『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

作品:「いつか春が」

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著書「いつか春が」の内容をダイジェスト版としてご紹介。
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■■■【表紙写真について】■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
※表紙の写真はブログで知り合ったMikanさんの写真をお借りしまし
た。心に響くやさしさと切なさがあふれる写真と言葉。胸にしみます。
http://blogs.yahoo.co.jp/mikanti18/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=2

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【解説】
当時、検事の取調べ調書が棄却されたというニュースは全国に報じられ
ましたが、一般の人には裁判のことは分かりにくく、周囲の反応は何も
変わらないまま元旦を迎えました。私たち家族には、父の無実を証明す
るまでは元旦もなく、お屠蘇を酌み交わして食事すると終わり。私には
正月の浮かれた気分に浸る余裕はなく、次の裁判に向けての準備しか頭
にありませんでした。この年も私は誰とも会わずにすぐに福岡へと戻り
ました。

中学の同級生が、父が逮捕された直後、酒の席で「副島はオヤジがあん
なことをしでかしたから、福岡に逃げて行ったとばい。ワハハ」と笑っ
ていたことを聞き、それからというものの人の笑顔や笑い声がする輪の
中に加わることが、精神的に苦しくてダメでした。事件のことを知って
いる友人と酒を飲もうとしても、もし別の話題であろうと人の笑い声が
まるで自分のことを笑われているような錯覚がして、佐賀では誰とも酒
が飲めなくなっていました。友人に裁判の苦しみや父が犯人にされるか
も知れないという恐怖を、いくら話しても分かってもらえないだろう…
私は一人で決めつけて心をずっと閉ざしたままでした。

そんな時、日本テレビの「きょうの出来事」というニュース番組のディレ
クターTさんから電話がかかってきたのです。後にテレビ朝日の「ザ・スク
ープ」の長野智子さんらも特集番組の取材に駆けつけられましたが、まだ
この頃は誰もこの事件が冤罪であることに気づいていませんでした。

さて、この物語もラストに向けてどんどん展開してゆきます。

※この原稿はかなり下手です(笑)最終校正まえなので誤字や
句読点のミスもありますがご容赦ください。


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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
     (不知火書房より全国の主要書店にて発売中)

 第十章 裁判長の異例の判断 孤独の苦しみ(未公開原稿より)


平成十五年一月七日。
私は今年も正月は誰とも会わないまま事務所で裁判の資料を
整理していた。
午後七時を回り、そろそろ帰ろうかとパソコンの電源を落と
し帰り支度をしていた。
突然、電話が鳴った。
また父だろう・・・裁判が気になり、いつものように不安な
気持ちを私に聞いてほしいのだろう。そう思いながら電話に
出た。

「もしもし、日本テレビのTと申しますが、健一郎さんはい
らっしゃいますか?」
日本テレビ?何か聞いたことがあるような会社名だな。私は
営業の電話と勘違いした。
正月早々、何の営業だろう・・・私は東京のテレビ局である
ことにまったく気づかなかった。

「はい、私ですが何でしょうか?」
「じつは健一郎さんからのメールを拝見しまして、よければ
お話をお聞かせ頂けないかと思いましてお電話した次第です」
「はあ?・・・どちら様ですか。もう一度お願いします」
「東京の日本テレビの『きょうの出来事』という報道番組で
すが、担当しているTと申します」
「えっ、日本テレビ?・・・日本テレビというと東京のあの
テレビ局のことですか?」
「そうです」
これが日本テレビのTさんとの最初の出会いだった。

         〜 中 略 〜

当日、佐賀駅でTさんを私は父と母の三人は待った。
私たちの前に現れたTさんは、黒のダッフルコートを着た三
十半ばの男性だった。
父と母を紹介するとニューオータニ佐賀の喫茶ルームへと向
った。人目を避けたかったのでホテルの喫茶ルームを選んだ。

喫茶ルームには思っていたとおり誰も知り合いはいなくて、
午後のまどろむようなやさしい日差しが心地よかった。
テーブルに着くと私は今までの事件の経過を説明した。Tさ
んは黙って私の話を聞いてくれた。
父と母は私の話に何度もうなずきながらTさんを見つめてい
た。
「・・・ざっとこういう経過です。これは真実ですよ。今ま
では誰も信じてもらえませんでしたが・・・・」
私は話し終えるとTさんの顔を見つめた。
Tさんは私が今話したことを頭の中で整理するかのように、
しばらく考え込んだまま黙っていた。

「なるほど・・・やはりそういうことでしたか。私はもちろ
ん副島さんの話を信じますよ」
Tさんは私の目を見つめて真顔で話した。
「そう言って頂くと本当に嬉しいです。裁判は当然苦しいで
すが、誰にも信じてもらえないという苦しみは、孤独の苦し
みですよ・・・」
私は今の正直な気持ちを打ち明けた。

            〜 中 略 〜

私は今まで誰にも聞いてもらえなかった正直な想いを伝えた。
「ちょうど今、拉致問題が注目されていますが、あの家族の
方々が最初は誰も信じてもらえず苦しかったと言われていま
したが、私たち家族も同じです。誰にも信じてもらえない事
が、これほど苦しいなんて思ってもいませんでした。拉致問
題も最初はマスコミがおかしいと気づき、その報道によって
流れが変わり最後は政府も動いた。私も同じ気持ちでマスコ
ミに救いを求めたのです」

「じつは私どもも健一郎さんからのメールをもとに、いろい
ろ情報を取り寄せて確認したところ、この事件は何かおかし
い・・・そう思って今日お伺いした次第です」
マスコミの人間であり、初対面でもあるので私もどこまで本
当の気持ちを伝えていいのか内心ためらっていたが、Tさん
を信じてみようと思った。

「父の裁判も検事調書が棄却されましたが、世間の大半は何
がどうなっているのか分からないままだと思います。裁判は
法廷で弁護士の先生方に闘ってもらっています。でも私たち
は失った信用を回復するために法廷の外でも闘かっているの
です。失った信用は自分達で信用を回復するしかないんです
よ。そのためには世間に真実を伝えるしかないと思います」
私はTさんに、なぜマスコミに救いを求めたかを正直に打ち
明けた。

「今まで全国のマスコミへ何百通も父を助けて下さいとメー
ルを送り続けましたが、世間だけでなくマスコミにも信じて
もらえないことが悔しくて情けなかったですよ・・・」
Tさんにこんな事を話しても仕方なかったが、私はマスコミ
への悔しさも口にした。
Tさんは寂しそうな顔を浮かべた。
「今まで、うちの局にも健一郎さんから何度もメールが送ら
れてきたでしょうが・・・気づかず申し訳ありませんでした。
全国からかなりの数のメールや手紙などが届くので見落とし
たのだと思います。それに、寄せられた情報が真実か嘘かも
見極めるのも大変でして・・・・。たまたま私が健一郎さん
からのメールを読んでこの事を知ったのです」
Tさんは申し訳なさそうに答えた。

偶然であろうとTさんが私のメールに気づいてくれなかった
ら、私はTさんと出会うことはなかった。
Tさんは今日の内容を局に持ち帰り、内部で検討してみる事
になった。
窓際のテーブルに座る私たちに降り注いでいた午後の日差し
は、既に夕方の静かな日差しに変わっていた。Tさんは私た
ちの話を聞くと再び東京へと戻った。
佐賀駅まで私はTさんを車で送った。

駅が見えてきた時に改めて私はTさんに尋ねた。
「偶然に私のメールを読んで何かを感じたと言われましたが
・・・その何かというのはどんなものですか?」
「そうですね、何かというのは・・・私の心の中にある後悔
かもしれません・・・」
Tさんは悲しそうにつぶやいた。

「後悔?どういう意味ですか」
「私は松本サリン事件の時、あの現場を取材していました。
河野さんが『私は犯人じゃない』と必死に訴えておられまし
たが、私たちマスコミは誰もが彼を犯人だと思っていました
・・・・私もそうでした」

「ああ、あの事件は私も覚えていますよ。あの時は日本中が
河野さんが犯人だと決め付けていましたよね。でも疑いが晴
れて良かったですよね」
「ええ。でも報道した私たちマスコミの責任は大きいですよ。
河野さんが必死で自分は犯人じゃないと訴える声に私も誰も
耳を貸そうとしなかったんです。今でもあの時のことを思う
と胸が痛みます」
「そうでしたか・・・」
「だから健一郎さんの『父を助けて下さい』と必死で訴える
メールを読んで、私はあの時の松本サリン事件のことを思い
出したのです。私にとっては胸が痛い、後悔の思い出です」
「・・・・・」

佐賀駅に着いた。
Tさんは車を降りると振り返りながら私に言った。
「私はジャーナリストとして真実をきちんと報道する使命が
あります。今回の副島さんの事件はきちんと報道させて頂き
ますよ」
私は胸が熱くなった。

Tさんの姿が見えなくなるまで私は見送った。
数日後、Tさんから電話があった。
「健一郎さん、この事件の真実を伝えましょう。我々は応援
しますよ」
こうやって全国報道に向けての準備が始まった。

一月の終わりに、Tさんは撮影スタッフとともに再び佐賀に
やってきた。佐賀で取材を行いながら撮影を進めていくとい
うハードなスケジュールだった。
撮影にともないTさんが実家の父に挨拶に訪れたのは佐賀に
到着してすぐだった。
午後の副島家のリビング。

「まだ副島さんが公判中ですので、我々もそのことを配慮し
ながら撮影を進めたいと思います。よろしくお願いします」
Tさんは先日の佐賀での話を局に持ち帰り上司とも相談した
結果、公判に支障がないように十分配慮しながら報道するこ
とになったと経緯を説明してくれた。
父も黙ってうなずいた。

「ところで、副島さん・・・取調べの様子を再現シーンで伝
えたいのですが、辛い思い出でしょうが・・・よろしければ
取調べの場面をお話しして頂けませんか?」
私なりに取調べの様子は説明していたが、父本人に確認する
のも当然だろう。
父は「いいですよ」と快諾した。

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イメージ 2

■■■【表紙写真について】■■■■■■■■■■■■■■■
※表紙の夕焼け写真はブログで知り合ったmik*nt*1* さんの写真を
お借りしました。やさしさと切なさが伝わる写真と言葉が胸にしみます。
よければ一度お立ちより下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/mikanti18/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=2


■■■【松本サリン事件の犠牲者である河野さんの奥様の訃報について】

私も先ほど河野さんの奥様の訃報を知り驚いています。
まさに「冤罪事件」の犠牲者です。犯人視されて、その後も苦しみは
続き、失ったものは余りにも大きすぎます。
濡れ衣が晴れても何も元に戻らない現実をマスコミは報道しませんが、
一度疑われてしまうと、それだけで離れていく人が大勢いて、溝が
出来てしまいます。疑いが晴れても両者の間には溝が残り、今度は
気まずさと疑念を生み出すのです。だから元の人間関係には戻れない
のです。生活も人生もすべて元には戻れません。

冤罪の苦しみは裁判の恐怖だけでなく、その後も永遠に続く世間との
溝による苦しみです。はたから見ると、終わったからいいじゃないかと
思われますが心に受けて傷はなかなか消えないので心の扉が開けないの
です。
信用や経済的な損失も何の保障もありません。莫大な裁判費用も時間も
すべて自己負担です。
「ありゃ、間違えていた。犯人じゃなかった」
それで謝罪もないし、最初は犯人で、その後は無実…だから事件・
事故の被害者としても扱ってもらえないし、中途半端な立場です。
河野さんの心中を思うと複雑です。
失ったものは余りにも大きくて哀しすぎますよ。
心よりご冥福を祈らせて頂きます。
この本を読んで頂き、改めて『冤罪』について考えて頂ければと願います。

●●河野さんについてのニュースです(提供:どうなっちゃうの?日本の将来)さんより
http://blogs.yahoo.co.jp/w1919taka/44516291.html#44516291

●●地下鉄サリン事件も忘れてはならない事件です「高橋シズヱの喜怒哀楽」
http://blogs.yahoo.co.jp/whitecat12browncat12
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


■■■【解説】
「主文、被告人の…」
裁判の流れが劇的に変わった瞬間でした。検事との直接対決が終わり、
次の裁判で裁判長が突然告げた言葉。予期せぬ瞬間は突然やってきま
した。そう、まさに突然でした。

私は父のアリバイを立証しようと、証人探しに奔走していました。
まだまだ私たちは追い込まれた状態でピンチの連続でした。
検察が出してくる嘘の証拠をひとつ暴くと、すぐに次の嘘の証拠が
出される。たとえ嘘であろうと法廷に証拠として出されたからには
嘘であることを私たちが立証しなければなりません。その繰り返し
でした。

夕闇がせまる頃、夕焼け空を見上げながら今日も手がかりをつかめ
なかった焦りと不安に包まれていました。当時の関係者に会いたいと
申し出ても断られたりして、著書の中に描いていますが、証人など
もう見つからないとあきらめかけていた時、偶然にも証人が見つかり、
決死の覚悟で臨んだ裁判でした。

検事調書がすべて棄却…このニュースも全国に流れた衝撃の出来事で
した。これで裁判の流れは大きく変わっていくのですが、闘いはさらに
泥沼へと…この苦しみはいつまで続くのかと空を仰くのでした。


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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
     (不知火書房より全国の主要書店にて発売中)

 第十章 裁判長の異例の判断 検事調書全部却下(未公開原稿より)

            
平成十四年十二月十三日、佐賀地裁。
三十七回目の裁判だった。父の逮捕から一年十ヶ月が経過していた。
この日の法廷は、いつもの大法廷でなく、やや小さな法廷で行われる事
になった。大法廷は六十席ほどあるが、ここは半分の三十席ほどしかな
かった。そのために傍聴席は全部埋まってしまい中に入れない人もいた。
あやうく私たち家族の席さえも確保できなくなるところだった。

今日は証人として元運転手の吉岡さんが証言台に立つ。吉岡さんの記憶
力の正確さからすると必ず父のアリバイは立証できると期待していた。
裁判官三名がいつもどおりに入廷した。
全員が起立し、裁判官に一礼すると着席した。

突然、いつもと違う裁判長の言葉で裁判が始まった。
「ええ、では初めに被告人の自白調書の任意性についての裁判所の判断
の決定を致します」

最前列に陣取った記者達が「エッ」と驚いた表情で、一斉にペンを取っ
た。今から何か大切な決定が下されるようだ。だが私には何のことなの
か意味がさっぱり分からなかった。周囲を見渡したが、みな首をかしげ
ていた。
いつもと違う・・・何とも言えない胸騒ぎがした。慌てて弁護士の先生
達を見た。日野先生は静かに目をつぶっている。山口先生は、じっと前
を見つめていた。
何が何だか分からないうちに、裁判長が何かの用紙を広げて読み始めた。

裁判長のひときわ大きな声が法廷に響いた。

「主文、被告人の検察官に対する供述調書四通に関する検察官の証拠調
請求を却下する」

記者達から「えっ」という驚きの声があがった。次に「おおー」という、
どよめきがわきあがった。

えっ、今のは何?判決?まさか?
私は慌てた。
傍聴席の人達は私と同じように、意味が分らずキョトンとした表情のま
まだった。
裁判長が続けた。
「理由。第一、本件証拠調請求に関する弁護人及び検察官の主張。弁護
人は、検察官による被告人の検察官に対する各供述調書の証拠調請求に
・・・・・」
何かの重大な決定が下され、今、裁判長によってその理由が読み上げら
れている。裁判の専門用語は難解で意味がわからない。

父は正面の裁判長の方を向いているので背中しか見えず、その表情は分
らない。日野先生は静かに眼を閉じたまま裁判長の言葉に耳を傾けてい
る。山口先生は呆然とした表情に見えた。検事は複雑な表情を浮かべて
いた。しばらくすると記者達が一人、また一人と法廷の外へと足早に退
席しはじめた。
私も記者の後に続いて外に出た。

記者達は廊下の隅で、携帯電話を取り出し次々と電話をかけ始めた。
「今、検事調書が全部却下されました。えらいことになりましたよ」
「もしもし、あっ、私です・・・今ですね、裁判所から突然に決定が下
されてですね、検事調書が全部却下されたんですよ。全部却下です」
どの記者も興奮ぎみに話している。
何か大変な事態が起きているようだった。

私はそばにいた記者に尋ねた。
「あのう・・・すみませんが、さっき裁判長が言われたことはどういう
意味なのでしょうか?」
「あっ、あれね。あれはですね、検事が取り調べで作った調書は信用で
きないとして全部却下されたんですよ」
記者は興奮したまま私に説明してくれた。
「・・・それって大変な事なんですか?」
「そりゃあ検察が取調べして作った調書が全部信用できないとして却下
されたわけだし、こんな事は異例ですよ。すごいことですよ」
「本当ですか!そりゃあ、がばいすごか事ですよね。ありがとうござい
ました」

やっと意味が分った。私の不安は一瞬にして喜びに変わり、今頃驚いて
しまった。
静かに法廷に戻ると、裁判長が却下した理由を読み上げていた。
被告の証言は具体的かつ詳細で、現実に体験しなければ表現できないと
裁判長は述べていた。被告の当然の弁解に腹を立て、被告を怒鳴り、再
三にわたり、こぶしを振り上げ、机を叩くなど問題を抱える取調べが続
いたと認定したと読み上げた。

さらに検事が被告に対して見下した態度をとり、「あのなあ、お前」と
か「〜じゃねえか」などの検事の口調についても無用な屈辱感を与えた
と検事を厳しく非難した。

全容を自白したとされる起訴当日の自白調書についても、検事が頭の中
で作った調書で、供述に基づくかどうか疑問であると指摘。自白を強要
した動機についてもふれ、拘留期限が迫り検事が焦り、苛立ったとも述
べた。

このような理由から、調書は検事が威迫して自白を迫ったもので、証拠
能力が認められないと判断。検察側が作った調書を証拠としてすべて不
採用とする・・・そういう内容だった。
日野先生は裁判長が読み上げる間、静かに最後までずっと目を閉じたま
まだった。
山口先生は天井を見つめ感慨深げに裁判長の言葉に耳を傾けていた。
検事はまったく表情を変えず、無表情で調書棄却の理由に聞き入ってい
た。

約三十分間にわたって理由が読み上げられた。
その後、裁判は予定通りの内容で再開された。証言台に立った元運転手
の吉岡さんは、問題となった当日の様子を証言し裁判は終了した。
裁判長が閉廷を告げると、父はゆっくりと立ち上がり傍聴席の方を振り
向いた。父の表情には笑みがこぼれていた。弁護士の先生達も裁判中は
無表情だったが、やっと表情がゆるんだ。
検事はマスコミに追われるのを察知してか閉廷と同時に足早に法廷を出
て行った。
            〜 中 略 〜

廊下に出ると弁護士の先生達は記者達に囲まれた。
「先生は、今日の裁判所の決定に対してどのように思われましたか。ぜ
ひコメントをお願いします」
「先生、この結果については予想されてましたか?」
記者達は父をチラッと見たが誰も父にコメントを求める者はいなかった。
被告だからマスコミもコメントを求めようとしないのか。これが現実だ。
逮捕されてから一度も父や家族はコメントを求められた事がない。マス
コミや世間に訴えたい事は山ほどあるのに・・・。
記者達に囲まれた先生達を残して、私たちは裁判所を後にした。

十二月十四日。新聞各紙には今まで以上に大きな見出しで昨日の事が記
事として載っていた。
『検事調書を不採用』
『供述調書の採用却下』
検察が柱としていた自白調書が棄却されたことで、裁判の流れがさらに
大きく変わった。


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【解説】
法廷は人生を賭けた闘いの場。まさにそのとおりです。
父の無実を証明しようと日野先生、山口先生が検事に闘いを
挑んでいきました。何とか脅迫の事実を認めさせようと…。

しかし、前回のポロリ発言でマスコミに叩かれた検事は、今度は
何が何でも絶対に認めまいとの必死の覚悟のようでした。一瞬たり
とも目が離せない緊迫した時間。見ている私たちも手に汗握る思い
で尋問のやりとりを見ていました。

私は今まであれほど恐い父を見たことがありません。気迫というのか
殺気というのか、体全体から怒りや悔しさが発せられた状態でした。
著書を読んでいただければ分かりますが、この死闘は圧巻でした。
最後は裁判官までもが次々に検事に尋問を開始していき、検事も
必死に取りつくろっていくのですが…裁判官の質問も鋭くて
「裁判長、そこだ!行け!頑張れ!あと一息だ!」と心の中で
裁判官らを応援していたのは私だけではなかったはずです。
著書に生々しく描いています。

言葉のひとつ一つを再現していますが、私はこの時もいつもどおり
法廷の出来事を、ひとつも漏らさないような気持ちで懸命にノートに
記録していました。

最後まで検事は父と一度も目を合わせようとしませんでした。
まだ人間としての心は残っているのか…そう思うと同時に、そこまで
嘘をつきとおす姿を見て、彼も心に一生消えない傷を自分自身で刻んで
いっているように思えて複雑でした。
一言でいいのです。正直に「申し訳ありませんでした」と言えば父も
私たちも、そして検事も一生苦しまずにすんだのに…。
でも彼は真実を述べない決断を下したのです。
彼は今、弁護士ですが法廷でどんな想いで弁護活動を行っているので
しょうか…。

法廷という闘いの場では、人の心をも狂わすのです。
すべては密室の中から始まっています。取調べの可視化が行われて
いたら、このような悲劇は起きなかったのです。裁判員制度が来年から
スタートしますが、もし裁判員となったあなたがこの法廷を見たら
どのように判断しますか…。


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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
     (不知火書房より全国の主要書店にて発売中)

 第九章 証言台の検事 アリバイ確認せず(未公開原稿より)


尋問が日野弁護士から山口弁護士に交代した。

「被告人はこの法廷で、あなたのつばが頭にかかったということを
リアルに表現しているんですけれども・・・立ち上がって大声で怒
鳴りつけたということはないんですね?」
「ありません」
「そうすると物理的にあなたのつばが頭からかかるということは考
えにくいんですけれども。それは被告人が嘘をついているというこ
とですか?」
「嘘をついている。間違いないですよ」
「極めてリアルに具体的に話しているんですけど。そういう覚えが
ないですか?」
「ありません・・・」

父はこれ以上ないというほど悔しさを顔いっぱいに出しながら検事
の横顔を睨んでいた。

「被告人の平成八年度の今回の融資があったときの手帳ですけどね
・・・これは取調べのときにご覧になりましたか?」
「被告人自身の手帳という意味ですか」
「そうです」
「いや、特に見ていないんじゃないかと思いますよ」

「えっ・・・(被告の)アリバイを確認するという点で手帳を見た
ということはないんですか?」

「(被告の)アリバイを確認しようっていう発想はなかったですね。
だからそういう意味あいで手帳は見てないですね」
「えっ、手帳は全く見てない?・・・」

「全く見てないというと、見たような気もしなくはないんですよ。
ただ、弁護人がおっしゃっているような(被告の)アリバイ確認と
いうような意図を持って調べたことはないです」
「七月十日、M建設の記載は午後ということで記載はありますけれ
ども、M建設については面会をしていないということですね?」
「M建設というものに対して面会、もしくは捜査をしたということ
はありません」
「午後六時半にはT荘というところに行ったように書いてあるんで
すけども、それも裏づけは取ってないんですね?」
「取ってないですね」

事件の重要なカギを握る父のアリバイをまったく調べていないと言
いきった検事。アリバイの裏づけもとらず、検察側は次回の裁判で
はアリバイを争点にしている。
ズサンとしか思えない。
握りしめた私の拳は震えていた。

            〜 中 略 〜

憮然とした表情で山口弁護士は尋問を終えた。
二名の弁護士の尋問は終了した。
いよいよ父が検事に直接尋問を行う番だ。被告が検事を尋問するな
どまさに異例の出来事であった。
    
裁判長の声が法廷に響いた。
「では被告人、尋問をどうぞ」
「はい」
父は落ち着いた声で返事をすると、ゆっくりと立ち上がった。傍聴
席の人達には、なぜ父が立ち上がったのか
分らず奇妙な光景に映っていた。
証言台の検事との距離はわずか二メートル。父が検事を見下ろすよ
うな格好で尋問を始めた。

「私は被告人でございますけれども、私を取調べしていただきまし
たI検事さんが本日は証人として出廷されておりますので、私のほ
うから尋問させて頂きます」
検事は父のほうを向かず正面を見つめたまま動かない。
「ただいまから私のほうからいろいろ尋問させて頂きますが、これ
は私もですね、今回の件につきましてはもう本当にですね・・・I
検事さんの強引な取調べ、並びに無理な調書作り、あるいはまた最
前申されましたように一部の告発・・・これによって私は全てを無
くしました」
「・・・・」

「大体ですね、私はこの調書の大半と申しましょうか、八割は作文
であると」
「・・・・」
「(あなたは)私に、この野郎!こんちくしょう!と・・・」
次の瞬間、父は手刀を振り上げ検事の目の前で叫んだ。

「ぶち殺すぞー!」
振り上げた手刀を一気に振り下ろした。
「ドン!」
「・・・・」

父の怒声と机を叩きつけた音が法廷に響いた。父は検事にされた事
を、そのまま本人の前で再現した。
検事を上から睨みつける父と正面を向いたまま座っている検事。傍
聴席からは検事の表情は見えない。

「こいうようなことが再三にわたってあったということでございま
して、あなたはどんなふうに、それを認めるんですか?」
「・・・よく分かんないですけど、例の発言をしたのは一度きり。
それは従前申し上げたとおりです。机を叩いたことはありません。
従前のとおりであります」
検事の言葉に父の表情がさらに険しくなった。
父は拳を握りしめたまま質問を続けた。

「・・・あなたは一回と申されましたけれども、あの密室の中でで
すね、あなたと事務官、三人。何回でもあなたは申されておるんで
すよ」
「違います。一度です」
「何回ともですね、私はですね・・・本当に身の縮む思いがしたん
です」
「・・・」

父は検事の態度に怒りを抑えきれずに再び大声で叫んだ。
「この野郎!こんちくしょう!ぶち殺すぞー!」「ドンッ!」
父の手刀が机に炸裂した。
「・・・・」
「何回やられたんですか?私は数十回と思っておりますよ。調書を
作る段階におきまして責められたでしょうが?」
「・・・そんなことはありません」
真実を認めさせようと迫る父。頑として認めようとしない検事。二
人の鬼気迫る真剣な闘いを全員が見守った。
「ないんですか?」
「はい」
「それは本当ですか?」
「本当です・・・」

父はこれ以上何を言っても無理だと思い、質問を変えた。
「ではまた話を変えましょう。署名の段階につきましても、あなた
は『署名しろ!指印しろ!』『黙秘か、否認か!』こういうことも
言われましたね。そして、横から(手刀を)振り上げて『この野郎!
刑務所にぶち込むぞ!』と・・・そういうことをやられたでしょう
が?」
「違います・・・」
検事の態度に父の目には悔しくて涙がにじんでいた。


「・・・私もですね、役者じゃないんです!私はですね・・・真実
を言っておるわけですよ!」

「私は真実を言っております」
「それは密室の中で、言った、言わんやったになりますけれども。
本当にですね・・・あなたの大声で・・・私もだいたい声は大きい
ほうですけれど、あなたの声はもっとすごいなと感じました。あの
大声で私を再三に、数十回にわたって、そして『第二弾第三弾があ
るぞ!この野郎!ぶち殺すぞ!』と。こういう大きな声で脅かすよ
うな脅迫するようなことを・・・私は第二弾第三弾(と脅したこと)
は、私は三回程度あったと思っております。どうでしょうか?」
「第二弾第三弾などと言った発言は一度もしていません・・・」
「あなたはそんなに言われるんですか?」
「真実ですから言いますよ、それは」

「私はですね・・・役者じゃないんですよ!あなたはですね・・・」
次の瞬間、
「こん畜生!この野郎!ぶち殺すぞー!」
再び父の怒声が響き渡った。
「(頭上に拳を上げて)ここから振り上げてぶち殺すぞと、こうい
うこともされておりますよ」

「・・・そんなことはしていません」

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【解説】
「いつか春が」のダイジェスト版を只今公開していますが、一話からお読み
になられた方、または完成版の著書を既にお読みになられた方は、この本を
お読みになられてどのように感じておられるでしょうか……。
何か感ずることがありましたら、こちらまでご感想をお寄せください。

物語の流れとして非常に緊迫した場面が続いていますが、当時はこのように
本当に毎日が緊張と不安の連続でした。「無罪」の瞬間まで、一日たりとも
心休まる日はありませんでしたね。それが正直な気持ちです。

そして、これが冤罪の恐怖であり苦悩なのです…。

報道では事件や裁判で公に公表された情報のみが報じられますが、その裏側の
誰も知らない家族の想い。つまり、被告とされた本人や家族の想いなどは報じ
られることはありませんでした。
「苦しかった三年間」などと一言で言い表すことなど出来ません。
さまざまな思いが刻まれていった闘いでした。

冤罪事件に限らず、裁判に関わったすべての人たちの胸中は、苦しみ以外
の何ものでもないのです。もし、みなさまの周りに裁判に関わっている人がお
られたら、たぶんその方々も同じように苦しみにあえいでおられると思います。
裁判や事件・事故に幸いに関わったことがない方にとっては、とても衝撃的で
重苦しく感じておられることでしょう。しかし、著書のテーマでもある「あき
らめない勇気」が実を結び、徐々に真実が明らかになっていくのです。
まもなく、さらに劇的な展開が待ち受けています…。
もうしばらくこの物語とお付き合い下さい。

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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
     (不知火書房より全国の主要書店にて発売中)

    第九章 証言台の検事 事例 (未公開原稿より)

平成十四年十一月七日、佐賀地裁。
I検事への二度目の証人尋問が始まった。

二週間前の裁判で、証言台に立った検事は、取調べ中に「この野郎!
ぶっ殺すぞ!」と脅迫的な言葉を吐いた事を認めた。
マスコミや傍聴人で埋めつくされた法廷にI検事は再び立った。
前回同様に証言台の横に被告である父の席が特別に設けられた。
開廷が告げられるとI検事が証人として法廷に姿を現した。
ゆっくりと証言台に向かう検事の表情は険しく緊張の色は隠せなかっ
た。

証言台に座ると早速、弁護側から尋問が開始された。
まず主任弁護士である日野弁護士が口火を切った。
日野弁護士は、ゆっくりと立ち上がると、いつものように左手に資料
を持ちながら右手をそっとメガネに手をやった。
今から始まる闘いを前に、気持ちを鎮めるかのようにしばらく間をお
くと、静かな声で尋問を開始した。
「本件融資事件はですね、あなたが主任検察官となって処理されたん
ですか?」
「さようでございます」
「副島被告に対する取調べは、あなたが終始担当していたわけですね
?」
「そのとおりです」
弁護士と検事の静かな闘いが始まった。二人の声だけが法廷に響く中、
父は目の前の検事の横顔をじっと睨んでいた。

「この融資事件を背任の疑いで捜査することになった端緒(発端)は
何なんですか?」
「捜査の端緒につきましては、捜査の密行性及び関係者のプライバシ
ーの関係もありますので、おそれながら控えさせて頂きたいと想いま
す」
「本件の捜査の端緒はどういうことでしょうか?」
「先ほど申し述べたとおりです」
「・・・これは重要なことだから証人に端緒だけは明らかにしていた
だくように裁判所からも命じて下さい」
裁判長はうなずき証言台の検事を促した。
「具体的な、どういう形で出てきたというのではなくてね、差し障り
のない範囲で、抽象的にで結構ですから述べていただけませんか?」
裁判長から促され、検事は首を傾げて一瞬迷ったような表情を浮かべ
た。

「・・・はい・・・そうであればお答えします。告発です」
『告発』という言葉を聞いた瞬間、父の体がビクンと反応した。
傍聴席はざわめき、小声でささやく声が聞こえてきた。
「やっぱりな・・・」
「誰かが嘘の告発ば仕組んだとばい」
日野弁護士は手にしていた資料を静かに机に置いた。先ほどまでの穏
やかな表情は消え、厳しい表情で検事を見つめた。

「告発の対象になっていたのは誰ですか?」
「被告人のことです」
「被告人だけだったんでしょうか、それとも他にも(対象者は)いた
んですか?」
「恐れながら、取調べのことに関しては十分に記憶を喚起してまいり
ましたけれども、そのことについては記憶を喚起してる準備がござい
ません。ですからここで断定的なお答えは出来ません」
「(ほかにも告発の対象者がいたのか)あなたは記憶の喚起ができな
いということですか?」
「いたかいないかどちらとも答える事はできない」
日野弁護士は、検事が強制捜査に踏み切る段階で、事件の構図をどのよ
うに描いていたのか真相を聞き出そうと質問をぶつけた。

私は事件の真相をこう推理していた。
農協の経営に反対するグループがトップを失脚させ、思いのままに農
協を牛耳ろうと画策。悪意に満ちた巧妙な告発状が作られ、それを検
察庁に提出。その告発状の内容を信じ、十分な裏づけ捜査が行われな
いまま強制捜査に着手。
その後、事件の真相に気づいたがマスコミ報道は過熱。今さら後に引
けなくなった。物的証拠が何もない現状では自白調書だけが唯一の支
えとなった。そのために、どうしても自白したという調書が不可欠だ
った。
私は今まで佐賀で、真相を探るために独自に事件の調査を続けてきた。
その結果、この事件の真相が徐々に見えてきた。

日野弁護士の鋭い質問に対してI検事も必死で応戦した。
「起訴状には抽象的な書き方しかしていないので、公判で検察官に対
して釈明を求めたところ(起訴状のとおりですと)そういう釈明が返
ってきたわけですけれども・・・あなたは起訴するにあたって、あな
た自身はどういうふうに(被告の容疑を)認定したんですか。あなた
が起訴しているんですからね」
「しからばお答えします。冒頭陳述どおりです」
「具体的におっしゃってください」
「冒頭陳述は思い出してくる準備はしておりません。恐れながら」
I検事は素っ気無く答えた。
日野弁護士は苛立つ感情を鎮めようと目を閉じた。

再び質問を続けた。
「・・・どうも私は、あなたの答え方が非情に不誠実だと思うんです
よ。もう少しね、何でも覚えていないとかじゃなくて、あなた自身が
取調べて、一番その点を問題にしたはずなんだから」
日野先生は今まで我慢していた苛立つ感情をぶつけた。

「取調べ状況につきましては思い出してまいりました。その他のこと
については恐れながら(記憶の)準備をいたしておりません。申し訳
ありませんが」
弁護士と検事の問答がかみ合わない。

日野弁護士は、しびれを切らして裁判長に向かって訴えた。
「(検事に質問の意味が)伝わるようにしているつもりですけど、証
人が証言をはぐらかしていると。私はそういうふうに見ておりますが
・・・」

それを聞いたI検事もぶっきらぼうな口ぶりで反論した。
「それじゃあ私、どうしたらよろしいんでしょうか」
H弁護士のほうを向こうとはせずに正面を向いたまま答える検事。
弁護士の方を向けばすぐ隣にいる父と目が合ってしまう。検事は正面
を向いたままの姿勢で答えた。

犯行の動機についての質問が始まった。
「それじゃあ、また聞きなおします。形を変えて聞きましょう。農協
が融資した貸付金が回収不能になったために組合長や理事、あるいは
担当職員が賠償責任を問われたという事例が本件当時あるいは以前に
あったか捜査しましたか?」
「捜査と言うのは刑事訴訟上における捜査のことですか」
「いや、理屈のことを言っているんじゃないです。調べたんですかと
いうことですよ?」
「いや、調べていません」

「えっ!・・・」

日野先生は思わず声をもらした。
「調べてはおりません」
弁護士の驚く声も気にせず正面を向いたまま平然と検事は答えた。
「調べてない?・・・」
「はい」
「全く調べなかったんですか?」
「はい」

日野先生はあきれた表情のまま、さらに質問をぶつけた。
「あなたの調書によると、(被告は)自分達の責任を先送りするため、
民事賠償責任を問われた場合に賠償責任が出てくると。(被告は)そ
れを先送りするために本件融資をしたんだというような供述をしてお
りますよね?」
「はい」
「そういう供述になっていますよね?」
「はい」
検事はうなずいた。

「本当にそういう民事責任を追及されるような具体的な危険性、状況
が(被告に)あったかということについて、そういう被告達の供述の
裏づけをとるための捜査はしなかったんですか?したんですか?そこ
をはっきりおっしゃってください」
「いや、はっきりは言えません」
「しかし、そういうふうな具体的な動きがあったという事実はつかん
でませんね?」
「どちらとも言えません。そのことについては記憶を喚起する準備を
しておりませんので断言する事はできません」

日野弁護士の顔が見る見る紅潮した。
「あなたは記憶を喚起する準備をしなければ記憶というのは戻ってこ
ないんですか?」
「通常そうだと思っております」
日野弁護士はあきれてはて、それ以上追求するのはやめた。

日野弁護士とI検事の尋問は、このような調子で進んでいった。

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イメージ 1

【解説】
その時、父だけでなく私も法廷で天を仰いでいました。
この世に「正義」は存在しないのかと……。

今まで、どれだけこの「対決」を待ちわびて歯を食いしばって
闘ってきたのだろう。「家族」以外はもうなくすものは何もない
ほど私の心の中は空っぽになっていました。

検事に目の前で平気で嘘をつかれ、逃げ切られたという父のショ
ックは大きく、私たちも声をかけられないほど落胆していました。
私もさすがにこの夜は、どうやって闘ってけばいいのか分からず
途方に暮れてました。毎日新聞のF記者からかかってきた電話も
右から左に聞き流すしか出来ないほど落ち込んでいました。

筑後川の堤防で私は大声で叫びたい気持ちでいっぱいでした。
「この世に神様も仏様もおらんとか!正義はなかとか!誰も助けて
くれんとか〜!くそぉ、なんでんかんでん、ばかたれが〜!」

翌朝の新聞を見るまでは、こんなふうに落ち込んでいました。
新聞の文字を目にした時の気持ち?……今まで孤立無援の状態だった
私たちのもとに援軍が駆けつけてくれているような…そんな心境でした。

息を抜けない場面の連続でしたが、原稿を書いている時は夢中で筆が
運びました。今、公開している内容はノーカット版で最終校正前の
原稿です。

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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
     (不知火書房より全国の主要書店にて発売中)

    第九章 証言台の検事 明日の朝刊を(未公開原稿より)

父は法廷の天井を仰いだ。
(とうとう最後まで検事は本当のことを話してくれないのか・・・)
    
          〜 中 略 〜

裁判が始まる前までは、誰にでも人間としての良心が必ずあると
信じていた。そのかすかな期待は見事なまでに打ち砕かれてしま
った。
I検事は最後まで一度も視線を合わせることなかった。立ち上が
ると、目の前でうなだれる父を見下ろしたかと思うと足早に去っ
ていった。

ざわめきの中で記者達は検事の後を追い次々と法廷を飛び出した。
傍聴を終えた私達家族は落胆の色を隠せなかった。
「検事はとうとう最後まで本当のことを話さんやったね・・・悔
しかばい・・・」
兄や弟も悔しさを顕わにした。
「たった一度しか言ってないなんて、よく言えたもんよ。机も一
度も叩いていないなんて・・・目の前であんなふうに言われて、
見ていてお父さんが可愛そうやったよ」
普段はおとなしい母も悔しさをあらわにした。
法廷と傍聴席の間にある柵を通って、父がゆっくりと家族のもと
へ戻って来た。

「ほんなこて悔しかったばい・・・あそこまで完璧に言うとは俺
も思っとらんやった。悔しかばい・・・」
父は落胆のあまり、それ以上言葉が続かなかった。

父や私たち家族は検事が「ぶっ殺すぞ」と認めた事よりも、たっ
た一度しか言ってないと言った事がショックだった。さらに父が
一度も尋問する機会がないまま裁判が終わってしまった事が悔し
さと悲しみに拍車をかけた。

私たち家族の中では敗北に等しい結果に思えた。

その頃、記者達は大騒ぎだった。
裁判所内にある記者クラブの中はピリピリした緊張感に包まれて
いた。本社と電話で連絡を取り合う記者達の声が重なり合い騒然
となっていた。

「すごい事になりましたよ!検事が認めました!ぶち殺すと言っ
た事を認めたんですよ!」

「そうそう、はい、認めたんですよ。検事が認めたんですよ。明
日の朝刊でバーンと行きましょう!」

「どうしましょうか?これからじゃ夕方のニュースには無理です
ね・・・夜なら何とか間に合わせることは出来ませんかね?」

裁判の模様を興奮ぎみに電話する記者達。検察庁にコメントをも
らいに飛び出す記者。記者達の熱い興奮を私は知る由もなかった。


私は父と母を車に乗せて実家に戻ったが父の落胆した姿を見るの
が辛かった。簡単に食事を済ますと父は、疲れたと言って風呂に
も入らず床についた。
私達が今日の裁判に、どれほど期待を寄せていたのか・・・誰も
知らない。

I検事は本当の事を話さないまま帰ってしまった。父の心に深く
刻まれた傷は、癒されるどころか、さらに深く傷つけられてしま
った。人間として真実を述べ、一言でもいいから父に謝罪してく
れていたら父の心の傷は少しは癒されただろう。
今も取調べ場面が夢に現れ、苦しむ父を思うと残念で悔しくてな
らなかった。

父と母の悲しみに包まれた実家を後にして、私は福岡に帰った。
私も一人になりたかった。
家路を急ぐ車の中で携帯電話が鳴った。
午後十時を過ぎていた。
車を道路の端に止めて電話に出た。

「もしもし、副島です」
「あっ、副島さん。今日はすごかったですね」
二ヶ月ほど前、初めて私の話を聞いてくれた記者だった。記者の
声は興奮していた。
「どうしたんですか?・・・」
私は記者がなぜ興奮しているのか分らなかった。それよりも疲れ
て誰とも話す気分ではなかった。
「えっ?何がって、今日の裁判ですよ」
「今日の裁判?・・・とうとう最後まで検事は本当のことを言い
ませんでしたね・・・残念ですよ」
「でも本人が認めたのですよ。本人が確かに言ったと認めた事は、
これはすごい事ですよ」
「でも、たった一度なんて・・・本当は何度も何度も・・・それ
なのに一度だけなんて・・・ガッカリですよ」
「いえいえ、これは裁判では大変な事ですよ。明日の新聞を見て
くださいね」
「はぁ?・・・分りました」

電話を切り、私は車から降りるとタバコに火をつけた。
私には記者が言うほど大変な事とは思えなかった。それよりも、
これからどうやって父の無実を証明すればいいのかで頭の中は一
杯だった。夜空を見上げると、いつものように星が輝いていた。

翌朝、新聞を見て驚いた。
『「ぶっ殺すぞ」取調べ中に検事が暴言』
昨日の公判で検事が認めたと報じていた。裁判の様子も詳しく載
っていた。
昨日の記者の言葉の意味がようやく分った。すぐにコンビニに他
の新聞を買いに行った。どの新聞も「ぶっ殺すぞ」という見出し
で報じられていた。表紙に太枠で報じられている新聞もあった。
興奮しながら記事に目を通していると父から電話がかかてきた。
「おい、新聞に載っとるぞ」
昨日はあんなに落ち込んでいた父の声が興奮し弾んでいた。

「うん、今見ていたところやった。こっちも全部の新聞に載っと
るよ」
「そうかそうか。昨日はガッカリして本当にきつかったばい。で
も一度でも認めたと言うことが、こんなに意味があるとは思って
もおらんやったばい」
希望の糸はまだ残されていた。父と私は再び裁判の流れが変わっ
ていくという期待がふくらんだ。

検事が取調べの最中に「ぶっ殺すぞ」と脅迫的な言葉を吐いた事
を認めた事で、さらに裁判が注目される事となった。
前回の裁判では、予定の二時間が全部検察側の証人尋問に費やさ
れたために、弁護側は何も質問ができないまま終わってしまった。 
その結果、弁護士の先生達の努力もあって、もう一度検事を法廷
に召喚して尋問を行う事が決定した。二度目の尋問は二週間後に
決定した。

「お父さん、よかったね」
「ありがとう。この前の裁判で検事への尋問は終わったと思っと
ったが、今度こそ検事に本当の事ば認めてもらうばい」
「うん、がんばってね」
父の表情に再び闘志がみなぎった。

次回裁判まで時間がなかったが、既に検察側は次の闘いを用意し
ていた。
検察側は元金融部長の証言を柱に、融資を決定する会議の前に幹
部数名と話合いが持たれ、その時に不正融資のカラクリの説明を
受けて事前に知っていたと主張。
そんな事は絶対にありえない。そのような話し合いも父には全く
記憶になかった。それを法廷で立証するための準備に取りかから
なければならなかった。

そのためには、父がその場に居なかったという当日の父のアリバ
イを証明しなければならない。六年前の七月十日。その日、父は
何時から何時までどこで何をしていたのか?

一難去ってまた一難だった。

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