『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

作品:「いつか春が」

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ガチャガチャ…

これは手錠の音である。私は七年経った今もあの冷たい音が忘れ
られない。音だけではない。銀色に鈍く光る手錠の輝きが今も私
の目に突き刺ささったままだ。
人生の中で忘れようとしても忘れられない場面がある。

法廷の空気を知っているだろうか。
法廷の空気は厳粛な教会や寺院とも違う。息苦しくなるような張
り詰めた重たい空気だ。人生を賭けた生きるか死ぬかの戦場。そ
れが法廷だ。開廷直前になると法廷内はざわめきが消え、心臓の
鼓動だけが聞こえてくる。映画やドラマとは比較にならないほど
の緊張感と重圧が襲いかかる。証言台に立つと大の大人でさえ緊
張のあまり声がうわずったり手が震えたりする。

満員の傍聴席に手錠をかけられて初公判に臨んだ三人の胸中はど
うだったのだろうか。父と同様に無罪になった小柳さん(一審有
罪とされたが福岡高裁で検察の不当な捜査を立証して逆転無罪を
勝ち取った。逮捕・起訴された三人のうち二人が無罪になる異例
の裁判だった、小柳さん冤罪被害者だ)にも、その時の感想を聞
いたが、緊張と興奮のあまり傍聴席は目に入らなかったと語った。

初公判で法廷に鳴り響いた手錠の音や光。
その場面が今も私の脳裏に突き刺さっている。

裁判員制度が来年から始まろうとしているが、まず最初に法廷の
空気に慣れることが必要だ。
法廷は怒りと憎しみが渦巻く真剣勝負の闘いの場だった。

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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
        (不知火書房より発売中)
   第五章 仕事も信用もなくした 手錠(著書本文より)


今から裁判が始まる……、そう思うと緊張が走って、私は椅子に
もう一度座りなおした。
最初に裁判所の職員から三分間の静止画像のテレビ撮影がある事
が告げられ。カメラが回り始めると、法廷内の誰もが身動きしな
くなって不気味だった。

右の弁護側の席に座る日野弁護士は静かに目を閉じていた。隣の
山口弁護士は口を真一文字に結び、天井をじっと見つめていた。
「一分経過」
職員の時間を告げる声が法廷に響き渡った。
左の検察側の席には背広姿の検事達が背筋を伸ばして座っていた。
父から取調べをした検事の風貌を聞いていたので、私にはすぐに
父を取り調べた検事が誰であるかが分かった。三十代半ばでサン
グラス風の黒ぶちメガネをかけていて肩まで無造作に伸びた髪に
モミアゲ……間違いない、あいつだ。目の前にいるあの男が父を
取り調べた検事だ。私の視線は彼にクギ付けになった。

「撮影終了」
テレビカメラが次々に法廷から退出し、それが確認されると正面
左奥のドアが開いた。
法廷内の視線がドアに集中した。

最初に紺色の背広姿の元金融部長が入廷してきたが、彼の姿を見
た瞬間、誰もが息をのんだ。両手には銀色に輝く手錠がかけられ
ていたのだ。元金融部長は制服姿の刑務官と並んで歩いてきた。
次に父が法廷に姿を現した。逮捕されてから人前に姿を見せたの
は一ヶ月半ぶりだった。

ガチャガチャ……。

手錠の音を鳴り響かせながら、父は逮捕され
た時のままの濃紺の背広を着て入廷してきた。腰には腰縄がまか
れて、その縄の端を刑務官が握って父と並んで歩いてきた。
父の両手にかけられた銀色の手錠は不気味に輝き、その光はまる
で鋭い閃光のように私の目に突き刺さった。

精一杯に背筋を伸ばし、手錠で繋がれた両手を胸の前に突き出し
ながら、拳を握りしめて歩く父。座ったままの拘留生活で足を痛
めたのか、足を引きずりながらも胸を張って歩こうとする父の姿
は余計に痛々しかった。接見の時は気づかなかったが、父はぶか
ぶかになったズボンがずり落ちないようにフックをグイッと横に
引っ張ってベルト通しにかけていた。

わずか数メートルの目の前を手錠と腰縄につながれた父が歩いて
いる。静まり返った法廷に手錠の音だけが冷たく響いている。
変わり果てた父の姿を目の当たりにして、誰もが言葉を失った。
わずか一ヶ月ほど前までは佐賀県農政界にその存在感を示してい
た父が、今は大勢の人たちの目の前でさらし者になっていた。
私は父のそんな姿を見るのは辛くて目をそむけたかったが、体中
にこみあげてくる悔しさを抑えながら父を見ていた。

父が裁判長に一礼して被告席に座ると、刑務官が手錠のカギを
はずして腰縄を解いた。
最後に元共済部長の小柳氏が入廷してきた。小柳氏は父と同じよ
うに手錠の音を鳴り響かせながら、父と元金融部長が並んで座る
長椅子に少し離れて座った。

裁判長が開廷を告げた。
「被告人、全員前へ」
裁判長の声が法廷に響いた。
三人は互いに目を合わせないまま前に進み出ると、裁判官席に向
かって横一列に並んだ。直立不動の姿勢で並ぶ三人の後ろ姿は切
なくて悲しかった。

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※この本のあらすじは「プロフィール」に記しております。
【この事件の特集番組を動画で見る場合はこちら↓】
■テレビ朝日「ザ・スクープ」 http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/
 動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分

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人は人生において大きな「決断」を迫られることがある。
進学や就職、結婚なども人生の転機となる大きな「決断」なの
かもしれない。それらは幸せになるための決断であり、輝かしい
未来に向けての決断である。

では、自分にとって生きるか死ぬかの「人生を賭けた闘い」の決
断が迫られた時、あなたはどうするか?闘いという言葉のとおり、
その闘いとなる戦場(法廷)には怒りや憎しみが渦巻き、しかも
闘いを挑む相手は国家権力の正義の象徴「検察庁」。誰が見ても
かっこよくてエリートと呼ばれる正義の味方「HERO」だった。
完全武装をして鍛えぬかれた兵士「HERO」達を相手に、素人
の私が素手で闘いを挑むなどまさに自殺行為だった。

しかも闘いで勝利(無罪)できる確立はわずか0,1%。つまり99,9
%が負ける(有罪)という確率が過去のデータで証明されていた。
逮捕・起訴された者が無罪を勝ち取ることは奇跡としかいいようが
ない厳しい現実の中でHERO達を相手にそれでも闘うのか…。

当時私は四十一歳。家庭を持ち妻と幼い娘が二人。仕事もようやく
軌道に乗り、マスコミの取材を受けるなど公私に渡り充実した生活
を送り、これから事業の拡大をはかろうとしていた。それでも仕事
を投げ捨てて自ら戦場へと飛び込んでいく。
まさに決死の覚悟が必要だった。
どうする?どうするんだ?…私は闘うことを「決断」した。

♪ファイト!闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう
 ファイト!冷たい水の中をふるえながらのぼってゆけ
                (中島みゆき「ファイト!」)


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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』
        (不知火書房より発売中)
   第五章 仕事も信用もなくした 妻の涙 (本文より)

妻は何か言いたそうだったが、そのまま私の話を黙って聞いた。
「もし、裁判でオヤジが有罪になれば、それこそ家族も全員、
犯人の家族として一生汚名を背負って生きていかなければなら
んと思う。今、何もせんで目の前の現実から逃げたら、俺は
一生後悔すると思う……」
妻はうつむいたまま小さくうなずいた。
「今しかないとよ……今、黙って何もしなければオヤジは絶対
に犯人にされてしまう。裁判に負けてしまう。調べればきっと
オヤジの無実を証明できる手がかりを見つけることが出来ると
思う。だから俺は事件の真相を突き止めたか……分ってくれよ」
話しているうちに、自分は何と身勝手な男だろうと思えて私は
悲しくなった。

「お前や子供達には苦労をかけることになるし、すまないと思
う……でも、この裁判はオヤジだけでなく俺たち家族の信用も
かかっているんだ。だから裁判が終わるまで我慢してくれ……
二年、いや一年もあれば裁判は終わるかも知れんし、その間に
俺がオヤジの無実を証明するから我慢してくれ……今はそれし
か言えん」
妻は肩をふるわせ泣いていた。

再び長い沈黙が続いた。
「俺だって自分なりにこれからのことを考えたよ。でも今のま
まではすべてがダメになると思う……お願いだから顔を上げて、
俺の話しを聞いてくれ」
妻がゆっくりと顔を上げると、目には涙がたまっていた。
「これからは今までみたいな生活はできんと思う。だからまず
今の事務所をたたみ、もっと安い所に事務所ば移そうと思うと
る」

黙って話を聞いていた妻がようやく重たい口を開いた。
「それで……どうするとね?」
「会社はいつでも再開できるように残すけど……社員には申し
訳ないけれど辞めてもらい、これからは俺一人で動く。今はそ
れしかないと思う……」
「えっ……」
妻は私の決意がそこまで固まっていることを知って驚いていた。
「いろいろ考えたけれど、これからは裁判の打ち合わせや事件
の調査などもあるし、昼間の時間は裁判のために自由に使える
ように確保しておこうと思う。だから夜は工事現場か何かでア
ルバイトをして、少しでも生活費を稼ごうと思う。今はその方
法しかなかと思う。お前はどう思う?」
妻は黙り込んでしまった。
再び沈黙が続き、時計の音が沈黙を
さらに深めていった。

どのくらい時間がたっただろうか、妻がやっと口を開いた。
「なんでこんなことになったとやろうかね……」
妻が悲しそうにつぶやいた。
「今まで一生懸命頑張ってきたのに……人生がめちゃくちゃに
なってしまって……もう一度やり直せるやろうか……」
妻は深い溜息をついた。
「俺が必ずオヤジの無実ば証明してみせる。そしたらきっと世
間だって……」

私はそれ以上言葉が出なかった。本当に無実を証明できるのか、
私も本当は不安だった。

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※この本のあらすじは「プロフィール」に記しております。
【この事件の特集番組を動画で見る場合はこちら↓】
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 動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分

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「会えて良かった。無事でよかった…」
大げさかもしれないが、再会の瞬間に涙があふれたという経験を
お持ちの方は少ないのではないだろうか。普段は「そこに居る」
ことが当たり前だと思っている両親や兄弟、または夫婦や子供。
二度と会えなくなった時に命の大切さを知り、本当の絆に気づく。
父が突然されてから二十三日ぶりに父と接見室で再会できた。
家族と再会できた瞬間、父は安心したのか父の目には見る見ると
涙があふれた。父の涙をハッキリと見たのは、この時が初めて
だった。父の涙を見て私は闘うことを決意した。
あれから八年…無実を証明したが、あの時の苦しかった夏を今も
忘れない。

普段は妻や娘達に家庭内では「ウザイ存在」として扱われる私み
たいな父親も多いのではないだろうか。
昔流行った「亭主留守で元気がいい」という言葉を我が家は実践
しているが、本当に私がずっと留守にしてしまったら妻や娘達は
悲しみに暮れて泣くかもしれない。いや、そうあってほしい。

大切な存在であることに普段は気づかないが、突然の事件や事故、
病気に遭遇した時に、初めてその人の大切さに気づくものである。
皮肉なことに大切なものは、失ってみて本当の大切さに気づくもの
なのだ。そこに居ることが当たり前となっていても、大切な存在
だからこそ、普段から優しくすべきなのだが…気づかないまま
今日も娘達は言う。
「あ〜近いよ、近い。お父さん、一メートル以上近づかないでよ〜。
あっちに行ってよ〜」

本当に大切な人だからこそ感謝の気持ちを心の中で思うだけでなく、
たまには声にして言葉をかけてみよう。
私:「いつもありがとう」
妻:「???なんば言いよるとね。暑さで頭がおかしくなったとや
なかね。シッシッ、邪魔だからあっちに行ってよ」
私;(やっぱり言わんほうがよかった…)

妻や娘達もこのブログを見ていない。よかった〜。


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『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』(不知火書房より発売中)
       第四章 涙の再会 接見室 (本文より)

待合室には既に若い女性が一人、年配の女性が一人、それに一目で
そのスジの者と分かる男達が四人順番を待っていた。
やがて番号が呼ばれるたびに一人ずつ戸の向こうに消えて、ほどな
くして私たちの番になった。

戸を開けると目の前に金属探知機のゲートがあった。三人は次々と
金属探知機のゲートをくぐって危険物のチェックを受けた。それか
ら刑務官に指示された建物へと向かって歩き始めた。
接見場はカマボコ型の平屋の建物で、正面入り口には頑丈な鉄の戸
があった。その戸を開けると幅一メートルほどの薄暗い通路に沿っ
て鉄製の戸が並んでいた。
この部屋か……この向こうに父がいる。

指示された部屋の前で私はもう一度番号を確認した。後ろを振り返
ると母も家内も緊張して表情がこわばっていた。心臓がドクンドク
ン脈打つのを感じながら、私は戸のノブに右手をかけるとゆっくり
と開いた。
透明のアクリル板の向こうに二人の男性の姿が見えた。右側が父で
左側が刑務官。二人とも直立の姿勢で私達を待っていた。三人が中
に入ると、接見室は身動きが取れないくらい狭かった。
父が笑顔で、右手を軽く上げながらアクリル板に歩み寄ると、刑務
官は父の顔が見えやすいように端のほうに身を引いてくれた。私も
父に応えるかのように右手を上げながら、何か話しかけようとした
が胸が熱くて声が出ない。四人は部屋を仕切っているアクリル板に
互いの顔を寄せあいながら再会の喜びをかみしめた。

父の目からはみるみる涙があふれだして、顔がぐしゃぐしゃに崩れ
た。四人とも顔を寄せ合いながら、ただただ「うん、うん」とうな
ずくのが精一杯で言葉が出ない。父が泣きながらアクリル板に手の
ひら押し当てたので、私も手のひらを押し当てた。私の目からも堰
を切ったように涙があふれだした。四人は何か話そうとしたが、涙
があふれて言葉が出なかった。

父が涙声でやっと口を開いた。
「すまんなあ、お前達には心配をかけて……」
私はまだ胸がいっぱいで話せなかったので首を大きく横に振った。
母が声を詰らせながらやっと父に話しかけた。
「お父さん……きつかったねえ……どがんしとろうかと本当に心配
しよったよ」
少し落ち着きを取り戻すと私たちは椅子に座った。接見室は三畳ほ
どの広さで、真ん中が透明のアクリル板で仕切られていた。アクリ
ル板の下には空気孔みたいな小さな穴がいくつも空いており、そこ
から互いの声が聞こえるようになっていたので父の声がこもった感
じに聞こえた。

父の横には刑務官が並んで座り、横で私達の会話を黙って聞いてい
た。手元には何やらノートを広げ、時たま何かを書き込んでいた。
最初は刑務官の存在が気になって話しづらかったが、接見時間は十五
分と制限されていたので気にせずに話し始めた。
「お前達には本当に心配をかけてすまん」
改めて父が言った。
「ううん、そんな事は心配しなくてよかよ。お父さんのほうこそ体
は大丈夫ね?」
私はそう言いながら父の体を確認した。お腹がへこみ、いくらか痩
せたように見えたが血色は思ったよりも良くて、元気そうだったの
で安心した。
母が心配そうに父に尋ねた。
「食事はちゃんと食べておるとね」
「ああ、食べている。最初は麦飯に慣れなくてなあ。でも今は慣れ
たばい」
家内も心配そうに尋ねた。
「お義父さん、夜はちゃんと眠れていますか」
「ああ……ここにいるとね、いろんな事を考えてしまい夜もなかな
か眠れんでね。だから薬をもらって、毎晩それを飲んでから眠るよ
うにしているとよ」

真夜中に不安で眠れずにいる父の姿が目に浮かんだ。父にそれ以上
聞くのが辛くて私は何も聞かなかった。
父は身を乗り出すと、私たちに向かってしっかりとした声で話した。
「お父さんは無実ばい。絶対に不正融資などしとらんばい。信じて
くれ」
三人は黙ってうなずいた。

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※この本のあらすじは「プロフィール」に記しております。
【この事件の特集番組を動画で見る場合はこちら↓】
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 動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分

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「暑かな〜、なんばしよっかい?」
「うん、ブログば書きよった」
父からの電話だった。
「ブログ?…何かい?それは」
「う〜ん、まあ日記みたいなもんよ」
私の父(79)にブログのことを説明しても年老いた父には理解できない。
それも仕方あるまい。
「自分の日記ば、なして他人様に見せるとか?そこが気がしれんばい」
父との会話は今はこんなふうだ。父が現役の頃は輝いていた。

「君はね、そういうことを言うからダメなんだよ」と、こんな調子で
私に小言を言うこともあった。事件以来、父はすっかり変わってしまった。
裁判中は人前ではいつも胸を張って毅然としていたが、その裏では
精神的に追いつめられてボロボロだった。死を持って検察に抗議しようと
考えたのか、父が突然行方不明になって大騒ぎになったこともあった。

そんな父も今では普通の老人だ。私がこの本の原稿を書き始めた時に、
「どれどれ、ちょっとお父さんにも読ませんかい」と書き始めたばかりの
原稿に目をとおして急に怒り出したことがあった。
「なんかいこれは!お前は『勘三は』と親を呼び捨てに書いているじゃ
なかか。ちゃんと『父は』か『お父さんは』と書かんか」
私はその時以来、父には原稿が出来上がるまで見せないことにした。

父は突然、逮捕されて拘置所に初めて連れて行かれた時の模様を、最初は
「もう忘れた」といって教えてくれなかった。いや、話したくなかったよう
である。私が取材や資料を調べていく中で「裸の身体検査」が分かった。
そのことを父に問い詰めてやっとポツリポツリと話してくれた。
しかし、裸にされて身体検査を受けただけでなく、首から番号札を吊り下げて
裸のまま直立不動の姿で写真を撮られていたことは話してくれなかった。
父は拘置所での生活についてはあまり語ろうとしない。

元気がないからといって父に優しくすれば、父はすぐ甘えてしまう。だから
私も普段は、父に対して優しい言葉は必要以上にはかけない。
「お父さん、しっかりせんね!家の中でゴロゴロしてばかりじゃいかんよ」
「ああ、わかっとる。わかっとるから世話せんでよか。お前もしぇからしかねえ」
そう言いながら父は自宅で何度もこの本を読んでいる。
しかし、まさか息子である私が父のことを「ブログ」とやらで書いていることなど
父は今も知らない。

いつまでも元気でいてくれよ、おやじ。


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著書『いつか春が〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」』(不知火書房より発売中)
  第一章 身体検査  (本文より)

その頃、勘三は逮捕された佐賀地検から道路を隔てた佐賀地方
裁判所に連れて行かれた後、自宅から連れて来られた時と同じ
検察のワゴン車に乗って拘置所へと向っていた。

車窓からは見慣れた佐賀の街並みが見えた。これから自分はど
うなるのだろうと、言葉にできない不安が勘三を襲った。
昨年の強制捜査以来、融資に関わった部下や理事達が次々と検
察で事情聴取を受けていた事は知っていたが、まさか自分が逮
捕されるとは思ってもみなかった。きっと何かの間違いだと夢
を見ているような気がしていた。

ワゴン車が入った佐賀拘置所は、高いコンクリートの塀に囲ま
れた佐賀少年刑務所の敷地内にあった。この高い塀は外側から
何度も眺めたが、向こう側は生まれてこのかた一度も見たこと
がない世界だった。

拘置所に着くと、勘三はどこかの部屋に連れて行かれた。そこ
で簡単な事務手続きが行われた後、刑務官がいきなり命令した。
「服を全部脱いで裸になれ」
「えっ?」
勘三は自分の耳を疑った。
「身体検査をするので裸になれ」
刑務官が重ねて命令した。
刑務官の周りには他に数名の刑務官と職員がいた。中には自分
の息子よりも若い者もいた。いくら男同士でも、こんなふうに
人が見ている前で自分だけ素っ裸になれるわけがない。
(私は無実だぞ。犯人じゃないんだぞ)
恥ずかしさよりも怒りと悔しさがこみあげてきて、勘三は動く
ことが出来なかった。

「どうした。早く服を脱げ」
強い口調で刑務官に促された。
勘三は、この異様な空気の部屋の中では命令に逆らえない事を
悟った。悔しさで唇をかみしめながら上着を脱ぎ、ズボンを下
ろした。
最後に下着一枚になるとさすがにためらわれたが、どうする事
も出来ず、下着のゴムに手をかけて一気に下ろした。今まで生
きてきてこんな屈辱を受けたのは初めてだった。勘三は悔しさ
と怒りを押さえて、目をつぶって素っ裸のまま立った。
「よし、両手を上げろ。それから片足を上げろ」
勘三は言われる通りに裸のままで両手を上げて、それから片方
ずつ交替で足を上げた。なんとも滑稽でぶざまな格好だった。
なぜ自分がこんなふうに、さらし者として扱われなければなら
ないのかと思うと悔しくて涙がにじんできた。
「よし、服を着ていい」
ひととおりの身体検査が終わると、衣服を着用することが許さ
れた。勘三は足元がふらついて前かがみになって倒れないよう
に気をつけながら床に置いた下着を手を伸ばしたが、服を脱ぐ
時よりも惨めな気持ちになった。刑務官達はそんな勘三の様子
を無言で見つめていた。

何が何か分からないうちに突然逮捕されたが、本当に罪を犯し
ているならば何をされようと何を言われようと自分は甘んじて
受け入れる。しかし、自分は無実だ。ましてやまだ被疑者とい
う立場であって犯人ではない。それなのに、こんな辱しめを受
けようとは……。
驚きよりも屈辱感で自尊心をズタズタにされながら、勘三は廊
下を歩いていた。

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【動画を見てみる場合はこちら】
■テレビ朝日「ザ・スクープ」 http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/
 動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分

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この写真は刑事裁判が終わり、無罪が確定した翌年にテレビ朝日で特集
番組が制作された時の撮影の合間に、私が写した父の後姿だ。この頃までは
父はまだ元気だった。
最近、父の様子が変だ。元気がない。なぜ私には分かるのか?…私と父は
七年間も一緒に裁判を闘ってきた。親子であるけれど言わば戦友なのだ。
だから電話の声を聞いただけでも父の精神状態が分かる。声の太さや話す
スピード、話題の内容から元気なのか元気でないのかが手に取るように
分かるようになった。

父は事件当時からすると体重もずいぶんと落ちた。七十歳を過ぎても白髪が
ないのが自慢だったが、今では白髪も目立つ。この本が出版されて、本を
読んで下さった周囲の人たちの間では事件の真相をやっと理解してもらえた
ようで、長年連絡が途絶えていた人たちからもやっと励ましの声や慰めの
言葉をかけてもらえるようになった。

「まさかこんなひどい取調べが行われていたなんて知らなかった…大変やっ
たね」「事件の内容が今まではよく分からなかったけれどこの本を読んで
初めてよくわかったよ。ほんなこと大変やったねぇ」

やっと真実を世間に伝えることが出来た…。しかし、父が受けた心の傷は一生
消えない。最近は老いていくばかりだ。親が老いていく姿を見るのは辛い。
幸せに老いていくのでなく、心に傷を残したまま老いていく親の姿を見るのは
辛い。

「信じてくれ!俺は無実だ。検事がでたらめな取調べをして無理やりに犯人に
しようとしているんだ!俺は不正融資などやっていない。本当なんだ信じてくれ」

保釈後、父は取調室での恐怖を相手構わずに必死で訴えていたが誰も取り合っ
てくれなかった。
「検事がそんなことをするわけない」と内心は誰もが思っていた。あの頃の父は
必死だった。年老いてからの七年という裁判の時間は、私たちが生きていく
七年間とは違う。無実を証明する代償として父や母にとっては貴重な残された
時間を使い果たしてしまった。父は燃え尽きてしまったかのようだ。
今度、久しぶりに父に会いに行こう。

■テレビ朝日「ザ・スクープ」 http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/
 動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分

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 『いつか春が 父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」』不知火書房
   第三章 犯人にされていく恐怖   (本文より)

この検事がやっていることは、取調べじゃない。自分の考えを押し付ける
ばかりで、こちらが何を言っても聞き入れようとしない。
「私に、私に責任がないとは言っていません。ただ、私は部下を信じて決
済したと言っているだけなんですよ」
勘三が反論すると、検事はさらに顔を近づけてきて大声で怒鳴った。
「お前は、そうやって部下に責任を押しつけているじゃないかっ!」
「違います!」
勘三が必死で反論すると、検事は立ったままいきなり右手を頭上に上げた。
「何をーっ、こん畜生!」
次の瞬間、「ぶち殺すぞおー!」という怒声とともに、右手の手刀が勘三
の前に振り下ろされた。
バンッ!
机が壊れるかと思うほどの大きな音が炸裂した。
勘三は思わず目をつぶった。心臓の鼓動が一気に激しくなった。
「この野郎、検察をなめるなっ! お前には第二弾、第三弾があるんだぞ!」
検事の怒声は止まず、再び手刀が振り下ろされた。
バンッ!
「嘘をつくなー! こん畜生、ぶち殺してやるーっ!」
ドーン!
今度は机がガタンと鳴って大きく動いた。
違う、違う! 嘘なんかじゃない!勘三は必死で首を左右に振った。
「馬鹿野郎! 嘘をつくな! 馬鹿、馬鹿、馬鹿っ!」
勘三は、やめてくれと叫ぼうとしたが恐怖で声が出なかった。
検事の怒声は止まず、気が狂ったかのような大声でわめき続けた。
「法廷にはお前の家族も来るぞ! 組合員も来るぞ! 裁判官も言われるぞー!
検察は闘うぞ! 誰がお前の言う事など信じるか!」
バンッ!
「この野郎っ! ぶち殺すぞー!」
狭い取調室は怒声と机を叩く音が壁に反響して、勘三は耳の奥がキーンと
なって痛みを覚えた。目の前数十センチの距離で怒鳴られ、罵声を浴びせ
続けられた勘三は、恐怖で意識がもうろうとしてきた。
それでも検事の怒声は止まない。勘三は次第に、何かに心臓がわしづかみ
されたように締めつけられて息苦しくなってきた。
このまま心臓が破裂してしまう。殺される! 助けてくれ! 
やめてくれ!
勘三は叫ぼうとしたが声が出なかった。
「なめるな、この野郎! 嘘つくな、殺すぞー!」
バーンッ!
勘三は意識がもうろうとなり、検事が何を怒鳴っているのかも分らなくな
った。恐ろしさのあまり目をつぶり「違う、違う」と頭を振り続けるだけ
だった。

検事の怒声と机を叩きつける音。勘三はひたすら下を向いて身をかがめて
耐えた。
「こん畜生、顔を上げんかーっ !顔を上げろーっ!」
今度は頭上から怒鳴り声がして、勘三の頭に検事の唾がかかるのが分った。
勘三は意識を失いかけて、下を向いたままグッタリとなった。

急に静かになって勘三が恐る恐る目を開けると、机の向こうに検事がしゃ
がみこんで勘三の顔を覗き込むような格好をしていた。
「この野郎、顔を上げんか! 顔を上げろっ! 顔を上げんか!ぶち殺すぞ!」
耳をつんざくような怒声。我に返った勘三の目には、目を血走らせて興奮
する恐ろしい検事の形相の顔が飛び込んできた。
「この野郎、否認するのかっ! 黙秘するのかっ! こん畜生っ!」
バンッ!
検事の罵声は止まず、声が枯れるまで二十分ちかく続いたように思えた。
明らかに検事の姿は異常だった。勘三は背筋が凍るような恐怖を覚えた。
「この野郎っ! こん畜生っ!」
ドンッ!………

検事の声が止んだ。勘三が目を開けて隣のK事務官の顔をのぞくと、目を
つぶったままじっと下を向いていた。勘三が恐る恐る顔を上げると、検事
は顔を紅潮させながらハアハアと肩で息をしていた。机に両手をつきなが
ら、それでも目だけは勘三を睨みつけていた。検事は呼吸を整えるためか
しばらく動かなかったが、やがて机から離れると、立ったまま手を後ろに
組んで天井を見上げた。

「よし、言うぞ。いいか?」
検事の枯れた声に、事務官が慌ててボールペンを握った。
検事はかすれ声で、それでも搾り出すような大声で独り言を言い始めた。
「えー……私は最初から……理事会を騙すつもりでいました……」
検事が天井を見上げながら話すと、事務官は検事の言葉を書きもらさない
ように必死でボールペンを走らせた。事務官の手は震え文字も躍っていた。
「えー……土地の担保額が不正に高くされていたことは知っていましたが
……えー、私は何としてでも融資を実行するつもりで理事会に臨みました」
事務官が書き終わるのを待って検事は話を続けた。

「私は……えー……私は融資をすれば返済は見込めないだろうと思って
いました。しかし……それでも私は……今回のAさんに対する融資を……
理事会を騙して融資することを決断しました」
勘三には最初、検事と事務官のやりとりが不可解であったが、この時点で
やっと二人が何をしているのかが分った。検事は勘三が証言したかのように
話し、それを事務官は勘三が話した言葉として調書に記録していたのだった。

勘三は慌てて大声で叫んだ。
「検事さん、私はそんなこと一言も言っていません。冗談じゃない。やめて
くださいよ」
その言葉に検事はすぐに反応し、再び怒声が部屋中に響き渡った。
「何をーっ、お前は否認するのかーっ!」
「私はそんなこと言っていませんよ。デタラメじゃないですか!」
「何だとっ、この野郎!」
また右手の手刀がかざされた。
「ぶち殺すぞー!」
バンッ!
「こん畜生―!馬鹿野郎―!」
バンッ!

検事は気が狂ったかのように大声でわめき散らし、手刀を振り下ろしては
勘三に怒声をあびせ続けた。
「嘘つくなーっ! こん畜生っ! 馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿っ! ぶち殺す
ぞーっ!」」
声が出なくなるまで怒鳴り続けると、検事は肩を波打たせてゼエゼエと息を
しながら勘三をにらみつけていた。
ここは取調室という密室だった。震えながら下を向いたままの事務官。
誰も助けてくれる者はいない。何を言っても無駄である事をその時勘三は
悟った。

今のこの時代にこんな取調べがあるなんて……。悔しくて拳を握りしめる
と涙がにじんできた。でたらめだ。まるで拷問だ……。憔悴しきった勘三は、
もう反論する気力もなく、早くこの場から解放されたかった。
検事は立ったり座ったりしながら勘三の自白の言葉を考えているようで、
まとまると事務官に合図をして、勘三が供述した言葉として書きとめさせて
いく。勘三はそんな二人の共同作業を唇をかみしめながら見つめていた。
検事は事務官に書き取らせた調書が数ページ分出来上がると自分の手に取っ
て確認し、また事務官に書き取らせるということを繰り返した。

「私は……その罪を認めます。ええーそれから……申し訳ないことをしたと
思っています」
検事は腕を後ろに組みながら、事務官が書き終わるの待った。事務官が顔を
あげて検事を見た。
「よーし、今日はここまでだ」

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※密室での完全犯罪を法廷で証明するまでに、私は証人探しや証拠探しを
行った。この真実が裁判所に認められるまでに一年半かかった。

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