『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

物語:「求職男」

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   第19話 また振り出しに 「求職男」〜再就職への道〜



やっと再就職への願いが叶うと思ったものの新たな問題が。
やっとつかんだチャンスだが、自分が夢見ていた道と違うかもしれない。
もし違うとしたらどうする?
このチャンスを逃したら、再びゼロからのスタートだ。
今はそれ以上は考えたくなかった。
私は一人で悶々とした時間を過ごしていた。

気分を変えようと、久しぶりに平日の映画館に足を運んだ。
どうしても観ておきたかった。
予告編が流れる館内の薄明かりの中で自分の席を探した。
黒いシルエットから見て、七十歳過ぎの女性が二人。
(あった、ここだ)
私の席はそのご婦人たちの斜め後ろだった。
私とご婦人二名の閑散とした館内だった。

すぐに「おくりびと」の本編が始まり、私はぼんやりとスクリーンを眺めていた。
仕事を失い職探しの主人公。自分の今と重なり切なかった。

「プッ!ククク・・・」
冒頭から笑いを誘う場面が続き、最初は声を殺していたが、貸切状態のためか
次第に大胆になった。

「フフ、フファファ、アハハハ・・・」

館内に私の笑い声が響いた。
こんなに声を出して映画を観たのは初めてだった。
私の笑い声に誘われてか、ご婦人たちも大声で笑いだした。
「あははは・・・」
「うふふふ・・・」
「クククク・・・」
笑いが笑いを誘う。
館内は三人だけの笑い声につつまれていた。

物語が進み、人間の死について考えた。
五十歳の誕生日を迎えた私が、今まで関わってきた死。
老衰による穏やかな死、病との闘いの末に訪れた死、
突然襲った事故による悲しみの死、自ら命を絶った悔しい死。

人生五十年、さまざまな死と向き合ってきた。
誰もに訪れる死。私の両親や家族、友人も大切な人たちすべてに訪れる死。
そして私自身も。死に行く人たちにはそれぞれの人生があり、
人生の中心に家族がいて仕事がある。
仕事とは何か、働くとは何か。人生とは何か・・・。

スクリーンの中の主人公が苦悩する。
私の頬を熱い涙がつたう。拭いても拭いても涙があふれてきた。
「うっ、ううう・・・うぇっ」
「うぇっ、うええええ・・・」
「うっ、うっ、ズズズー・・・」
館内に私とご婦人たちの嗚咽が重なり合いながら響いた。

最後は涙、涙、涙の連続。
斜めのご婦人を見ると、スクリーンに向かって両手を合わせて拝んでいた・・・
えっ!と目をこらしてよく見るとハンカチで鼻をすすっていた。

映画館を出ると、外はすでに暗くなっていた。
この映画を観て、心の中に熱い情熱が湧き上がってくるのが分かった。
襟を立てながら両手をポケットにつっこんで歩く自分。
一人であてもなく歩くうちに、映画の余韻は消えて、現実に引き戻されていった。

私に向かってくるかのように、次から次へと人の波が打ち寄せる。
波の合間をすり抜けて歩く私は、人の流れに逆らって歩いている。
もうすぐ岸にたどりつこうとすると、大きな波に押し戻されてしまう。
そんな気がした。

(この人たちには仕事があり、仕事の仲間もいる。なのに、どうして俺には
仕事も仕事の仲間もいないんだ・・・なぜ、どこの会社も俺を必要としてくれないんだよ)
ため息がこぼれた。

その時、ポケットの中の携帯電話が震えた。
先日の派遣会社の担当者だった。
(来たぞ!・・・いよいよだな)
一瞬、緊張で顔がこわばったような気がした。
「先日の件ですが・・・」
「で、どうでした?」
「確認しましたが、今回の事業は職を失った人たちを緊急的に救済するのが
目的だということで・・・」
(うん、俺も職を求めているよ。条件に該当するよ)
「それと、派遣する施設は利益を求めない公益法人、つまり社会福祉法人が
運営する施設に限定するそうですので、障害者施設や特養などで、民間の
施設はちょっと・・・」

「何ですかそれは?民間の施設には行けないのですか?」
「はい・・・利益を求める民間の施設は対象外と」
「介護はボランティアでは運営できないですよ!ちゃんと利益をあげてこそ
健全な施設運営ができ、職員にもきちんとした給与が分配されてこそ働く意欲を
共有できるのじゃないですか」
「私に言われましても・・・」
「人材育成という言葉が事業名に使われているけれど、人を育てるということは
単に職を与えればいいというだけでは、人は育てられないですよ。人を育てる
ということは、その人の悩みや夢や希望も受け止めた上で、一緒に考えて
あげなければ人を育てるなんて出来っこないですよ」

「おっしゃることは分かりますが・・・でも民間施設への斡旋は出来ないとの方針
ですから」
「とりあえず人手が足りない現場に求職者を送り込む。それが就労支援ですか。
たしかに緊急を要する人もいるし、それも必要です。
でも、介護に希望を持って働きたいという人もいますよ。希望とは関係なしに、
指定された施設に派遣される。それでは根付きませんよ。
介護の世界を雇用の受け皿とだけ考えるだけならば、人材は育たないですよ。
介護に興味や関心を持った人たちでないと現場では務まりまらないことも
たくさんあると思いますよ」

「はっ、まさにそのとおりです。しかし・・・」
「介護は人が好きでないと出来ない仕事ですよ。機械相手じゃないし・・・。
こんな世の中だからこそ、予算を使ってやる事業ならばもっとハートに響く
企画を作ってくださいよ」
「今後の参考にさせて頂きますので・・・それでどうしましょうか?」

「どうしましょうって・・・そう言われても。私が描いた夢が実現できる現場を
自分で探します。今回は白紙にさせてください」
「はっ、それでいいですね。上のほうには希望が合わないので辞退されたと
ご報告させて頂きますね。そのような扱いとさせて頂いていいでしょうか?」
「どうぞ、ご自由に」
「では、先ほどの意見は今後の参考にさせて頂きますので・・・ご検討をお祈りします」


サクラチルだな。
チャンスが消えた・・・。
いや、これはチャンスではなかったんだ。
介護の会社でこんなことをしたい、こうゆうこともしたいと私は夢や希望を抱いている。
そんな私の想いとは別に介護の現場を仕事の受け皿ととらえる認識ではあまりにも
違いすぎる。
正社員になれるという魅力はあるが、これだけは譲れない妥協できなかった。

また振り出しに戻ってしまった。
ゼロからスタートしなければならない。
でも後悔はしていない。

転んだら起き上がればいい。
何度転んでも起き上がってみせる。

帰りの電車の窓に映る自分の顔。
(おう、自分よ。大丈夫か?)
ガラスに映る自分に問いかける。

(ああ、大丈夫だ。まだまだ大丈夫だ。心配するなって)

ガタンゴトン、ガタンゴトン。

ポッカリと空いた私の心に電車の音が響いた。





第18話 夢の坂道 「求職男」〜再就職への道〜


桜が満開の頃を迎えようとしていた。
もうすぐ・・・もうすぐだ。長かった就職活動に終止符が打たれようと
している・・・・。
私は晴れ晴れとした気持ちで空を見上げた。
青く晴れ渡る春の空がまぶしかった。

福岡市天神の説明会会場。
今回の介護業界への就労促進事業は、県からの委託で派遣会社が窓口に
なっていた。
(県の事業なのに派遣会社が窓口ということは、こりゃ丸投げだな)
だが、そんなことはどうでもよかった。
無料で資格が取れて、就職先も斡旋してもらえる今回の事業は、
まさに願ったり叶ったりの話だったので、迷うことなく応募した。

説明会会場となる派遣会社の会議室に案内された。
二十名分ほどの席が用意されていたが、まだ誰の姿もなかった。
(あれ?意外と少ないんだな・・・)
事前に人数を制限して、応募者だけを集めての説明会と聞かされていた。

定刻どおりに説明会が始まった。
参加者の人数を数えてみると全部で16名。
(へえー、男性が10名、女性が6名。これは意外だな)
二十代が半数を占め、三十代、四十代、五十代がそれぞれ数名ずつ。
(俺より年配者は・・・三名か)

私は希望に満ちた表情で周囲の参加者を見回したが、どの顔も精彩がなく
疲れきった表情だった。
(おかしいな?介護の仕事に就きたいと、自ら希望して参加しているはずでは・・・
この空気は何だろうか)

事業の概要説明が始まった。

今日、ここで派遣会社と半年間の雇用契約を結び、最初は派遣会社から
介護施設へ派遣というスタイルで半年間勤務。その間、日当分としての
給料が支払われる。
まあ、試用期間と考えればいい。
半年間の契約が終了した時点で、特に問題がなければ正規採用となるらしい。

今日は派遣会社への登録と派遣先や就労への希望を個別に面談する時間が
用意されていた。
(へえー、これが派遣会社への登録というものか)
登録書類に必要事項を記入していく間に、順番に名前が呼ばれ面談室へと消えていく。

全部書き終えた頃、私の名前が呼ばれた。
部屋に入ると三十代半ばの男性が私を待っていた。

「では派遣先についてのお話ですが、その前に履歴書と経歴書を拝見させて
頂きますね」
私の資料に目を通すうちに、担当者は「??」と首をかしげ始めた。
困惑した表情を浮かべて黙り込む担当者に私から声をかけた。

「年齢も経験も不問ですよね。私の年齢でも応募は可能なのでしょう」
「はあ、大丈夫ですけれど・・・あのぅ、これって先生をされておられたのですか?」
「先生というより講師といいますか・・・まあ何というか、昔、ヒトのヤル気を
引き出すというか、企業の人材育成や地域活性化などの講師をしていました」

担当者はますます不思議そうな表情を浮かべた。
「へえー・・・でも、なぜ今回応募されたのですか?」
「なぜって・・・介護の会社で働きたいからですよ。無料で資格も取れて実務経験も
積めるなんて素晴らしいじゃないですか」
担当者はやはり不思議そうな表情で私の顔を見た。

「誰でも応募できるのでしょう?」
「はい・・・そうですが」
「じつは既に企業研究して、働きたい施設や会社名も決めてきました。そこに
派遣してもらえないでしょうか」
「はあ??」
「だって就職を前提として派遣するのでしょう。派遣先が就職先になるならば、
どこでもいいというわけにはいかないし慎重に選びますよ。希望はきいてもらえると
聞いていたので、自分の働きたい会社を既に決めてきました。就職した後、何を
めざすか目標も自分なりに決めていますしね」

「えっ!もう会社名も目標も決めておられるのですか?ずっと働くつもりですか」
担当者は目をパチクリさせた。
(やはり派遣会社の社員だな。派遣期間という発想があるから、定年まで働くことが
珍しいのかな)
「当たり前ですよ。当然目標を持って就職したいし、自分にとってやりがいのある
施設に就職したいしですね。定年まで精一杯頑張るつもりですよ、あはは」
「へえー、そこまで考えておられるのですか・・・」

「それで、○○株式会社の○○施設を第一希望します。アハハ、まっ、いわゆる
逆指名ですかね。よろしいでしょうか」
「ちょっ、ちょっと待ってください。そりゃあそうですが・・・今日は三日間の説明会の
最終日ですが、そんな人は誰もおられませんでしたので・・・さてどうしましょうか」

担当者は一覧表を取り出すと私が名指した会社名を探し始めた。

「申し訳ありませんが、こちらで準備している派遣先の施設リストには、その施設は
入っていませんよ」
「じゃあ、その会社を派遣先リストに加えてもらえるように、上に交渉して
もらえませんか。誰だって希望する施設で働きたいしですね。派遣先、いや就職先となる
施設は私のほうでも選べるのでしょう?」
「たしかにそうですが・・・そういう応募者は今までおられなかったので、そんな人が
応募されるとは考えていませんでしたので」

(おいおい、そりゃないよ。どうも話が噛み合わないな。変だな・・・)

「どうゆことですか?応募された方々は用意されたリストの中からだけで派遣先を
決めておられるのですか」
「はあ・・・だいたいそうですね」
「ええー、そんなもんですか」
今度は私が目をパチクリさせた。
(やっぱり何か変だ。そんなに簡単に決めるのって変だよ)

「ここでチョコチョコと話して、自分の一生の仕事とする就職先を決めるのですか」
「そういうわけではありませんが・・・だいたい決めておられますね」
(ひえー、就職先を即決なんて俺には出来ないよ)
「じゃあ私は保留にして下さい。三十分あまりで自分の就職先を簡単に決めたくないし、
先ほどの会社が派遣先リストに加えてもらえるかを上のほうと交渉して下さい。
確認していただいた上で返事をします。それでいいでしょうか」
(私が慎重すぎるのか、変なのか?うーん、おかしいな)

「わかりました。ご希望の施設がリストに加えてもらえるか、後日結果をご連絡しますね」
「よろしくお願いします」

意気揚々と説明会に出席した私だったが、暗雲が立ち込め始めた。
いったいどうなっているんだ。なんか変だぞ・・・。
雇用不況が厳しさを増すばかりの中で、やっとつかんだチャンス。
このチャンスに賭けようと願う私だった。

あと少しで夢が叶う。
やっと自分が描いた夢の坂道を登り始めた。
そう信じたい・・・。

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  第17話 たしかなこと(後編) 「求職男」〜再就職への道〜


(前回からのつづき)

自滅への道を突き進む私に対して彼は言った。

「自分の人生を大切に」と。

彼の一言によって私は救われた、と今でも思う。

「俺は絶対に親父の無実ば証明するよ・・・そして、絶対にあの検事を許さんよ。
人の人生を滅茶苦茶にして・・・何が正義ね。あの検事が正義のヒーローね、
出世のためならば事件をでっち上げてもよかとね」

私は今まで誰にも聞いてもらえなかった怒りや悔しさを、堰を切ったように彼に
話し続けた。
彼は黙って聞き続けてくれた。

話を聞いていくれる良さんが、いつも悲しそうな表情を浮かべながら
私の話を聞いてくれていることに気づいていた。
気づいていたけれど、自分の怒りや悔しさを誰かに吐き出さないと、現実の苦しさに
耐え切れず、自分自身が壊れていくようで怖かった。
彼に私の話を聞いてもらえるだけで、私の心は壊れる寸前のギリギリのところで
踏ん張ることができた。
私にとって彼の存在は、どん底生活をさまよう中で、唯一の理解者であり、
お互いに自分の人生を変えようと戦う同士だった。

夜勤の仕事の合間に、薄明かりの中で二人でお互いの夢を語り合うこともあった。
良さんは自分の夢を嬉しそうに語った。
「僕はね何歳になっても青春はあると思うよ。だから今も青春真っ只中だよ」
今も青春・・・彼の口癖だった。
彼はいつも遥かなる未来を見つめているようだった。

「あのさ、ケンさんは裁判が終わったらどうする?」
「裁判が終わったら?・・・そうですねえ・・・今は裁判のことしか考えられないですね」
将来のことは、返事はいつも濁した。

本当は言葉には出さなかったけれど、心の中では父の無実を証明さえすれば、
失った信用も回復し、何もかも以前の生活に戻れると信じていた。仕事だって・・・。
当時は本当に元の生活に戻れると信じていた。

今、振り返ると現実はそんなに甘くはなかった。

固い友情に結ばれた二人が、別々の道を歩むことを決意したのも、桜の花びらが
散る季節だった。
彼は父親の介護に専念する道を選び、私は助けを求める父の裁判へと。

私は斉藤さんに一つだけ嘘をついた。
カウンセリングの勉強をしたのは、仕事に生かすためではなかった。
良さんが病と闘う父親を支え、一緒に闘っていることを知りながら、私は何も
出来なかった。
何もしてあげることができなかった。
良さんに救われた私が、今度は私が良さんの力になってやろうと思うものの、
私は父の裁判のことで精一杯だった。

私は命の尊さにどう向き合えばいいのか分からなかった。
生きること、命が尽きること・・・私にはどう接していいのか分からなかった。

何もしてあげることができなかった自分が情けなかった。

それ以来、ずっと心に引っかかるものがあった。
人の苦しみや悩みをどう受け止めてあげればいいのだろう。
命と向き合う人にどのように接すればいいのだろう。
自分には何ができるのだろう。

答えを探したが見つからなかった。

カウンセリング講座の受講生募集の新聞広告を目にした時、迷わず応募した。
受講料を払って半年間の研修を受けた。精神科の医師や心理学の大学教授の話、
傷ついた心や人に言えない苦しみと、どう向き合えばいいのかを学んだ。
良さんに言われた言葉の意味をずっと考え続けてきた。
最近、やっと分かりかけてきたような気がする。

自分を大切に出来ない人間は、他人を大切になど出来ない。

あの頃の私は自分を大切にしてなどいなかった。
だから大切な友人である良さんも、家族も、周りの誰をも大切にできなかったのかも
知れない。
私はまるで何かに取り付かれたかのように目を血走らせて、裁判のことしか頭になかった。
そんな私を、良さんや私の家族、周りがどんな想いで見つめていたのかなど気づかなかった。
もっと自分を大切にすることができたのなら、周りの人たちの苦しみや悲しみにも気づいて
あげることができたかも知れない。

介護の世界で自分を活かせると気づかせてくれたのは、良さんとの出会いや、
そんな私の過去があったからなのかも知れない。
いつか良さんに出会えたら、今度は私が話を聞いてあげよう。


おーい、良さん、聞こえるかい・・・。
俺は介護の世界へ進もうと決めたよ。
理想と現実は違うかもしれない。俺の考えは甘いのかもしれない。
でもさ、やってみなくちゃわからないよ。
今までだって体当たりでぶつかってきたんだもん、今度だって体当たりだよ。
やっと自分に何が出来るか見つかったんだよ。
これは、たしかなことだよ。
今なら笑うこともできるし、いい相談相手になれるかもしれない。
今度こそ本当の友達になれるかもしれない。
今ならどんな話を聞かされても目をそらさないで、向き合うことができそうな気がする。


介護の現場でもスタッフやお年寄りの話を聞いてあげよう。
愚痴でも何でも聞いてあげよう。話を聞いてあげるだけで心が救われる・・・元気が出る。
これがカウンセリングの基本であることを学んだ。


緊急雇用対策としての介護業界への就労支援事業に応募した私は、期待に胸を弾ませて
事業説明会の会場へと向かった。そこで私の希望が打ち砕かれることなど、
その時は知る由もなかった・・・。

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第16話  「求職男」〜再就職への道〜


「ええーっ!かいごぉー??」
ハローワーク相談員の斉藤さんは驚きの声を上げた。

「シー!・・・斉藤さん、声が大きいですよ」
私はあわてて人差し指を立てた。
「だって、突然そんなことを言うからですよ」
「そんなに意外ですか?」
「そりゃあ・・・まったく・・・意外も意外。いったいどうしたの
ですか?」
「いろんな情報を集めてもう一度考えたんですよ。自分が何を
したいのかをですね。年齢のカベという現実を受け止めて、
今の私の年齢で門戸が開かれている業種を。しかも将来性や
自分の経験が活かせる仕事をですね」
「それで、介護ですか・・・そりゃあ介護市場は将来性がありますよ・・・
でも本当に
大変ですよ。あなたに出来ますか?」


斉藤さんは眉間にしわを寄せながら、腕を組んだまま私の顔を見た。

「じつは父が要介護2で、父の付き添いで何度も施設に行ったりして
現場を見てきました。どんな人たちが施設を利用して、どんな人たちが
どんなふうに介護しているのかを。介護スタッフの手際よい作業と父が
感謝して喜ぶ姿を見て、なるほどと思いました」

「そうですね、素人とは違うでしょうね、プロですからね」
「そうなんですよ。さすがだと思いました。それに以前、介護の勉強を
していた友人が、現場の大変さや問題点などをいろいろ話してくれました。
どんな勉強が必要なのか、テキストなども見せてもらい、
どうやったら現場のスタッフをまとめることが出来るのかを一緒に考えたり・・・。
僕はマネジメントや人材育成の講師もしていましたからね」

「なるほど・・・」
「自分だったらこうゆう方法で現場をまとめるけれど・・・その時も自分なりに
考えて、彼にアドバイスしたり。現場はかなり忙しいいようで、ストレスも
かなり溜まるようでした。現場の管理、つまり現場をまとめきれる責任者が
いないと、現場はスタッフ同士もギクシャクして不平不満が蔓延している
ようでした」

「へえー、そうだったのですか」
「広報紙を作るのを手伝ったり、レポートを手伝ったり・・・その頃から
気づかないうちに介護の世界にある種の関わりを持ち始めていたのかも
知れません。父の介護で当時のことを思い出し、自分の今までの経験を
活かせる部分があることを思い出したのです」

「じゃあ、ヘルパーさんになるのではないのですか?」
「もちろんヘルパーとしての仕事から始めますよ。実際に現場に飛び込む
ことで、自分の目で確かめることができるし、現場の問題点や改善点を
勉強したいと思います。将来的にはスタッフを育てる仕事や施設の運営管理
などの仕事に携わりたいと思います。最高のサービスを提供できる
介護チーム作りをめざしてですね。ここに来てよかった、と施設を利用する人も
スタッフも思えるような・・・そんな現場を作りたいですね。
そのためにカウンセリングの勉強もしました」

腕組みをしたまま聞いていた斉藤さんが体を起こした。

「介護の現場で何を目指すのかちゃんと目標を持っておられるのですね。介護と
言ってもいろんな職種があるし、施設の運営形態もさまざまですしね。あなたは
そこまで考えての決断なのですね・・・安心しました。介護は将来性もあるし、自分の
経験を活かせる場所も既に考えているのですね」
「はい」
「でも、何度も言いますが本当に大変らしいですよ」
「はい、覚悟しています。私の本を読んでご存知のように、私は真夜中の
工事現場や工場で働いたこともあるし、肉体的にも大変な仕事でした。でも、
何よりもきつかったのは人間関係でした。忙しくてストレスが溜まり、いつも
不満ばかり言う人、文句を言う人もいればズルする人もいたりで、現場は殺伐として
いつもピリピリしていました。そこで感じたのは、しっかりした責任者がいてくれたらと・・・」
斉藤さんは私の話を聞きながらうなづいていた。

「じゃあ、具体的には介護の道に進むためにどうするのですか」
私は行政の雇用対策の支援事業について説明し、そこに応募したことを告げた。
「へえー、無料で資格が取れて、実務経験も積める。しかも派遣が終了する半年後には
正式な職員としての採用も用意されている・・・それはいいですねえ。願ったり叶ったり
ですね。やっとあなたにもチャンスがめぐって来ましたね」
斉藤さんは目を細めていた。
「はい、私もチャンスだと思っています。頑張りますよ」

斉藤さんに私の考えを聞いてもらい賛成してもらえた。
私は久しぶりに気持ちよくハローワークを後にした。

やっと私の進むべき道が見えてきた。
もうすぐ私にも春が訪れる。そんな喜びと期待に満ち溢れていた。
そもそも私に介護の世界を教えてくれたのは友人の良さんだった。
昨秋から就職活動を開始したものの、なかなか希望の光が見えてこなかったが、
やっと私が進む道が見えてきた。

「自分を大切にしてほしい」という良さんの言葉が、ずっとずっと
私の心に響いていた。

良さんと出会った当時、私は窮地に追い詰められながら苦しい裁判を闘っていた。
誰も寄せ付けないほど怒りと憎しみを体全体から放ち、すさんだ生活を送っていた。

そんな私は良さんと出会ってから変わっていった。
         
                        つづく

   


  第15話 最期にありがとうと・・・ 「求職男」〜再就職への道〜


私は介護の世界に飛び込むことを決意した。
妙なもので大変な仕事であると知れば知るほど血がさわぎ始めた。
全力でぶつかるだけの価値がある。
ようし、やってやろうじゃないかと。

介護の世界は専門職の仕事であり、最低でもヘルパー二級の資格が
必要だった。資格がなくても携われるが、この世界で仕事を続けて
いくならば資格は必要だ。
ヘルパー二級の資格を得るには130時間の講義を受講し、介護現場での
実習やレポートを提出すればよい。費用はざっと6〜10万円。
いろいろ調べてみると行政のさまざまな支援制度があった。

福岡県の場合、県庁のホームページを開くと緊急雇用対策として、
各部ごとに期間を限定しての緊急雇用の求人募集が始まっていた。
かつて私が関わっていた部も臨時アルバイトを募集していた・・・四年前の
ことを思い出す。

私は知事の肝いりでスタートした重要なプロジェクトの専門メンバーに
選出され、大切な業務を担当していたにもかかわらず、途中で仕事を
投げ出した。まさか検察の嘘を暴くために担当を降りるなど言えるはずもなく、
仕事に穴を空けてしまい迷惑をかけてしまった。
理由はどうあれ、あの頃はああするしかなかった・・・。
自分の仕事よりも父の無実を証明することのほうが私には大切だった。
(↑この時の模様は「続・いつか春が」第12話をご覧になれば分かります
http://blogs.yahoo.co.jp/rainrain1192/folder/1111200.html)

私は懸命の調査で、父の無実を証明する多数のアリバイ証拠が検察内部に
隠されていることをつかみ、法廷で検察が隠していた証拠を開示させて
嘘を暴いた。

こうして父の無実を証明して、正式に無罪が確定した。
今ではあの時の検察との闘いが、懐かしい遠い思い出になろうとしている。

久しぶりに見た県庁のホームページは懐かしさと共に胸が痛んだ。

介護に関する県の雇用支援策で注目すべき施策が見つかった。県が福祉や
介護の就労希望者を四百名募集して、県内の介護施設や現場に半年間派遣する
事業だ。派遣期間中、日当が支払われ無料でヘルパー二級の講座を受講できて
資格が取得できる。しかも半年間の派遣が終了すると県がバックアップして
派遣先へ正式職員としての雇用をサポートする。
行政はこの事業で何名正式雇用が実現できたか、実績を上げることに全力を
あげるはずだ。
しかし、このシステムだと施設選びを間違えると、あとで後悔するはめになる。
介護は施設選びで天国と地獄の待遇になると私は考えた。
私にとっては無料で資格が取得でき、実務経験も積めるという願ってもない
施策だった。応募しようと思った。

その夜、私が介護の世界に進もうと考えていることを、初めて妻に打ち明けた。

「えッ!介護?あなたが・・・。無理無理、絶対に無理。あなたにできるわけなかろうもん!
介護は大変ってみんな言うとよ。絶対無理、無理無理!」
妻がすっとんきょうな声をあげた。
「なぜ最初から無理だと決めつけるとね。俺だってもう一度社会復帰して
仕事に就きたいとばい。今の雇用の現状を知っているやろうもん。
これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいかんし、その気になれば俺だって
何でもできるよ。俺が真夜中の警備のバイトやパン工場で働いたことを
知っているやろうもん・・・」

「でも、あの時はまだ若かったし・・・」
「今も同じよ・・・あの頃、俺がどんな想いで真夜中に働いていたか知っているやろう?
あの時の辛さに比べたら俺は何でも出来ると思う。裁判で無罪を勝ち取っても、
社会復帰して普通の生活に戻らんと、いつまでたっても冤罪事件の闘いは
終わらんとよ」

「そうね・・・・・・いつまでも終わらんね」
私の言葉に妻はうなずいた。

「事件以来いろんなことがあったけれど、あれ以来、俺はずっと人生って
何だろうと考えてきた。出世して地位や名声を得るのもいい、金持ちになるのもいい。
いろんな人達の人生を見て思ったけれど、人生の終焉を迎える時に、『ありがとう』と
感じてもらう仕事に携わりたいと思い始めたんだ・・・老いていく親父やおふくろの姿を
見て、裁判であれだけ苦しい思いをしたのだから、最期は笑って逝かせてあげたいとね」

「・・・・・・でも、なぜ介護を選ぶとね?」
妻は真顔で尋ねた。

「娘も友達の尊い命によって今がある・・・あの時、命の大切さや生きることの大切さを
知ったとよ。介護の現場では死とも向き合わなければならんということも聞いている。
あの時、苦しむ娘に何もしてやれんやった・・・だから、子供の悩み相談のボランティアの
勉強もしたとばい。それに、人を信じられなくなっていた俺が、このままでは俺の人生も
終わってしまうと焦る気持ちとは裏腹に、もう一度、人の輪の中に戻り『一生のチームメイト』を
見つけたいと思った。
最初はヘルパーの資格を取って現場からのスタートだけど、めざすのは最高の介護のチームを
作りたか・・・そして、生きてて良かったと思ってほしか。仲間も一緒に頑張れてよかったと
思ってほしか・・・。
そんな夢が見えてきたから介護に進もうと思うたとよ。前々から心の中に自分には何が
出来るかなとモヤモヤした想いがあったけど、人に関わる仕事が好きなんだと今は分かる・・・。
だから頑張るよ」

「・・・・・・」
妻は下を向いたままうなずいた。
私の想いを分かってくれたのか、あきらめたのか分からない。
でも、いつかきっと分かってくれると信じている。

「俺は甲斐性なしで申し訳なかと思う。でも、俺はまだまだ人生を捨てたわけじゃなか。
これからだって幸せになる努力は惜しまんし、頑張ればきっと幸せになれると思う。
だから家族みんなで頑張ろう。なっ」

「・・・・・そうね。介護か・・・いずれ私たちもお世話にならんといかんし、世の中に必要な
大切な仕事よね。人から『ありがとう』って言われる仕事よね。わかった!頑張って」
「うん、頑張るばい!」
「あなたって本当にいつも良いほうに良いほうにと解釈するね。困ったもんよ」
「あはは、そうでも思わんと何もできんしね。それに介護は人の人生に関わることだし、
執筆にも役立つと思う」
「そうそう、その調子で頑張ってよ。また本を出して今度はもっと印税を稼いでね。あはは」
「そうだな、今度は『生きる』をテーマにした本を書くよ。そして文学賞をねらうよ」
「またアホなことを言うとね。じゃあ、あてにしないで期待しているから」


こうして妻も私が介護の世界に進むことを承諾してくれた。

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