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【解説】
いよいよ今日がこのシリーズの最終回です。
全部で35日間に渡って著書「いつか春が」の内容の一部を
ご紹介してきました。実際の本では、判決が下されたあとの
さまざまな場面や人間模様がまだまだ続きます。最後は書き
なが私も泣いてしまいました(苦笑)いろんな場面が蘇って
しまい…。判決前の緊張や初めて見た母の涙、判決の瞬間な
どが今も目に焼き付いており、一気に書き上げました。
ブログでのこの公開部分、最後は私なりに書き下ろしして
新たな表現で物語の幕を下ろさせて頂きます。実際の本とは
違う表現になりますが、ご容赦ください。
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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
(不知火書房より全国の主要書店にて発売中)
最終章 第十ニ章 空を見上げて(今回、新たに書き下ろし)
運命の瞬間に向けて時間が刻々と迫っていた。
「そろそろ出かけようか……」
全員が立ち上がって玄関に向かいかけたが、父はその前に仏間
に入っていった。
仏壇の前に座ると目を閉じて手を合わせた。
じっと動かないまま父は祈り続けていた。
母と私も父の後ろで手を合わせて祈った。
さあ出発だ。
私は父と一緒に玄関を出た。
車に乗り込む前に私は空を見上げた。真っ青な青さが目にしみ
た。
母は親類の車で行くことになったので、私は父だけを乗せて出
発した。後部座席に座る父は無言のまま窓の外を眺めていた。
私も無言で運転した。
最初の初公判から数えて、裁判所に向かうのは今日でちょうど
五十回目となる。こんなふうに父と息子で裁判所へ向うのは今
日が最後だ。
記者たちの間でも、どのような判決が下されるのか予想がつか
ないというのが大方の予想であった。有罪か無罪か…この判決
によって父や私のこれからの人生も大きく変わる。有罪か無罪
かは、私たちにとっては天国と地獄ほどの違いだった。
弁護士の先生たちは「大丈夫。きっと無罪です」と、日野先生
も山口先生も口をそろえて断言したが、内心はどちらに転んで
もおかしくない状況だった。こちらは無実を信じても、裁判官
はこの事件をどのように受け止めているのだろうか。それは私
たちにも分からなかった。
現に、父と一緒に逮捕された他の二名には、検察が主張する父
との共謀の事実を認められて、有罪判決が下されていた。父だ
け無罪となると先の判決に大きな矛盾点が生じてくる。
唯一の救いは、検事の自白調書が棄却される前に下された判決
であることだった。
父が罪を認める自白をしたということを前提に、無実であるは
ずの小柳部長までもが有罪とされ、小柳部長は無実を訴えて控
訴。福岡高裁も今日の判決に注目していた。
万が一、敗訴になるようなことがあれば闘いの場は、小柳部長
と同様に福岡高裁へと移る。私たちはどんな結果になろうと、
父の無実を証明するまで闘い続ける覚悟だった。
裁判所に行く前に日野弁護士の事務所に立ち寄った。
事務所には日野先生、山口先生、兄、それに父のことをいつ
も心配してくれた友人の山崎さんも駆けつけてくれていた。
テーブルを囲んで全員が静かに出発の時を待った。
裁判には慣れているはずの先生たちも、さすがに緊張を隠せず
無言だった。深いため息だけが誰からともなく何度ももれてき
た。
九時四十五分。
日野先生が時計に目をやると静かに立ち上がった。
「では、そろそろ行きましょうか……」
先生の言葉を合図に全員が一斉に立ち上がった。
表に出ると私はもう一度空を見上げた。
今朝の空の青さは格別に美しかった。私は大きく深呼吸した。
「さあ、出発しましょう」
日野先生を先頭にして私たちは歩き始めた。
全員の背中を見届けると最後に私も歩き出した。
ここから裁判所までは約一五〇メートル。この道は裁判所の正
面玄関へと一直線につながっていた。
私は胸を張って裁判所の門をくぐろうと心に誓っていた。
歩きながら前方を見ると裁判所の門のあたりには、人だかりが
していた。誰かがこちらを指差して何か叫んでいる。裁判所前
に散らばっていた多くの記者達が、一斉に門へと移動するのが
見えた。
裁判所が一歩、また一歩と近づいてくる。
私は拳にグイッと力をこめて、精一杯胸を張って歩いた。
裁判所が近づくにつれて、今までのいろんな場面が頭に浮か
んできた。
父が逮捕されたと聞いた時の目の前の風景……
工事現場で空を見上げながら悔し涙があふれてきた夜のこと……
法廷で取調べの模様を再現した時の父の声……
花に話しかけていた母の寂しそうな顔……
福岡から裁判所まで歩いた夜……
自分の人生を大切にしろと言った良さんの言葉……
それらが次から次へと脳裏をかけめぐって、今まで我慢してき
たいろんな感情がうねりとなって激しくこみ上げてきた。
胸が熱くなり、とうとう涙がこぼれ出してきた。
気付かれないように上を向いて歩くと、真っ青な空が「がんばれ」
と励ましてくれているようだった。
裁判所の門の前に集まった記者たちは、カメラのレンズを私たち
に向けて、一斉にシャッターが切られた。フラッシュの閃光が目
に飛び込んでくる。
私は涙を手で拭って拳を握りしめた。
拳に指が食い込む。
私はそれでもさらに力をこめて、拳に渾身の力をこめて握りしめ
た。
いよいよ裁判所の門をくぐろうとした時、誰かが私の名前を呼ん
だ。
「? ……」
驚いて声の方向を振り向くと、
良さん!
良さんが裁判所の前に車を止めて手を振っていた。
「がんばれよ!」と目で訴えながら私に手を振っていた。
良さんの無言の声援がたまらなく嬉しかった。
私が「ありがとう」とうなずくと、良さんもうなずき返した。
良さんの励ましを背に、私は先生達のあとに続いて裁判所の
門をくぐった。
カシャカシャカシャ……。
バシャッバシャッバシャッ……。
カメラのシャッター音とフラッシュの乾いた音がいくつも重
なり合って、まるで嵐の中を歩いているようだった。
私は歩きながら時計に目をやった。
午前九時五十二分。
運命の瞬間まで、あと八分。
私は父の背中を見つめながら歩いた…。
完
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