『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

心と人生

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※皆様からのコメントや励ましの言葉に感謝しています。
全部目を通させて頂いておりますが、今はまだ返事の言葉が浮かばない
ことが多くて申し訳ありません。落ち着いたらまた書いていきますので、
よろしくお願い申し上げます。なんとか前に進もうと頑張っています。
まだまだ、人生をあきらめていません。必ず社会復帰しますよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「副島さん、お久しぶりです。本を読ませていただきましたよ。
もうビックリですよ!」
Yさんからの電話は興奮していた。
「ふだんは本を読むときは何日もかけて読むけれど、この本は
一晩で読んでしまいましたよ。さっき読み終えたばかりで、とにかく
居ても立ってもいられなくなり電話しました」

Yさんと私はかつて一緒に挑戦した仲間だ。
Yさんと私の出会いは今から12年前だった。

Yさんは離婚後、子供を育てながら苦労を重ねてクリーニンゲ店を大きくして
いった頑張り屋の女性だった。当時、Yさんは女性経営者同士の新しい交流の
ネットワークを作りたいという夢を実現させたくて、いろんな人に相談して
いたが「それは無理だよ」と断られ続けていた。

私の恩師が福岡市主催の「博多商人塾」の講師をつとめていたことから、研修に
参加したYさんらが恩師に相談して「よし、じゃあうちの副島君に手伝って
もらえるように私からも言うよ」と。

店の経営や家事、子育てにと頑張っている、九州のおかみさん同士の
新しいネットワークを作りたいというのが彼女らグループの夢だった。
そのスタートとして九州のおかみさんたちを博多に集めてイベントを開催したい。
でも、何から始めていいのかわからない。活動資金もなく予算はゼロ。
しかもメンバーは全員素人のおかみさん。
それなのに博多駅前の大きなホテルのメイン会場を貸し切って、九州一円
からおかみさんを集めて交流イベントを開催するという無謀な計画だった。
準備期間は半年。それを私にプロデュースしてほしいと。
しかもボランティアでノーギャラ。
誰もが断るのは当然だった。

恩師からの頼みでもあったし、私は彼女らの熱意にほだされて引き受けた。
こうして16名おかみさん有志と私の奮闘が始まった。
Yさんたちの女性グループとは、福岡市内の商店街で店を切り盛りする「おか
みさん」たちだった。当時、私は三十代半ばを過ぎ、彼女らは五十代
半ばを過ぎていた。おかみさんたち十数名の中に男性は私一人。
奇妙な組み合わせだった。

お互いに仕事があったので、仕事を終えた夜の九時くらいから毎晩のように
私の事務所に集まり深夜まで話し合いは続き、準備に取りかかった。
しかし、メンバーは素人で作業はいっこうに進まず、互いの意見はたびたび衝突し
焦りと苛立ちを感じながら刻々と時間が過ぎていった。みんな苦しかった。

何とか計画を練り上げて参加者の募集を開始したものの、開催まであと一ヶ月に
迫った段階で、三百名の予定に対して参加者はまだ数名。市や県が後援に協力して
くれたが補助金もなく、すべて自分たちでやらなければならない。
それなのに「店が忙しくて知り合いなどに声をかける時間がなくて・・・」と。
このままでは開催は無理だ。私は全員を集めて最終確認をした。

「ここで決めましょう。やるかやらないかを。私は皆さんの熱意に感動して
お手伝いをしてきましたが、私は黒子です。主役はあなたがたおかみさんです。
私はあなたがたの夢を実現させようと、今日まで本気で取り組んできました。
あなたがたが本気で燃えてくれなければ無理です。このままでは会場費さえも
捻出できないし大赤字ですよ。やめるならば今しかありません。どうしますか」
「・・・・・・」
おかみさんたちは黙り込んだ。
16名いたメンバーも今では10名になっていた。

「今頑張らなくていつ頑張るのですか・・・今頑張らなかったらきっと後悔しますよ」

この日を境におかみさんたちの目の色が変わった。
ラストの1ヶ月は全員が燃えた。
イベント当日、会場は熱気に包まれていた。九州各地から参加したおかみさんたちで
会場は埋め尽くされ、通産省や県、市のお偉いさんたちの挨拶から始まり、女子マラ
ソンの有森裕子さんのお母さんが広島から駆けつけてくれて基調講演をしてくれた。
私は会場の片隅で盛大に繰り広げられるイベントの様子を眺めていた。
この出来事は新たなムーブメントとして、マスコミ各社が取り上げて大成功に終わった。

あれから十二年・・・・いつしか連絡が途絶えていった。

Yさんは噂で私の本のことを知り、近くの書店で購入したという。
読み終えた後、知人にも本を薦めたところ「ぜひ本人に会ってみたい」という声が
あがり、Yさんの提案で先日『読者の集い』称した食事会に招かれた。
本を出版したものお祝いなど何もしていないし、素直に嬉しかった。
本を読んで感銘を受けたという方々が十名集まり、私を温かく迎えてくれた。
その中には、かつてのおかみさんメンバーもいた。

「あの頃の副島さんは見るからにボンボンでしたからね」
「そうですか。あれから12年ですか・・・お互いに歳を取りましたね」
ここに集まった方々には今の自分を話した。
冤罪は無罪を勝ち取ればそれで終わりでなく、そこから社会復帰して普通の
生活に戻らなければ、冤罪との闘いは終わったことにならないと、正直な
自分の気持ちを話した。そのために就職活動をしていることも話した。

みんな悩みを抱えながら頑張っている。だからこそ私の本を読み共鳴できるのかも。
自分の悩みを互いに語り合ううちに元気が戻ってきたようで、会場は笑いが響き、
人と人との温かさに包まれた時間が過ぎていった。

帰り際にYさんが言った。
「今は大変でしょうが、副島さんならばきっと乗り越えられると信じています。
私はあの時、副島さんが言った『今頑張らなくていつ頑張るのですか』の言葉で
奮起したのですよ。これからも応援していますよ」

自分でも忘れかけていた言葉だった。

事故の相手が代車を用意してくれた。小さなボロボロの軽自動車で、スピードも
出ないしギヤも入りにくい。走っていると軽自動車からも「早く走れよ」と
後ろからせかされる。示談交渉は今も継続中だが、相手も誠意を持って対応して
くれるという。

就職活動は相変わらずサッパリで連戦連敗の記録を更新している。
ネット上にも登録して企業からのスカウトを待つ準備も出来た。
たとえ採用の募集などしていない企業でも、気になる企業にはこちらから
飛び込んで自分を売り込んでもみようと思う。
断られたらそれはそれで仕方がない。張るだけ頑張って、それでもダメならば
その時考えよう。

あとで後悔したくない。
「今頑張らなくていつ頑張る」
自分の言葉を思い出した。
冤罪によって人生が翻弄された男の生き様。
司法関係者は裁判が終われば「勝った」「負けた」で終わるかも
知れませんが、冤罪に巻き込まれた人間がどのような人生を
たどり、どうやって人生の再建に向けて奮闘しているのか
目を見開いて、最後まで見ていてほしいですね。

無罪になったから「よかったね」では終わらないのが冤罪による
人生破壊の実態ですよ。今の刑事裁判は時間がかかりすぎます。
私や父や母は何年も裁判に振り回されたあげく無罪を勝ち取りましたが
検察側は知らん振り。人生の貴重な時間を裁判に費やしてしまい
これから人生の再建に向けて奮闘しています。


現在、「現実」の壁に向かって奮闘中です。
ブログは「再び仕事を失う」という記事で中断したままですが、
検察に控訴されたために再び仕事を捨てる羽目になったのが、
私が当時45歳の時でした。

検察の強制捜査が行われた時が私40歳。
それから裁判に明け暮れ44歳で一審無罪となり控訴され、45歳に
なって再び闘いの場に引き戻されて、検察の嘘を暴くために全力で
調査に没頭するのですが、この闘いが終わった時、私は46歳。
さあ、これで終わったと思ったら今度は農協からの民事裁判。
またまた裁判となり、この裁判が終わった時が48歳。
やっと終わったと思い本を出版したのが今年の春。
いつの間にか私も49歳になっていました。

これからも執筆活動を続けていこうと思い、そのためにはまず
自分の生活を安定させて、普通の生活に戻そうと決意しました。
父が逮捕されてからというものの、水面下で裁判のための証拠探しや
証人探しに奔走してきたけれど、これからは黒子みたいな人生ではなく、
日の当たる道を堂々と胸を張って歩こうと・・・でも、あまりにも人生を
遠回りしていたことに気づかされました。

裁判が終わった今年の春、本も出版したし、私自身の人生もやっとこれから
再スタートを切れると喜びと期待に満ちていました。
このときは自分がどれだけ遠回りをしていたかなど気づいていませんでした。


父の事件に関しては私自身が逮捕されたわけでもないし、起訴されて裁判に
かけられたわけでもないので、裁判が終われば過去の実績や経験を生かして、
社会復帰できるという安易な考えを持っていました。犯人の家族ということで
一時的に信用をなくしているだけで、父の無実を証明できたら、私自身の
信用も回復される・・・かすかな希望を抱いていました(笑)
途中で大切な友人の裁判にも加わり、合計七件の裁判を経験しました。
事件を徹底的に検証し、証拠集めや証人探しに奔走した七年間でした。

これからの人生を考えた場合、家族もいることだし、やはり生活の安定が
必要であり、世間の信用を得るためにもバイト生活よりも就職するしかないかなと
心が揺れ動きました。よし、就職してそこから自分の人生をやり直そうと決意。

こうして私の就職奮闘記が始まりました。
一番困るのが履歴書を書く際に、裁判に明け暮れていた七年間という時間を
どう埋めればいいのか。事件前までは仕事の実績もそれなりにあるのですが、
事件発生直後からは人前に出せる仕事の実績がほとんどなく、空白に近い状態です。
「あなたは、この七年間の間、何をしていたのですか?」と尋ねられたら
何と答えたらいいのだろうかと悩んでしまいます。正直に「父が逮捕されて、
父の無実を証明するために検察庁と闘っていました」など答えるならば、
一般の人は驚き引いてしまいますよね(苦笑)

周囲に相談すると「君から裁判のことは口にする必要はないよ」と言われ、
モヤモヤしたままの状態です。「今まで何をしていたの?」と聞かれそうで
複雑な心境ですが、実際は面接にも至っていません(笑)
49歳の自分・・・「年齢不問」と募集要項に記されているので大丈夫かなと
思いながら申し込もうとすると「申し訳ありません、当社は四十歳以上の方は
お断りしていますので・・・」「当社は35歳までです」「当社は45歳くらいまで」

高望みしているわけではないつもりですが・・・う〜ん、少しでも自分の才能や
過去の経験を生かせる職種を望むのは当然ですが、どんどん希望から
遠ざかっていきます。裁判の間にツテも人脈もなくなっていますし、人生に
空白の時間ができてしまったまま、まったくのゼロからスタートしています。
中高年の就職は思っていた以上に大変です。

どこかで私という存在を認めてくれる仕事がある・・・そう信じて就職活動に
頑張っています。以前の原稿の下書きの仕事はお金としてはまあまあ良かったけれど、
所詮はフリーです。安定はしていなかったし、自分が書きたい文章を書くわけ
ではなくて、書く事に疲れていましたから自分の本の出版を機に辞めました。

今日も一社断られました。「申し訳ありませんが、年齢的に・・・」
検察があんな裁判を起こさなかったら、自分の人生も変わらずに
すんだと思うと悔やんでも悔やみきれません。でも、立ち止まるわけには
いきませんし・・・自分で道を切り開くしかありません。
まだまだあきらめません。
何のために闘ってきたのか・・・。
あきらめたらすべてが無駄になってしまいそう。

きっとどこかに私を必要としている人が待っててくれるはず。
どこにいるのか今は見つけきれないだけです。
自分の人生を大切にしたいですね。

     


    生きるということ

生きるということ。
それは大切な人を守るということ。
自分の存在を誰かに認めてもらうということ。
誰かに自分を必要とされるということ。

生きるということ。
それは一緒に笑えるということ。
一緒に泣けるということ。
一緒に感動できるということ。

生きるということ。
一緒に挑戦するということ。
一緒に夢を抱くということ。
一緒に怒るということ。

生きるということ。
一緒に語りあえるということ。
一緒に飲み明かせるということ。
一緒に愚痴を言いいあえるということ。

生きるということ。
理由もなく会えるという友がいるということ。
心配してくれる友がいるということ。
友と一緒にいるということ。
一人ではないと思えるということ。

生きるということ。
正義をつらぬくということ。
勇気を奮い立たせるということ。
真実に目をそらさないということ。

生きるということ。
夢を抱くということ。
夢をあきらめないということ。
夢に向かって歩き続けるということ。

生きるということ。
悔しさを胸にしまうということ。
怒りを胸にしまうということ。
人を憎む気持ちを捨てるということ。

生きるということ。
誰かに心の扉を開くということ。
人を愛するということ。
愛される喜びを知るということ。

生きるということ。
挑戦するということ。
幸せになることをあきらめないということ。
本当の自分を出せるということ。

生きるということ。
人の心の痛みを理解できるということ。
心の痛みを理解してもらえる人がいるということ。
自分を見失わないということ。

生きるということ。
過去を思い出にしてしまえるということ。
今を考えるということ。
未来に希望をもつということ。

生きるということ。
ともに人生を歩けるということ。
幸せにしてあげたい人がいるということ。
大切な人の笑顔を見れるということ。

生きるということ。
現実に打ちのめされるということ。
裏切られるということ。
それでも人を信じるということ。

生きるということ。
「ありがとう」と言えること。
素直に謝れるということ。
自分の愚かさに気づくということ。

生きるということ。
背中を見せないということ。
苦しくても逃げ出さないということ。
苦しむ人に手を差し延べるということ。

生きるということ。
本当の自分を知るということ。
受け止めるということ。
人を想い続けるということ。

生きるということ。
大切な人の幸せを願うということ。
苦しいときにも笑えるということ。
悲しみの涙は誰にも見せないということ。

生きるということ。
立ち止まらないということ。
どこまでも歩き続けるということ。
夢を見失わないということ。
流されないということ。

生きるということ。
贅沢を言わないということ。
人並みの幸せを願うということ。
転んでも起き上がれるということ。

生きるということ。
もう一度人生をやり直すということ。
新しい人生を歩むということ。
誰かが待っているということ。
誰かが見守ってくれるということ。

生きるということ。
希望を捨てないということ・・・。






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私の歩んできた足跡・・・このHPは途中で止まっています。
いつか復帰できたら再開しようとしていましたが、もう何年も
更新しない止まっています。間もなくこのHPは閉鎖しますが、
こんなことをしていたという自分自身の人生の証です。
http://www.kodomonet.com/uewomuite/index.html

ドンマイ、ドンマイ!

パソコンの不具合が発生しインターネットに接続できない状況が
続いていましたが参りますね(苦笑)。まだ治りませんので、
別のパソコンからの記事の更新です。

毎日が慌しく過ぎていきます。その中で少しずつ次の作品の構想が
膨らんできています。出版に向けての正式な原稿を書き始めると、
執筆に集中せざるおえない状況になると思いますが、少しずつイメ
ージがぼんやりと浮かび始めてきました(笑)
執筆とは別に、このブログでは「いつか春が」の続編的な物語を、
記憶の糸をたどりながら気ままに書いています。

事件の全容をここに文章として残しておくことで、冤罪や司法の実
態を知っていただき、何かの役に立ててもらえるかも。そんな気持
ちを胸に秘めながら書いていますが、書きながらいろんなことを
考えてしまいます。

事件や裁判は終わったものの、その後の人生について。
これからどうやったら新しい人生を歩むことができるのだろうか。
この先、幸せを感じるような生活に戻れるのだろうか。
一度人生のレールを外れた者が、厳しさを増す経済情勢の中で、
一人で再起をはかるのは思っていた以上に困難であることを
実感しています。

せめて裁判が三年くらいで終わっていたら・・・なぜこれほどまでに
裁判に時間を費やさなければならなかったのだろう。その理由を
考えると人間の愚かさを感じてしまいます。検察が自分達のミスで
事件を作っていった一審裁判で三年。さらに自分達のメンツのため
に起こした控訴審裁判でさらに二年。今度こそ裁判が終わったと
思ったのもつかの間、今度は身内と思っていた農協からの民事裁判
で二年。どれもこれもが理不尽な内容の裁判で、人生の貴重な時間
を裁判に費やさなければなりませんでした。裁判は人任せでは
闘えませんからね。

裁判が長引けば長引くほど世間から忘れ去られ、闘う者の体力は
奪われ、経済的にも困窮をまねき社会から孤立していきます。
裁判に時間がかかればかかるほど、人生のやり直しはどんどん
遠ざかっていくのです。

七年という歳月を費やして裁判が終わり、ゼロから人生をやりなお
そうとしていますが、現実の壁にぶち当たっているのが現状です。
仕事や人生においての安定の基礎を構築すべき四十代を、すべて
裁判に費やした結果、裁判が終わり周囲を見渡すとやり直しが難しい
年齢に達していたというのが正直な気持ちです。
裁判には勝ったものの、現実の厳しさに直面して立ち往生しています。

犯罪被害者という言葉はありますが、冤罪被害者という言葉はなくて、
何の支援も補償も制度化されていません。信用の回復もすべて
自分でやるしかないのです。

昨日、友人と会いました。

「お前は全部を裁判に注ぎこんで闘っていたからなあ。俺にはできん。
そここまでして闘ったからこそ無罪を勝ち取ることが出来たのかもな
・・・う〜ん、八年のブランクは大きいなあ。年齢も年齢だし、今から
元に戻ろうとしても確かに難しいよなあ」

「そうだなぁ・・・まだ十年若かったら選択肢もいろいろあるけれど・・・
気づいたら世間ではリストラの対象年齢だしなぁ。中高年の再就職は
難しいな。夢中だったからそこまでは考えていなかったし、そんな
余裕もなかったしな。頑張れば元の生活に戻れるだろうと思っていたが
甘かったな。あはは、まるで浦島太郎だよ」

「やはり気持ちを切り替えるしかないぞ。残酷な言い方だけど、過去の
経歴や実績は忘れろ。それにこだわっていたら人生をやり直せないぞ」

「・・・そうだな」

「人生と引き換えに無罪を勝ち取ったのかもしれん。テレビドラマや
映画みたいに弁護士が現場に行き、自ら証拠や証人を探し回ること
なんて実際はないし、誰かが身を粉にして動き回らないと証拠や証人
なんて見つからないしなあ・・・素人のお前がそうやって動いたのは
すごいと思うよ。でも、問題はこれからだよな」

「そう、これからだ。何でも自分でやらなければならないしな」

「お前はもうまっとうな仕事にはつけんよ。そういう年齢でもあるし
お前が今さらサラリーマンなんてできるわけがない。過去は捨てろ」

「おいおい、そんなにハッキリ言うなよ。こう見えても俺も悩んで
いるんだぞ。あはは、でも、お前が言うことは確かに言えてるかもな」

ジタバタしても仕方ない。

どうせ外れてしまった人生。希望していた選択肢がどんどん減り、
今までと違う人生へとどんどん変わっていく現実です。
過去の経歴や実績を全部忘れて、ゼロから頑張れという友人の言葉。
悲しくもあり残念でもありますが、やはりそうかも。
心のどこかで「こんな事件に巻き込まれなかったら、今ごろは・・・」と
思っていたのも事実ですが、その考えを捨てて生きろという友人の
言葉が心に突き刺さります(笑)

冤罪は人の人生を狂わすし絶対にあってはならないことです。
でも、それをいくら悔やんでも元には戻らないという現実を受け入れる
ことで気持ちが楽になりました。
見栄を捨てて生きる決心・・・けっこう勇気がいります(笑)
背中に背負っていた過去を捨てれば軽くなります。
転んだらもういちど立ち上がって歩けばいいですしね。
ここまで気持ちを整理するまでに時間がかかりました。

ドンマイ、ドンマイ!

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◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
はじめての方へ。冤罪はどのようにして作られるのか。司法の正義とは何か。
一人でも多くの方々に本を読んでいただき、何かを感じてもらえれば幸いです。
「いつか春が」ダイジェスト版 総集編↓↓
http://blogs.yahoo.co.jp/rainrain1192/15336915.html
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎ 


                
      〜本を出版して、これからの私〜

なぜ本を出版したのか。
必死の想いで無実を証明して無罪を勝ち取ったものの、世間との溝は
いっこうに埋まらないままの状態でした。裁判の悲しさなのか、逮捕
されたという事実は消えるわけでもなく、「無罪」だからといって「白」
になるのではなく「灰色」のままでした。

なぜ「灰色」なのか。理由は父の事件の真相が検察によって闇に葬ら
れたままで、この事件の複雑な人間関係が地元佐賀でも、事件の真相
解明よりも、終わったことだからもういいじゃないかという声もあった
ために、真相解明はなされないまま父がなぜ無罪になったのかさえも
ほとんどの人は知らないまま「灰色」というイメージだけが残った
のです。

父が老いていく姿を見ていると、このままでは失った信用が回復され
ないまま、事件が忘れ去られていくことに焦りと憤りを覚え、真実を
伝えようと原稿の執筆を開始しました。テレビや新聞でも報道されたが
変わらない現実に、本でしか伝えることができないと。
父が生きている間に少しでも信用を回復させたい。このままでは犬死
と同じだ。私は本を出版しようと動き始めたのです。

私は幼い頃から絵や文章を書くのが好きでしたし、仕事上でも文章を
書くことが多く、原稿を書くことには何の抵抗もありませんでした。
幼い頃は漫画家か小説家になりたいという夢さえ描いていたくらいで
したので、心の片隅には「いつか自分の画集か本を出したい」という
夢もありました。

執筆に際して悩んだことがあります。冤罪とはどういうものかを法的
に語るだけならば、司法を研究している学者やマスコミに任せれば
いいわけで、私でなくともいいはず。
冤罪事件に実際に関わり、司法の表も裏も見ながら実際に闘った者と
して、学者やマスコミも描けない冤罪の本当の恐ろしさや、被告とされ
た父やそれを支えた家族の苦悩までをも赤裸々に描かなければ読者の
心に伝わらない。世間にとってはいつまでも冤罪は他人事としてしか
受け止めてもらえないのではないか。
冤罪の本当の実態を語ろうとするならば、自らの心の葛藤までをも描か
なければ意味がない。だから今までは誰にも語りたくなかった自分の
どん底生活やボロボロの姿もさらけだしたのです。

このような想いで執筆に取り組んだのです。
私はこの本に自分の人生を賭けたと言っても過言ではなく、この本に
よって自分の人生も変わる。本を出すからには売れて欲しいし、一人
でも多くの人に冤罪の真実を知ってもらうことによって、取調べの
可視化にもつながる。そのような想いを込めて、事務所に泊り込み
執筆に取り組んだのです。まさに一世一代の博打でした(笑)

本の出版についてマスコミは関心を持ったものの、残念ながら無名の
著者と無名の出版社の本では書店での取り扱いも違います(苦笑)
大手出版社や人気作家の作品と違って、売り場で目立つところに
並べてもらえることは難しいことを知りました。

「副島さん、すまんねえ。二人でこの本に賭けたけれど、ウチみたいな
小さな出版社では書店では目立つところに並べてもらえないとよ。
もっとウチにチカラがあればねえ・・・」
「いいえ、僕こそ何かの賞でも取っていたらちゃんと作品として評価
してもらえたでしょうが、無名の僕の作品を出版してもらえて感謝
しています」

結局、本の存在は一部の方にしか知られないまま現在に至っている。
しかし、本を紹介するつもりで開設したこのブログ。
今も無実の罪で人生を賭けて闘っている人、事件や事故によって心に
負った深い傷がトラウマとなり苦しんでいる人、裁判の苦しみを経験
した人。人生につまずき悩む人や周囲に心の苦しみを理解してもら
えず悲しむ人。
司法や世の中の矛盾に怒りを訴える人・・・いつしか心の痛みを共感
できる人たちが訪れてくれるブログへと変化してきました。

そのことを出版社に伝えたところ、「本はヒットしなくても、本を
読んでくれた読者には副島さんの想いは伝わっているよ。
あらためて冤罪や裁判によって、どれだけ多くの人たちが苦しんで
いるのかが分かったし、このままじゃいかんよ!冤罪の恐ろしさを
世間に伝えよう。冤罪のシンポジウムか何かをやろう!本を出した
出版社としてもそのくらいのことはせんとね」
「僕も手伝いますよ!」
こうして二人で「冤罪シンポジウム」を開催することになったのです。

編集者のYさん、この人も熱い人です。
友人がエイズにかかり、余命いくばくかの彼が家族のために起こした
民事裁判を、公判の途中で倒れた彼に代わり裁判を闘ったという人物。
不知火書房の本はエイズや環境破壊など社会派ノンフィクション作品
ばかりです。そこに私の本も加わったのです。

裁判が終わった後、今度は私自身の人生との闘いが続いています。
「もう無理だ。あきらめよう」「いや、冤罪で人生が狂わされたまま、
現実の厳しさの前に幸せになることをあきらめたら、結局は冤罪に
負けたことになる。裁判に勝っても、その後の人生の建て直しを願う
自分自身の弱さに負けたことになる」

事件や事故によって人生が狂わされた人たちは、その後の人生をどう
立て直すか、どうやって心の傷を抱えながら生きていけばいいのか・・・・。
この苦しみを乗り越えないかぎり、いつまでも苦しみや悲しみは
癒えないまま心の葛藤が続くのではないでしょうか。

新しい人生を歩もうと決意しました。
本の出版は「いつか春が」で終わったわけではありません。
これを機に本格的に執筆活動に取り組んでいこうと思います。
はたして本として出版されるか分かりませんが、テーマは「心」。
人の心の痛みや切なさ、本当のやさしさや勇気などをテーマに執筆
活動を続けたいと思います。
「いつか春が」は私にとっての記念すべきデビュー作品として、
新たな気持ちで作品作りに取り組みたい。それが今の私の抱負です。

今の年齢と状況では、一度外れてしまったレールに戻ることは難しいし、
自分の才能を信じて売れない作家からスタートするのも自分らしい
生き方かもしれません(笑)

一度人生につまずいた男が、はたして幸せになれるか・・・・
まるで私の人生そのものが「作品」かも知れません(笑)
私という存在が冤罪や裁判で苦しむ人たちに勇気を与えると
おっしゃって下さる方もおられますが、ありがとうございます。
しかし、裁判に勝ったものの、その後の人生の建て直しが出来ないままでは
人に勇気を与えることなどできません。そう思います。
裁判だけでなく人生もハッピーエンドにならなければ勇気や希望を
与えることは出来ないような気がします。

私も一時は人を信じられなくなり、事件のショックでトラウマとなり
「うつ」状態に陥り苦しんだこともあります。
でも乗り越えました。いや、まだ少しはトラウマが残っています(苦笑)

こうして「執筆宣言」をしてしまいましたが、ずっと心に秘めていた想いです。
あきらめないかぎり人生を変えることができる。
今でもそう信じています。
あきらめるのも自分、あきらめないのも自分・・・です。

泥沼の栄養分を吸収し…凜として…素晴らしい花を咲かせる蓮。
こんなふうに凛として生きたいですね。

心の痛みがわかる人、傷ついた人、一人で悩まないでここへいらっしゃい。
一緒に頑張りましょう。

これからもよろしければ応援をお願いします。


「収監」という司法用語は、マスコミでもあまり報道されないし、ドラマや
小説でも描かれないので、実際のイメージがわかないと思います。

父の刑事裁判でも判決が近づくたびに、この言葉がちらついていました。
もし、有罪となり執行猶予がつかず、実刑となった場合は収監されるのです。
収監される最終の場所は刑務所。

判決が迫ったある日の弁護士との会話を思い出します。

弁護士の先生が私と父と母を前にして説明した。
「副島さん、もし万が一・・・万が一、負けて有罪となった場合は、すぐに保釈申請
の手続きを取りますよ。すぐに裁判所に出せるように書類を準備しておきますね。
実刑になることはないと思いますが(執行猶予がつくだろうと思うから)、
この裁判は何が起きるか分かりませんからね・・・それでですね・・・」

私たちは神妙な面持ちで先生の説明を聞いていた。
先生はさらに何かを話そうとしているが、言い出しにくいのか口ごもってしまった。
いったい何だろう。私は先生が言い出しにくそうだったので、逆にこちらから尋ねた。
「先生、もしもの時はすぐに控訴手続きを取って下さい。私たちは闘いますよ。
それで、もし有罪で実刑となれば父はどうなるのですか」
「万が一、実刑となればそのまま収監されます」
「はあ・・・収監?」
「そうです。今は副島さんは保釈の身ですが、実刑となればその瞬間に保釈は
取り消されるのです。それで再度保釈の手続きを取らないと、逮捕された時と
同じように、塀の向こうへ連れて行かれるのです・・・」

「えっ!それじゃあ、先生ぜひ準備をお願いします」
「分かりました。書類はこちらのほうで準備しておきます。それともう一度、保釈金を
納めなければなりません」
「えぇっ、またですか。今度はいくらになるのでしょうか」
「保釈の申請をした時に収めた※※百万円がいったん戻るような形になりますので
そのお金を再び保釈金として使わせてもらいます。伝票上の処理の問題ですがね」

保釈金は被告とされた人間の社会的地位や収入などによって、裁判所が金額を決定
する。保釈を申請する時は、現金で納めなければならない。たまに保釈金が
何億という金額をニュースで目にするが、何億という現金を用意して裁判所に
預けなければならない。保釈金は裁判が終わると戻されるので、保釈と引き換えに
現金を人質として預けておくようなものだった。

「主文、被告人は無罪」

父は無罪となり収監はなかった。

私は収監という言葉を聞くたびに、ある裁判を思い出す。



「主文、被告人を懲役○年○月とする」

裁判長が最後に、もう一度判決を読み上げた。
静まりかえった法廷は誰もが言葉を失ったままだった。覚悟はしていたが、それでも
実際に実刑が言い渡された瞬間は、頭の中が真っ白になった。
証言台に立ち尽くす被告。肩を落としたままうなだれていた。
「さあ、みなさん退廷して下さい」
職員が早く法廷から出るようにせかした。

傍聴席の人たちが無言のまま立ち上がりはじめると、判決を言い渡されたばかりの彼が
傍聴席に向かって深々と頭を下げた。頭を下げたまま彼は動かない。
しばらく会えない彼の姿をしっかりと目に焼きつけておこうと、そろぞろと歩きながらも
彼の姿を目で追う親戚の人たち。彼に何か声をかけてあげたかったが、誰もどうすることが
できなかった。

私は法廷を出ようとしたときに、一瞬だったが頭を下げたままの彼の横顔が見えた。
目をつぶったまま必死で涙をこらえていた。
私は法廷の外に出たあと、扉のガラス越しに法廷をのぞいた。
職員たちが大きなついたてを運んできたかと思うと、彼の周りを次々とついたてで囲んだ。
あっという間に彼の姿は見えなくなった。
ついたての向こうでは、今、この瞬間、これから護送されるために
手錠がかけられているはずだ。そのためのついたてに違いない。
胸が苦しくなった。

こうして彼は判決直後に収監の手続きに入った。
まだあどけなさが残る彼は未成年だったが、一瞬の運転ミスによって重い十字架を背負った。
普段はみんなの人気者だった気のやさしい子だったのに・・・一瞬で。
刑期を終えるまで彼は帰ってこない。
家族や恋人を残したまま、彼はその場で収監された。
その場に居合わせた私は、彼の両親の顔を見ることが出来なかった。

事件や事故は突然襲い掛かる。そして裁判。
これは決して他人事ではない。
もし身に覚えのない罪で収監されたら・・・・
「収監」とは家族や大切な人との離れ離れになる別れを意味する言葉だ。


私がなぜ敢えて今日、「収監」という言葉を取り上げたのか・・・。
それは先日の高知スクールバス事故の裁判で、最高裁は上告を棄却して
バスの運転手に実刑を下したからです。これによって彼は収監されることが
決定しました。ご本人も覚悟は決めておられますが、これが司法の現実です。
刑事裁判の現実です。なぜ、実刑なのか・・・これが後に無実であることが
証明されたら、いったい誰が責任をとるのでしょうか。
片岡さんの闘いはまだ続くでしょうが、頑張って帰って来てください!



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■音楽協力:「Love Songs」 さん http://blogs.yahoo.co.jp/xiong_maririn
http://media.imeem.com/m/lEI878OSFQ
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