『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

物語:「求職男」

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 第24話 50歳からの青春 「求職男」〜再就職への道〜

今日からいよいよヘルパー養成講座のスタートだ。
私は決意も新たに教室の扉を開けた・・・?

・・・ざっと計画ではこんなスタートを切るはずだった。
ところが、昨夜は興奮してほとんど眠れなかった。
(初日から遅刻なんてコリャまずいよ)
ハッ、ハッ、ハッ・・・。
走る、走る、走る。

受付を済ませて、指定された教室に駆け込んだ。
(ふー、何とか間に合った)
空いている席を探した。後ろの壁際の一番奥の席が空いてた。

「おはようございます」
席に着いた私に微笑んだのは、見るからに私よりも年配の男性だった。
(おおっ、俺よりも年配の人がいる。あーよかったー・・・)
見るからに人のよさそうな人だ。
「お、おはようございます」

どんな人がいるのだろう。
周りを見渡しながら人数を数えた。
ええーっと・・・全部で10名か。男性が6名、女性が4名。
年齢は二十代らしき人が二名、三十代がチラホラ、四十代は・・・むむ?
あの人はどう見ても四十後半だな。おやっ、一人、二人、三人・・・
(俺と同年代の五十前後の人が五人もいる)

このコースで介護の世界を目指す人たちは年齢層が高かった。

ガラス越しに見える隣の教室には約40名ほどの若者が講義を受けている。
こちらは、週に1〜2日の受講で3ヶ月ほどの時間をかけて
資格を取得するコース。就職に備えて資格を取得しようとする
大学生も多いという。
隣の教室では二十代から三十代の人たちが、ベッドの上でオムツ交換の
実技を学んでいた。


「うちでは一人に約10ほどの求人があります。就職率100%です。
世間では介護に対する認識のズレがありますが、この仕事は人から
感謝されるすばらしい仕事です。ぜひ頑張って資格を取得してください」

理事長からの挨拶のあとオリエンテーションがあり、順番に自己紹介を兼ねて
受講動機を語ることになった。
女性陣は病院の看護助手や施設で介護助手として働いてきたが、
資格がないために、やりがいのある仕事を任せてもらえないので、
資格を取得してステップアップをはかるための受講だった。
(へぇー、前向きな人たちだ)

男性陣は私を含めて、前職は介護とは全く別の異業種からの
参加者ばかりだった。
「現在、建設業界にいますが、不況により会社が厳しい状況なので
今のうちに資格を取得して、転職をはかろうと決めました」
県外から参加した彼の地元には、このように短期で資格が取得できるコースが
ないので、ビジネスホテルに滞在しながらの受講だった。
(将来性を考えての早めの決断か。この人も頑張っているんだな)

工場の生産ラインで働いていた人、離島の建設業で働いていた人。
施設で働いていたが資格を取得するために参加した若者。

私の番が回ってきた。
「ええー、人生いろいろありまして、前職は執筆というか売れない作家
みたいな仕事をしていましたが、転職をはかるために今回参加しました」
(あっ、変わった人だなという目で見ている・・・まっ、いいか)

全員、自らの意志で目的を持っての参加だ。目的とはもちろん資格取得。

      人生を変えたい。

自分の人生を変えるチャンスをつかもうと参加している。
約10万円ほどの受講料は決して安くはない。
それでも受講したのは決意の表れだ。
ハローワークで感じる職探しの悲壮感や重たい空気は微塵もない。
あるのは希望に輝く目だけ。
まるで新学期を迎えた学生のような目をしている。

初日から中身の濃い講義が始まった。
福祉の理念やケアサービスの意義から点字や手話についての講義もあった。
「ノーマライゼーション?」
「受容?」
「チームケア?」
(以前、良さんが話していた専門用語が次々と出てくる。うーん、難しい)

介護の世界は思っていた以上に専門知識や技術が求められる仕事だ。
ここでは実践的な技術を教えていくという。自宅に帰ると、今度は
テキストをもとにレポートを作成し、レポートとは宿題みたいなもので、
設問に対する答えを書き込んでいかなければならない。
それを提出して採点となる。合格ラインに達さなければならない。
レポートの提出が二日おきだ。
早速、実習先の調整も始まった。

一日八時間の講義と自宅での学習。
最初は学校というイメージを連想したが・・・違う。
「予備校」という表現が適切かもしれない。

今日から一日の時間の流れが変わった。

今だけは学生だ。
かくして私の50歳からの青春が始まった。


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第22話 なすがままに 「求職男」〜再就職への道〜

私の50歳からの新しい挑戦。
いよいよ来週からヘルパー養成講座に通う。
この新たな決意の裏側に、心の奥に閉まっていた過去の想い出が蘇る。

駐車場の隅の一本の桜。
見上げると、すでに花びらは散り若葉が色づき始めている。
この桜の下で、私は仲間に別れを告げた。

平成十三年三月、父が逮捕されたニュースが広まるや、キャンセルが相次ぎ
仕事がなくなり、スケジュールボードはすべて空白になった。
その年の六月十九日、博多駅近くに構えていた事務所を引き払い、市内はずれの
安アパートに事務所を引っ越した。

引越当日、荷物を部屋の中に運び込む作業を終えると、この樹の下に仲間を集めた。
「みんな、今日はありがとうございます。いろいろ考えた末、今のままでは
仕事のメドも立たないし・・・それで事務所をここに移しました。俺は親父の無実を
証明するために検察と闘います」

うなだれたままの六人。

「今まで一緒に頑張ってもらったけれど・・・この先どうなるのか、俺にも分かりません。
申し訳ないけど、これからはお互いに別々の道を歩いてもらいたいと思います。
今まで本当にありがとう」

私は断腸の思いで仲間に『解散』を告げた。
予期していた言葉だったのか、全員下を向いたままだった。
「ありがとう、元気でね」

仲間全員の顔を見たのは、この日が最後だった。
私はこの日を境に世間から姿を消した。
八月から夜の工事現場に立ち、昼間は父の無実を証明するための事件の調査。

翌年の三月、北九州の役所からまちづくりの講師の依頼が舞い込んだ。
役所の担当者は、幸いに父の事件のことは知らなかった。
私は以前の仲間だった小林さんに、この仕事を手伝ってくれないかと連絡した。
小林さんは私と同年代で多彩な資格と才能を持つ女性だった。
しかし、小林さんは既に別の会社で働いていた。
「うわー!ホント?よかったね。いいよ、手伝うよ」
「今の仕事はどうするの?大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。何とかするよ」

こうして小林さんを加え、北九州某地区の活性化事業がスタートした。
私は三つの仕事を掛け持ちした。夜の工事現場での警備の仕事、休みの日を利用した
北九州での講師の仕事、昼間の事件の調査。

「そんなことしても無駄。何も変わらんよ」
「自分は忙しいので出来ん。他の人にやってもらえばいい」

やる前から無理だとあきらめている人。
屁理屈や言い訳ばかりが飛び出す。
「なぜ変わろうとしないのですか!変えたいならば、まず自分を変えなければ
一歩も前に進めませんよ!」

なかなか地元住民の意識が変わらず作業は難航した。
どうしたら住民の意識を変えることが出来るのか、私と小林さんと役所の担当者とで
何度も協議を重ねた。まちづくりは人づくりと言われる。その壁にぶつかった。

ある日、会議が終わった後、彼女が私を呼び止めた。
「何とかこの仕事を成功させて、中島さんにはもう一度カムバックしてほしいのよ。
主人も『何があろうと俺たちは中島さんを応援してやろうじゃないか』と話しているんよ。
だから頑張ってね」
工事現場で働く俺を今も応援してくれる人がいる。

「・・・ありがとう。この事業を成功させて、親父の無実も証明して。そしたらもう一度
会社を再開させるよ。そん時はさ、また一緒に仕事しよう。また以前のようにワイワイ
頑張ろうね」
「あはは、うん、また頑張ろう。期待しているよ」

夏、事業が計画の半ばを過ぎ、その日も打ち合わせが始まったが、小林さんは
最後まで姿を現さなかった。
「小林さんに何度連絡してもつながらないのですよ。変ですね、彼女が無断で
休むなんて今までなかったけれど・・・何かあったのでしょうか」
私が口にした不安は的中した。

小林さんのご主人からの電話だった。
受話器の向こうにご主人の動転した声が響いた。
「家内が倒れて・・・くも膜下出血で。緊急手術が行われましたが、今夜がヤマで・・・」
「・・・・・・」
私は言葉を失った。

彼女は奇跡的に一命を取りとめた。

ご主人の説明では、彼女は過労とストレスが重なり、自宅で脳天を直撃するような
激痛で、一瞬で意識を失い倒れたという。救急車で運ばれ、すぐに頭蓋骨を切り開き
手術が行われたが、病院に運び込まれるのがあと数分遅れていたら助かって
いなかっただろうと。その際に神経が絡み合っていたので感情の神経が切断されたという。
今後、後遺症が残るかもしれないが、今は何も分からないという状況だった。

彼女がこれほど無理をしていたことに、私は気づいてあげることができなかった・・・
心が痛んだ。

二週間ほど経った頃、彼女の面会謝絶がとけた。
ベッドに横たわる彼女は頬がこけ痛々しかった。
私は彼女に何と言葉をかけていいのか分からず立ち尽くした。
小林さんは何か言おうとしているが、記憶が消えて言葉が出ない。
「・・・・・・」
彼女は感情の神経が切れているので、喜びや悲しみの表情もない。目を大きく
見開いたまま、じっと私を見ていた。私が知っている小林さんとは別人だった。
私は思わずベッドの横にひざまずいて彼女に言った。

「悔しさを忘れちゃいかんよ!このまま人生を終わっちゃいかん!必ず元気に
ならんといかん。何クソ!と悔しさを忘れちゃいかんよ。元気になったら
また一緒に仕事しよう。また一緒に頑張ろう。だから・・・だから、あきらめんで・・・」
涙で声がつまり、それ以上言葉が続かなかった。

小林さんが抜け、彼女の担当も引き受けた私は目が回るほどの忙しさに変わった。
一人で二人分を頑張る・・・出来るだろうか。
私はスーツを脱ぎ捨てて、ジーンズに首にタオルを巻いて、一人で商店街の
すみずみを何度も歩いて調査した。私の姿を黙って見つめる商店主たち。
次第に事業に参加している人たちの意識に変化が現れ始めた。
頑張る想いが通じ始めた。

事業のフィナーレを飾る地域イベント当日。
今まで閑散としていた商店街に、大勢の人たちが押し寄せて活気がみなぎった。
地域の活性化は住民の意識が変わることがカギであることを実証できたと思った。
後で分かったが、このとき、小林さんがご主人に付き添われて、車の中から会場内を
走り回る私の姿を見ていたことを知った。

あれから七年・・・。


私は小林さんに介護の世界に進むことを報告した。
「そうね、うん、よかったよ。やっと見つけたね・・・人生は転んでもやり直せるね」
「うん、ありがとう・・・」
(一緒に頑張ろうという約束を果たせなくてゴメン)

再び会社を再開させることは出来なかった・・・。
しかし、別の道を見つけた。
人の心の痛みや優しさ、頑張ることの大切さ・・・いろんなことを教えてもらった。
この経験を新しい人生に活かすんだ。

小林さんは懸命のリハビリを経て、今は自宅で母親を介護している。

あの桜の樹の下で誓ったように、お互いに別々の道を見つけて
新しい人生を歩んでいる。
百キロの道のりを歩いた時、裁判所の門までの道のり・・・
私はさまざまな想いを背負いながら歩き続けた。

たとえ歩む道は変わっても、あの時の想いは変わらない。

「いつか春が」連載35話★書き下ろし最終回
http://blogs.yahoo.co.jp/rainrain1192/14745639.html

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  第22話 挫折して強くなる 「求職男」〜再就職への道〜


ホームヘルパー養成講座の申し込み手続きを終えた。

穏やかな気持ちで新しい人生に向けての部屋の片付けに取りかかった。

スピーカーからはMichael Franksのささやくような歌声にピアノとサックスの
音色がメロディを奏でている。
机の上には集めてきた資料や雑誌が山積み。
ほこりを被ったままのCDや書きかけのレポート、原稿が無造作に散らばっている。
これが普段の自分だ。

書庫に閉まっていた古い専門書や報告書の原稿や数々の資料を段ボール箱に
詰めこむ。その中から、かつての自分の新聞記事や雑誌が出てくると、ふっと
手を止めて見入ってしまう。
(へー、俺は昔はこんなことをしていたんだ)
まるで他人事のように、今では過去の懐かしい想い出。


私は昭和34年生まれのB型、4月で50歳になった。
人は人生の岐路に立った時、自分の人生を振り返るのかも知れない・・・。

自分は人から使われるよりも、経営者に向いているとずっと思い込んでいた。
自分の才能を過信していた。
やがてサラリーマン生活を捨てて、経営者としての道を歩み始めた。
身を粉にして働いた。新しい事業にも挑戦し、挑戦と失敗の連続だった。
やっと事業も軌道に乗り、さらに業務拡大をはかるため、新規事業の立ち上げを
スタートしようとしていた。40歳の時だった。突然、父が逮捕され仕事は
キャンセルの嵐。取引先と気まずい空気が漂い、やがて連絡が途絶えた。

仕事がなくなり決断を迫られた。
このままではみんなを道連れにして自滅してしまう。

会社を整理して、世間から身を隠しながらの国家権力との孤独な闘いが始まった。

いつか必ずカムバックしてみせる。

その想いを胸に、夜の工事現場から工場での夜勤のアルバイト生活へと。
この手で父の無実を証明して、必ず元の生活に戻ってみせる。
執念の事件の調査が続いた。

裁判とアルバイト生活の傍ら、その日に備えてITビジネスの起業を夢見て
水面下で準備を進めた。なけなしの金をはたいて新しいシステムも開発した。
これならいける!と、自信があった。

検察との闘いで一審、二審と無罪を勝ち取り父の無罪が確定。
冤罪事件であることを証明し、裁判が終わり、その時がやってきた。
起業するにしても当面の運転資金が必要だが、その資金も底をつき、協力してくれる
スタッフもいない。世間に背を向けてきたから仕方がない展開だった。
一人で起業を決意した。

かつての業界には戻りたくなかったので、別の業界での立ち上げを狙った。
なぜ以前の業界に戻らないのか?

「犯人の息子」

心無い人たちに浴びせられたこの言葉がいつも脳裏に焼きついていた。
信頼関係が一度壊れた中で、私も相手も何事もなかったかのように元の関係に
戻ることは出来なかった。
元の業界は長いブランクの間に時代が変わり、仕事のシステムもニーズも
変わっていた。いつの間にか時代は変わっていた。
自分が浦島太郎に思えた。

その直後、突然の悲劇が襲った。
命の尊さを知った・・・。
どんなに傷ついても生きていかなければならない苦しさを知った。
命や人の苦悩と向き合うようになった。

悲しみを乗り越えて再び動き始めた。
ITを活かした新しい起業、一人起業を開始した。
久しぶりにスーツに身を包み、新しい名刺に営業用のチラシ、パンフレットを抱え、
一人で街に飛び出した。

誰も私の過去など知らない。私は名前ではなく「業者さん」と呼ばれた。
「業者さんはお断りしています」「すみません、忙しいのでまたにして下さい」
「ただいま責任者は留守ですので」
事務所のインターホン越しに、つれない返事がかえってきた。
事務所の中にさえも入れてもらえず、門前払いなど当たり前だった。
額から汗が噴き出した。

かつての業界ならば、名刺を出せば肩書きが功を成して「どうぞ。ただいま上の者を
呼んでまいりますので」と丁寧に迎え入れてもらえたが、この業界では名前も実績も
ない私は全く相手にしてもらえなかった・・・信用がないことのみじめさを知った。
名刺を手に取り、いぶかしそうな面持ちで私を見る。
「少しだけでもお話を聞いて頂けないでしょうか」
「今、忙しいので」
「じゃあ、資料だけでも」
「あっ、はいはい」
受け取ったかと思うと資料はそのまま机の上に置かれた。

挫折という言葉が私を打ちのめした。
失敗を認めたくなかった。
あきらめきれずに資料一式を封筒に詰め、関係先へ四百通郵送した。
電話を待ったが、一件も反応はなかった。

再び打ちのめされた。

食事ものどを通らない日々が続いた。
自問自答する・・・冷静に自分を見つめなおした。

来る日も来る日も一人で悩んだ。
眠れない日々が続く。

自分は経営者に向いているのか、その能力はあるのか・・・。
過去の遠い記憶の糸をたぐりよせながら、自分の今までの生き方や自分の
性格を振り返った。
競技に例えるならば、私は個人競技で闘ってきた。
個人の能力や才能を活かせる活躍の場を求め続けてきた。人から見られる仕事に
対して、そのイメージに応えようと自分らしさを抑えていた。
自分の実力以上のレベルが求められた。時代のニーズをつかみ、さまざまな情報を
分析する。

今は学んだ知識や理論が記憶の向こうに消えかかっている。
自分への悔しさがにじんだ。
最初は長いブランクのせいだと思った。経営者としての資質のなさに気づき、別の
スタイルを模索した。

私に残されていたのは、体にしみついた人との関わりによる喜び。
人との出会いの中からアイデアを生み出し、現場でこそ今の自分を活かせる。
見せかけや突っ張って生きるよりも本当の自分に戻ろう。

個人競技でなく団体競技をめざそうと考えた。
経営者よりも、それをサポートする役が自分に向いていることにやっと気づいた。
野球に例えるならば、球団という組織の中で選手からコーチや監督をめざし、
その経験を活かして最後はフロントで手腕を発揮する。

そこに気づき、組織の中でこそ自分の力を発揮できると就職を決意したが、
これまた失敗の連続。不採用の通知を受け取るたびに自信をなくし、
再び挫折を味わう。

一度、人生の歯車が狂ってしまうと何をやってもうまくいかない・・・。

あきらめそうになり、もう何でもいいやと自分を見失いそうになった。
挫折の中でもう一度自分と向き合う。

仕事をしている自分のイメージ・・・真っ先にどんな場面を想像するかを考えた。
仲間に囲まれた自分がいて、仲間と一緒に笑う自分。
父や母の面影を重ねながらの人々の笑顔。
自分の居場所が少しずつ見えてきた。
心の中に命の尊さという言葉が、しっかりと刻まれていることに気づいた。

仲間と一緒に仕事できる楽しさ。楽しいことばかりじゃないのは分かっているが、
一人じゃない喜びがある。
人の心をあたためることの素晴らしさ・・・介護という仕事が浮かんできた。
現場を運営している介護企業の実態が見えてきた。
今まで携わってきたノウハウも活かせることに気づいた。

介護の世界では定年が65歳の企業もある。あと15年あればいろんなことに挑戦できる。
五十歳という年齢は、介護の世界では決して若くはないが、真ん中を少し
過ぎた位だと聞いた。この年齢でもまだまだ活躍の場はある。
もちろん体力の限界があり、それに合わせて現場の経験を活かした場所へと
ステップアップしていけばいい。その努力は惜しまない。
常に学ぶことはいくらでもある。
遅咲きのルーキーの心境だ。

失敗や挫折の数だけ多くのことを学んだ。
挫折を経験するたびに強くなる自分。ベストを尽くした結果だから恥じることないんだ。
人生や命と向き合うとき、自分の数多くの失敗や挫折の経験が生きてくる。
挫折や失敗を経験し、自分の弱さを認めた時に人間は強くなれる・・・そんな気がする。
こうして自分の失敗を素直に語れるようになったということは、自分の中で
何かが変わったからだろう。今は気負いもない。
表情にも心にも明るさを取り戻している・・・と思う。

多くの人たちの人生を見届け、「おつかれさまでした」と手を振ってあげる。
そんな人生との出会いも素晴らしいかも。

最高の人生や仕事に いつめぐり逢うのかを 私たちはいつも知らない・・・。

♪縦の糸はあなた 横の糸は私
 逢うべき糸に 出逢えることを 
 人は「仕合わせ」と呼びます・・・
   
     中島みゆき ♪「糸」より

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第21話  老いるということ 「求職男」〜再就職への道〜

桜の花びらが舞う午後の病室。
今年80歳を迎える父と78歳の母。
そして50歳になったばかりの私。
父は長かった裁判が終わった直後から,心労がたたり体調を崩し始めた。
持病の糖尿病に狭心症、公判中は検事の脅迫によるPTSDに苦しみ、
身の潔白を証明しようと死をもって抗議しようと、死に場所を探してさまよった
こともあった。裁判後に二度の脳梗塞に認知症。
さらに心臓の動脈硬化も見つかった。

「お父さん、どがんね。傷口は傷むね?」
父は心臓のカテーテル治療のために入院した。
治療は無事に終わったが、腕の動脈からの出血が止まらず、手術が行われて
退院が延期になっていた。
内出血でどす黒く変色した右腕。

「おお、お前か。ほんなこと(本当に)久しぶりに来たな。(息子たちが)
誰も来てくれんから徒然なか(とぜんなか:寂しい)ったばい。」
(父は私が数日前に来たとことを忘れていた。兄や弟が来たことも忘れている。
以前、良さんが教えてくれた『受容』という言葉が浮かぶ)
「ごめんごめん、職探しで忙しくてね」
「そうか、お前はそうやったな・・・ニュースを見てると、ほんなこと厳しか
みたいだな」
(父は私の職探しのことは覚えていた)
「うん、その件で二人に聞いて欲しいことがあってさ。まっ、俺の話を聞いてよ」

私は父と母に介護企業への就職をめざすことを伝えた。
なぜ介護業界なのか、何をめざすのかを説明した。
ヘルパーの養成講座に通うことも伝えた。
父や母の反応が気になった。

「そうか、介護か・・・俺は賛成ばい。実際、自分が介護をしてもらう身になって
知ったけど、お世話して下さる人たちはみんな良か人ばかりばい。せちがない
世の中に他人を世話してくれるなんて、誰にでも出来る仕事やなか。ほんなこと
感謝しとるばい」
父は意外なほど快く賛成してくれた。

「そうよ、私も一人ではお父さんを介護できんよ。みなさん良くして下さるし、
私も感謝しとるよ。人様に喜んでもらえる仕事だし、よかと思うよ」
母も賛成してくれた。

「介護の世界は仕事がキツイし給料も安いというし・・・反対するかと思うとったよ」
「あはは、なんば言いよるか。以前の俺やったら反対したかもしれん・・・でもな、
俺も逮捕されて苦しい裁判を闘う中でいろんなことを考えたばい。
人生って何やろうかと。一瞬で人生が変わる事も知った」
父の言葉に私も母もうなずいた。

「どんな立派な地位や肩書きがあっても必ず歳を取っていく。歳を取ればただの人、
誰でん同じばい。そん時に誰が世話してくれるとか・・・絶対に介護は必要ばい。
感謝される仕事ばい。そこで今までのお前が教えてきたことや経験が活かせるならば、
やってみればよか」
「俺もそう思う。裁判で俺も変わったとよ・・・人生観や生き方がね。
だからボランティアに興味を持つようになったし、就職活動を続けていく中で
だんだんと自分が探していたことが見えてきたとよ」
今度は父と母がうなずいた。

「あんたがどがん仕事しようと、自分で納得して決めた仕事ならば、お母さんは
応援するよ。頑張りんしゃい」
母の言葉がさらに私の背中を押してくれた。

「よう考えると、お前は小さか頃から黙って人の様子ば、よう見よる子やった。
辛抱強くて根は優しい子やった。お前が闘ってくれたから無実を証明できたとばい。
お母さんも俺もほんなこと、お前には感謝しとるばい」
「またあ、その話はもうよかよ・・・もう終わったことだし。でもさ、裁判でいろんな
ことを教えられたことは確かだね。
感情に押し流されない冷静な見極めと決断、そしてあきらめない気持ち。
最初は先生たちに感情ばかりで物事を見るなと何度もボロクソに怒られたよ」
「あはは、そうそう、そうやったな。お前なりに考えた上で決めたことやろうし、
俺も人として何が大切かを考えてきた。お前が考え抜いた末に出した結論やし
応援するばい」

「お父さん、ありがとう。最初は現場のヘルパーの仕事から勉強せないかんし、
大変やと思うけど頑張るよ」
「うむ、最初は誰でん苦労するのは当たり前ばい。そりゃあ大変やろうけど、
苦労した分は後で必ず役に立つ。お前は俺たちに内緒で夜の工事現場で
働きよったやなかか。お前なら出来ると信じとるばい」
たしかにあの時は親兄弟にも内緒で働いていた。
必死だった・・・。

事件以降、世間に背を向けて人との関わりが途絶えた八年だったが、
もう一度、人との関わりの中に戻ろうと決めた。

父と母、そして私。
いつも一緒に裁判を闘っていた。
当時の出来事が、今では遠い昔の出来事のような気さえする。
ベッドに横たわる年老いた父。
あの頃の父とはまるで別人のように老いてしまった79歳の父。
しかし父の表情には穏やかな優しさを取り戻していた。
そして寂しげな表情も。


五年前、74歳の父は法廷に立っていた・・・。

結審の日。

「本日、今の私の心境をお話させて頂こうと思って法廷に臨みましたが……この
二年半を振り返ると、一生忘れることが出来ないし、言葉ではお伝えできないほどの
憤りと苦しい日々でありました……そして、もっと検察が適正な捜査をしてくれて
いたらと思うと残念でなりません……」

K検事は表情を変えないまま父をじっと見つめていた。
「私は検察の申されるように、不正を知っていながらあえて指示したということは、
天地神明に誓って致しておりません……」
父は、裁判官席に向かって涙をこらえながら訴えていた。
母は不安そうな顔で、今にも泣き崩れてしまいそうな父の背中をじっと見つめていた。
声がつまった父は三人の裁判官たちの顔を確認するかのようにゆっくりと見渡し
直立の姿勢で、腹の底から搾り出したような声で訴えた。

「私は司法の正義の元に、本当の真実が必ず明らかになる事を信じています」

それまで表情を変えずに聞いていたK検事の顔が、苦渋に満ちたような複雑な表情に
変わった。日野弁護士と山口弁護士は二人とも目を閉じたまま父の声を聞いていた。


「司法の正義が……司法の正義が、必ずや真実を明らかにしてくれることを私は信じています」

(「いつか春が」連載32話★「司法の正義を信じています」…結審
   http://blogs.yahoo.co.jp/rainrain1192/14474079.html)



あの冤罪事件から今、九年目の春を迎えた。
一度失った信用をもう一度取り戻したい・・・父や母の願いだった。

窓際に立ち、ふるさとの佐賀の風景を見渡すと視線の先に裁判所が見えた。
母は椅子から立ち上がると私の横に並んだ。
背中が丸くなるばかりの母は以前よりも小さくなっていた。
母の視線は私と同じ方向を見つめているようだった。


人が老いるということ・・・。
親として子供に最後に教えることは、老いていくこと、死とは何かなのかもしれない。
誰も避けることができない「老い」と、どう向き合っていけばいいのかを、
父と母が教えてくれた。

今日に至るまでの時間は、父にとっても私たち家族にとっても言葉では言い表せない
濃密な時間だった。

「・・・・・・」

「おい、何か見えるか?」
「うん・・・桜が見える。今まで忘れていたけど・・・やっぱりきれいかね」

「そうか・・・」

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第20話 男たちの詩 「求職男」〜再就職への道〜


「よし、やるぞ!」

翌日から再び就職活動を開始した。
もちろん介護企業に向けての就職活動だ。まずは最低ヘルパー2級の
資格を取得しなければならない。これが採用の必須条件ともいえる。
私は集めてきた資料をもとに次々と電話をかけた。
「もしもし、そちらのヘルパーの養成講座についてお聞きしたいのですが」
十件ほど電話をして、ここだという講座が見つかった。
期間は約1ヶ月の短期集中講座。
(よし、ここにしよう)


福岡も雇用不況が深刻化する中、今まで行政は派遣切りなどの失職者の緊急
雇用対策を優先的に取り組んできたが、ここにきて中高年の再就職も非常に
困難であることに行政もやっと気づいたようだ。
福岡労働局や県とハローワークが協力して、40歳から60歳を対象にした
中高年専用の就職支援センターを開設した。
専門のキャリアカウンセラーが、個別に相談にのってくれることを知り早速
足を運んだ。
慎重に業界を研究して選んだつもりでも、ひょっとしたら自分の考えは甘いのかも・・・
これならいけると決意したものの不安はある。
私が描いた介護企業への就職と入社後のステップアップの構想を専門家に一度
聞いてほしかったからだ。

「おお!」
圧倒された。ドアを開けるとフロアには私と同年代の人たちがあふれ、ムンムン
とするような熱気につつまれていた。わずかだが女性もいる。
メタボ気味のお腹、髪が薄くなった人、顔が脂ぎった男性。
見るからに一目見て中年と分かる。
ハローワークで見かける同年代の男性はため息まじりに下を向いているような
人たちが多かったが、ここは違った。
加齢臭など何のその、気にしない気にしない。どの顔も真剣な眼差しで輝いている。
中高年の再就職の厳しさを知っている闘う男たちだ。

自分のため、家族のため、必死で仕事を見つけようとしている。
みんな気づいている。再就職というチャンスをつかむためには行動するしか
ないということを。
就職が決まらないまま時間だけが過ぎていく焦りや不安。誰もが同じだ。
この歳になると残りの人生を考える。あと何年働けるかを逆算してしまう。
口には出さないが、過去の輝いていた頃の肩書きや生活に、執着すればするほど
チャンスは遠のいていくことを本当は誰もが気づいている。
いつかチャンスが訪れるだろうと待ち続けても、時間だけが過ぎていく
虚しさを知っている。

ここにいる男たちは職を失う怖さを知っている。
「お仕事は何ですか」と尋ねられた時、返事に困り言葉を濁すみじめさも知っている。
背広や作業着姿の道行く人たちが妬ましく思える自分の小ささに悲しくなった。

私も一番輝いていた時に自ら仕事を捨てた。
とてつもない勇気が必要だった。一瞬、妻や娘たちの顔が脳裏をよぎったが、
それ以上に父の「助けてくれ」という悲痛な叫びが聞こえた。
だからこそ決断できた。捨てる勇気を経験したから怖くない。
法廷で真実を証言すると検察の報復が怖いと、弱気になった父を大声で怒鳴りつけた
ことがある。
「逃げるなよ!闘えよ!もう失うものは何もなかろうもん!」

私は泣きながら父を怒鳴りつけた。
(※連載15話★「もうなくすものはなかろうが!」…悔し涙
http://blogs.yahoo.co.jp/rainrain1192/13295089.html )

やる前から無理だ、無駄だとゴチャゴチャほざいても何にも変わらない。
もし介護の世界に夢や希望を見出せなかったら、私は今も出来ない言い訳を
探し続けていただろう。
介護に未来はないと考える人がいるが、それははたして本当だろうか。
人は必ず老いていく、死んでいく。そこに介護を求める人が必ずいる。
もし介護の世界に偏見を抱く人がいるならば、その人は自分が老いた時に
介護を必要とせずに暮らせるだろうか・・・。

最後は人のために泣いたことがあるかだ。
出来る出来ないは最後はハートが熱いかだ。

とにかくやってみよう。
やる前からあきらめるなんてつまらなすぎる。
実際に飛び込んで自分の目で確かめなければ本当のことは分からない。
飛び込んで問題点が見つかれば改善に向けて知恵を絞ればいい。
誰も動かないならば、まずは自分が動けばいい。
最初はバラバラでも、一人の想いがやがて二人、三人と同じ想いに
つながっていけばいい。
今まで私はそうやって人材育成に取り組んできた。
その代わり言うからには、人の三倍は動いた。
「人がついてきてくれるかはリーダーが苦しんだ分に比例する」
この言葉を実践した。だからみんながついてきてくれた。
きっと変わる、意識が変わる。

「挑戦することを恐れたら何も変わらないですよ」
私が担当する講座でリーダーシップ論を語るとき、これが私の口癖だった。

ここにいる同じ中高年の熱気に圧倒されて私も燃えてきた。
64番目でやっと私の順番が回ってきた。私より
年配の白髪交じりのカウンセラーが私の経歴を見てすぐに気づいた。
ここは労働局が絡んでいるので、私が労働局の専門委員をしていた経歴を見て
すぐに反応した。

「なぜ、ここに・・・どうしてですか?」

「いやー、いろいろあってですね。人生波乱万丈ですよ。あはは」
明らかに私を不信の目で見ている。
私はお構いなしに尋ねた。
「じつは私の考えを専門家に聞いて頂きたくてやってきたのですが聞いてもらえますか」
「はい・・・何でしょうか」
私は介護業界に新しい人生を賭ける意気込みや志を熱く語った。
カウンセラーは黙ってうなずき続けた。

なぜ介護業界を選ぶのか。そこで何を目指すのか。何をしたいのか・・・。

「私の構想はざっとこんなもんですがいかがでしょう。甘いでしょうか?」
最後まで話しを聞き終えたカウンセラーがやっと口を開いた。
「私が介護施設の理事長ならば、あなたを即採用しますよ。
じつに業界を研究しておられますね。目の付け所が違いますね、なるほどですよ」
「そうですか!この考えで進んでよろしいでしょうか?」
「そこまで考えを整理されて計画も具体的ですし大賛成ですよ。やってみなさい。
あなたの今の情熱ならばきっと出来ると思いますよ。とにかく早く行動しなさい。
その目標に向かって動きなさい」

「ありがとうございます。これで私もプロのお墨付きを頂き安心しました」
「何をおっしゃるのですか、あなたこそ専門家でしょう」
「いいえ、今はただの求職者ですよ」
「頑張ってくださいね」

私は自信を深めて部屋を出た。
ようし、いっちょう暴れてやるぞ!
私の中で闘いの火ぶたが切られたことを確信した。

少しずつ昔の自分を思い出してきた。
50歳、人生半分・・・まだまだ半分。
五十歳からの新たな挑戦があってもいいはずだ。
俺の人生はまだ終わっていない。

良さん、俺も青春を見つけたよ。

男たちよ、闘おう。

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