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※皆様からのコメントや励ましの言葉に感謝しています。 全部目を通させて頂いておりますが、今はまだ返事の言葉が浮かばない ことが多くて申し訳ありません。落ち着いたらまた書いていきますので、 よろしくお願い申し上げます。なんとか前に進もうと頑張っています。 まだまだ、人生をあきらめていません。必ず社会復帰しますよ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「副島さん、お久しぶりです。本を読ませていただきましたよ。 もうビックリですよ!」 Yさんからの電話は興奮していた。 「ふだんは本を読むときは何日もかけて読むけれど、この本は 一晩で読んでしまいましたよ。さっき読み終えたばかりで、とにかく 居ても立ってもいられなくなり電話しました」 Yさんと私はかつて一緒に挑戦した仲間だ。 Yさんと私の出会いは今から12年前だった。 Yさんは離婚後、子供を育てながら苦労を重ねてクリーニンゲ店を大きくして いった頑張り屋の女性だった。当時、Yさんは女性経営者同士の新しい交流の ネットワークを作りたいという夢を実現させたくて、いろんな人に相談して いたが「それは無理だよ」と断られ続けていた。 私の恩師が福岡市主催の「博多商人塾」の講師をつとめていたことから、研修に 参加したYさんらが恩師に相談して「よし、じゃあうちの副島君に手伝って もらえるように私からも言うよ」と。 店の経営や家事、子育てにと頑張っている、九州のおかみさん同士の 新しいネットワークを作りたいというのが彼女らグループの夢だった。 そのスタートとして九州のおかみさんたちを博多に集めてイベントを開催したい。 でも、何から始めていいのかわからない。活動資金もなく予算はゼロ。 しかもメンバーは全員素人のおかみさん。 それなのに博多駅前の大きなホテルのメイン会場を貸し切って、九州一円 からおかみさんを集めて交流イベントを開催するという無謀な計画だった。 準備期間は半年。それを私にプロデュースしてほしいと。 しかもボランティアでノーギャラ。 誰もが断るのは当然だった。 恩師からの頼みでもあったし、私は彼女らの熱意にほだされて引き受けた。 こうして16名おかみさん有志と私の奮闘が始まった。 Yさんたちの女性グループとは、福岡市内の商店街で店を切り盛りする「おか みさん」たちだった。当時、私は三十代半ばを過ぎ、彼女らは五十代 半ばを過ぎていた。おかみさんたち十数名の中に男性は私一人。 奇妙な組み合わせだった。 お互いに仕事があったので、仕事を終えた夜の九時くらいから毎晩のように 私の事務所に集まり深夜まで話し合いは続き、準備に取りかかった。 しかし、メンバーは素人で作業はいっこうに進まず、互いの意見はたびたび衝突し 焦りと苛立ちを感じながら刻々と時間が過ぎていった。みんな苦しかった。 何とか計画を練り上げて参加者の募集を開始したものの、開催まであと一ヶ月に 迫った段階で、三百名の予定に対して参加者はまだ数名。市や県が後援に協力して くれたが補助金もなく、すべて自分たちでやらなければならない。 それなのに「店が忙しくて知り合いなどに声をかける時間がなくて・・・」と。 このままでは開催は無理だ。私は全員を集めて最終確認をした。 「ここで決めましょう。やるかやらないかを。私は皆さんの熱意に感動して お手伝いをしてきましたが、私は黒子です。主役はあなたがたおかみさんです。 私はあなたがたの夢を実現させようと、今日まで本気で取り組んできました。 あなたがたが本気で燃えてくれなければ無理です。このままでは会場費さえも 捻出できないし大赤字ですよ。やめるならば今しかありません。どうしますか」 「・・・・・・」 おかみさんたちは黙り込んだ。 16名いたメンバーも今では10名になっていた。 「今頑張らなくていつ頑張るのですか・・・今頑張らなかったらきっと後悔しますよ」 この日を境におかみさんたちの目の色が変わった。 ラストの1ヶ月は全員が燃えた。 イベント当日、会場は熱気に包まれていた。九州各地から参加したおかみさんたちで 会場は埋め尽くされ、通産省や県、市のお偉いさんたちの挨拶から始まり、女子マラ ソンの有森裕子さんのお母さんが広島から駆けつけてくれて基調講演をしてくれた。 私は会場の片隅で盛大に繰り広げられるイベントの様子を眺めていた。 この出来事は新たなムーブメントとして、マスコミ各社が取り上げて大成功に終わった。 あれから十二年・・・・いつしか連絡が途絶えていった。 Yさんは噂で私の本のことを知り、近くの書店で購入したという。 読み終えた後、知人にも本を薦めたところ「ぜひ本人に会ってみたい」という声が あがり、Yさんの提案で先日『読者の集い』称した食事会に招かれた。 本を出版したものお祝いなど何もしていないし、素直に嬉しかった。 本を読んで感銘を受けたという方々が十名集まり、私を温かく迎えてくれた。 その中には、かつてのおかみさんメンバーもいた。 「あの頃の副島さんは見るからにボンボンでしたからね」 「そうですか。あれから12年ですか・・・お互いに歳を取りましたね」 ここに集まった方々には今の自分を話した。 冤罪は無罪を勝ち取ればそれで終わりでなく、そこから社会復帰して普通の 生活に戻らなければ、冤罪との闘いは終わったことにならないと、正直な 自分の気持ちを話した。そのために就職活動をしていることも話した。 みんな悩みを抱えながら頑張っている。だからこそ私の本を読み共鳴できるのかも。 自分の悩みを互いに語り合ううちに元気が戻ってきたようで、会場は笑いが響き、 人と人との温かさに包まれた時間が過ぎていった。 帰り際にYさんが言った。 「今は大変でしょうが、副島さんならばきっと乗り越えられると信じています。 私はあの時、副島さんが言った『今頑張らなくていつ頑張るのですか』の言葉で 奮起したのですよ。これからも応援していますよ」 自分でも忘れかけていた言葉だった。 事故の相手が代車を用意してくれた。小さなボロボロの軽自動車で、スピードも 出ないしギヤも入りにくい。走っていると軽自動車からも「早く走れよ」と 後ろからせかされる。示談交渉は今も継続中だが、相手も誠意を持って対応して くれるという。 就職活動は相変わらずサッパリで連戦連敗の記録を更新している。 ネット上にも登録して企業からのスカウトを待つ準備も出来た。 たとえ採用の募集などしていない企業でも、気になる企業にはこちらから 飛び込んで自分を売り込んでもみようと思う。 断られたらそれはそれで仕方がない。張るだけ頑張って、それでもダメならば その時考えよう。 あとで後悔したくない。
「今頑張らなくていつ頑張る」 自分の言葉を思い出した。 |

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