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本の完成がいよいよあと1週間にせまり、お世話になったI記者に
「もうすぐ完成します」と連絡をしました。
振り返れば彼との出会いは、新聞記者の彼と被告の息子という
奇妙な出会いでした。
I記者は福岡の新聞記者で事件発生当初は父を犯人視した記事を
書いた記者の一人でした。もちろん私は彼の記事に対して「事実無根だ!
こんな記事を書いて許せない」とI記者に対して怒りを爆発させ
悔しくて悔しくて涙を流しました。心のどこかで彼を恨んでいました。
当時は彼も検察の発表を信じ、父を犯人と疑わないまま犯人視した記事を
書いたのですが、次第に隠されていた事実が明らかになるにつれて
彼も自分の書いた記事で私たち家族が苦しんでいることに気づき
胸を痛めていたのです。
そんな彼と偶然に会ったのは新聞社の中ででした。
裁判が始まってすでに四年ほどたっていました。
「おたくは(無実の父を)こんな犯人扱いするような記事を
書いたのですよ。きちんと真実を報道してください」と悔しさや怒りを
抑えながら彼に話したのです。
その時、彼が苦しそうに「…この記事を書いたのは私です…」とつぶやいたのです。
あれほど恨んでいた記者がまさか目の前にいるなんて…驚きのあまり言葉を
失ってしまいましたよ。
彼は無罪が確定した翌日には報道や取材のあり方に反省すべき点があったと
大きな謝罪記事を書いてくれました。記者が自分の書いた記事に対して
非を認めるなど普通はありませんよ。しかも新聞紙上で公表するとは…
とても勇気がいることです。朝刊で彼の記事を目にした父は大粒の涙を
流して彼の律儀さや勇気に感動していました。
「よくぞ勇気を持ってここまで書いてくれた」と父は嬉しくて涙をこぼしたのです。
彼自身もずっと自分を責めていたと思います。
その夜、私は彼に電話をしました。
「もう十分です。Iさんの誠実な気持ちは私たち家族にも十分伝わっているし
感謝しています。もう自分を責めないで下さい」
「……そう言って下さると嬉しいです。ありがとうございます」
その後、彼はこの事件を三ヶ月ほどかけて取材をやりなおして、
この事件がどんなじけんであったかをきちんと検証した記事を五日連続の
シリーズで連載したのです。本当に嬉しかったですよ。
その彼が来週転勤するそうです。くしくも本が完成する日くらいに。
せっかく友達になれたのに。私の苦しみや心の痛みを理解してくれた大切な友人。
これからもっと色んなことを語り合い本当の友達になれると思っていたのに…。
間にあうかどうか分かりませんが、本が届いたら彼に届に行きますよ。
I記者は人の心の痛みが分かる良い記者になりますよ。
私はそう思います。
人の苦しみや悲しみ、そして真実をきちんと伝えきれる記者です。
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