『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

 
※本日、記事を五回更新していますのでお見逃しなく。
 連載シリーズの最終回は前の記事となります。
 これが五回目の最後の記事です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

      長野智子さんとの出会い

平成十八年一月二十日、佐賀空港に「ザ・スクープ」のスタッフが
降り立った。現場の指揮をとる原プロデューサーにディレクターの
丸山さん、報道キャスターの長野智子さん。カメラや照明、音声の
スタッフも加わり総勢六名が佐賀空港に集結して、父と母に挨拶を
済ますと、彼らはこの事件を検証するための取材と撮影を開始した。

テレビでしか見たことがなかった実際の長野智子さんは陽気でとて
も気さくな女性だったが、さすがに凛とした輝きを放っていた。長
野さんは裁判だけでなく父とともに闘ってきた家族の苦悩や無罪に
かけた想いも正確に伝えようと私にもマイクを向けた。

私には長野さんのインタビューの様子を見ていて一つ気づいたこと
があった。彼女は資料を事前に確認するわけでもなく、いつもメモ
を持たずにアドリブでインタビューを続けていた。現地に取材に入
る前にこの事件について十分な時間をかけて検証を済ませてきてい
るようで、事件の経緯や五年間の裁判の流れなども熟知していた。
さすがプロだと私たちをうならせた。

私は彼らを父のアリバイの争点となった古湯温泉のT荘へと案内し
た。旅館に到着して長野さんが女将さんにインタビューする模様を
私は静かに見つめていた。長野さんは核心にせまる質問を次々と女
将さんにぶつけていた。
「すると副島元組合長は平成八年の七月十日、確かにここに見えら
れたのですね」
長野さんは事実を確認しようと女将さんに尋ねた。
「はい、たしかに組合長さんは見えられました。ハッキリと覚えて
います」
女将さんは緊張した面持ちで答えた。
「そのことは(一審無罪判決直後に裏付け捜査に尋ねてきた)検事
にも話したのですね」
「はい、組合長は本当に来たのかと検事さんに聞かれたので『ええ、
たしかに見えられましたよ。組合長さんが来られたのを覚えていま
す』と私はハッキリと伝えました」
「そのとき検事は他に何か言いませんでしたか」
「その時の伝票は残っているかと聞かれたので伝票の綴りをここで
見せました」
「その伝票にはどんなことが書かれていたのですか」
「人数や料理などが書かれていました」
「その伝票は今どこにあるのですか」
「検事さんが貸してくれと言って持っていきました」
長野さんの取材によって、検事が訪ねて来た時の様子が詳しく分か
ってきた。検事が来たのは検察が控訴した日の午前中で、つまり控
訴する前に父のアリバイを立証できる証拠や証人が存在することを
掴んでいたことになる。それでも検察は控訴していた……。

日が暮れた後も場所を移動して、冷たい雨が降りしきる暗闇の公園
で関係者への取材と撮影が行われた。その日の撮影が終わり、夕食
の席についたのは既に夜の十時を過ぎた頃だった。
私も彼たちと一緒に食事をしながら、無罪までのいろんな出来事を
語った。既に終わった裁判のことを、こんなふうに真剣な眼差しで
聞いてくれる長野さんやスタッフの誠実な態度が私には嬉しかった。

事件や裁判の陰で真実を訴えようと苦しむ人たちの悲しみや怒りを
分かっているからこそ、私の話にもきちんと耳を傾けてくれるのだ
ろうと思った。
長野さんの携帯電話には、食事の最中にも過去に担当した冤罪事件
の本人から電話がかかってきて、相手は悔しさをぶつけているよう
で長野さんは何度もうなずいていた。ひとしきり話がすむと彼女は
最後に大きな声で「絶対にあきらめないでね! 頑張ってね」と励
まして電話を切った。

隣に座っていた丸山さんが私にそっと教えてくれた。
「僕たちはいろんな冤罪事件の現場を取材して、被告とされた人た
ちの声にも耳を傾けてその苦しみも知っています。放送が済んだら
それでおしまいでなくその後も応援しているんですよ。だから長野
さんには放送が終わった後も夜中でもこんなふうに各地から電話が
かかってくるのですよ」

 被告とされた人間の苦しみを分かってくれる人たちがいる……喜
びと同時に元気がわいてきた。
丸山さんはさらに話を続けた。
「普通はキャスター自らが現場で徹底的に取材するなんて珍しいこ
とですが、うちは長野さんや鳥越さんも現場に入って取材しながら
真相を追究していくのですよ。ザ・スクープは普通の報道番組とそ
こが違うのですよ」

隣で静かに話を聞いていた原さんが口を開いた。
「我々は他のマスコミが取り上げない事件の真相や裁判の裏側を取
り上げるのですが、その分取材が大変です。でも、放送するからに
は自分たちも責任を持って事件を検証しなければならないからです
ね。だから副島さんのお父さんの事件もきちんと検証して番組を作
りますよ」
電話を終えた長野さんも話に加わった。
「健一郎さん、お父さんの事件もひどいですよね。こんなことは絶
対に許されないことですよ。今日、お父様やお母様にお会いして人
柄を知り、ますます事件の真相を世間に伝えなければならないと思
ったわ。ひどすぎるわ……」
「長野さん、ありがとうございます。僕は父の無実を証明したくて
……ただそれだけで頑張ってきましたが、いつかこの事件の真相を
本にしてきちんと世の中に伝えたいと思っています」
「そうよ、健一郎さん。ぜひ書いたほうがいいわよ」

「ザ・スクープ」の取材と撮影は、翌日も翌々日も早朝から夜遅く
まで佐賀市内のあちこちで続けられた。長野さんのインタビューで、
取調べを受けた農協関係者から当時の取調べの状況がさらに詳しく
浮き彫りになっていった。(本編に描かれている関係者の取調べの
様子は長野さんのインタビューをもとに描いた)
取材が進む中で私は母の様子が今までと違うことに気がついた。裁
判を一緒に闘いながら父を支えてきた母の存在は周囲には目立たな
かったが、長野さんは同じ女性として母の苦労を理解してくれてい
るようだった。母に「お母さん、お母さんもこっちに来てください
よ」と声をかけ、「お母さん、お父様を支えてこられて本当に大変
でしたね……」と母のこれまでの苦労をねぎらう言葉をかけてくれ
ていた。母は長野さんの言葉にはにかんだような笑顔を浮かべ、こ
れまで私たち家族にも語らなかった胸中を長野さんには素直に語っ
ていた。家族だから話せないこともあると思う。母も本当は苦しい
胸のうちを誰かに聞いてほしかったのだろう……。

長野さんとの別れの日、普段は自分から人に何かを頼んだりする母
ではなかったが「長野さん……一緒に写真を撮ってもらえませんか」
と、珍しく自分からお願いした。母には長野さんとの出会いがよほ
ど嬉しかったようだった。長野さんと並んで写した一枚の写真……
五年間の裁判を闘かった母の大切な宝物となっている。

撮影がすべて終了して東京に戻った長野さんたちは取調べを担当し
たI元検事にも取材を試みた。なかなか取材のチャンスが訪れず、
四回目、検事を辞めて弁護士になろうとするI元検事の姿をカメラ
がとらえた。

彼を見つけた長野さんは車から飛び出してI元検事にマイクを向け
た。彼はうすら笑いをするだけで最後まで何も語ろうとしなかった。
逃げるように立ち去ろうとする彼の背中に向けて、長野さんの声が
ひときわ大きく響いて番組は終わった。

「副島さんに謝罪しないのですか!」
長野さんが彼にぶつけた言葉は、父や私たち家族の怒りをこめた悲
痛な叫びだった。

この時の取材が「ザ・スクープ」でテレビ放映されたのは、平成十
六年三月五日だった。
(※この時放映された番組は、テレビ朝日「ザ・スクープ」公式サ
イトで放送日をバックナンバーで検索すると視聴できます)

■テレビ朝日「ザ・スクープ」 
 http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/update/special_back/20060305_010.html
 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分

■長野智子さんのコメント
 http://www.tv-asahi.co.jp/hst/i/column/nagano/018.html
■長野智子さんのブログ
 http://yaplog.jp/nagano/



イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

     ※本日、記事の更新を5回まとめて行っていますのでお見逃しなく。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

             ダイジェスト版の公開を終えて

 著書「いつか春が」の一部を、ダイジェスト版として35回にわたり公開してきましたが、
いかがだったでしょうか。
出版したばかりの、実際に販売している本の内容をここまでお見せすること自体が異例か
もしれません。しかし、どうしても司法の現実をみなさんにお伝えしたかったからです。
そのままを公開することが出来ませんので、著者の特権を利用して校正前の原稿や新たに
修正を加えて書き下ろしたりして、ギリギリまでお見せしました。

ここまでしなければ、著者としてこの本に込めた想いをお伝えできないと判断したから
です。本を出版して読者の方から、いろんな声が寄せられました。もちろんすべてが好意
的な意見ばかりでなく、反論意見もありました。刑事裁判と民事裁判の違いが理解しても
らえず、冤罪事件の本質を理解してもらえない方もおられました。どちらも裁判であり、
苦しみを強いられます。

民事裁判では逮捕はありません。手錠もかけられないし、密室での取調べもありません。
独房での勾留や裸の身体検査もありません。裁判が終わっても有罪や無罪という判決もあ
りません。ところが刑事裁判は、まず逮捕から始まり、その時点で社会的信用を失い、保
釈されなければ裁判が終わるまで拘置所での独房生活となります。実刑になればそのまま
今度は刑務所に収監されるのです。
ましてや無実の人間が、そのような苦しみを強いられる……それが恐怖なのです。

私はこの本を通して、冤罪の恐怖と苦しみを伝えたかったのです。冤罪事件がどのように
して作られていくのか。冤罪事件で無実を証明することの困難さ。冤罪事件の裁判によっ
て、被告とされた本人や家族にどのような影響を及ぼすのか。心にどれだけ深いダメージ
を与えるのか。例えば私の場合は被告とされた当事者ではありません。それでも未だにさ
まざまな後遺症に悩まされています。

自分のふるさとである佐賀に行くと、それだけでドキドキとして胸が苦しくなるのです。
裁判は終わりましたが、未だに事件の舞台となった佐賀に近づくだけで、胸が苦しくなる
のです。たぶん誰にも理解してもらえないと思いますが、今の私には佐賀に近づくことも、
佐賀で人と会うのも苦しくなるのです。私にとって佐賀という場所そのもがトラウマに
なっているようです。たぶん、権力という恐ろしい影に怯えながら、人目を気にしながら
誰にも気づかれないように証拠探しや証人探しをしていたせいかも知れません。その時の
緊張や恐怖が蘇るのかも知れません。

冤罪事件はこのように心に深い傷を残し、人生をも狂わせてしまうのです。
著書のあとがきにも書いているように、冤罪事件を防ぐには取調べの可視化は絶対に必要
です。しかし、その前に「犯人ありきの捜査」でなく慎重な捜査こそが一番大切です。
人を人が裁くという前に、人が人を権力を利用して捕らえる…つまり逮捕することは、逮
捕される相手だけでなくその人の家族の人生も変えていくということを認識した上で、逮
捕に踏み切らなければならないのです。そのための慎重な捜査こそが、冤罪を防ぐ最も効
果的な防止策であると思います。

裁判員制度を控えた今、裁判について、司法について、今までみなさんが知らなかったこ
とを、難しい言葉でなく分かりやすい言葉で伝えよう。これがこの本の基本でもあります。
私が経験したことを本という形で、物語としてみなさまに読んでいただくことで、何かを
感じ、考えていただくきっかけになればと願っています。

全国には多くの方々が冤罪事件に苦しみ、0,1%の可能性に人生を賭けて闘っておられます。
人が人を裁く、人が人を捕らえるのだから、冤罪事件は他人事ではなく、誰にでも起こり
得る悲劇なのです。

         
         この本を冤罪事件に闘うすべての人たちに捧げます


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ※「佐賀市農協背任事件」で検索してみると、この事件が衝撃の事件であったことが分かります。



イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

     
      人の心を狂わす取調室   副島勘三

平成十三年三月のあの忌まわしい逮捕から七年が過ぎました。七年……
まさに裁判に明け暮れた七年でした。刑事裁判の一審で三年、二審で二
年、さらに農協から起こされた民事裁判で二年。今年一月で民事裁判が
終わったばかりです。この七年は言葉では言い表せない緊張の日々で、
長い長い闘いでした。

気が付けば私も既に七十九歳に相成りました。裁判が終わった安堵感よ
りも、心身ともに疲れたというのが今の正直な心境です。いまなお検察
からは謝罪の言葉は一言もなく、事件の検証や真相について誰もふれな
いまま終わってしまったのが残念でなりません。
やっと訪れた静かな時間の中でこの事件のことを振り返ると、いろんな
感慨が去来します。

いま裁判員制度の実施を目前に控えて、鹿児島の選挙違反事件をはじめ
他の事件でも勾留下の被疑者の問題が注目されるようになってきました
が、万が一自分が被疑者として取調べを受けても、やっていなければ断
固拒否して容疑を認めなければすむことだとお思いの方もおられるでし
ょう。私も自分が取調べを受けるまではそう思っていました。

ところが、世間から完全に遮断された密室の中に閉じ込められてしまう
と、その考えはいっぺんに吹き飛んでしまいました。罪を認めさせよう
と迫ってくる取調官と被疑者とでは最初から対等な立場でないのです。
取調室は事件の真相を究明する場でなく、取調官の意に沿う調書が作ら
れる場でした。

この密室の中には人の心を狂わす魔物が潜んでいるとでも申しましょう
か、取調官の理性をも狂わすほどの異常な空気が存在するのです。そこ
では司法の正義や被疑者の人権に対する意識など消えうせてしまうので
す。それが取調室という密室の恐怖なのです。

私の経験では、取調べを受けた側の私だけでなく、取調べを行った検事
も精神的に追い詰められて極限状態に陥っていたように見えました。取
調べをする立場にとっては、真実がどうであろうと逮捕したからには勾
留期限内に自白調書を作らなければならないという極度のプレッシャー
との葛藤だったのではなかったかと思います。

それを跳ね除けるだけの精神力と覚悟がないと理性や正義を貫く心に狂
いが生じてくる。誰も見ていない、誰も邪魔する者がいないという密室
の中では、最初は小さな暴走であっても、いったん暴走をし始めると正
義や人権などの意識は吹っ飛びブレーキが利かなくなってしまい、最後
は誰にも暴走が止められなくなってしまう。冷静になった時に初めて自
分が犯した罪に気づき、本当のことを誰にも話せずに嘘で嘘を塗り固め
ていく罪悪感に一生苦しまなければならなくなる……私はそう思います。

もちろん、自分が罪に落として相手からも憎しみや怒りを向けられて、
二重の重い十字架を背負って生きていかなければならないのです。この
苦しみから一生逃れられないと思います。

取調室という密室の中には人の醜さや弱さ、怒り、憎しみが充満してい
るのです。冤罪事件では取調べを受けた者の苦しみだけが報じられます
が、その裏側では違法な取調べを行った取調官にも苦しみがもたらされ
ているのです。私を取調べた検事の行為は決して許されるべきものでは
ありません。しかし、人間として誠意ある謝罪をしてもらえたら私の心
の傷は癒えていくのかも知れませんが、それもありません。こうして、
取調べを受けた者も取調べを行った者も一生苦しみ続けるのです。

心を狂わせていく密室に本来の正義を取り戻すためには暴走を喰い止め
るブレーキが必要です。そのブレーキの役割を果たすのが取調べの可視
化ではないでしょうか。可視化によって罪のない人間に対する冤罪を防
ぐことができ、取調官自身をも違法な取調べによる苦しみから救うこと
ができると私は考えます。密室の中では無実の人間を犯人にしてしまう
ことは簡単なのです。

今の取調べの手法では冤罪事件が今後も起こりえることは間違いないと
思います。密室の中で無実の人間がやすやすと犯人にされてしまう恐怖
と、法廷で供述の任意性が争われて「そのような取調べはしていません」
と目の前で嘘を証言されることで受ける二重三重の苦しみを避けるため
にも、今こそ私たちは知恵を出し合う必要があるのではないでしょうか。
今、私はやっと穏やかな時間を取り戻しましたが、私の場合は幸いにも
取調べの実態を法廷で証明することができたからです。

しかし、密室の中で行われる異常な取調べの実態を証明できずに無実で
ありながら罪に落とされて苦しんでいる人たちが多くいるのです。自白
偏重の司法の下では罪のない人間が犯人とされてしまい、本人だけでな
くその家族の人生も狂わされているのです。

この本は、私が経験した取調べの実態や、裁判を闘った家族の苦しみを
息子の目から描いたものですが、私たちの苦しい経験が少しでも違法捜
査や冤罪事件の防止につながることを心より願っております。









http://www.youtube.com/v/MfeRPIIqHBc
You can enjoy Videos by 『YouTube Seeker』


【解説】
いよいよ今日がこのシリーズの最終回です。
全部で35日間に渡って著書「いつか春が」の内容の一部を
ご紹介してきました。実際の本では、判決が下されたあとの
さまざまな場面や人間模様がまだまだ続きます。最後は書き
なが私も泣いてしまいました(苦笑)いろんな場面が蘇って
しまい…。判決前の緊張や初めて見た母の涙、判決の瞬間な
どが今も目に焼き付いており、一気に書き上げました。

ブログでのこの公開部分、最後は私なりに書き下ろしして
新たな表現で物語の幕を下ろさせて頂きます。実際の本とは
違う表現になりますが、ご容赦ください。

============================
============================
『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
     (不知火書房より全国の主要書店にて発売中)

 最終章 第十ニ章 空を見上げて(今回、新たに書き下ろし) 


運命の瞬間に向けて時間が刻々と迫っていた。
「そろそろ出かけようか……」
全員が立ち上がって玄関に向かいかけたが、父はその前に仏間
に入っていった。
仏壇の前に座ると目を閉じて手を合わせた。
じっと動かないまま父は祈り続けていた。
母と私も父の後ろで手を合わせて祈った。

さあ出発だ。
私は父と一緒に玄関を出た。
車に乗り込む前に私は空を見上げた。真っ青な青さが目にしみ
た。
母は親類の車で行くことになったので、私は父だけを乗せて出
発した。後部座席に座る父は無言のまま窓の外を眺めていた。
私も無言で運転した。

最初の初公判から数えて、裁判所に向かうのは今日でちょうど
五十回目となる。こんなふうに父と息子で裁判所へ向うのは今
日が最後だ。

記者たちの間でも、どのような判決が下されるのか予想がつか
ないというのが大方の予想であった。有罪か無罪か…この判決
によって父や私のこれからの人生も大きく変わる。有罪か無罪
かは、私たちにとっては天国と地獄ほどの違いだった。

弁護士の先生たちは「大丈夫。きっと無罪です」と、日野先生
も山口先生も口をそろえて断言したが、内心はどちらに転んで
もおかしくない状況だった。こちらは無実を信じても、裁判官
はこの事件をどのように受け止めているのだろうか。それは私
たちにも分からなかった。

現に、父と一緒に逮捕された他の二名には、検察が主張する父
との共謀の事実を認められて、有罪判決が下されていた。父だ
け無罪となると先の判決に大きな矛盾点が生じてくる。
唯一の救いは、検事の自白調書が棄却される前に下された判決
であることだった。
父が罪を認める自白をしたということを前提に、無実であるは
ずの小柳部長までもが有罪とされ、小柳部長は無実を訴えて控
訴。福岡高裁も今日の判決に注目していた。

万が一、敗訴になるようなことがあれば闘いの場は、小柳部長
と同様に福岡高裁へと移る。私たちはどんな結果になろうと、
父の無実を証明するまで闘い続ける覚悟だった。

裁判所に行く前に日野弁護士の事務所に立ち寄った。
事務所には日野先生、山口先生、兄、それに父のことをいつ
も心配してくれた友人の山崎さんも駆けつけてくれていた。

テーブルを囲んで全員が静かに出発の時を待った。
裁判には慣れているはずの先生たちも、さすがに緊張を隠せず
無言だった。深いため息だけが誰からともなく何度ももれてき
た。

九時四十五分。
日野先生が時計に目をやると静かに立ち上がった。
「では、そろそろ行きましょうか……」
先生の言葉を合図に全員が一斉に立ち上がった。

表に出ると私はもう一度空を見上げた。
今朝の空の青さは格別に美しかった。私は大きく深呼吸した。
「さあ、出発しましょう」

日野先生を先頭にして私たちは歩き始めた。
全員の背中を見届けると最後に私も歩き出した。
ここから裁判所までは約一五〇メートル。この道は裁判所の正
面玄関へと一直線につながっていた。

私は胸を張って裁判所の門をくぐろうと心に誓っていた。
歩きながら前方を見ると裁判所の門のあたりには、人だかりが
していた。誰かがこちらを指差して何か叫んでいる。裁判所前
に散らばっていた多くの記者達が、一斉に門へと移動するのが
見えた。

裁判所が一歩、また一歩と近づいてくる。

私は拳にグイッと力をこめて、精一杯胸を張って歩いた。

裁判所が近づくにつれて、今までのいろんな場面が頭に浮か
んできた。
父が逮捕されたと聞いた時の目の前の風景……
工事現場で空を見上げながら悔し涙があふれてきた夜のこと……
法廷で取調べの模様を再現した時の父の声……
花に話しかけていた母の寂しそうな顔……
福岡から裁判所まで歩いた夜……
自分の人生を大切にしろと言った良さんの言葉……
それらが次から次へと脳裏をかけめぐって、今まで我慢してき
たいろんな感情がうねりとなって激しくこみ上げてきた。

胸が熱くなり、とうとう涙がこぼれ出してきた。
気付かれないように上を向いて歩くと、真っ青な空が「がんばれ」
と励ましてくれているようだった。

裁判所の門の前に集まった記者たちは、カメラのレンズを私たち
に向けて、一斉にシャッターが切られた。フラッシュの閃光が目
に飛び込んでくる。

私は涙を手で拭って拳を握りしめた。
拳に指が食い込む。
私はそれでもさらに力をこめて、拳に渾身の力をこめて握りしめ
た。

いよいよ裁判所の門をくぐろうとした時、誰かが私の名前を呼ん
だ。
「? ……」
驚いて声の方向を振り向くと、
良さん!

良さんが裁判所の前に車を止めて手を振っていた。
「がんばれよ!」と目で訴えながら私に手を振っていた。
良さんの無言の声援がたまらなく嬉しかった。
私が「ありがとう」とうなずくと、良さんもうなずき返した。

良さんの励ましを背に、私は先生達のあとに続いて裁判所の
門をくぐった。

カシャカシャカシャ……。
バシャッバシャッバシャッ……。

カメラのシャッター音とフラッシュの乾いた音がいくつも重
なり合って、まるで嵐の中を歩いているようだった。

私は歩きながら時計に目をやった。
午前九時五十二分。

運命の瞬間まで、あと八分。

私は父の背中を見つめながら歩いた…。


             完

全1ページ

[1]


.
Fight
Fight
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(26)
  • mir*rin*55
  • Jalapenos
  • ansund59
  • nino
  • 瑠
  • David
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

骨太

執筆

司法

教養

アート

文学

人生

エッセイ

つぶやき

標準グループ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事