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第38話 心に太陽を 「求職男」〜再就職への道〜
面接の日程が決まり準備を開始した。雇用状況が悪化する中で、今までは業種や職種を絞りきれないままだった。 次々と書類選考で落とされ、次第に焦りと不安が募りパチンコ店やカラオケ店の 店員、旅館の住み込み従業員、食材の宅配員にも応募したがすべて断られた。 最後は遺体の搬送係への応募も考えた。 応募しても応募しても、面接にさえたどりつけない現実に打ちのめされ、次第に 追い詰められていくばかりだった。 そんな中で「介護」という未知の世界に飛び込むことを決意した。 一度人生の歯車が狂ってしまったが、今度こそ新しい人生をスタートする。 そういう決意のもとにヘルパーの資格を取り、再び就職活動を開始しようと したが、ここで自分に「待った」をかけた。 今までと同じ方法では、同じ結果に終わるかもしれない。 介護業界について研究すればするほど、ここでも年齢の壁が存在し、実務経験や 資格が大きくものを言う世界であることが分かった。そこで、自分の性格や 適性に合う運営形態の企業に絞り込んだ。 ハローワークの求人検索では「福祉」というキーワードで検索すると2000件あまりの 求人が表示されたが、ほとんどが看護師か歯科衛生士、介護福祉士で、介護職は わずかだ。正社員でも実務経験がない場合はボーナスなし、ベースアップなし、 退職金なしという厳しい条件が多い。 しかも、大半はパートや契約社員が目立つ。結局、勤務地などで絞り込むとハローワークの 求人欄で見つけたのは、2000件あまりの中から3件だけだった。 これはまさに非常事態だ。 求人雑誌にもハローワークにも載らない採用情報を、自分のカンと根気で探していく しかなかった。 そんな中でつかんだ面接のチャンス。 こうなると一回一回が真剣勝負だ。 今までの面接の経験を踏まえて、もう一度最初から準備をやり直すことにした。 もう一度、原点に戻ろう。 以前のカンを取り戻そうと、まず自己分析を行った。いろんな分析方法があるが 自分自身に対してSWOT分析を行った。事業戦略を練りあげる時に使っていた分析法だ。 自分で自分の強みや弱みを客観的に分析した。 自分を見つめなおすという行為は決して楽しいものではない。 情けなくもあり辛いものだが、今までの状況から抜け出すには避けては通れなかった。 その結果を参考にしながら職務経歴書の作り直しに取り掛かった。 今までは各種プロジェクトの座長や委員を務めたりしていたことを、少しでも多く 知ってもらおうと並べたてて記載していたが全部スッパリと削除した。 代わりに人柄が分かるプロフィールを作成し、見やすさを重視した画像と職歴だけの シンプルな様式に作り直した。実務経験もない上に、全く違う異業種からの転職と 思われがちなので、今までの経験が介護の仕事でいかに活かせるかを知ってもらう ための添付資料も作成した。 わずかな面接の時間で、あれもこれも話そうとすると、伝えたいことが多すぎて 散漫になり空回りする。それを防ぐために、自分の伝えたいことや本来の自分を 知ってもらうためのプレゼン資料として作成したが、こんな資料を提出する者など 誰もいないはずだ。 いちかばちかの勝負に出ることにした。 面接当日の朝を迎えた。おろし立てのスーツに身を包みネクタイを締める。 面接場所となる会社へ車を走らせる間に心を鎮めることにした。 気持ちが高揚しハイテンションになりがちな自分の性格を抑えようと、 映画『おくりびと』のサントラ盤を聴きながら向かった。 曲に合わせて映画の場面を思い浮かべながら、介護の仕事は人の命と向き合う誇り高い 仕事であることを再確認していった。 「おはようございます。面接でお伺いした中島と申します」 応対に出た女性社員に部屋に案内されると、一枚の用紙が手渡された。 設問に対する記述式の論文用紙だった。僕は目を閉じて自分の考えを頭の中で 組み立てていった。 以前は話すことが仕事であったが、やはりブランクを感じた。 先日、ある社長と面談した際に自分の伝えたいことが空回りしていることに気づかされた。 雑談ならともかく、理論的に相手を納得させる話術というものは日ごろから鍛錬して おかないと、いざという時にうまく伝えきれなくなる。 僕は人と接することを避け、いつも一人で行動していたために、いつの間にか人に 論述的に考えを伝えることに大きなブランクが生じていた。 おまけにいつも必死で「父は無実だ」と訴えてきたので、話す時もつい自分の想いを 熱く訴える癖がついていた。伝えたいという想いが空回りしてしまう。 やはり八年というブランクは大きかったが、文章でならば自分の考えを的確に 伝えることが出来る。僕にとっては話すことよりも文章で伝えるほうが好都合だった。 鉛筆が紙の上を走る。 設問に対する理論構成はいいか。僕は書き上げたばかりの文章をチェックした。 「書き終わりました」 「では只今から面接へと移らせていただきます」 僕は別の部屋へと案内された。 先ほどの論文で気持ちが落ち着き、自分でも僕の表情は穏やかであることが分かった。 少しばかりの緊張はあったが、何の気負いもなかった。 背筋を伸ばして静かに目を閉じると、その時を待った。 どれくらい待っただろうか、ドアが開くと、「お待たせしました」と面接官が入ってきた。 品のある端正なる顔だちの紳士は、僕と同年代くらいの男性だった。 挨拶を交わす二人。 「さあどうぞ、おかけになって下さい」 椅子に腰を下ろすと、早速、履歴書と経歴書、それと添付資料が広げられた。 「先ほど論文を書いてもらっている間に全部目を通させて頂きましたよ」 面接官は添付資料を手に取りながら笑った。 こんなふざけたモノを出してと嫌がられないかと心配したが、面接官の笑みを見て ホッとした。 「(あなたのことが)だいたい分かりましたが、実務経験はないのですね」 「はい、まだ資格を取ったばかりなので実務経験はありません。もし採用して いただけたならば、最初は現場で勉強させて頂きたいと思います」 うなずく面接官。 面接官は履歴書や経歴書に書かれた内容に沿って訊ね、僕は丁寧に答えた。 なごやかな二人の会話が続いた。 「では、何かお聞きしたいことがありますか?」 「はい、私は五十歳ですが現場では私と同じくらいの年代の男性はおられますか?」 「うーん・・・四十代の女性社員とかは若干おられますが、男性は・・・うーん、少ないですね」 「平均年齢は何歳くらいでしょうか?」 「そうですね、だいたい二十代半ばくらいでしょうかね」 (やっぱりそうか・・・) 不安が胸をよぎったが、顔には出さなかった。 こうして30分あまりの面接が終わった。 「本日は面接の機会を頂きありがとうございます。では、よろしくお願いします」 僕は丁寧にお辞儀をして会社を出た。 結果がどうであろうとベストを尽くしたという気持ちで、心に太陽をともしたような 晴れ晴れとした気分だった。 最初の挑戦が終わった・・・。 つづく
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