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第19話 また振り出しに 「求職男」〜再就職への道〜 やっと再就職への願いが叶うと思ったものの新たな問題が。 やっとつかんだチャンスだが、自分が夢見ていた道と違うかもしれない。 もし違うとしたらどうする? このチャンスを逃したら、再びゼロからのスタートだ。 今はそれ以上は考えたくなかった。 私は一人で悶々とした時間を過ごしていた。 気分を変えようと、久しぶりに平日の映画館に足を運んだ。 どうしても観ておきたかった。 予告編が流れる館内の薄明かりの中で自分の席を探した。 黒いシルエットから見て、七十歳過ぎの女性が二人。 (あった、ここだ) 私の席はそのご婦人たちの斜め後ろだった。 私とご婦人二名の閑散とした館内だった。 すぐに「おくりびと」の本編が始まり、私はぼんやりとスクリーンを眺めていた。 仕事を失い職探しの主人公。自分の今と重なり切なかった。 「プッ!ククク・・・」 冒頭から笑いを誘う場面が続き、最初は声を殺していたが、貸切状態のためか 次第に大胆になった。 「フフ、フファファ、アハハハ・・・」 館内に私の笑い声が響いた。 こんなに声を出して映画を観たのは初めてだった。 私の笑い声に誘われてか、ご婦人たちも大声で笑いだした。 「あははは・・・」 「うふふふ・・・」 「クククク・・・」 笑いが笑いを誘う。 館内は三人だけの笑い声につつまれていた。 物語が進み、人間の死について考えた。 五十歳の誕生日を迎えた私が、今まで関わってきた死。 老衰による穏やかな死、病との闘いの末に訪れた死、 突然襲った事故による悲しみの死、自ら命を絶った悔しい死。 人生五十年、さまざまな死と向き合ってきた。 誰もに訪れる死。私の両親や家族、友人も大切な人たちすべてに訪れる死。 そして私自身も。死に行く人たちにはそれぞれの人生があり、 人生の中心に家族がいて仕事がある。 仕事とは何か、働くとは何か。人生とは何か・・・。 スクリーンの中の主人公が苦悩する。 私の頬を熱い涙がつたう。拭いても拭いても涙があふれてきた。 「うっ、ううう・・・うぇっ」 「うぇっ、うええええ・・・」 「うっ、うっ、ズズズー・・・」 館内に私とご婦人たちの嗚咽が重なり合いながら響いた。 最後は涙、涙、涙の連続。 斜めのご婦人を見ると、スクリーンに向かって両手を合わせて拝んでいた・・・ えっ!と目をこらしてよく見るとハンカチで鼻をすすっていた。 映画館を出ると、外はすでに暗くなっていた。 この映画を観て、心の中に熱い情熱が湧き上がってくるのが分かった。 襟を立てながら両手をポケットにつっこんで歩く自分。 一人であてもなく歩くうちに、映画の余韻は消えて、現実に引き戻されていった。 私に向かってくるかのように、次から次へと人の波が打ち寄せる。 波の合間をすり抜けて歩く私は、人の流れに逆らって歩いている。 もうすぐ岸にたどりつこうとすると、大きな波に押し戻されてしまう。 そんな気がした。 (この人たちには仕事があり、仕事の仲間もいる。なのに、どうして俺には 仕事も仕事の仲間もいないんだ・・・なぜ、どこの会社も俺を必要としてくれないんだよ) ため息がこぼれた。 その時、ポケットの中の携帯電話が震えた。 先日の派遣会社の担当者だった。 (来たぞ!・・・いよいよだな) 一瞬、緊張で顔がこわばったような気がした。 「先日の件ですが・・・」 「で、どうでした?」 「確認しましたが、今回の事業は職を失った人たちを緊急的に救済するのが 目的だということで・・・」 (うん、俺も職を求めているよ。条件に該当するよ) 「それと、派遣する施設は利益を求めない公益法人、つまり社会福祉法人が 運営する施設に限定するそうですので、障害者施設や特養などで、民間の 施設はちょっと・・・」 「何ですかそれは?民間の施設には行けないのですか?」 「はい・・・利益を求める民間の施設は対象外と」 「介護はボランティアでは運営できないですよ!ちゃんと利益をあげてこそ 健全な施設運営ができ、職員にもきちんとした給与が分配されてこそ働く意欲を 共有できるのじゃないですか」 「私に言われましても・・・」 「人材育成という言葉が事業名に使われているけれど、人を育てるということは 単に職を与えればいいというだけでは、人は育てられないですよ。人を育てる ということは、その人の悩みや夢や希望も受け止めた上で、一緒に考えて あげなければ人を育てるなんて出来っこないですよ」 「おっしゃることは分かりますが・・・でも民間施設への斡旋は出来ないとの方針 ですから」 「とりあえず人手が足りない現場に求職者を送り込む。それが就労支援ですか。 たしかに緊急を要する人もいるし、それも必要です。 でも、介護に希望を持って働きたいという人もいますよ。希望とは関係なしに、 指定された施設に派遣される。それでは根付きませんよ。 介護の世界を雇用の受け皿とだけ考えるだけならば、人材は育たないですよ。 介護に興味や関心を持った人たちでないと現場では務まりまらないことも たくさんあると思いますよ」 「はっ、まさにそのとおりです。しかし・・・」 「介護は人が好きでないと出来ない仕事ですよ。機械相手じゃないし・・・。 こんな世の中だからこそ、予算を使ってやる事業ならばもっとハートに響く 企画を作ってくださいよ」 「今後の参考にさせて頂きますので・・・それでどうしましょうか?」 「どうしましょうって・・・そう言われても。私が描いた夢が実現できる現場を 自分で探します。今回は白紙にさせてください」 「はっ、それでいいですね。上のほうには希望が合わないので辞退されたと ご報告させて頂きますね。そのような扱いとさせて頂いていいでしょうか?」 「どうぞ、ご自由に」 「では、先ほどの意見は今後の参考にさせて頂きますので・・・ご検討をお祈りします」 サクラチルだな。 チャンスが消えた・・・。 いや、これはチャンスではなかったんだ。 介護の会社でこんなことをしたい、こうゆうこともしたいと私は夢や希望を抱いている。 そんな私の想いとは別に介護の現場を仕事の受け皿ととらえる認識ではあまりにも 違いすぎる。 正社員になれるという魅力はあるが、これだけは譲れない妥協できなかった。 また振り出しに戻ってしまった。 ゼロからスタートしなければならない。 でも後悔はしていない。 転んだら起き上がればいい。 何度転んでも起き上がってみせる。 帰りの電車の窓に映る自分の顔。 (おう、自分よ。大丈夫か?) ガラスに映る自分に問いかける。 (ああ、大丈夫だ。まだまだ大丈夫だ。心配するなって) ガタンゴトン、ガタンゴトン。 ポッカリと空いた私の心に電車の音が響いた。 |

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