|
第37話 チーム「求職男」〜再就職への道〜 「もしもし、御社の採用に応募したいのですが、ちょっとお聞きして よろしいですか?」 募集年齢を10歳以上過ぎているし実務経験もゼロ。 僕はその会社の応募資格には該当していなかったが、意を決して電話をかけた。 「はい、何でしょうか?」若い女性社員が応対した。 「あのですね、私は年齢は50才で、先週、ヘルパーの二級の資格を取ったばかりで 実務経験はありません。それでも御社に応募したいのですが・・・可能でしょうか?」 「ええーっと・・・そうですね。一応40歳までの実務経験者となっていますが・・・」 電話の向こう側の女性は困り果てた声に変わった。 「今年の二月に行われた就職面談会の会場で御社のご説明を伺い、介護の世界に 興味を持ち、御社で頑張ってみたいと思いましたが、全く資格がなかったので ヘルパーの資格を取りに行ってきました。先週やっと二級の資格を取りましたので、 応募規定に該当していないのは百も承知ですが、応募が可能かどうか・・・どうしても 自分で確認したくてお電話しました」 「そうですか・・・ありがとうございます。でもですね・・・」 「やはり応募は無理でしょうか」 「うーん、そうですね・・・ちなみに前職はどんなお仕事をなされておられましたでしょうか?」 僕は卒業後、製薬メーカーからドラッグストアの経営、その後、行政官庁の人材育成や まちづくりの講師をしていたことを話した。 (相手の反応が見えない・・・このままでは電話だけで終わってしまう。そんな気がした) 「まちづくりは『ひとづくり』の仕事なのです。疲弊して行く町や村に入って、最初は 何をしても無駄だとあきらめている地元の人たちに、夢や希望を示しヤル気や頑張ろうと いう意欲を芽生えさせるのが仕事です。業種は違っても介護は『人』がすべてでは ないでしょうか。私は今までの経験を生かして喜びや感動を与える最高の介護チームを 作りたいのです」 何とかつなぎとめようと、つい、いつものように熱く語ってしまった。 「・・・そうですか。わかりました。とりあえず上のほうと検討してみますので、後で ご連絡いたします」 何とか電話だけで終わらずに済んだ・・・ホッとした。 こうして会社からの連絡を待つことになった。 その会社は、私が介護の世界へ進もうと決断したきっかけの会社だった。 今年二月の就職面談会会場だった。 初めての面談会ということもあり意気揚々と出かけたが、そこで見た光景は僕が 抱いていたものと違っていた。ハローワークでは年代を問わず大勢の求職者の姿を 見てきたが、この会場は二十代から三十代の若者であふれ、中高年の姿はどこにも 見当たらなかった。 (おかしいな?なぜ中高年の人たちはいないのだろう) 会場に設置された各企業の面談コーナーを回って、その理由が分かった。中高年の 求職者は、求人の対象外であることに気づいた。 「申し訳ありませんが、当社では今回の募集は30歳までとしていますので・・・」 「恐れ入りますが当社では若い社員ばかりですので・・・」 どこも行くあてがなくなり、せっかくだから空いたコーナーで話だけでも 聞いてみようと会場を見渡した。 ガラガラのコーナーはと・・・あった、あった。保険、タクシー、介護企業のコーナー だった。 介護か・・・良さんが進んだ世界だ。 彼は僕にとってかけがえのない友だった。どん底の日々の中で心がすさんでいく僕を 立ち直らせてくれたのは彼だった。 彼はいつも僕に言った。 「俺はね、新しい人生を切り開こうと思ってね。一度きりの人生だから、後悔したく ないしさ。俺は今が青春だよ。アハハ」と。 そんな彼が目指したのが介護の世界だった。 あれから年月が過ぎ、挫折を繰り返しながらも、僕は再び新しい人生を歩もうと 就職を決意した。しかし、どこを目指せばいいのか進むべき道が見えずに迷っていた。 会場でふと良さんの顔が浮かび、介護企業のコーナーへと足を進めた。 「あのう・・・現在49歳(その時はまだ50歳でなかった)ですが、こちらでは 応募は可能でしょうか?」 「はい、大丈夫ですよ」 (よかった!)初めて相手にしてもらえた。 「少しお話をお聞かせいただけませんか?」 「ええ、いいですよ。どうぞお掛けください」 生来の探究心から介護業界についての素朴な疑問をぶつけた。 ひととおり話を聞いたあと、本題に入った。 「介護業界では私のような男性でも働けるのでしょうか?ヘルパーの資格も ありませんが」 「男性の方でも大丈夫ですよ。どんな職種をご希望なのですか?」 「今までの経験職種がマネジメントや人材育成、事業戦略などでしたので、 できればそういう仕事をしたいと考えていますが・・・」 「当社は人材育成に力を入れていますし、マネジメントも重要な仕事です。 最初からそうゆう仕事をお任せすることは出来ませんが、まず現場で勉強して 頂いた後、それぞれの希望と適正に合わせて配属されます」 「じゃあ、どちらにしてもヘルパーの資格はあったほうがいいですね」 「もちろん現場をよく知っていただくためにも資格はあったほうがいいですね」 それがきっかけとなり、ヘルパーの資格を取ろうと決意した。 これが僕とこの会社との出会いだった。 最初は志というよりも「介護」という業界の枠組みに関心を抱き、次第に 介護の心を知るようになっていた。介護される人たちの想い、施設へ大切な家族を 預ける人たちの想い、介護の現場で働く人たちの想い、介護をビジネスとして 事業を展開する企業側の想い。 良さんが僕に語っていた介護の世界が、僕にとってどんどん身近なものへと 変わっていった。 いつか良さんが目指した介護への夢を僕も追っかけてみたい。 そして行き着いたのが介護の世界で「最高のチーム」を作りたいという夢だった。 離職率が高い介護業界。 現場で苦悩するスタッフ。そんな彼らに夢や希望を抱かせることが出来るような 現場作り。そのためには結束力が固いチーム作りが必要だ。僕もまずは現場に 飛び込み、問題点や悩みを一緒に受け止め改善していく。 すべては現場からスタートだ。 チームだからこそできることがあり、一緒に喜びを共有し、一緒に問題点を考える。 そういうプロセスを経ながら、お互いを理解し励ましあい支えあう。 そんなチームを目指したい。 年齢的に体力は衰えていくので、いつまで現場で一緒に頑張れるか分からないが、 監督としてならば歳を重ねてもまだまだ行けるはずだ。 最高のチームでお年寄りやその家族に喜びや感動を与えたい・・・。 そのためには同じ志を持ったチームが必要だ。 現場で実績をあげれば、会社の上のほうも評価し現場の待遇だってもっと 良くなっていくはずだ。そう信じたい。介護の世界には熱い心が絶対に必要だ。 現場での最高のチーム作りを目指そう。 いつか良さんと対等に話せるくらいの存在になろうと頑張ることを決めた。 この企業の成功の秘訣は人材育成に力を注いでいるからだ。 離職率が低いのもその効果が現れているからで、攻めの経営戦略も僕にはピッタリだ。 この介護の世界でも今までの経験を活かせる可能性がある。 そう信じてヘルパーの資格を手にした。 以前、「おやじ組」の仲間は言った。 「最高のチームを作るなんて・・・中島さん、あんたは介護の世界で目指す目的が俺たちと 違うよね。俺は介護の仕事はやりがいのある仕事だし、就職して頑張りたい。ただそれだけだよ」 たしかに僕が目指している目標は難しいが、やってみなければ分からない。 まずは面接の権利を得ることだ。 採用条件が満たされていないが、ここへの挑戦を抜きにしては他の企業への応募は出来ない。 「先ほどの件ですが、では面接を行いたいと思いますがよろしいでしょうか」 こうして僕は、とりあえず「面接」という最初の切符を手にした。
|

- >
- 芸術と人文
- >
- 文学
- >
- ノンフィクション、エッセイ




