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http://www.youtube.com/v/5QF0e_rJ7JE 〜冤罪事件の家族として思うこと〜 足利事件の犯人として刑が確定していた菅家さんが18年ぶりに晴れて釈放。 テレビに映し出される菅家さんの一言一言にうなずきながら胸が熱く なった。 「今、どんなお気持ちですか?」 マイクを差し向けられた瞬間、菅家さんは言葉につまった。 無実であるのに犯人とされた時、本人とその家族は何を考え、どのような 生活を送るのか。今まで耐えてきた悔しさや怒り・・・言葉では伝えきれない。 菅家さんだけでなく、冤罪事件を闘った父や私の心中は同じだと思う。 今なお全国には無実を訴えて闘い続ける人たちが大勢いる。その闘いの 裏側には、本人だけでなく家族の闘いもある。 無実である人間が逮捕されて起訴された瞬間から、本人もその家族も、 世間とは違う時空間の中で生きていくことになる。 世間では正月やクリスマスだとお祝いするが、犯人とされた家族には 楽しいとされる行事や祝い事など、すべてが生活の中に存在しなくなる。 友達と酒を飲んだり、花見や旅行、とにかく人の笑顔や笑い声など聞きたくも ないし見たくもなくなる。世間からどんどん遠ざかっていく。 苦しくて辛くて、本当は誰かにすがりつきたい心境になるのだが、世間一般の 感情からすれば一緒に闘うことは裁判に関っていくことであり、深入りしたく ない。「あの人がまさかそんなことするわけがない」と信じていても、事件の 真相がよく分からないので見守るしかない・・・それが世間一般の反応ではない だろうか。犯人の家族という立場でなければ、私自身もたぶんそうしていたと 思う。こうして逮捕された瞬間から、本人も家族も「孤立無援」という状況に 追い込まれていくのだ。 マスコミは逮捕、起訴、初公判までは大きく報道するが、その情報源は警察や 検察からの一方的な情報であり、捜査当局は逮捕・起訴したからには当然、その 人間を犯人にしなければならない。世間にとってもマスコミ報道だけが唯一の 情報源であり、犯人とされた本人や家族は一言も反論の機会がないまま、 こうして世間の誰もが犯人として疑わない状況が作り出されていく。 その結果、必ず発生するのが報道被害や風評被害。 本人や家族の言い分は無視され、噂だけが一人歩きし、噂に噂が重ねられて いく。その偏見の目は家族にも及び、仕事や結婚、就職などさまざまな場面に 影を落としていく。「逮捕された本人と家族は別だ。そんな偏見や差別などない」 と言う人もいるが、世間には通用しない。偏見や差別の目が、本人だけでなく 家族にも向けられてしまう。今まで築き上げた信用や人間関係が音を立てて 崩れていくのだ。これが現実なのだ。 見えないところで心無い人たちの誹謗中傷の声が飛び交い、被告とされて しまった本人やその家族の心に深い傷を残していく・・・。 マスコミ報道に拍車がかかり、世間でもさまざまな噂が交錯し、このような 状況が完全に出来上がった状況の中で刑事裁判が開始される。 刑事裁判は被告を何としてでも有罪に持ち込もうとする検察側と、必死で無実を 訴える被告側との闘いだが、法廷には検察に有利な証拠だけが提出され、被告に とって有利なアリバイ証拠や物的証拠は検察内部に隠されたまま裁判が進められ ていく。検察側は被告に有利な証拠は法廷に提出しなくてもいいという、あまり にも不公平な行為が法律で認められているのだ。 被告側には弁護士であろうと捜査権もないし、ほとんどの証拠は捜査当局に押収 されていて手元には何一つ残っていない。無実を証明するためには被告側が、 独自に証拠を集めて自らの手で立証しなければならない。 菅家さんの場合も弁護側からDNA鑑定という新たな証拠が提出されたことで 裁判は動いたが、それがなければ・・・。私の父の裁判も、父のアリバイ証拠を 見つけ出すことが出来なかったら犯人とされてしまっていた。 24時間年中無休で朝から晩まで事件の真相を追い続けて、やっとその証拠を見つけ たのは父が逮捕されてから四年目だった。しかもその証拠は検察内部に隠されて いることをつかんだが、それでも立証しなければならなかった。 関係者に話を聞こうと自宅に押しかけたり、断られても断られても証人や証拠を 見つけるしかなかった。 無実なのにそれを証明する証拠や証人が見つからない・・・。 無実を訴えれば訴えるほど裁判は長引き、次第に強い絆で結ばれていた家族や その他の人間関係にも影響が出始め崩壊していく。 最後は自分自身との精神力の闘いであり、これが裁判の本当の苦しみなのだ。 起訴されてしまうと99.9%が有罪とされてしまう刑事裁判。 つまり、被告を有罪にするための手続きが刑事裁判なのである。 無罪が確定したら傷が癒されるかというと、それは違う。 どんなに忘れようとしても忘れることはできないのだ。 一生消えることはない。 冤罪事件の悲劇は、裁判で無実を証明してもその後の人生にも大きく影響して くる。捜査当局や裁判所からは「犯人ではなかった。申し訳ありません」という 謝罪は一切ないのが通例だ。 菅家さんの場合を見ても、今はマスコミは司法や捜査当局を厳しく批判するが、 当時は司法同様に犯人視した報道に偏っていなかったかを検証すべきで、マスコミも 事件当時は「犯人」とした記事を報道したわけだから、まずは本人に正式に謝罪 すべきではなかろうか。 「冤罪」という言葉が正式に報道で使用されるのは無罪が確定した後である。 それまでは「無実の訴え」などの表現にとどまり、無実でも有罪とされた場合 には「冤罪」という言葉は使用されない。 私の父の冤罪事件の場合は無罪が確定した後も「冤罪」という言葉は一部のテレビでは 使われたが、新聞では一切使われることはなかった。私の本が出版されて、本を読んだ 記者が初めて事件の真相を知り「冤罪」という言葉を使った。 事件から八年後に初めて「佐賀市農協背任事件」を「冤罪事件」という表現で報じる ようになったのである。 冤罪事件の闘いは無罪を勝ち取った後も続く。 事件によって失った信用や名誉の回復、経済的損失、メンタル面でのサポートなど 生活の建て直しや社会復帰に向けた補償や支援などは一切ない。本人に対しては拘留 または服役した日数に応じての日当が支払われるだけだ。 例えば半年間拘留されて保釈された後、10年かけて裁判を闘った場合、半年分の日数分 だけ刑事補償として1日1万円ちょっとが支払われる。これでは弁護士費用の足しにも ならない。もう一度仕事に就こうとしても何のサポートもない。 ましてや家族への補償やサポートなどあるわけがなく、すべて自分で人生の建て直しを はからなければならない。 このように冤罪事件の裏側には、報道されないさまざまな人生ドラマが存在する。 裁判が終わっても人生の闘いは続くのだ。事件を引きずりながらも懸命に再起を めざしての闘いは続く。 裁判員裁判が始まった。裁判員となった方々の司法の建前と本音を見抜く目に 期待するしかない。冤罪事件は権力によって引き起こされる被告とその家族の 人生を崩壊させる犯罪である。 警察や検察が逮捕・起訴するからには、十分な捜査を行ってから慎重に決断すべきだ。 間違いでは絶対に許されない。冤罪事件で失うものはあまりにも大きすぎるし、 二度と元には戻らない。「捜査は妥当であった」というならば、なぜ無罪ということが 起きるのか。妥当でなかったから起きたのである。 「そのことはもう思い出したくない」と当時の捜査関係者は苛立ちを見せるが、 被告とされた本人や家族は思い出したくなくても忘れることが出来ないのだ。 無実の罪で裁かれる人や理不尽な裁判を闘い続ける人たちの叫びは同じだ。 「人生を返してくれ」 冤罪事件を防止するには慎重な捜査と取り調べの可視化しかない。 冤罪事件がどのようにして作られていくか・・・ この本は真実の記録です。本ブログの左側の書庫にある「いつか春が」を 読んでいただくと冤罪裁判の本当の実態が分かります。私に出来ることは 冤罪事件を二度と起こさないようにするために、冤罪事件がどのようにして 作られていくのかを世間に訴えることです。 http://blogs.yahoo.co.jp/rainrain1192/archive/2008/07/13 「いつか春が」連載 1話★「密室での取調べ」…老いていく父 ■テレビ朝日「ザ・スクープ」動画配信・・・この番組を見れば冤罪の実態がよく分かります。
http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/update/special_back/20060305_010.html 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分 |

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