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第36話 今までと違う自分「求職男」〜再就職への道〜
同級生M君の紹介で、いきなり社長面接のチャンスが訪れた。僕は父の冤罪事件以来、佐賀の同級生や知人とは連絡を絶ったまま、ずっと 心を閉ざしてきた。M君は僕のことを心配して、事あるごとに連絡をしてきたが 僕は拒絶しつづけた。「犯人の息子」という偏見や陰口を目の当たりにした時から、 そのショックとともに僕はふるさとを捨てた。 だが、M君の母親の葬儀で、彼の母が認知症であったことを知り、彼もまた 苦しんでいたことを知った。僕はその時から彼に対して心を開くようになった。 クラスメイトであった彼と会話が出来るようになるまでに八年かかった。 彼が知り合いの社長に僕と会ってくれるように頼んで面接が実現した。 急成長するその会社は介護事業にも本格参入しようと準備を進めていた。 役員室で僕と向き合う社長は無言で僕の経歴書に目を通していた。 「あなたの経歴を拝見すると、自分で事業を起こしたほうがいいのではないですか」 社長は僕の顔を見つめた。 M君や他の人にも同じことを言われた。 「私はやっと自分のことが分かりかけてきました。自分は熱い男です。現場で 仲間と一緒に頑張るほうが好きなんです。そのことがようやく分かったのです。 不器用な私には経営と現場の両方で熱く燃えることは無理です。どちらか選べと いうならば、私は迷わず現場を選びます」 社長は首をかしげながら言った。 「だからといって現場でゼロからスターとするとなれば時間がかかりますよ。 もったいないじゃないですか。介護の世界は厳しいですよ、もっと他の方法を めざすのもいいんじゃないですか」 どう答えればいいのだろう・・・私は言葉をさがした。 「介護の世界はマンパワーであり、優秀なスタッフが求められる究極のサービス業 だと考えています。私は最高のチームを作りたいのです。現場で頑張る仲間たちと 一緒に汗を流して、そこからスタートして一生のチームメイトとなる仲間を 作りたいのです。だから介護の世界を選んだのです」 社長は私の目をじっと見ながら話した。 「あなたの熱意は分かりました。でも、それを成功させれるという担保は何か ありますか」 僕も社長の目をしっかりと見据えながら話した。 「うーん・・・私は実務経験もないし、全くの異業種からこの世界に飛び込もうと しています。だから今は何の担保もありません。あるのは・・・熱意だけです。 今はそれしかありません」 社長は黙りこんでしまった。 「当社が進めている介護事業は訪問介護事業ですので、あなたが希望する 運営形態ではありませんが、例えば希望を変えて何らかの形で関るとかの お考えはありませんか?」 「訪問介護は個人個人のヘルパーさんが頑張る仕事だと思います。 私がやりたいのはチームで一緒に取り組む仕事ですので・・・」 「そうですか・・・あなたの熱意のほどが分かりました。私の知り合いなどにも、 こうゆう人物がいると紹介しますよ。頑張ってくださいね」 介護という分野での社長との接点は見出せないまま面接は終わった。 一瞬、希望を訪問介護に変えてもいいかと迷った・・・でも、僕はどうしてもチームに こだわりたかった。 みんなで一緒に取り組むという、互いの顔が見えるチームにこだわった。 面接が終わった。 張り詰めていた緊張から開放され、車のシートにもたれながらぼんやりと夕日を ながめていた。 突然、携帯電話が鳴った。 「もしもし、どうやった?」 面接の結果を心配するM君だった。 「ありがとう。今回は俺のためにせっかくチャンスを作ってもらったけど、 残念ながら社長とは目指す方向性が違い接点が見出せんやった。ごめんな」 「そうか・・・残念やったな。何の役にもたてんで、こっちこそごめんな」 「ううん、お前の気持ちには感謝しとるよ。ありがとう。ほんとにありがとう」 「そっか・・・がんばれよ」 こうして次のアタックに向けて準備を開始した。 以前の自分とは違うような気がする。 就職への不安がないといえば嘘になるが、今回はきっとチャンスが訪れる。 そんな気がする。 おやじ組の仲間たちは焦っていたが、僕は冷静だった。 介護企業の求人方法について研究した。 福岡県内には介護施設が600あまりあるそうだが求人雑誌やハローワークには その一部分しか掲載されていない。求人情報は施設に張り出したり、口コミでの 求人方法が多いことをつかんだ。 つまり、どの施設が求人を行っているのか実体がつかめない。 直接、自分で問い合わせる方法が一番効果的なのだ。 この業界は仕事もアナログだが求人方法もアナログだ。 インターネットで周辺の施設のリストを拾い上げ、ひとつづつ情報を丹念に調べていく。 運営形態、業務内容、設立年度。 設立年度になぜこだわるのかというと、介護サービスがスタートしたのは今から 十年ほど前だ。当時は異業種からも、こぞって介護ビジネスへと参入した。 慎重に様子を見てから参入してきた後発企業を狙うことにした。 なぜなら、そういう企業は人材の育成や独自のノウハウがまだ十分に整っていない 可能性が高いと考えたからだ。 社長の年齢も確認できる分は調べた。 僕よりも若い社長の企業は部下も若い。社長よりも僕が年上の場合、僕は『年上の 使いづらい男』に見られてしまうからだ。 僕の第一印象は、ただでさえ堅いイメージで見られてしまうので、経歴書の書きかたも 変えた。今までの肩書きや仕事の内容が堅いイメージなので、もっと本当の自分を 知ってもらうために、経歴書に自分のプロフィールを書き込んだ。 画像も何点か組み込んだ。 従来の職務経歴書とは違う様式だが、たかが紙切れ、されど紙切れだ。 ここでも自分の個性を表現しようと考えた。 着々と準備を進めながら、自己アピールのための秘策も練っている。 友人から送られてきた松下幸之助氏の本も読み勇気凛々だ。 とりあえず一社目に電話を入れた。 応募資格は実務経験二年以上、大学卒で40歳までとなっている。 かなりハードルが高い。高いどころか僕は実務経験はゼロ、おまけに年齢は十歳以上 オーバーしている。 応募条件を満たしていないということで、すぐに断られるかもしれない。 その時はその時だ。 「もしもし・・・」 つづく
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