『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

作品:「いつか春が」

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【ご連絡】どこの本屋で買えるのかご質問がたびたびありますので、『書庫』を作りました。そこに全国の把握している取扱書店を掲載しました。また今までの日記も整理しました。校正途中の生原稿などの貴重な画像も公開していますのでご覧下さい。なおamazonでは品切れで度々ご迷惑をおかけしていますが近日中に入荷の予定です。ネットで「副島健一郎」「いつか春が」で検索されると書評や新聞記事ほか公共図書館の貸出情報が確認できます。また事件について検索の場合は『佐賀市農協背任事件』でされると当時のニュース情報がご覧になれます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なぜ父が逮捕・起訴されたのかお伝えしないまま話を進めてき
ましたので、ここでストーリーをいったん最初に戻します。
著書の中では家宅捜索当日の朝からを時系列に沿って描いてい
ます。家宅捜索の場面やその後にマスコミが押しかけてきてパ
ニック状況になっていく場面なども細かく描いています。

本来「告発」は真実にもとづく正義の訴えでありますが、もし
トップを失脚させる謀略の手段として、何者かが巧妙な虚偽の
告発を行ったらどうなると思いますか?融資の見返りにカネを
もらっていると。その虚偽の告発状を鵜呑みにして、裏付け捜
査を行わないまま強制捜査に着手してしまったら…。
まさかそんなことがありえるわけがないと思われるでしょうが、
それが実際に起きてしまったのです。そこからこの事件はスタ
ートしたのです。

強制捜査当日、佐賀地検だけでなく福岡や長崎地検からも応援
を仰ぎ、総勢80名体制で市内八ヶ所が同時刻に強制捜査が開始
されました。警察を飛び越えて検察自らが捜査に着手するとい
う異例の捜査でした。無罪確定後、検察内部の調査で、功(手
柄)を焦った当時の幹部が裏付け捜査を怠るなどのままで、捜
査に踏み切ったとの調査報告がなされましたが、その内容は今
も一切公表されず、鹿児島選挙違反事件や富山の冤罪事件(こ
れらは警察着手の冤罪事件)の陰に隠されるようにしてこの冤
罪事件は封印されたままとなりました。

佐賀県内を揺るがす大事件となりましたが、いくら調べても容
疑に結びつく証拠は出ず、有力な情報も出てこないために次々
と関係者が事情聴取に呼び出されていきました。それでも有力
な証言が得られず焦る検察。それならば容疑を裏付ける「証言」
を作るために、事実に反した調書が次々に作られていくのです。
予め用意された調書に署名を迫り「署名せんと家に帰さんぞ」
と言われれば普通の人は恐ろしくなり署名するしかなかったの
です。このことはあとの調査で分かりました。
今さら後戻りなど出来ないし、物的証拠などなくても、最後は
本人の「自白調書」さえ揃えば何とかなる…

これが、この冤罪事件の始まりだったのです。

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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
     (不知火書房より全国の主要書店にて発売中)

     第一章 忍び寄る危機 家宅捜索(著書より)

一般的に農協というと農作物を集荷して販売する共販のイメ
ージが強いが、佐賀市農協では貯金・貸付などの信用事業か
ら各種保険、スーパーマーケットやガソリンスタンドの経営、
葬祭、不動産など様々な部門の事業を展開していた。おもな
経営の柱となっていたのは信用部門、つまり銀行のような金
融事業だった。
組合長である副島は、全国共済連の理事をはじめ佐賀県共済
連会長、その共済連が運営する観光ホテルの社長、地元テレ
ビ局の理事等を歴任、平成十二年当時も県内の各種組織の要
職や関連企業の代表など十近くの職務を兼任して多忙な日々
を送っていた。
          〜 中 略 〜

ガラガラーッ。突然、ワゴン車のドアが開くと、車の中から
背広姿の男達が次々に飛び出してきた。総勢五名。門柱の前
に勢ぞろいした彼らは無言で表札を見上げた。
その頃、家の中では勘三が食事を終え、出勤の身支度をして
いた。間もなく迎えの車が来るはずで、普段と変わらない一
日が始まろうとしていた。
家の前ではワゴン車から折りたたんだ段ボール箱や大型の紙
封筒などが下ろされると、「よし、行くぞ」と誰かが言った。
男達は門を入ると玄関に向かって一斉に歩き始めた。カツッ、
カツッ、カツッ。五人の靴音が石畳に響く。
ピンポーン、ピンポーン。玄関のチャイムの音が響く。

「はあーい、今行きます」
台所にいた静子は迎えの車が来たと思って玄関に出ると、ガ
ラス戸越しに黒い人影がいくつも見えたので「おや?」と思
った。同時に手前の人影が動いて玄関の引き戸が開き、背広
姿の男達が現れた。
静子は男達の険しい目付きに胸騒ぎを覚えた。それでも動揺
を抑えて「どちら様でしょうか?」と尋ねようとしたとたん、
男達がつかつかと玄関の中に入って来た。
玄関は無言の男達で埋めつくされ、やがて手前の中年の男が
口を開いた。
「佐賀地方検察庁の者です。ご主人はいらっしゃいますか?」
「佐賀地方……?」
静子は一瞬耳を疑った。
男は冷静な顔をして話を続けた。
「佐賀地検の者です。ご主人を呼んできてもらえませんか」
朝から突然男達が家に来て、夫を呼んで来いという。そのただ
ならぬ気配に静子は慌てて居間に引き返して、鏡に向かってネ
クタイを結んでいた勘三に耳打ちした。
「あなた……今ね、佐賀地検の人達が来て、あなたを呼んでき
てと……何かあったとね?」
勘三の手が止まった。
「佐賀地検? ……こがん朝早うから何やろうか?……分かっ
た、すぐ行く」
勘三がネクタイを締め終え、スーツの上着を羽織りながら玄関
に顔を出すと、男達の鋭い視線が一斉に向けられた。
「いったい何の御用でしょうか?」
勘三は一瞬たじろぎながら、見知らぬ男達に丁寧に尋ねた。
すると真ん中の男が手に持っていた一枚の用紙を広げて、勘三
に良く見えるように目の前にかざした。
(何だ?)
勘三がその用紙に目をやると、『捜索差押令状』。
「えっ……」と、勘三は絶句した。
『捜索差押令状』……言葉の意味は理解できたが、あまりの驚
きに後になんと書いてあるのか読む事ができなかった。
「捜索差押令状です。只今からお宅を家宅捜索します」
男はそう言うと、靴を脱いで家の中に上がり込み、残りの男達
も続いた。
勘三と静子は玄関に立ち尽くした。

男達は手分けをして家中に散らばり、目に付いたタンスや机の
引出しを次々に開け始めた。
勘三と静子はなすすべもなく、ため息をつきながら洋間のソフ
ァに腰を下ろした。
捜索をしながら洋間に残った男は二人に事務的な口調で命じた。
「会話はしないように。それから電話がかかってきても出ない
ように」
男達は無言で捜索を続けた。家中のあちこちから紙のめくれる
音や引出しを開ける音が聞こえてくる。そばにいる男は二人を
横目でチラチラと監視しながら、サイドボードの引出しの中を
まさぐっていた。
朝、突然、見ず知らずの男達が現れ、何が何だか分らないうち
に上がりこまれて家の中を引っ掻き回されている。二人には目
の前の光景が信じられなかった。こんな失礼な事をされてと腹
立たしさを覚えたが、令状を示されると何も言えなかった。テ
レビのドラマで何気なく見ていた家宅捜索の場面が今、実際に
目の前で行われている。現実がまだ信じられなかった。

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※この本のあらすじは「プロフィール」に記しております。
【この事件の特集番組を動画で見る場合はこちら↓】
■テレビ朝日「ザ・スクープ」 http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/
 動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分

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父が四ヶ月ぶりに保釈されて自宅に戻ったものの、逮捕され
る当日までは色んな組織・団体の重職を兼務していたので、
父はみんなが自分のことを信じて待っててくれると思ってい
たようです。もちろん励ます会や支援組織もありません。

起訴決定の検察側の記者会見で「全面自供した」と発表した
ので世間は誰もが「副島さんを信じていたのに、まさかそ
んな人だったとは…」
検察の記者会見を見て、さらに新聞やニュースもそのように
大きく報道していたので誰もがそう思ったと思います。
裁判員制度でも報道による情報も大きく影響するのではと
私は懸念しています。事実と異なる情報が流されたら…。

これが冤罪事件の恐ろしさであり苦しみなのです。

人質となっていた父を無事に救出できた。そんな気持ちで父
を迎えましたが、取調べ時の恐怖でPTSDとなり、フラッ
シュバック現象が起きて大変でした。自殺しようと家を飛び
出したり、行方不明となったり…。酒を飲む相手も誰もいな
くなりとにかく父は荒れました。見ている私達も辛くてです
ね。無実を証明するしかないけれど、私も戦いに備えてまず
自分の生活の足場を固めることで精一杯でした。

厳しい現実に流されていく中で「必ず父の無実を証明してみ
せるという執念にも似た怒りだけが、崩れそうになる私の心
を支えていました。ふつふつと燃え上がる感情の炎…。


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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
     (不知火書房より全国の主要書店にて発売中)

     第七章 真夜中のアルバイト 犯人視の苦しみ(著書より)

父が保釈されたことで私も気持がずいぶん落ち着いた。今ま
でのように毎日のように佐賀まで行く必要もなくなり、やっ
と自分の時間が出来たと喜んだものの、それでは何から始め
ればいいのかも自分では分らなかった。

仕事がほとんどなくなった私は、生活のために梅雨が明けた
七月からアルバイトを探し始めた。
昼は裁判のための時間に当て、夜は生活のために働く。
昼間の時間は裁判の傍聴や弁護士との打ち合わせ、事件の調
査のための時間に空けておきたかったので夜中のアルバイト
を探したが、なかなか思うような仕事は見つからなかった。
結局、そんな条件を満たす仕事は肉体労働しかなく、人目に
つかず時給も良いという理由で夜間の工事現場の警備のバイ
トを選んだ。

早速、博多駅近くの警備会社に面接に行った。社長は私より
少し年上の気さくな人だった。私の履歴書をしばらく見てい
た社長は、不思議そうな顔をして私を見つめた。
「へぇー……副島さんって、今までのお仕事を見るとウチと
は全く畑違いみたいだけど……大丈夫?ウチの仕事って結構
きついよ」
「はい、大丈夫です。一生懸命やりますのでよろしくお願い
します」
「う〜ん、そう言われると弱いなあ。でも何でウチみたいな
仕事を?」
「……」
「まっいいか。誰だっていろいろ事情があるしね。じゃあ、
採用という事でよろしくね」
「ありがとうございます。あのう……一つお願いがあるので
すが……」
「何?」
「じつは、仕事は夜中の道路工事とかの現場にしてほしいの
です。それから、出来ればスーパーの駐車場警備とか人が多
く集まる所はなるべく外してもらいたいのですが……」
「ふーん……道路工事の現場とかはトイレもないし、雨や雪
が降っても朝まで立ちっぱなしだよ。きついけど、ホントに
そっちでいいの?」
「はい、結構です。よろしくお願いします」
「普通は屋内の警備とかを希望するけれどね……変わってい
るね」
人の多い所だと知り合いに出くわすかもしれず、それもいや
だった。

こうして私の夜のバイト生活が始まった。最初の仕事は夜の
八時から朝の六時まで道路工事の現場で、車や人を安全に誘
導する仕事だった。吹きさらしの道端に立って、赤く点滅す
る誘導棒を朝まで振り続けた。夜でも真夏の工事現場は暑く、
吹き出した汗が青い制服に白い塩を吹いた。雨降りには雨合
羽の隙間から入ってくる水が背中を伝った。

私たち家族の生活は、私が夜働きに出るようになって一変し
た。事件前までは私が夕食の席に一緒に座る事などなかった
が、夕方の五時過ぎには家族と食事をするようになっていた。
早めの夕食が終わると、私はそそくさと身支度をして仕事に
出かけた。

「えーっ、お父さんまた出かけるの。いつも夜はいないし、
つまんないよ。たまには一緒に遊んでよ」
幼稚園に通う次女は、一緒にテレビを見たり、ゲームをした
りして遊んで欲しいと言って困らせた。
「ごめんね、麻衣……お父さんは今からお仕事なんだよ」
「じゃあ、今度のお休みはどこかに連れて行ってよ」
「うーん……そのうち……ね」
「お父さんはいつもそう言うけど、嘘ばっかり」
家族と一緒にテレビを見たり、休みの日は子供を連れて遊び
に出かけたり……今の私にはそんな余裕もなく、娘と約束を
しても守れないことは分かっていた。そんな私に、妻は玄関
でそっと紙袋を渡してくれた。紙袋にはタオルと水筒と夜食
のおにぎりが入っていた。
         
         〜 中 略 〜

保釈されて自宅に戻ってきたものの、勘三の生活は以前とは
一変した。誰も勘三に声をかけてくれる人がいなくなったの
だ。
勘三は一日中書斎にこもったまま、ぼんやりと何か考えごと
をしていることが多くなった。
家に戻ってきてからも夢にうなされる日々が続いていた。
夢の中にI検事が現われ、「この野郎! ぶち殺すぞ」と大
声で怒鳴りながら迫ってきた。検事に殺されるという恐怖で
心臓が苦しくなり目が覚めた。拘置所の時と同じように毎晩、
睡眠誘導剤を服用して眠りにつく日々だった。

事件前まで、勘三は地元の玉屋デパートで買物をするのが楽
しみだった。保釈後、久々に一人でデパートに行った。勘三
は偶然、売り場の向こうに顔見知りの夫婦を見つけた。その
息子の仲人を務め、就職の世話もするなど公私にわたって親
しい付き合いをしていた夫婦だった。

人のぬくもりに飢えていた勘三は嬉しくなり、二人に声をか
けようとした時だった。向こうも勘三の姿に気がついて、次
の瞬間、奥さんが夫の腕をグイッと引っ張って商品の陰に隠
れた。二人が慌ててその場を立ち去っていく姿を勘三は呆然
として見ていた。
それ以来、勘三は父はデパートには行かなくなり、極力出か
けなくなった。

自転車で家を出たまま何時間も帰ってこなかった時は、静子
が心配して探し回ったあとで無事に帰ってはきたが、四時間
あまり、どこをどう走っていたのか自分も覚えていなかった。
一夜にして社会的な信用を失い、無実を誰にも信じてもらえ
ない勘三の悔しさは日を追うごとに激しくなり、心が荒れて
いくばかりだった。孤独の中で勘三の心は絶望のふちを彷徨
っていた。

勘三は一人で酒をあおるようになった。台所で焼酎をあおる
勘三の姿は静子にはあまりにも悲しかった。
「やっていないなら、ちょっとやそっと怒鳴られたくらいで
調書にサインをしなければよかったじゃないか。やましいこ
とがあったからサインをしたんだろう」「火のないところに
煙は立たんばい」などと周囲が噂をしていることを耳にした
勘三は「あの地獄のような取り調べを受けたら誰だって頭の
中が真っ白になって、どんなに頑張っても耐え切れずに署名
してしまう……何も知らん者は簡単にそんなことを言うが、
俺は本当に殺されると思ったぞ。あの状況で我慢できる者が
おるか、実際に経験してみたら分かる。くそおっ!」と、酒
をあおりながら怒りをぶちまけた。

しばらくすると今度はぼんやりとして「誰も俺の言うことを
信じてくれん。俺は本当に不正融資などやっとらん、無実ば
い……それなのに……悔しか……死んだほうがましだ」と、
悔し涙をこぼしながら泣き出すのだった。
静子も声をかけられないほど勘三の心の傷は深かった。


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※この本のあらすじは「プロフィール」に記しております。
【この事件の特集番組を動画で見る場合はこちら↓】
■テレビ朝日「ザ・スクープ」 http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/
 動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分

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人間とは不思議なものです。
悔し涙はこらえることができても、体の底からわきあがる嬉し涙は
こらえることができません。

あの日も暑い日でした…。忘れもしない6月30日の午後です。
突然の逮捕から4ヶ月が過ぎ、当時71歳の父にとっては独房での勾留
生活に疲れが見えていました。著書の中で詳しく書いていますが、前
にも保釈申請を出しましたが、検察側の反対により却下されていまし
た。検察が出した証拠に対して我々は「これも嘘だ。でたらめだ」と
「不同意」を示し、全面的に争う姿勢を崩しませんでした。「やって
いません、無実です」と否認していましたので「被告は証拠隠滅の恐
れがある」との理由で保釈は検察側の反対で認められない状況でした。
父が罪を認めるまで出さない。つまり父は人質と同じでした。

接見室でアクリル板越しに弁護士と十分な打ち合わせなど出来ません。
密室の取調べで何が起きていたのかも、父は怯えて話しませんでした。
「取調室での様子を外にもらせば、報復されて自分は一生ここから
出られなくなる」そんなふうに父は思いこみ、検察に怯えていたのです。

四ヶ月ぶりに我が家に戻った父が、初めて明かした「密室での取調べ」
の様子…父の話を聞いて家族は言葉を失いました。「連日、こんな取調
べを受けていたのか…よく生きてたね」と涙と怒りが込み上げてきまし
た。取調べの様子は少しですが、この連載の一回目「密室の取調べ」に
書いています。

四ヶ月ぶりに父が帰ってきた。父の逮捕以来、初めて副島家に笑い声
が響きました。しかし、この後にさらなる絶望が待ち受けているとは
この時の私は知る由もなかったのです…。

                           つづく

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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
     (不知火書房より全国の主要書店にて発売中)

     第六章 父が帰ってきた 保釈決定(著書より)

「副島さんも勾留が長引き、かなりまいってきておられるようですね。
今日、もう一度保釈申請を裁判所に出してみようと思います。もし申
請がとおった時のことを考えて、準備をお願いしておきますね」
五月に一度、保釈申請を出した時は証拠湮滅の恐れがあるとする検察
側の反対で却下されていたが、再び私たちは父の保釈へ向けて動き出
した。
午後になって、私と母はいつのもように父の接見に行った。

「お父さん、今日ね、日野先生がもう一度裁判所に保釈申請を出して
くれると言われたよ。あと少しだから頑張りんしゃいね」
母は少しでも父を元気にしようと励ました。
「そうか……。しかし、また検察が反対するやろうし……どうせ出し
てくれんやろうなあ」
父は寂しそうにつぶやいた。期待しすぎて申請が却下された時のショ
ックを恐れていたのだろう。
「お父さん、あと少しの辛抱だから、きつかろうばってん頑張ってね。
きっと先生たちが、お父さんをここから助け出してくれるよ。だから
頑張って!」  
            〜 中 略 〜 

保釈の知らせは拘置所にいた勘三本人には、まだ知らされていなかっ
た。勘三は昨日、ひょっとしたら……と、かすかな期待を抱きながら
消灯時間まで保釈の連絡を待っていたが、結局、「やっぱり保釈は無
理か」と、今度もあきらめていた。
勘三はその日、いつものように私と母が面会に訪れるのを待っていた
が、独房の窓に差し込む光でそろそろ夕方になろうとしているのが分
った。

「どうしたとやろうか、もう夕方になろうとしているのに。今日は誰
も面会には来れんとやろうか……」
窓からさしこむ夕方の日差しが寂しく、ぼんやりとした時間が流れて
いた。
コンコンと、誰かがドアをノックした。
「はい?」
ガチャッと独房のドアが開けられると、そこには担当の年配の刑務官
が立っていた。勘三は立ち上がって、直立の姿勢をとった。
「副島さん、さっ、帰ろうか」
「はあっ?」
いつもは「一〇七二番」と呼ばれるのが、突然自分の名前で呼ばれて
勘三はとまどった。どういう事なのか意味が分らなかった。
「センセイ、突然なんば言いよっとですか?」
刑務官は目を細めながら優しく話しかけた。
「副島さん……。私は以前からあなたの名前は聞いていたし、あなた
がどういう人物なのかも知っています。あなたはここに居るような人
じゃなかですよ。さあ家に帰りましょう」
「センセイ、帰りましょうと言ったって……」
刑務官の顔を見ると、笑顔でうなずいていた。
「ひょっとして……センセイ、保釈? 保釈ですか?」
刑務官は満面の笑みで大きくうなずいた。

勘三はあまりに突然の出来事に、まるで夢を見ているような気がした。
これから何が起きるのか頭の中が混乱していた。
「おい、運び出せ」
刑務官の指示で、二名の受刑者が独房の中に入ってきた。二人は勘三
の布団を部屋から持ち出して台車に乗せた。
勘三はようやく現実が理解できた。
保釈……やっと家に帰れる……。
これは夢じゃないだろうかと思い、刑務官の顔をもう一度見た。刑務
官が「うんうん」と、さっきよりもさらに大きくうなずいた。勘三は
保釈が現実であることが分ると、熱い喜びが体の奥からこみあげてき
た。

「センセイ、本当に家に帰れるとですね。夢じゃなかとですよね?」
「副島さん、夢じゃなかですよ。本当ですよ。家族の方々も迎えに来
られて表で待っておられますよ。さっ、帰りましょう」
勘三の目からは熱い涙があふれ、喜びで体を震わせた。勘三は刑務官
の手を両手で握りしめて何度も頭を下げながら泣いていた。
「センセイ……ありがとうございます。本当にありがとうございます。
本当にありがとうござ……」
涙で声が詰まり、それ以上は言葉にならなかった。こうして勘三の四
ヶ月に及ぶ獄中生活が終わった。

私が福岡から佐賀に到着して、急いで家の中に上がると、父も戻って
きたばかりのようで座敷の仏壇に手を合わせていた。母や兄夫婦、弟
夫婦や孫達も父の後ろに座って仏壇に手を合わせていた。父の友人の
山崎さんの姿もあった。
私も静かに座ろうとした時、玄関から家中に響くような大きな声が聞
こえてきた。

「副島さーん、帰っとるねー。副島さーん」
日野弁護士の声だった。
日野弁護士はそのまま座敷に入ってきたので、仏壇に手を合わせてい
た父は驚いて振り返った。
「おおっー、せんせーい、せんせーい!」
「副島さーん、よかったね。出てきたね」
父と日野弁護士は互いに肩を抱き合って喜びを分かち合った。
「先生、ありがとうございます。やっと帰ってきました」
「うんうん、よかった、よかった。本当によかったねえ。よう辛抱し
たねぇ……」
二人とも涙で声を詰まらせてた。
「やっと副島さんの手が握れたよ。副島さんの手を握って頑張りなさ
いよと励ましたかったけれど、あそこでは手も握れんやったしね。本
当によかった」
日野弁護士の目には涙が光っていた。

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※この本のあらすじは「プロフィール」に記しております。
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今日は『女性セブン』の記事に関する話を先ほど更新しました。

先ほども話しましたが、父の逮捕・起訴によって私達は裁判で父の無
実を証明するしか残された道はなくなったのです。
検察と闘うと言っても、当時はまだ混乱が続く中で私にはどうしてよ
いのか全く見当がつきませんでした。

仕事が次々とキャンセルになり、佐賀の街角で私を見かけた同級生が
物陰に隠れたり、今まで私に仕事を依頼してていた役所の担当者が口
も聞いてくれなくなったり、「副島はオヤジがあんなことをしでかし
たから、佐賀に住めなくなって福岡に逃げていったとばい。ワハハ」
と酒の席で笑い話にしていたなど、とにかく目にするもの耳にするこ
と、打ちのめされるような出来事の連続でした。

世界中を敵に回したような心境になり、いったい誰を信じていいのか
分かりませんでした。人目を避け誰とも口をきかなくなっていったの
です。心の中は激しい怒りと悔しさでいっぱいでした。

私の心が壊れていく…このまま闘う前に自滅してしまう。
絶望のどん底をもがいていたのです。私だけでなく父や母も家族や兄
弟も、みんな絶望のどん底に突き落とされたような心境でした。
急に手のひらを返す人もいましたが、それでも私を信じて手を差し伸
べて下さる人もいました。途絶えていた私は、自ら心の扉を閉じてい
くことになるのです。

厳しい状況が続く中で、やさしい言葉をかけられると胸が熱くなり、
人の情けのありがたさを噛みしめていました。本当に涙が出るほど嬉
くて嬉しくて…


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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
        (不知火書房より発売中)
      第五章 仕事も信用もなくした 頑張って(著書本文より)


誰とも言葉を交わさない生活が続くと、自分で自分を追い込んでいく
という苦しさが私の心をしめつけた。まるで真っ暗な闇の中を一人で
彷徨っているような毎日だった。生活の現実に押しつぶされていくよ
うな不安も、孤独の苦しさにのしかかってきた。

次第に私は体に変調を来たし始め、右肩から背中一面にかけて針を刺
すような激痛が昼となく夜となく襲うようになった。家族には伏せた
まま痛みに耐えていたが、痛み止めの薬も効かず、あまりの激痛に顔
をゆがめながら涙がこぼれることもあった。夜も眠れなくなり、すが
るような思いで何軒か病院を回ったが痛みの原因は分らなかった。こ
のまま自分は壊れていくのではという不安がふくらんでいくばかりだ
った。

結局、五軒目の病院で、私の痛みは極度のストレスから来ている事が
分かり、神経ブロックという治療によって痛みは少し緩らいだが、裁
判が終わるまでこの痛みに苦しめられることとなった。
私は心の中にためこんだ怒りや悔しさを誰かに聞いてほしかった。誰
かに私の話を聞いてもらえるだけで気持ちが救われるような気がした。
しかし、話を聞いてもらえる相手は誰もいなかった。怒りや悔しさを
誰にも話せない苦しみに耐えきれず、畳の上を転げまわることもあっ
た。

なぜこんなふうになってしまったんだ。俺はこれからどうなっていく
のだろう……不安と孤独がいつも付きまとって、心の痛みとなって私
を苦しめた。

私が再スタートの準備で七転八倒していた頃、携帯に一本の電話が入
ってきた。相手は、佐賀県の農業改良普及センターの指導員のMさん
だった。
Mさんは前年の秋に私が直売所運営の活性化をテーマに行った講演を
聞いて、Mさんが担当していた佐賀県三瀬村の地元農家の婦人部を対
象とした研修の講師役を私に依頼してきていた。新年度から事業とし
て取り組むというので私は二月から地元の三瀬村役場の職員と一緒に
研修カリキュラムの打ち合わせに入っていた。しかし、三月の父の逮
捕騒ぎで連絡が途絶えたままになって、私はここの仕事もキャンセル
されたと思っていた。  

Mさんからの電話は意外にも、予定通り研修を行うという連絡だった。
第一回目の研修会当日、私は三瀬村でMさんと再会した。
研修会の会場となる地元の農協の会議室に入る前に、私は階段の踊り
場でMさんを呼びとめた。蛍光灯の青白い光の下で向き合って、私は
思い切って父の事件の話を切り出した。

「じつは……私の父は元佐賀市農協の組合長をしていたのですが……
事件のことはご存知でしょうか?」
「ええ、もちろん事件のことは知っていますよ。それに組合長が副島
先生のお父様だということも。私は、お父様は立派な方であると思っ
ています」
「そうですか……。父は逮捕されましたが、無実です。絶対にやって
いません」
私が声を殺して訴えると、Mさんは黙ってうなづいた。
「でも、私が息子であることを知っていて、どうして私に? あとで
Mさんにご迷惑がかかりませんか……この事業は本当に私でいいので
しょうか」
「あら、イヤですわ。何を言うのですか。この事業は私のほうからお
願いしたのですよ。迷惑だなんて」
Mさんは私の顔を見つめながら明るく答えた。
「本当に私でいいのでしょうか……」
「もちろんです。私は期待しているのですよ」
Mさんの言葉に、私は胸が熱くなった。
「役場の方や地元の方は、私が息子であることをご存知なのでしょう
か」
「さあ? ……私も誰も何も言いませんしね」
「あとで分かったら迷惑がかるのでは……」
「大丈夫ですよ。お父様と副島さんは親子だけど、仕事は仕事。別で
すよ」
「ありがとうございます……」

私はそれ以上は何も言えなかったが、Mさんは小さな声で私に言った。
「今が一番大変な時に研修をお願いしてすみません。でも、私は信じ
ていますよ。頑張ってくださいね」
私の体の中から熱いものがこみあげてきて、目には涙がにじんできた。
それをMさんに見られたくなかったので、私は下を向いたまま黙って
うなずいていた。父の事件が起きてから自分のカラにとじこもってい
た私に人の情けがしみた三瀬村の夜だった。

佐賀郡の商工会の指導員のU氏も私を信じてくれた人だった。U氏は
三年ほど前から、私に毎年、婦人部の研修を依頼してくれていた。こ
こは父が逮捕される前の二月に研修を終えたばかりだった。
事件後、しばらく連絡が途絶えていたがU氏から研修のお礼の電話が
あった。
私が戸惑っているとU氏は、「大変だろうけど……頑張って」と励ま
してくれた。最後にU氏は、「それから……また今年も研修を頼むよ」
と付け加えて電話を切った。
世間を全部敵に回したような気持ちになっていた私にとって、『がん
ばって』という一言は何よりも嬉しかった。


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※この本のあらすじは「プロフィール」に記しております。
【この事件の特集番組を動画で見る場合はこちら↓】
■テレビ朝日「ザ・スクープ」 http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/
 動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分

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今日、ご紹介するのは独房での生活です。狭い三畳の独房の中で、
誰とも話さずにずっと一人でいると精神を病んでしまう場合もあ
ると聞きました。保釈された父に「独房に勾留されていた時、何
が一番嬉しかったね?」と尋ねたら「面会(接見)がとにかく一
番嬉しかった。逆に週末など面会できない日が一番辛かった」と
答えました。

一日15分だけの幸福…。あとは不安と沈黙の時間だったそうです。
15分という時間が父の孤独を救い、生きる希望を与えつづけてい
たのは間違いないようです…。

私が書いたこの本の原稿の量は八百枚ほどになりました。つまり
普通の本の二冊分ほどあり、その分量を一冊の本として完成させた
のです。ここで少々公開しても実際の本の中には、まだまだ数多く
の出来事が描かれています。こうして公開することにより、司法の
現実に少しでも関心を持って頂ければ嬉しいです。一人でも多くの
人に司法の正義とは何か?家族の絆とは何か?を伝えたいと願って
ます。私自身が自分の目で見た司法の現実を伝えることが、今の私
に出来ることだと思います。冤罪を少しでもなくすためには一人で
も多くの人に真実を伝えることです。

もっと読んでみたいと思われた方は最寄の書店でご購入できます。
書店に本がなければ窓口でご注文できます。またはネット上で作品
名か著者名で検索すればネット通販や図書館情報が出ます。
全国の公共の図書館にも既に百数十館に蔵書されていますので、図
書館から借りて読むこともできます。図書館になければカウンターで
「この本を読みたい」とリクエストして下されば図書館で購入して
貸し出してくれるそうです。

物語はまだまだ前半の苦しい状況を公開していますが、中盤あたり
から私達の反撃が始まります。そう、「まるで時代劇のような痛快さ」
と評して下さった読者もおられましたが、本当に壮絶な戦いでした。

※二枚目の写真の廊下に狭いカーペットが敷いてありますが、見回りの
際に足音が聞こえないように毛足が長いカーペットだそうです。父が
言っていました。なるほど…。


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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
        (不知火書房より発売中)
      第四章 涙の再会 始動(著書本文より)

「そろそろ時間です」
刑務官が腕時計を見ながら立ち上がった。父はもっと話したいよ
うで、立ち上がろうと腰を浮かせながらも更に話しを続けた。
「お父さんは命を賭けてでも裁判で無実ば証明するぞ。お前達に
も迷惑をかけるが頑張ってくれよ」
「うん、分かっとる。お父さんが無実だと信じとるよ。分かっと
るから心配せんでよか。俺達も頑張るからお父さんも体には気を
つけて頑張ってよ。じゃあ、また来るから」

この場所を去るのが辛かった。一秒でも長く父のそばにいてやり
たかった。接見室を出てドアを閉めようとした時、私はもう一度
父を見た。父は立ったまま寂しそうな目で私たちに手を振ってい
た。
         〜 中 略 〜

勘三の拘置所での生活は、午前六時五十分の起床から始まった。
朝の点呼が終わると七時二十分から朝食。ご飯は麦が四割、米が
六割くらいの麦飯で、俗に言う「くさい飯」だった。勘三は麦飯
特有の臭いとゴワゴワとした食感が食べづらかったが、慣れてく
ると何とか食べられるようになった。
昼食は十二時、夕食は夕方の四時半からだった。食事を作るのは
受刑者の労役だったので何事も大雑把で、魚などは切らずに丸ご
と一匹がそのまま皿に乗せて出ることもあった。

わずか三畳ほどの狭い独房内では正座かあぐらの姿勢で無言で過
ごさなければならなかった。疲れて横になったりすると、十五分
おきに見回りに来る刑務官から「おい、起きろ」と注意された。
午後六時から布団を敷くことが許可され、この時初めてやっと横
になることが許された。

消灯は夜の九時で、小さな電球だけが灯され薄明かりの中で夜を
過ごした。
独房から出られるのは、取調べや接見の時を除けば週二回の約十
五分の入浴と週に一回三十分程度の運動の時間だけだった。運動
場は高さ三メートルほどのコンクリートの壁で囲まれていた。屋
根のない扇の形をした畳十畳ほどの広さの運動場は扇の要の位置
に高い監視台があった。運動の時間はたった三十分だったが、週
に一回太陽の光を直接浴びながら外の空気を思いっきり吸って、
体をのびのびと動かすことのできる貴重な時間だった。

独房の奥の壁には鉄格子のはまった窓があり、外枠に傾斜版が付
いていて外からは部屋の中が見えない作りになっていたが、わず
かな隙間から拘置所の庭が見えた。窓からは空を自由に飛び回る
雀も見えて勘三はうらやましかった。時々群れからはぐれた一羽
の雀が窓枠に止まると、見回りの刑務官に気づかれないようにそ
っと立ち上がり、小さな声で雀に話しかけて孤独を紛らわしてい
た。

拘置所内では刑務官に対しては「先生」と呼ぶ慣習になっていて、
厳しい規則のもとで何をするにしても「先生」の許可を得なけれ
ばならなかった。裁判に備えてノートにメモをとる場合でもあら
かじめノートのページには番号が打たれて、後で破いたり抜き取
ったりしていないかがチェックされた。ノートに書き込んだ内容
は入念にチェックされ、施設内の見取り図や絵などを書きこむこ
とは禁止された。

接見が可能となり、お互いの無事な姿を確認できて父も私たちも
気持ちが落ち着いたが、接見時間は十五分、一回につき三名まで
と制限されていた。わずか十五分という限られた時間の中では父
と十分に話しをする事はできなかった。私たちは父の勾留生活を
心配して、接見のたびに体の具合や食事などの健康状態を気遣っ
た。

狭い接見室では父の横で刑務官が話を聞いているので、事件に関
する詳しい話はできなかった。
父は接見のたびにに「自分は無実だ。絶対に不正融資などはやっ
とらん。部下を信じて判を押しただけだ」と訴え続けた。
「検事の取調べがとにかく厳しくて、起訴されるまでは毎日が本
当に地獄やった。信じられんような取調べが行われて何度も気を
失いそうになった。今のこの時代に、あんな取調べが行われるな
んて絶対に許されんばい。俺は死ぬまで忘れんぞ……」

父は面会のたびに目に涙をためながら、本当に悔しそうな顔をし
て興奮しながら怒りをあらわにした。「あんな取調べが……」と、
父は毎回同じ言葉を口にした。その言葉の意味が気になって、
「お父さん、いったい何があったとね?」と私が尋ねても、父は
そばの刑務官のほうを目で合図しながら「ここでは話せない」と
でも言いたそうに首を横に振るだけだった。
父の目は脅えて何かを訴えていた。

            〜 中 略 〜

一夜にしてすべてを失った父のショックは大きく心に深い傷を残
していた。絶望と孤独のあまり精神を病んでいるのではと私たち
は心配し、この独房から一刻も早く救いだしてやりたかった。
いつ出られるのか分からない不安と孤独の中で、父は家族にも話
せないような恐怖に必死に耐えていた。

短い接見ではゆっくりと話も出来ないので、私は父に手紙を書く
ことにした。父と息子という男同士の関係は何故か照れくさいも
ので、私はそれまで一度も父に手紙など書いたことがなかった。
父に聞きたいことや話したいことは山ほどあって何から書けばよ
いか迷ったが、家族の様子や一日も早く保釈してもらえるように
弁護士の先生達が頑張ってくれていること、父の無実を信じてい
る気持ちなどを素直に書き綴って、娘達の書いた手紙や絵も同封
した。写真を送ろうかと思ったが、余計に辛くなるだろうと思っ
てやめにした。

不思議なもので、今までは父と真面目に話したことなどなかった
が、手紙の中では父と息子というよりも男同士という素直な気持
ちで色んなことを語り合った。私が今日までどんな想いで生きて
きたか、これからどう生きていこうと思っているか……初めて父
に打ち明けた。父も私に語った……友達の大切さ、人としての勇
気、人を信じることの喜びと難しさを。

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※この本のあらすじは「プロフィール」に記しております。
【この事件の特集番組を動画で見る場合はこちら↓】
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