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「いつか春が」 最終章(前編)
〜新しい人生を歩む〜
ブログを中断してから、どれくらいの時間が過ぎただろうか・・・・。
応援して下さった方々に何の挨拶もないままブログを中断してしまったことを
申し訳ないと思いながら、ずっと気にしていた。
あの頃は、新しい人生を歩もうと再就職を決意したものの、頑張っても頑張っても
先が見えない毎日に焦りを感じ、耐え切れなくなりブログを中断した。
その後、契約社員やアルバイトをしながら就職活動を続けた。
いつか自分を必要としてくれる仕事とめぐり合えると信じていた。
そして今、私は某企業で専門職の仕事に従事して新しい人生を歩んでいる。
社会正義を貫くために、難解な事件や事故の原因を調査。
再びスーツ姿に戻り、九州各地を飛び回っている。
「誰も信じてくれませんが、私は本当のことを話しているのです。どうか
信じてください」・・・いつかの自分と重なる場面に直面する時もある。
(あの人の言っていることは本当だろうか、それとも・・・)
何度も現場に足を運び、腕組したまま立ち尽くす事もある。
これが私が選んだ仕事。残念ながら、父に就職の吉報を聞かせることは出来なかった。
平成21年秋、病院の一室。
「検査の結果、悪性のリンパ腫であることが分かりました・・・」
「えっ!・・・」
医師が淡々と告げた言葉に父と私達家族は言葉を失った。
それからすぐに父の闘病生活が始まった。
インターフェロンの副作用で父の髪は抜け落ち、体重がみるみると
落ちていった。
「なあ、どうして誰も見舞いに来んとやろうかのお・・・無実を証明しても、
誰も寄り付かんごとなってしもうたし、もう元には戻れんとやろうか・・・」
父が入院して半年ほどになろうとしていたが、見舞いに訪れたのは
親族以外では数名だった。
父の寂しそうな声に私は思わず母と顔を見合わせてしまった。
父に何と声をかければいいのだろうか・・・言葉を探す私と母。
病室の窓から外を見つめる父がとても小さく見えた。
次第に父は一日中ベッドに横たわったまま、言葉をかけても返事もしなくなった。
体重は40キロにも満たないほどやせ細り、既に自分では歩くことさえ
出来なくなっていた。
母と二人がかりで父を車椅子に乗せ、廊下を押していく。
たまに目を開ける父に話しかける私。
「お父さん、刑事裁判と民事裁判で10年かかって、やっと裁判は全部終わったとよ。、
これで普通の生活に戻れるんだから、頑張って元気になろうね」
「・・・俺の人生は・・・いったい何だったやろうか」
悲しそうにつぶやく父。
父にどうしても会わせたい人が居た。これが最期だろうと思い、父に会いに来て
下さるようにお願いした。
一緒に裁判を闘ってくれた弁護士の日野先生と山口先生だった。
病室での日野弁護士との再会。
「お父さん、ほら目を開けんね。先生が来てくださったよ」
日野先生が父の手を握りしめると、父はゆっくりと目を開けた。
「おぉ・・・先生・・・先生ですか・・・こんな無様な姿になってしまい・・・すいません。
せっかく先生達が無罪を勝ち取って下さったのに・・・もう・・・私はダメかも・・・」
「何を言われるんですか。10年かかって、やっと裁判が全部終わったのですよ。
まだ祝勝会もしていないし、元気を出して下さい。もうすぐ春ですし、桜が咲いたら
みんなで桜の樹の下で花見をしましょう」
うんうんとうなずく父の目から涙がこぼれた。
「先生・・・今でも取調べの夢を見るんですよ」
「・・・」
「先生、日野先生も山口先生も私の命の恩人です。本当に感謝しています」
「何を言うのですか。あなたとあなたの家族は一緒に闘った戦友ですよ。無実を
証明するために闘った戦友なんですよ。10年かかったけれど、もう闘いは全部終わったし、
これからやっと穏やかな生活に戻れるんですよ。だから、元気になって下さいね」
山口弁護士との再会でも、父は涙をこぼしながら先生に感謝の気持ちを伝えた。
弁護士との再会を果たした数日後、母から電話がかかってきた。
母の声はうろたえていた。
「お父さんが・・・お父さんが・・・」「お母さん、しっかりして!お父さんが・・・どうしたとね」
つづく 次回 最終章(後編にて完結)〜11年目の謝罪〜
無実を証明するための闘いは終わったが、失った信用や
人間関係の回復もすべて自分でやらなければならない、
多額の裁判費用に対する賠償や慰謝料などは何もない。
名誉の回復についても行政からも検察からも支援は何も
ない。冤罪事件は他の刑事事件と違って、何の謝罪も賠
償もない。これが冤罪事件の現実だ。
冤罪事件に巻き込まれた人間は、その後の人生を自分の
力で回復していかなければならないのだが、父にはその
時間が残されていなかった・・・。
平成22年2月、父 死去。享年80歳
今年4月、父の逮捕から11年目の春・・・亡き父と遺族に
謝罪に訪れた元検事。父を逮捕して取り調べを行い、起訴
した検事である。
当時、地検内部では誰もが「あまりにも無茶だ」と反対したが、
「正義に反すると 分かっていたが、(検察)上司からの命令
に逆らえなかった・・・」と告白。
無実であることを分かっていながら犯人にしようとしたことは
絶対に許せない。
目の前で畳に何度も頭を擦り付けて謝る元検事。
彼自身も、10年間、良心の呵責に苦しんできた人間だった。
だからこそ、元検事は今回 テレビカメラの前で実名顔出しで
当時の捜査の実態と事件の真相を告白してくれた。
一方、当時事件を指揮した Y氏は検察庁幹部となり、今 何を
思って生きているのだろうか・・・。
Y氏にとって「司法の正義」とは何なのだろうか。
※平成23年5月22日午後2時〜3時25分
テレビ朝日『スクープスペシャル』 にて放送。
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