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【解説】 人は、時には信じられないような力を発揮することがあります。 この百キロの旅もまさにそうでした。 足も腰も痛くて、もう何度もやめようと思いましたが、いつしか あきらめることが恐くなりました。あきらめるのも自分、あきら めないのも自分…どちらも自分次第なのです。 あきらめるのは簡単、続けるのは苦しみだけ。 「待てよ、これって裁判と同じじゃないか」…そう思い始めると どんどん自分にプレッシャーがかかり、あとは自分との闘いでし た。痛みをこらえて、「お前はこんくらいのことで、あきらめる とか。情けなか男やなあ。今までの苦しさに比べたら、こんくら い我慢せんか」 今までの苦しみ…そう思うと、不思議なチカラがわいてきて、 「あと少し…あと少しだけ頑張ろう」と一歩進む。そうすると、 また一歩進む。その繰り返しでした。 もう二度と出来ない百キロの旅でした。 余談ですが、このことは今回の執筆にあたり、初めて家族に打ち 明けました。倒れこむようにして帰ってきたことさえ、家族は 覚えていませんでした(苦笑) 判決まで、あと九ヶ月……。このあと父が倒れて大変なことに。 ※音楽を止める場合は、最下部にあるグレーの「ブタの鼻」みたいな マークを押して下さい。 ============================ ============================ 『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』 (不知火書房より全国の主要書店にて発売中) 第十一章 いつか春が あきらめずに歩こう(校正前の原稿より) しかし、足の痛みは増すばかりで、もう足を引きずりながらしか 歩けなかった。雨はやんでいたが、私の体は汗と埃にまみれてい た。 東の空が明るくなった頃、私は既に二十五時間あまり歩き続けて いた。 地面に足を下ろすたびに足の裏や腰に激痛が走った。睡魔も襲っ て、「もうやめようか」という思いが頭の中にちらついた。 福岡へ帰ろう。 最後まであきらめずに歩こう……あきらめたらせっかく願ったこ とが消えてしまいそうな気がした。これまでもいろんな試練があ ったが、何とか乗り越えてきたじゃないか。 その苦しみや苦労に比べれば足の痛みぐらいで……と自分に何度 も言い聞かせた。 午前十時ころになると、痛みでもうまともには歩けない状態にな った。特に右足の痛みが激しく、自分では体を支えられなくなっ た。国道沿いのコンビニで傘を買って、傘を杖代わりにして歩い た。 痛みと苦しさで、もう歩くのは終わりにしようと何度も思いはじ めた。裁判所まで願いを託しに行くという目的は達成した。 もういいじゃないかと自分に言い訳をしながら、どこでやめよう かとばかり考えだした。 あと少し……あと少し頑張って終わりにしよう。あそこの信号機 まで歩いたら終わりにしよう。そう思いながら、やっとの思いで 信号機にたどり着く。すると、あと少しだけ頑張ってみようとい う気になった。あそこに見える次の信号機まで歩いたら今度こそ 終わりにしようと思い直して、足を引きずりながら歩く。 足の指先の感覚は既になくなっていた。 すでに体力は自分の限界を超えていた。 膝が上がらなくなり、地面を擦るようにして足を前に踏み出す。 今度はもう片方の足を引きずるようにして前に出す。足先や太も もの付け根の痛さに涙がにじんだ。 痛みに顔をゆがめながら一歩ずつゆっくりと歩く。 片足ずつ地面に擦りつけながら十センチほど前に動かすのが精一 杯だった。 顔をゆがませながらのろのろと足を引きずっていく私を、歩道を すれ違う人達は避けながら通り過ぎて行った。 やっと家にたどり着いた時は午後七時を回っていた。 杖代わりに使っていた傘は先端がつぶれていた。家に入るなりリ ビングに倒れこんだ私を見て妻や娘たちは驚いた。 「なんばしたとね! こがん汚れてさい。どこか怪我でもしたと ね!」 気味悪そうに私の顔をのぞきこむ妻に、私はとっさに何と答えて いいのか分からなかった。 「うん、ちょっと運動ばしようと思うて、博多駅から三時間くら い歩いたらこのザマばい。情けなかねぇ。イタタタタ……足が足 が……アハハ……」 「まあ……普段は運動も何もしないくせに。バッカみたい」 「お父さんって本当にバカよ。アハハ」 妻や娘たちに笑われて、痛みをこらえながら私も愛想笑いをする と、久しぶりに家中に笑い声が響いた。 這うようにしながら洗面所に行き、気づかれないようにして体を チェックしてみると自分でも驚いた。 両足は腿もふくらはぎもパンパンに腫れ上がり、靴下の中は蒸れ て気持ち悪いほどに真っ白にふやけていた。指先の爪は何本も内 出血して紫色に変色していた。しばらくはまともに歩けそうにな いことが自分でも分った。 三十七時間におよんだ私の旅は終わった。 誰も知らない私だけの一人旅だった。 足の痛みや腫れが引くまでに一週間ほどかかった。その間に私は 再び裁判の現場に引き戻された。 検察側は弁護側のアリバイ主張に対して必死で反論してきた。被 告の当日のアリバイ証言は嘘だと反論する検察側と、被告のアリ バイは確かであると主張する弁護側。両者の言い分が真っ向から 対立したまま泥沼の裁判は続いた。 長引く裁判に父はますます不安を募らせていった。特に雨の降る 日は、不安と孤独に耐え切れずに朝から何度も私に電話をかけて きた。 「あのな……ほんなこと裁判は勝てるやろうか? また検察がな んか仕掛けてこんやろうか」 「お父さん、なんも心配せんでよかよ。大丈夫、必ず正義は勝つ よ」 父は検察の取調べの恐怖がトラウマとなり、検察がどんな手段を 使ってでも自分を犯人にしようと襲いかかってくると怯えていた。 それほど父が取調べで受けた心の傷は深かった。 私は父を励ましながら、水面下で事件の聞き込み調査を続けてい た。私がこれまで調べてきた事件に関する調査報告書は膨大な量 になっていた。 最初は誰もが口を閉ざして何も話してくれなかったが、次第に重 かった口を開き知り得た情報を話しはじめてくれる人達が現れて きて、数十名にのぼる関係者の具体的な証言や裏づけとなる資料 も揃っていた。 それらの情報を整理していくと事件の発端には農協の運営方針に 反対するグループの存在があることが分かった。 しかも、事件直後にそのグループの一人が、告発したのは自分た ちである事を周囲に漏らしていた事もつかんだ。 その一人とは、やはり農協の関係者だった。 「俺が告発状ば検察に持って行ったとばい。検察もマスコミも俺 が行くと特別待遇で、下っ端でなく上の者が対応してくれよった とばい。俺が切り込み隊長で、○○がおり、○○が参謀、顧問に ○○もおるとばい。俺達はずっと前からこの準備ばしてきたとば い。農協が俺にカネば貸してくれんやったから頭にきてくさ」 その男は告発したことを自慢するかのように同じ内容を複数の相 手に漏らしていた。 ■「夕焼け」写真協力:オホーツクの詩季さん http://blogs.yahoo.co.jp/aruko26 ■ 音楽協力:Love Songsさん http://blogs.yahoo.co.jp/xiong_maririn ============================ ============================ |

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