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第16話 「求職男」〜再就職への道〜 「ええーっ!かいごぉー??」 ハローワーク相談員の斉藤さんは驚きの声を上げた。 「シー!・・・斉藤さん、声が大きいですよ」 私はあわてて人差し指を立てた。 「だって、突然そんなことを言うからですよ」 「そんなに意外ですか?」 「そりゃあ・・・まったく・・・意外も意外。いったいどうしたの ですか?」 「いろんな情報を集めてもう一度考えたんですよ。自分が何を したいのかをですね。年齢のカベという現実を受け止めて、 今の私の年齢で門戸が開かれている業種を。しかも将来性や 自分の経験が活かせる仕事をですね」 「それで、介護ですか・・・そりゃあ介護市場は将来性がありますよ・・・ でも本当に 大変ですよ。あなたに出来ますか?」 斉藤さんは眉間にしわを寄せながら、腕を組んだまま私の顔を見た。 「じつは父が要介護2で、父の付き添いで何度も施設に行ったりして 現場を見てきました。どんな人たちが施設を利用して、どんな人たちが どんなふうに介護しているのかを。介護スタッフの手際よい作業と父が 感謝して喜ぶ姿を見て、なるほどと思いました」 「そうですね、素人とは違うでしょうね、プロですからね」 「そうなんですよ。さすがだと思いました。それに以前、介護の勉強を していた友人が、現場の大変さや問題点などをいろいろ話してくれました。 どんな勉強が必要なのか、テキストなども見せてもらい、 どうやったら現場のスタッフをまとめることが出来るのかを一緒に考えたり・・・。 僕はマネジメントや人材育成の講師もしていましたからね」 「なるほど・・・」 「自分だったらこうゆう方法で現場をまとめるけれど・・・その時も自分なりに 考えて、彼にアドバイスしたり。現場はかなり忙しいいようで、ストレスも かなり溜まるようでした。現場の管理、つまり現場をまとめきれる責任者が いないと、現場はスタッフ同士もギクシャクして不平不満が蔓延している ようでした」 「へえー、そうだったのですか」 「広報紙を作るのを手伝ったり、レポートを手伝ったり・・・その頃から 気づかないうちに介護の世界にある種の関わりを持ち始めていたのかも 知れません。父の介護で当時のことを思い出し、自分の今までの経験を 活かせる部分があることを思い出したのです」 「じゃあ、ヘルパーさんになるのではないのですか?」 「もちろんヘルパーとしての仕事から始めますよ。実際に現場に飛び込む ことで、自分の目で確かめることができるし、現場の問題点や改善点を 勉強したいと思います。将来的にはスタッフを育てる仕事や施設の運営管理 などの仕事に携わりたいと思います。最高のサービスを提供できる 介護チーム作りをめざしてですね。ここに来てよかった、と施設を利用する人も スタッフも思えるような・・・そんな現場を作りたいですね。 そのためにカウンセリングの勉強もしました」 腕組みをしたまま聞いていた斉藤さんが体を起こした。 「介護の現場で何を目指すのかちゃんと目標を持っておられるのですね。介護と 言ってもいろんな職種があるし、施設の運営形態もさまざまですしね。あなたは そこまで考えての決断なのですね・・・安心しました。介護は将来性もあるし、自分の 経験を活かせる場所も既に考えているのですね」 「はい」 「でも、何度も言いますが本当に大変らしいですよ」 「はい、覚悟しています。私の本を読んでご存知のように、私は真夜中の 工事現場や工場で働いたこともあるし、肉体的にも大変な仕事でした。でも、 何よりもきつかったのは人間関係でした。忙しくてストレスが溜まり、いつも 不満ばかり言う人、文句を言う人もいればズルする人もいたりで、現場は殺伐として いつもピリピリしていました。そこで感じたのは、しっかりした責任者がいてくれたらと・・・」 斉藤さんは私の話を聞きながらうなづいていた。 「じゃあ、具体的には介護の道に進むためにどうするのですか」 私は行政の雇用対策の支援事業について説明し、そこに応募したことを告げた。 「へえー、無料で資格が取れて、実務経験も積める。しかも派遣が終了する半年後には 正式な職員としての採用も用意されている・・・それはいいですねえ。願ったり叶ったり ですね。やっとあなたにもチャンスがめぐって来ましたね」 斉藤さんは目を細めていた。 「はい、私もチャンスだと思っています。頑張りますよ」 斉藤さんに私の考えを聞いてもらい賛成してもらえた。 私は久しぶりに気持ちよくハローワークを後にした。 やっと私の進むべき道が見えてきた。 もうすぐ私にも春が訪れる。そんな喜びと期待に満ち溢れていた。 そもそも私に介護の世界を教えてくれたのは友人の良さんだった。 昨秋から就職活動を開始したものの、なかなか希望の光が見えてこなかったが、 やっと私が進む道が見えてきた。 「自分を大切にしてほしい」という良さんの言葉が、ずっとずっと 私の心に響いていた。 良さんと出会った当時、私は窮地に追い詰められながら苦しい裁判を闘っていた。 誰も寄せ付けないほど怒りと憎しみを体全体から放ち、すさんだ生活を送っていた。 そんな私は良さんと出会ってから変わっていった。
つづく |

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