんと目標を持っておられるのですね。介護と
言ってもいろんな職種があるし、施設の運営形態もさまざまですしね。あなたは
そこまで考えての決断なのですね・・・安心しました。介護は将来性もあるし、自分の
経験を活かせる場所も既に考えているのですね」
「はい」
「でも、何度も言いますが本当に大変らしいですよ」
「はい、覚悟しています。私の本を読んでご存知のように、私は真夜中の
工事現場や工場で働いたこともあるし、肉体的にも大変な仕事でした。でも、
何よりもきつかったのは人間関係でした。忙しくてストレスが溜まり、いつも
不満ばかり言う人、文句を言う人もいればズルする人もいたりで、現場は殺伐として
いつもピリピリしていました。そこで感じたのは、しっかりした責任者がいてくれたらと・・・」
斉藤さんは私の話を聞きながらうなづいていた。

「じゃあ、具体的には介護の道に進むためにどうするのですか」
私は行政の雇用対策の支援事業について説明し、そこに応募したことを告げた。
「へえー、無料で資格が取れて、実務経験も積める。しかも派遣が終了する半年後には
正式な職員としての採用も用意されている・・・それはいいですねえ。願ったり叶ったり
ですね。やっとあなたにもチャンスがめぐって来ましたね」
斉藤さんは目を細めていた。
「はい、私もチャンスだと思っています。頑張りますよ」

斉藤さんに私の考えを聞いてもらい賛成してもらえた。
私は久しぶりに気持ちよくハローワークを後にした。

やっと私の進むべき道が見えてきた。
もうすぐ私にも春が訪れる。そんな喜びと期待に満ち溢れていた。
そもそも私に介護の世界を教えてくれたのは友人の良さんだった。
昨秋から就職活動を開始したものの、なかなか希望の光が見えてこなかったが、
やっと私が進む道が見えてきた。

「自分を大切にしてほしい」という良さんの言葉が、ずっとずっと
私の心に響いていた。

良さんと出会った当時、私は窮地に追い詰められながら苦しい裁判を闘っていた。
誰も寄せ付けないほど怒りと憎しみを体全体から放ち、すさんだ生活を送っていた。

そんな私は良さんと出会ってから変わっていった。
         
                        つづく

   


  第15話 最期にありがとうと・・・ 「求職男」〜再就職への道〜


私は介護の世界に飛び込むことを決意した。
妙なもので大変な仕事であると知れば知るほど血がさわぎ始めた。
全力でぶつかるだけの価値がある。
ようし、やってやろうじゃないかと。

介護の世界は専門職の仕事であり、最低でもヘルパー二級の資格が
必要だった。資格がなくても携われるが、この世界で仕事を続けて
いくならば資格は必要だ。
ヘルパー二級の資格を得るには130時間の講義を受講し、介護現場での
実習やレポートを提出すればよい。費用はざっと6〜10万円。
いろいろ調べてみると行政のさまざまな支援制度があった。

福岡県の場合、県庁のホームページを開くと緊急雇用対策として、
各部ごとに期間を限定しての緊急雇用の求人募集が始まっていた。
かつて私が関わっていた部も臨時アルバイトを募集していた・・・四年前の
ことを思い出す。

私は知事の肝いりでスタートした重要なプロジェクトの専門メンバーに
選出され、大切な業務を担当していたにもかかわらず、途中で仕事を
投げ出した。まさか検察の嘘を暴くために担当を降りるなど言えるはずもなく、
仕事に穴を空けてしまい迷惑をかけてしまった。
理由はどうあれ、あの頃はああするしかなかった・・・。
自分の仕事よりも父の無実を証明することのほうが私には大切だった。
(↑この時の模様は「続・いつか春が」第12話をご覧になれば分かります
http://blogs.yahoo.co.jp/rainrain1192/folder/1111200.html)

私は懸命の調査で、父の無実を証明する多数のアリバイ証拠が検察内部に
隠されていることをつかみ、法廷で検察が隠していた証拠を開示させて
嘘を暴いた。

こうして父の無実を証明して、正式に無罪が確定した。
今ではあの時の検察との闘いが、懐かしい遠い思い出になろうとしている。

久しぶりに見た県庁のホームページは懐かしさと共に胸が痛んだ。

介護に関する県の雇用支援策で注目すべき施策が見つかった。県が福祉や
介護の就労希望者を四百名募集して、県内の介護施設や現場に半年間派遣する
事業だ。派遣期間中、日当が支払われ無料でヘルパー二級の講座を受講できて
資格が取得できる。しかも半年間の派遣が終了すると県がバックアップして
派遣先へ正式職員としての雇用をサポートする。
行政はこの事業で何名正式雇用が実現できたか、実績を上げることに全力を
あげるはずだ。
しかし、このシステムだと施設選びを間違えると、あとで後悔するはめになる。
介護は施設選びで天国と地獄の待遇になると私は考えた。
私にとっては無料で資格が取得でき、実務経験も積めるという願ってもない
施策だった。応募しようと思った。

その夜、私が介護の世界に進もうと考えていることを、初めて妻に打ち明けた。

「えッ!介護?あなたが・・・。無理無理、絶対に無理。あなたにできるわけなかろうもん!
介護は大変ってみんな言うとよ。絶対無理、無理無理!」
妻がすっとんきょうな声をあげた。
「なぜ最初から無理だと決めつけるとね。俺だってもう一度社会復帰して
仕事に就きたいとばい。今の雇用の現状を知っているやろうもん。
これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいかんし、その気になれば俺だって
何でもできるよ。俺が真夜中の警備のバイトやパン工場で働いたことを
知っているやろうもん・・・」

「でも、あの時はまだ若かったし・・・」
「今も同じよ・・・あの頃、俺がどんな想いで真夜中に働いていたか知っているやろう?
あの時の辛さに比べたら俺は何でも出来ると思う。裁判で無罪を勝ち取っても、
社会復帰して普通の生活に戻らんと、いつまでたっても冤罪事件の闘いは
終わらんとよ」

「そうね・・・・・・いつまでも終わらんね」
私の言葉に妻はうなずいた。

「事件以来いろんなことがあったけれど、あれ以来、俺はずっと人生って
何だろうと考えてきた。出世して地位や名声を得るのもいい、金持ちになるのもいい。
いろんな人達の人生を見て思ったけれど、人生の終焉を迎える時に、『ありがとう』と
感じてもらう仕事に携わりたいと思い始めたんだ・・・老いていく親父やおふくろの姿を
見て、裁判であれだけ苦しい思いをしたのだから、最期は笑って逝かせてあげたいとね」

「・・・・・・でも、なぜ介護を選ぶとね?」
妻は真顔で尋ねた。

「娘も友達の尊い命によって今がある・・・あの時、命の大切さや生きることの大切さを
知ったとよ。介護の現場では死とも向き合わなければならんということも聞いている。
あの時、苦しむ娘に何もしてやれんやった・・・だから、子供の悩み相談のボランティアの
勉強もしたとばい。それに、人を信じられなくなっていた俺が、このままでは俺の人生も
終わってしまうと焦る気持ちとは裏腹に、もう一度、人の輪の中に戻り『一生のチームメイト』を
見つけたいと思った。
最初はヘルパーの資格を取って現場からのスタートだけど、めざすのは最高の介護のチームを
作りたか・・・そして、生きてて良かったと思ってほしか。仲間も一緒に頑張れてよかったと
思ってほしか・・・。
そんな夢が見えてきたから介護に進もうと思うたとよ。前々から心の中に自分には何が
出来るかなとモヤモヤした想いがあったけど、人に関わる仕事が好きなんだと今は分かる・・・。
だから頑張るよ」

「・・・・・・」
妻は下を向いたままうなずいた。
私の想いを分かってくれたのか、あきらめたのか分からない。
でも、いつかきっと分かってくれると信じている。

「俺は甲斐性なしで申し訳なかと思う。でも、俺はまだまだ人生を捨てたわけじゃなか。
これからだって幸せになる努力は惜しまんし、頑張ればきっと幸せになれると思う。
だから家族みんなで頑張ろう。なっ」

「・・・・・そうね。介護か・・・いずれ私たちもお世話にならんといかんし、世の中に必要な
大切な仕事よね。人から『ありがとう』って言われる仕事よね。わかった!頑張って」
「うん、頑張るばい!」
「あなたって本当にいつも良いほうに良いほうにと解釈するね。困ったもんよ」
「あはは、そうでも思わんと何もできんしね。それに介護は人の人生に関わることだし、
執筆にも役立つと思う」
「そうそう、その調子で頑張ってよ。また本を出して今度はもっと印税を稼いでね。あはは」
「そうだな、今度は『生きる』をテーマにした本を書くよ。そして文学賞をねらうよ」
「またアホなことを言うとね。じゃあ、あてにしないで期待しているから」


こうして妻も私が介護の世界に進むことを承諾してくれた。

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     第14話 心に新しい風が 「求職男」〜再就職への道〜

(前回からの続き)

私は看板の前に立ち尽くしたまま自分に問いかけた。
(本当にこの世界に飛び込むのか?今までの過去を捨てきれるのか?他にも道は
あるかも知れないぞ?覚悟は出来ているのか?)

「・・・・・・」



今の雇用の現実を嘆いたり愚痴をこぼしても仕方がない。
年齢で受け入れてもらえないならば、受け入れてくれる世界に飛び込めばいいだけだ。
自分を必要とされない世界よりも自分を必要としてくれる世界があるはずだ。
過去の華やかだった頃に自分がこだわり続ける限り前には進めない。
今は前に進むことが大切だ。

(よし!行こう)
薄暗い階段を一歩ずつ上がるにつれて期待と不安が膨らんでいく。
自分の足跡が冷たく響いた。
二階に上がると廊下の一番奥にさっきと同じ看板が掲げられていた。

『緊急雇用対策 福祉・介護分野への就業促進 特別相談窓口』
「・・・・・・」
ハローワークには職を求めて多くの人たちがあふれている。ここも同じように
多くの人たちが相談に訪れているかもしれない。本当に私にもチャンスが
あるのだろうか・・・。
緊張しながら部屋に入ると来訪者は誰もいなかった。
(あれ?・・・)
カウンターにいた私より目上の男性職員がすぐに声をかけてきた。
「ご相談ですか?」
「あっ、はい・・・」
「こちらへどうぞ」
誰もいないフロアのテーブルに私と職員は向き合った。
「あのう・・・初めてなのですが、もっと相談の方が多いかと思っていましたが・・・
ハローワークにも行きましたが、仕事を求める人たちであふれていますが」
「ここは残念ながらいつもこんな感じですよ。これからも介護市場はもっともっと
拡大していくし将来性もあるのですが、やはりイメージが悪いのか・・・敬遠されて
しまうみたいですね」
職員が寂しそうにつぶやいた。

「私は来月で50歳になりますが、この年齢でも仕事は出来るのでしょうか?」
「ええ、もちろんですよ。今はどの会社も人手が足りなくて募集していますし、
あなたの年齢でも十分働けますよ」
(ホッ、よかった。大丈夫みたいだ)
「私の年代の男性は見えられますか?」
「うーん・・・正直なところ、ほとんど見えられませんね」
(やはり思ったとおりだ。人材が集まらないということは、私の年代だって
この業界では貴重な存在なのかもしれない。今までの経験を活かすチャンスが
あるはずだ)

私の中で希望がふくらんでいく。

「失礼ですが、介護というとキツイ、キタナイ、低賃金というイメージが
ありますが、実際のところどうでしょうか?」
職員が返事に困ったような表情になった。
「そうですね・・・たしかにキツイ仕事ですし、給料も安いです。お金だけで
計算するならばやれない仕事です。この仕事は人が好きでないと務まらない
仕事ですからね」
(人が好きでないと出来ない仕事か・・・まちづくりや人材育成の仕事は人が好きでない
できない仕事だ。私は人の笑顔や頑張る人たちの熱意が好きだったから打ち込めた)

「介護の現場では多くのヘルパーさんたちをマネジメントしたり教育したりする
責任者がおられるのでしょう。年代的にはどんな方たちが多いのですか?」
「三十代から五十代くらいの方でしょうかね」
(自分を活かせるチャンスはきっとある)

私は職員に次々と質問を浴びせた。
この世界に飛び込むからには少しでも不安や疑問を打ち消したかった。
自分で納得した上で飛び込みたかったからだ。不平不満を抱きながら嫌々仕事を
するならば長くは続かない。この仕事を好きになれる要素がないか、介護企業という
組織の中で目指すべき目的や満足が得られるか・・・私は可能性をさぐった。

「給与待遇面についてですが、私が調べた限りでは十五万前後が多いようですが・・・」
「そうですね。たしかに良い待遇とは言えないかもしれませんが、これからは改善
されていくはずですよ」
たしかに安いかもしれない。でもアルバイトよりはマシだ。調べて分かったが
福利厚生も充実してボーナスや退職金、住宅手当だってある会社もある。
定年だって六十五歳の会社もあった。
贅沢を言ったらキリがない。家族で力を合わせて今までだって乗り終えてきた。
贅沢しなければ何とかなる。
努力を惜しまず、自分の力を最大限発揮すれば認めてもらえるし待遇だって
良くなるはずだ。

その気になりゃ・・・何とかなる。
人が好きだから何とかなる。
人が好きだからまちづくりの仕事に関わった。
「何をしても無駄だ」「頑張ってもどうせ変わりはしない」こんなふうにあきらめムードや
閉塞感が蔓延する町や村に飛び込み、一緒に頑張ろうと熱く訴えながら、目指すべき
方向性を示し続けていくと住民の意識が少しずつ変わり目に輝きがましてくる。

簡単ではないが人は変われることを私は知っている。

人が好きだった私が父の事件で変わり、人間不信に陥り憎しみや怒りだけを支えに
生きていたことがある。自分の人生を滅茶苦茶にした者たちを、憎しみのあまり
刺し違えて死んでやろうとさえ思った。
今ではあれほど憎しみを抱いていた者たちの顔や声が思い浮かばなくなってきた。
虚勢を張って、誰にも頼らずに自分一人で人生を変えて見せると思ったこともあった。
そんな私が再び人の輪の中に飛び込んで行こうとしている。
数字やノルマに追われる仕事は結果が出て分かりやすいが、私には向かないことに気づいた。

肩書きや名誉など求めるよりも、今は一生のチームメイトを見つけたい。
人に関わる中で一緒に喜び、一緒に考え、一緒に悩み、一緒に頑張り、励ましあう。
そんな風が吹くような現場で頑張りたい。風が吹かなければ自分が吹かせてみたい。
裁判という孤独の極限状態を経験したからこそ、人との関わりを渇望していくように
なったのかも知れない。

介護の現場には私が望むべき姿が見えてきた。
過酷といわれれば言われるほど挑戦してみたくなってきた。
介護の世界に飛び込んで頑張ってみよう。
自分の意思で飛び込むのだから苦労は覚悟の上だ。

一度、人生のどん底を経験したし、0.1%の可能性を実現した男だ。
自分に自信を持とう。
これから先、私の人生はどこに続くのか分からない。
しかし、一本の道が見えてきた。

歩く前からあきらめるよりも、とにかく歩いてみよう。
決めた!この世界に飛び込もう。


     第13話 どんなときも 「求職男」〜再就職への道〜



中高年の再就職で一番の障害は年齢の壁。
最初は実績やキャリアがあれば何とかなると信じていた。しかし、現実は
まず年齢ありきだった。年齢がネックとなるならば、今の年齢で受け入れて
くれる仕事を探そう。

不況の真っ只中でも求人の数が多い業種がある。
募集しても人が集まらない仕事。
年齢が関係ない仕事・・・すなわち、それは求人募集が多い仕事だ。

待てよ?・・・人が集まらないということは人材が手薄であり、そこで頑張れば
人生の再起のチャンスを作り出せるかも。さらに今までの経験を活かせる
仕事を任せてもらえるチャンスだってあるかもしれない。

ピンチこそチャンスだ!
マスコミや世間の噂に惑わされず、自分の目で現場の声を聞いてみよう。

街に出かけた時、普段は電車で帰宅するが、この日は敢えてタクシーに乗った。
運転手は三十半ばのメガネをかけた、見るからに真面目そうな男性だった。
この人なら話を聞かせてくれるかもしれない・・・。
タクシーが走り始めると、運転手に世間話をしながら話しかけた。
「運転手さん、最近の景気はどうですか?」
「いやあ、駄目ですね。昨年の九月頃から売り上げが落ち始めて、おかしいなと
思い始めた直後にリーマン・ショックですよ。あれ以来、確実に二割以上は売り上げが
落ちていますね」
(なるほど、やはりタクシー業界にも不況が直撃している)

「でも、最近は乗務員をどんどん募集している会社もありますよね」
「ああ、あれですね。ウチも募集していますよ」
「しかし、求人内容を見ると給料も最低○○万円保証とか書いてありますし、
こんな求職難の時代には良い条件だと思いますがね。実際はどうなの?」
「よそは知りませんが、ウチも採用して最初はそうですよ。でも、ある程度になると
歩合に変わるし、タクシーの仕事は歩合制が基本ですからね」
「じゃあ運転手さんがどんどん増えると、競争が激化して売り上げが落ちて
いくんじゃないの?」
「そりゃあそうですよ。お客の奪い合いですよ。会社からすれば車を遊ばせておくよりも
運転手をどんどん採用して走らせておくほうがいいですもん。歩合制だから会社は
運転手の売り上げが減ろうが関係ないからですね。キツイのは運転手だけですよ」
(やはりオイシイ話は存在しないってことか。タクシー業界の賃金システムは一般の
企業とは違うしなぁ)

「酔っ払い客を乗せなければならないし大変でしょう?」
「そうですね。常識が通用しないお客さんや身勝手なお客さんがいたりして、とにかく
忍耐力のいる仕事ですよ。先日も酔った若い女性客に延々と説教されましたよ。
こっちがぐっとこらえて黙っていると、今度はなぜ黙っているのよと余計に
からんできて、あんたは態度が悪いとか言いたい放題でした。同僚は酔ったお客から
後ろから首を絞められた者もいますよ。どんなに偉い人でも酔えば人間の本性を
むき出しにする人がいますからね」
(常識が通用しない客か。どこの世界にでもいるしなぁ)

彼は運転手になって四年目になると言いながら、私に気を許してくれたのか
タクシー業界の裏話をいろいろ話してくれた。彼の会社では既婚者よりも独身者が
圧倒的に多いということまで話してくれた。昔は既婚者で今は独身・・・。
いろんな人生がある。
タクシー料金3100円をかけて得た情報は、人生を物語る貴重な話だった。

以前は仕事柄、さまざまな業界の経営者と会って直接話を聞く機会が多かったが、
やはり経営者側の話と現場で働く社員の話は違った。使われる者としての本音と
業界の実態が聞けた。知り合いを探せばいろんな職業の話が聞けたはずなのに、
今までなぜ話を聞かなかったのか・・・それは自分が仕事をなくして、職を探していることを
誰にも知られたくなかったからだ。
それに、今までの自分の実績があれば何とかなると過信していた。

しかし今度は今までと違う。
かつて私が教えていた講座の受講生に数年ぶりに連絡を取った。
会って今の自分の現状を打ち明けた。
やっと父の裁判が終わって就職活動を開始したが、仕事が見つからず就職活動を
していることを正直に話した。
「そうだったのですか・・・まさかそんな状況とは知りませんでした。お父様の裁判は
知っていましたが、無罪を勝ち取られたことをニュースで知り喜んでいましたが、
中島さんは今も仕事であちこち飛び回っておられるだろうと・・・てっきり、そう思って
いました」
「あはは、人生なんてどこでどう変わるか分かりませんよ。お恥ずかしながら、今は
職探しの日々ですよ」

無罪だったので、父も私も以前の生活に戻り、幸せな日々を過ごしているだろうと
思っていたようだ。冤罪事件として裁判で無実を証明すれば、無実の被害者だから
国が多額の賠償金を支払ってくれるだろうと思い込んでいた。
国からは裁判に費やした五年分の莫大な費用の数十分の一のわずかな金額が支払われただけで、
謝罪も一切ないし、逮捕による経済的損失や失った信用回復もすべて無視。
すべて自分でやらなければならず、国からは冤罪被害者に対しては何の支援もサポートもない
という現実を話すと驚いていた。

「ところで今日は仕事探しの参考に、君の業界の話を聞かせてもらえないかなと思ってね」
「えっ、うちの業界ですか!知ってのとおり不況でガタガタですよ。うちだって
いつ潰れるか分かりませんよ。その前に私だって首を切られるか分かりませんしね。
今は本当に厳しいんですよ」

知人は業界の厳しい現状を話してくれた。
今までは、まさか自分がその業界で働こうなどと考えてもいなかったので、漠然として
話を聞いていたが、今度は真剣に耳を傾けた。

「僕は君の業界にはどうだろう?出来るかな」
「プッ、無理無理。絶対にやめたほうがいいですよ。それに今までの実績が
もったいないし、他を考えたほうがいいですよ。そもそも似合いませんしね」
「似合う似合わないの問題じゃないよ。このままでは日干しになっちゃうよ」

次に会った知人も同じだった。その次に会った知人も、その次も。
結局、この大不況と雇用不況の真っ只中で、求人をどんどん募集している業界は
仕事が厳しくて社員が次々と辞めていくから募集していると説明してくれた。
数字に追われノルマに追われ、売り上げが減り給料も減り、食っていけない。
だから社員が辞めていく、解雇される。

次々と知人に会って業界の現状を聞いたが、どこも厳しい状況に変わりはなかった。
どんな仕事も厳しいのは覚悟しているが、心に響くものが何もなかった。
やりがいを感じるものが何もなかった。
たとえその仕事が今は好きでなくても、努力して好きになろうと思う。
何か一つでも生きがいややりがいを見出せれば耐えながらでも頑張れる。
しかし、話を聞けば聞くほど自分の中で希望の光が消えていくのが分かった。

みんなが敬遠する仕事、やりたがらない仕事という私の中の選択肢で
最後に残った業種はキツイ、汚い、安い・・・そんなイメージが定着している仕事。

やはり、これしかない。
すでにいろんな情報を集めて検討してきた。
生半可な気持ちで飛び込むわけにはいかない。
この世界で人生の再スタートを切るんだ。
自ら飛び込んでいく覚悟は出来た。

かつて私がどん底をさまよっていた時、私を応援し励ましてくれた人がいた。
「自分の人生も大切にしなくちゃ駄目だよ」
良さんは私に言った。

自分の人生を大切に・・・約束どおり俺は大切にしているよ、良さん。
心に何かを感じる仕事がしたいんだよ。
これっぽっちでもいいから未来に向かって希望の光を感じたいんだよ。
良さん、俺は決めたよ・・・。

県の施設に向かった。

『緊急雇用対策 相談窓口 二階↑』

大きく書き出された案内板の前に私は立っていた。


 第12話 いつまでも変わらない 「求職男」〜再就職への道〜


気持ちが固まったつもりでも、翌日になると再び揺れる。

「お父さんね、じつはさ・・・いろいろ考えたけれど・・・」
私は自分の気持ちを父に打ち明けようと電話した。
「おお、健一か。こがん遅か時間に何したとか、何かあったとか?」
「いいや・・・あのさ、就職の件だけどさ。今の現状は予想をはるかに
超えていて、考え方を変えるしかなかと思うとる。今のままでは前に進めんとよ」
「・・・そうだな。ニュースでも毎日のように雇用問題が流れておるし、そのたびに
お前のことを考えてしまい、苦しくなるとばい」

父は心臓の血管に問題があることが分かり、間もなく入院する。
その前に自分の気持ちを父に伝えておこうと思った。
どんな状況であろうと、前に進むために私が変わろうとしていることを
父に伝えたかった。

「お父さん、このままではみんなが不幸になるかも知れん。これ以上、家族にも
迷惑をかけられんし、今の雇用不況は俺一人の力ではどうすることもできん。
応募しても応募しても書類選考で落とされてしまい面接さえもしてもらえん。
次々と不採用の通知が届き、今では七十社を超えたよ」

「う〜ん・・・厳しかなぁ。あんな事件に巻き込まれなければ、今頃お前だって
人並みの生活をしていたのに・・・そう思うと、申し訳なくてなあ。
せめてお前には生活の安定だけでも取り戻してほしかけれど・・・それだけが
気がかりで、このままでは死んでも死にきれんばい」
「馬鹿なこと言わんでよ。もういいって・・・そんなことを言われると俺まで
辛くなるよ。お父さんや俺たちは世間に後ろ指さされるようなことは何もしとらんし、
検察が隠していた嘘を暴いただけ。人間としての正義を貫いただけよ。だから
胸を張って生きよう」

私は父に今までの就職活動の状況を話した。

化粧品、健康食品に製薬メーカー、進学塾、ショッピングセンターからパチンコ屋や
カラオケボックスの店員、うどん屋の店員、風俗雑誌の営業、探偵会社の調査員、
食材の宅配ドライバー、ドラッグストアや質屋の店員・・・その他、いろいろ応募したが
ことごとく落とされ、葬儀会社の遺体の搬送係まで考えたこと。

すべて年齢不問なはずだったが、実際は年齢制限が存在する現実を説明した。
年齢に関係なく仕事に就ける可能性があるのは工事現場の警備員、タクシードライバー、
保険や不動産の営業、介護、新聞の勧誘員・・・人材が不足しているのか、この業種は
求人が多い。飲食や接客サービス業は五十歳くらいでも女性ならば可能性はあるが、
中高年男性は相手にされない。

「これが今の状況。俺なりに考えているけれど、今は人が敬遠する仕事こそ
チャンスがあると思う・・・まだ迷っているけれど。以前のような仕事には戻れなくても、
俺がどんな仕事をしようと、俺は俺だから。それだけは分かってほしくて・・・」
それ以上父には言えなかった。

父は厳しい雇用の現実を知り黙り込んでしまった。
父は私が以前のような仕事に戻れると信じていた。いや、願っていた。
自分のせいで息子が仕事を失い、裁判が終わったのに社会復帰できず苦境にあえぐ姿を
見るのが辛い・・・そういう想いで私を見守っていた。

父はいつも気にして尋ねた。
「お前の友達はどうしてる?みんなそれなりに出世して給料だってそこそこもらって
いるんだろう」
「もう何年も会っていないし、誰がどんな生活をしているかなんて俺は知らんよ」
「お前だって俺の裁判に関わらなかったら、今頃はなあ・・・」
これが口癖になっていた。

そんな父に今の私が置かれた現実を説明し、私が以前のような仕事に戻れるという
期待を捨てさせるしかなかった。

「厳しかなぁ・・・。でも、お父さんは分かっとる。お前がどんな仕事に就こうが、
俺はお前のことを分かってる。お前だったらどんな仕事であろうと、きっとそこで
頑張るだろうし、認めてもらえると信じとるばい。だから、お前の好きなように
すればよか。世間の目なんて気にせんでよか。でも、もう一度本を出すことだけは
あきらめんでくれ」

電話の向こうに父の寂しそうな声が響いた。

息子の幸せを願う親の気持ちはいつまでも変わらない。
息子として親の幸せや健康を願う気持ちだって、いつまでも変わらない。
ましてや父が逮捕され犯人にでっち上げられていく姿を指をくわえて
見守るなど出来なかった。
だから検察庁と闘うしかなかった。父の無実を証明するためには検察の隠した嘘を
暴くしかなかった。

その結果がこれだ・・・あれから九度目の春を迎えた。
今も社会復帰が出来ない自分が情けない。

このままでは心が折れてしまいそう・・・。

折れてしまう前に決断しなければ。
完全に折れてしまうと、二度と立ち上がれないかも知れない。
折れてしまう前に進むべき道を変えよう。
どんな状況であろうと、かすかな希望の光を見出せれば、そこで頑張ればいい。
その仕事にわずかでも希望の光が見えれば何とかなる。

そう・・・きっと何とかなる。

「変わらないために変わり続ける」

ラーメンの一風堂の河原社長が教えてくれた言葉が今も心に響く。
「志さえ失わなかったら何とかなりますよ」
熊本に一緒に講演に行った際、河原社長は私に自分の人生を語ってくれた。
河原社長もどん底からのスタートだった。
ラーメンの味を見極めるために、名だたるラーメン店の味を確認しようと
一日八杯も食べていたこと。満腹で食べきれない時は指を口に入れて吐いては
次の店へと向かったこと。
世間の信用はもろく、わずか三ヶ月で信用をなくし倒産の危機に瀕し、
信用を回復するまでに三年かかったこと。

「私はね、志があったし夢があったから、ピンチを乗り越えることができました」
今は河原社長の言葉の意味がよく分かる。

今の自分に志はあるか?

まだ大丈夫。
いつまでも変わらない想い・・・きっと何とかなる。
ピンチだからこそ視点を変えればチャンスもあるはずだ。
仕方がないとあきらめることだけはやめよう。
あきらめた時点ですべてが終わってしまう。
変えよう、いや、変わろう。

ぐっとこらえて腹をくくるしかない。
きっと流れが変わる時が訪れる。

折れそうになっていた心が次第に固まってゆくのを感じた。

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Fight
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