『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

物語:「求職男」

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     第14話 心に新しい風が 「求職男」〜再就職への道〜

(前回からの続き)

私は看板の前に立ち尽くしたまま自分に問いかけた。
(本当にこの世界に飛び込むのか?今までの過去を捨てきれるのか?他にも道は
あるかも知れないぞ?覚悟は出来ているのか?)

「・・・・・・」



今の雇用の現実を嘆いたり愚痴をこぼしても仕方がない。
年齢で受け入れてもらえないならば、受け入れてくれる世界に飛び込めばいいだけだ。
自分を必要とされない世界よりも自分を必要としてくれる世界があるはずだ。
過去の華やかだった頃に自分がこだわり続ける限り前には進めない。
今は前に進むことが大切だ。

(よし!行こう)
薄暗い階段を一歩ずつ上がるにつれて期待と不安が膨らんでいく。
自分の足跡が冷たく響いた。
二階に上がると廊下の一番奥にさっきと同じ看板が掲げられていた。

『緊急雇用対策 福祉・介護分野への就業促進 特別相談窓口』
「・・・・・・」
ハローワークには職を求めて多くの人たちがあふれている。ここも同じように
多くの人たちが相談に訪れているかもしれない。本当に私にもチャンスが
あるのだろうか・・・。
緊張しながら部屋に入ると来訪者は誰もいなかった。
(あれ?・・・)
カウンターにいた私より目上の男性職員がすぐに声をかけてきた。
「ご相談ですか?」
「あっ、はい・・・」
「こちらへどうぞ」
誰もいないフロアのテーブルに私と職員は向き合った。
「あのう・・・初めてなのですが、もっと相談の方が多いかと思っていましたが・・・
ハローワークにも行きましたが、仕事を求める人たちであふれていますが」
「ここは残念ながらいつもこんな感じですよ。これからも介護市場はもっともっと
拡大していくし将来性もあるのですが、やはりイメージが悪いのか・・・敬遠されて
しまうみたいですね」
職員が寂しそうにつぶやいた。

「私は来月で50歳になりますが、この年齢でも仕事は出来るのでしょうか?」
「ええ、もちろんですよ。今はどの会社も人手が足りなくて募集していますし、
あなたの年齢でも十分働けますよ」
(ホッ、よかった。大丈夫みたいだ)
「私の年代の男性は見えられますか?」
「うーん・・・正直なところ、ほとんど見えられませんね」
(やはり思ったとおりだ。人材が集まらないということは、私の年代だって
この業界では貴重な存在なのかもしれない。今までの経験を活かすチャンスが
あるはずだ)

私の中で希望がふくらんでいく。

「失礼ですが、介護というとキツイ、キタナイ、低賃金というイメージが
ありますが、実際のところどうでしょうか?」
職員が返事に困ったような表情になった。
「そうですね・・・たしかにキツイ仕事ですし、給料も安いです。お金だけで
計算するならばやれない仕事です。この仕事は人が好きでないと務まらない
仕事ですからね」
(人が好きでないと出来ない仕事か・・・まちづくりや人材育成の仕事は人が好きでない
できない仕事だ。私は人の笑顔や頑張る人たちの熱意が好きだったから打ち込めた)

「介護の現場では多くのヘルパーさんたちをマネジメントしたり教育したりする
責任者がおられるのでしょう。年代的にはどんな方たちが多いのですか?」
「三十代から五十代くらいの方でしょうかね」
(自分を活かせるチャンスはきっとある)

私は職員に次々と質問を浴びせた。
この世界に飛び込むからには少しでも不安や疑問を打ち消したかった。
自分で納得した上で飛び込みたかったからだ。不平不満を抱きながら嫌々仕事を
するならば長くは続かない。この仕事を好きになれる要素がないか、介護企業という
組織の中で目指すべき目的や満足が得られるか・・・私は可能性をさぐった。

「給与待遇面についてですが、私が調べた限りでは十五万前後が多いようですが・・・」
「そうですね。たしかに良い待遇とは言えないかもしれませんが、これからは改善
されていくはずですよ」
たしかに安いかもしれない。でもアルバイトよりはマシだ。調べて分かったが
福利厚生も充実してボーナスや退職金、住宅手当だってある会社もある。
定年だって六十五歳の会社もあった。
贅沢を言ったらキリがない。家族で力を合わせて今までだって乗り終えてきた。
贅沢しなければ何とかなる。
努力を惜しまず、自分の力を最大限発揮すれば認めてもらえるし待遇だって
良くなるはずだ。

その気になりゃ・・・何とかなる。
人が好きだから何とかなる。
人が好きだからまちづくりの仕事に関わった。
「何をしても無駄だ」「頑張ってもどうせ変わりはしない」こんなふうにあきらめムードや
閉塞感が蔓延する町や村に飛び込み、一緒に頑張ろうと熱く訴えながら、目指すべき
方向性を示し続けていくと住民の意識が少しずつ変わり目に輝きがましてくる。

簡単ではないが人は変われることを私は知っている。

人が好きだった私が父の事件で変わり、人間不信に陥り憎しみや怒りだけを支えに
生きていたことがある。自分の人生を滅茶苦茶にした者たちを、憎しみのあまり
刺し違えて死んでやろうとさえ思った。
今ではあれほど憎しみを抱いていた者たちの顔や声が思い浮かばなくなってきた。
虚勢を張って、誰にも頼らずに自分一人で人生を変えて見せると思ったこともあった。
そんな私が再び人の輪の中に飛び込んで行こうとしている。
数字やノルマに追われる仕事は結果が出て分かりやすいが、私には向かないことに気づいた。

肩書きや名誉など求めるよりも、今は一生のチームメイトを見つけたい。
人に関わる中で一緒に喜び、一緒に考え、一緒に悩み、一緒に頑張り、励ましあう。
そんな風が吹くような現場で頑張りたい。風が吹かなければ自分が吹かせてみたい。
裁判という孤独の極限状態を経験したからこそ、人との関わりを渇望していくように
なったのかも知れない。

介護の現場には私が望むべき姿が見えてきた。
過酷といわれれば言われるほど挑戦してみたくなってきた。
介護の世界に飛び込んで頑張ってみよう。
自分の意思で飛び込むのだから苦労は覚悟の上だ。

一度、人生のどん底を経験したし、0.1%の可能性を実現した男だ。
自分に自信を持とう。
これから先、私の人生はどこに続くのか分からない。
しかし、一本の道が見えてきた。

歩く前からあきらめるよりも、とにかく歩いてみよう。
決めた!この世界に飛び込もう。


     第13話 どんなときも 「求職男」〜再就職への道〜



中高年の再就職で一番の障害は年齢の壁。
最初は実績やキャリアがあれば何とかなると信じていた。しかし、現実は
まず年齢ありきだった。年齢がネックとなるならば、今の年齢で受け入れて
くれる仕事を探そう。

不況の真っ只中でも求人の数が多い業種がある。
募集しても人が集まらない仕事。
年齢が関係ない仕事・・・すなわち、それは求人募集が多い仕事だ。

待てよ?・・・人が集まらないということは人材が手薄であり、そこで頑張れば
人生の再起のチャンスを作り出せるかも。さらに今までの経験を活かせる
仕事を任せてもらえるチャンスだってあるかもしれない。

ピンチこそチャンスだ!
マスコミや世間の噂に惑わされず、自分の目で現場の声を聞いてみよう。

街に出かけた時、普段は電車で帰宅するが、この日は敢えてタクシーに乗った。
運転手は三十半ばのメガネをかけた、見るからに真面目そうな男性だった。
この人なら話を聞かせてくれるかもしれない・・・。
タクシーが走り始めると、運転手に世間話をしながら話しかけた。
「運転手さん、最近の景気はどうですか?」
「いやあ、駄目ですね。昨年の九月頃から売り上げが落ち始めて、おかしいなと
思い始めた直後にリーマン・ショックですよ。あれ以来、確実に二割以上は売り上げが
落ちていますね」
(なるほど、やはりタクシー業界にも不況が直撃している)

「でも、最近は乗務員をどんどん募集している会社もありますよね」
「ああ、あれですね。ウチも募集していますよ」
「しかし、求人内容を見ると給料も最低○○万円保証とか書いてありますし、
こんな求職難の時代には良い条件だと思いますがね。実際はどうなの?」
「よそは知りませんが、ウチも採用して最初はそうですよ。でも、ある程度になると
歩合に変わるし、タクシーの仕事は歩合制が基本ですからね」
「じゃあ運転手さんがどんどん増えると、競争が激化して売り上げが落ちて
いくんじゃないの?」
「そりゃあそうですよ。お客の奪い合いですよ。会社からすれば車を遊ばせておくよりも
運転手をどんどん採用して走らせておくほうがいいですもん。歩合制だから会社は
運転手の売り上げが減ろうが関係ないからですね。キツイのは運転手だけですよ」
(やはりオイシイ話は存在しないってことか。タクシー業界の賃金システムは一般の
企業とは違うしなぁ)

「酔っ払い客を乗せなければならないし大変でしょう?」
「そうですね。常識が通用しないお客さんや身勝手なお客さんがいたりして、とにかく
忍耐力のいる仕事ですよ。先日も酔った若い女性客に延々と説教されましたよ。
こっちがぐっとこらえて黙っていると、今度はなぜ黙っているのよと余計に
からんできて、あんたは態度が悪いとか言いたい放題でした。同僚は酔ったお客から
後ろから首を絞められた者もいますよ。どんなに偉い人でも酔えば人間の本性を
むき出しにする人がいますからね」
(常識が通用しない客か。どこの世界にでもいるしなぁ)

彼は運転手になって四年目になると言いながら、私に気を許してくれたのか
タクシー業界の裏話をいろいろ話してくれた。彼の会社では既婚者よりも独身者が
圧倒的に多いということまで話してくれた。昔は既婚者で今は独身・・・。
いろんな人生がある。
タクシー料金3100円をかけて得た情報は、人生を物語る貴重な話だった。

以前は仕事柄、さまざまな業界の経営者と会って直接話を聞く機会が多かったが、
やはり経営者側の話と現場で働く社員の話は違った。使われる者としての本音と
業界の実態が聞けた。知り合いを探せばいろんな職業の話が聞けたはずなのに、
今までなぜ話を聞かなかったのか・・・それは自分が仕事をなくして、職を探していることを
誰にも知られたくなかったからだ。
それに、今までの自分の実績があれば何とかなると過信していた。

しかし今度は今までと違う。
かつて私が教えていた講座の受講生に数年ぶりに連絡を取った。
会って今の自分の現状を打ち明けた。
やっと父の裁判が終わって就職活動を開始したが、仕事が見つからず就職活動を
していることを正直に話した。
「そうだったのですか・・・まさかそんな状況とは知りませんでした。お父様の裁判は
知っていましたが、無罪を勝ち取られたことをニュースで知り喜んでいましたが、
中島さんは今も仕事であちこち飛び回っておられるだろうと・・・てっきり、そう思って
いました」
「あはは、人生なんてどこでどう変わるか分かりませんよ。お恥ずかしながら、今は
職探しの日々ですよ」

無罪だったので、父も私も以前の生活に戻り、幸せな日々を過ごしているだろうと
思っていたようだ。冤罪事件として裁判で無実を証明すれば、無実の被害者だから
国が多額の賠償金を支払ってくれるだろうと思い込んでいた。
国からは裁判に費やした五年分の莫大な費用の数十分の一のわずかな金額が支払われただけで、
謝罪も一切ないし、逮捕による経済的損失や失った信用回復もすべて無視。
すべて自分でやらなければならず、国からは冤罪被害者に対しては何の支援もサポートもない
という現実を話すと驚いていた。

「ところで今日は仕事探しの参考に、君の業界の話を聞かせてもらえないかなと思ってね」
「えっ、うちの業界ですか!知ってのとおり不況でガタガタですよ。うちだって
いつ潰れるか分かりませんよ。その前に私だって首を切られるか分かりませんしね。
今は本当に厳しいんですよ」

知人は業界の厳しい現状を話してくれた。
今までは、まさか自分がその業界で働こうなどと考えてもいなかったので、漠然として
話を聞いていたが、今度は真剣に耳を傾けた。

「僕は君の業界にはどうだろう?出来るかな」
「プッ、無理無理。絶対にやめたほうがいいですよ。それに今までの実績が
もったいないし、他を考えたほうがいいですよ。そもそも似合いませんしね」
「似合う似合わないの問題じゃないよ。このままでは日干しになっちゃうよ」

次に会った知人も同じだった。その次に会った知人も、その次も。
結局、この大不況と雇用不況の真っ只中で、求人をどんどん募集している業界は
仕事が厳しくて社員が次々と辞めていくから募集していると説明してくれた。
数字に追われノルマに追われ、売り上げが減り給料も減り、食っていけない。
だから社員が辞めていく、解雇される。

次々と知人に会って業界の現状を聞いたが、どこも厳しい状況に変わりはなかった。
どんな仕事も厳しいのは覚悟しているが、心に響くものが何もなかった。
やりがいを感じるものが何もなかった。
たとえその仕事が今は好きでなくても、努力して好きになろうと思う。
何か一つでも生きがいややりがいを見出せれば耐えながらでも頑張れる。
しかし、話を聞けば聞くほど自分の中で希望の光が消えていくのが分かった。

みんなが敬遠する仕事、やりたがらない仕事という私の中の選択肢で
最後に残った業種はキツイ、汚い、安い・・・そんなイメージが定着している仕事。

やはり、これしかない。
すでにいろんな情報を集めて検討してきた。
生半可な気持ちで飛び込むわけにはいかない。
この世界で人生の再スタートを切るんだ。
自ら飛び込んでいく覚悟は出来た。

かつて私がどん底をさまよっていた時、私を応援し励ましてくれた人がいた。
「自分の人生も大切にしなくちゃ駄目だよ」
良さんは私に言った。

自分の人生を大切に・・・約束どおり俺は大切にしているよ、良さん。
心に何かを感じる仕事がしたいんだよ。
これっぽっちでもいいから未来に向かって希望の光を感じたいんだよ。
良さん、俺は決めたよ・・・。

県の施設に向かった。

『緊急雇用対策 相談窓口 二階↑』

大きく書き出された案内板の前に私は立っていた。


 第12話 いつまでも変わらない 「求職男」〜再就職への道〜


気持ちが固まったつもりでも、翌日になると再び揺れる。

「お父さんね、じつはさ・・・いろいろ考えたけれど・・・」
私は自分の気持ちを父に打ち明けようと電話した。
「おお、健一か。こがん遅か時間に何したとか、何かあったとか?」
「いいや・・・あのさ、就職の件だけどさ。今の現状は予想をはるかに
超えていて、考え方を変えるしかなかと思うとる。今のままでは前に進めんとよ」
「・・・そうだな。ニュースでも毎日のように雇用問題が流れておるし、そのたびに
お前のことを考えてしまい、苦しくなるとばい」

父は心臓の血管に問題があることが分かり、間もなく入院する。
その前に自分の気持ちを父に伝えておこうと思った。
どんな状況であろうと、前に進むために私が変わろうとしていることを
父に伝えたかった。

「お父さん、このままではみんなが不幸になるかも知れん。これ以上、家族にも
迷惑をかけられんし、今の雇用不況は俺一人の力ではどうすることもできん。
応募しても応募しても書類選考で落とされてしまい面接さえもしてもらえん。
次々と不採用の通知が届き、今では七十社を超えたよ」

「う〜ん・・・厳しかなぁ。あんな事件に巻き込まれなければ、今頃お前だって
人並みの生活をしていたのに・・・そう思うと、申し訳なくてなあ。
せめてお前には生活の安定だけでも取り戻してほしかけれど・・・それだけが
気がかりで、このままでは死んでも死にきれんばい」
「馬鹿なこと言わんでよ。もういいって・・・そんなことを言われると俺まで
辛くなるよ。お父さんや俺たちは世間に後ろ指さされるようなことは何もしとらんし、
検察が隠していた嘘を暴いただけ。人間としての正義を貫いただけよ。だから
胸を張って生きよう」

私は父に今までの就職活動の状況を話した。

化粧品、健康食品に製薬メーカー、進学塾、ショッピングセンターからパチンコ屋や
カラオケボックスの店員、うどん屋の店員、風俗雑誌の営業、探偵会社の調査員、
食材の宅配ドライバー、ドラッグストアや質屋の店員・・・その他、いろいろ応募したが
ことごとく落とされ、葬儀会社の遺体の搬送係まで考えたこと。

すべて年齢不問なはずだったが、実際は年齢制限が存在する現実を説明した。
年齢に関係なく仕事に就ける可能性があるのは工事現場の警備員、タクシードライバー、
保険や不動産の営業、介護、新聞の勧誘員・・・人材が不足しているのか、この業種は
求人が多い。飲食や接客サービス業は五十歳くらいでも女性ならば可能性はあるが、
中高年男性は相手にされない。

「これが今の状況。俺なりに考えているけれど、今は人が敬遠する仕事こそ
チャンスがあると思う・・・まだ迷っているけれど。以前のような仕事には戻れなくても、
俺がどんな仕事をしようと、俺は俺だから。それだけは分かってほしくて・・・」
それ以上父には言えなかった。

父は厳しい雇用の現実を知り黙り込んでしまった。
父は私が以前のような仕事に戻れると信じていた。いや、願っていた。
自分のせいで息子が仕事を失い、裁判が終わったのに社会復帰できず苦境にあえぐ姿を
見るのが辛い・・・そういう想いで私を見守っていた。

父はいつも気にして尋ねた。
「お前の友達はどうしてる?みんなそれなりに出世して給料だってそこそこもらって
いるんだろう」
「もう何年も会っていないし、誰がどんな生活をしているかなんて俺は知らんよ」
「お前だって俺の裁判に関わらなかったら、今頃はなあ・・・」
これが口癖になっていた。

そんな父に今の私が置かれた現実を説明し、私が以前のような仕事に戻れるという
期待を捨てさせるしかなかった。

「厳しかなぁ・・・。でも、お父さんは分かっとる。お前がどんな仕事に就こうが、
俺はお前のことを分かってる。お前だったらどんな仕事であろうと、きっとそこで
頑張るだろうし、認めてもらえると信じとるばい。だから、お前の好きなように
すればよか。世間の目なんて気にせんでよか。でも、もう一度本を出すことだけは
あきらめんでくれ」

電話の向こうに父の寂しそうな声が響いた。

息子の幸せを願う親の気持ちはいつまでも変わらない。
息子として親の幸せや健康を願う気持ちだって、いつまでも変わらない。
ましてや父が逮捕され犯人にでっち上げられていく姿を指をくわえて
見守るなど出来なかった。
だから検察庁と闘うしかなかった。父の無実を証明するためには検察の隠した嘘を
暴くしかなかった。

その結果がこれだ・・・あれから九度目の春を迎えた。
今も社会復帰が出来ない自分が情けない。

このままでは心が折れてしまいそう・・・。

折れてしまう前に決断しなければ。
完全に折れてしまうと、二度と立ち上がれないかも知れない。
折れてしまう前に進むべき道を変えよう。
どんな状況であろうと、かすかな希望の光を見出せれば、そこで頑張ればいい。
その仕事にわずかでも希望の光が見えれば何とかなる。

そう・・・きっと何とかなる。

「変わらないために変わり続ける」

ラーメンの一風堂の河原社長が教えてくれた言葉が今も心に響く。
「志さえ失わなかったら何とかなりますよ」
熊本に一緒に講演に行った際、河原社長は私に自分の人生を語ってくれた。
河原社長もどん底からのスタートだった。
ラーメンの味を見極めるために、名だたるラーメン店の味を確認しようと
一日八杯も食べていたこと。満腹で食べきれない時は指を口に入れて吐いては
次の店へと向かったこと。
世間の信用はもろく、わずか三ヶ月で信用をなくし倒産の危機に瀕し、
信用を回復するまでに三年かかったこと。

「私はね、志があったし夢があったから、ピンチを乗り越えることができました」
今は河原社長の言葉の意味がよく分かる。

今の自分に志はあるか?

まだ大丈夫。
いつまでも変わらない想い・・・きっと何とかなる。
ピンチだからこそ視点を変えればチャンスもあるはずだ。
仕方がないとあきらめることだけはやめよう。
あきらめた時点ですべてが終わってしまう。
変えよう、いや、変わろう。

ぐっとこらえて腹をくくるしかない。
きっと流れが変わる時が訪れる。

折れそうになっていた心が次第に固まってゆくのを感じた。


     
      第11話 人生の扉 「求職男」〜再就職への道〜


また不採用の通知が届いた。
今度は「正社員」ではなく初めて「契約社員」に応募したが、またしても不採用。
現実という大きな荒波に向かって踏ん張っているが、まさに手の打ちようがない。
迷いながら前に進み、立ち止まっては考える。
熱意だけで突き進んでも道が見えてこない。

以前はKJ法やSWAT分析などを使い問題解決の糸口を見出していった。
この経験は裁判にも応用した。絶体絶命のピンチから無実を証明するための打開策を
次々と見出していた。今は何も見出せない。

畳の上に寝転がり天井をじっと見つめた。

(・・・・・・)

やはり打開策が見つからない。
今は時代が読めないだけでなく、やることなすこと失敗の連続だ。
自分に自信が持てなくなっている。

気持ちを切り替えなくては・・・。

机の周りの整理を始めた。
昨年の本の執筆の際に用意した裁判資料や新聞記事が今も山積みとなったままだった。
この机で800枚の原稿を書き上げた。
何日も徹夜が続き、編集者と表現方法が合わず論争もした。

裁判資料や新聞などをダンボールに詰め込んでいく。
資料を全部積み重ねると天井につきそうなほどの分量だった。
これを全部目を通し一言一句確認していった。
どれが嘘で、どこに真実が隠されているのか・・・気が遠くなるような作業だった。
あの時の情熱は、いったいどこに行ったのだろう。

裁判資料を手に取りながら、ふと河野さんのことを思い出した。
河野さんとは松本サリン事件で冤罪被害にあった河野義行さんのことだ。

私は先月、福岡市内で開催された河野さんの講演会に出席した。
会場は立ち見も出るほどの盛況ぶりで熱気に包まれていた。
「冤罪」という重たいテーマに、これほど多くの人たちが関心を寄せていることに
驚いた。
報道被害が、冤罪が、どのようにして作られていったかが生々しく語られた。
根も葉もない噂が一人歩きしていく恐怖や取調べの実態、マスコミや世間の反応。
時には怒りや悔しさをにじませながら、時には悲しみをこらえて語る河野さん。
(同じだ・・・報道被害やマスコミ、世間の対応。何もかも同じだ)
私は自分が経験した当時の記憶を重ねながら、河野さんの話に聞き入った。

冤罪被害を経験した河野さんの言葉に、これほど多くの人たちが関心を寄せ
何度もうなづく。同じ冤罪被害者である父や私たち家族と河野さんとは、
なぜこうまでも世間の反応が違うのだろう。
河野さんは堂々と冤罪を語り、捜査当局を厳しく非難し、誰もが河野さんを
冤罪被害者であることを認めている。
ここに集まった人たちは事件や捜査、冤罪という言葉を聴いても誰も目をそらそうとしない。
それどころか「冤罪」に関心を抱き、自らの意思で参加している。

私はこれまで福岡弁護士会の冤罪シンポジウムにも二度ほど参加し、自らも冤罪を
テーマにしたシンポジウムを開催しようとした。弁護士会のシンポジウムは
一般市民の参加はほとんどなく、会場内は弁護士会会員の弁護士とマスコミ主体の
シンポジウムだった。自らも「冤罪」をテーマにした草の根シンポジウムを
開催しようとしたが、結局最後は支援をしてくれる団体や協力者もいなくなり中止となった。

私たちは河野さんや松本サリン事件に関しては、新聞やテレビの画面越しに見た事件であり、
事件の本当の生々しさや地元の空気は画面というフィルター越しでしか知らない。
だからこそ素直に関心を抱くことが出来るのかも知れない。
身近であればあるほどリアルすぎて、事件に絡むさまざまな人間関係や人間の思惑が
邪魔して、直接的な関わりを避けてしまうのではないだろうか。
それと、真犯人であるオウム真理教の犯行であることが明らかになったからだろう。
我が家の場合はもともと検察と嘘の告発グループによって、事件が作られたものなので、
真犯人など存在しない。真犯人がいないので、「じゃあなぜ逮捕されたのだ」と、
今も疑惑が消えないままだ。
そこに大きな違いがある。

講演が終わり質疑応答が行われた。

私は迷わず手を挙げた。
「河野さんにお聞きしたいことが二つあります。一つ目は、もし冤罪事件に
巻き込まれた場合、信用の回復はどのようにすればいいと思いますか?
二つ目は、現在河野さん自身は信用の回復はどの程度出来たと思われますか?」

会場の視線が私に向けられたが、まさか私が冤罪被害者の家族であることなど誰も知らない。

「そうですね・・・私はマスコミの力を借りました。幸いに多くのメディアが
取り上げてくれたので、それを利用して名誉の回復に努めました。だからマスコミの
力を借りて信用の回復をはかることが一番良いと思います。それから今の私の状況ですが、
事件から15年経った今もごくわずかですが、未だに私を犯人と疑っている人がいます」

あたたかい拍手に包まれて講演会は終了した。
拍手が鳴り響く中、私は人をかきわけて会場を去る河野さんの後姿を追った。

「河野さん、私も冤罪被害者の家族です」

私は河野さんの背中越しに声を震わせた。

「?!・・・」

河野さんは立ち止まり振り返った。
目が合う二人。

「・・・そうですか。どうぞこちらへ」

私は河野さんの後について控え室に入った。
スタッフの人が気をきかして部屋を出て行くと、二人だけになった。

私は事件の概要を説明した。
話すうちに検察や罠を仕組んだ連中への怒りや悔しさがこみ上げてきて、
目頭が熱くなり涙がにじんだ。
どんなに忘れようとしても、やはり忘れることが出来ない。

私は河野さんと想いが通じ合えていることを感じた。
冤罪事件に巻き込まれた者同士であるからこそ分かち合える想い。
河野さんは何度もうなずきながら私の話に耳を傾けていた。

「河野さんにずっとお会いしたかったです」
「そうですか・・・大変でしたね」
「さっきの会場ではお聞きできませんでしたが、もうひとつお聞きしていいですか」
「ええ、いいですよ」

「事件によって仕事への影響はありませんでしたか?」
河野さんは私をじっと見つめた。
私が口に出さなくても未だに信用の回復がなされていないことや、今の私の状況を
理解したようだった。
「普通は事件に巻き込まれたら仕事を失いますよね。幸いに私の場合は社長がしっかりと
守ってくれたのです。だから仕事を失わずにすみました」

(守ってくれる人がいた・・・)

別れ際に河野さんは言った。
「何かあったら私に連絡していですよ。電話でもメールでもいいですよ」
河野さんは冤罪事件の経験者として、多くの人たちに冤罪の実態を伝えようと
活動を続けられている。
私は何をしているのだろう・・・・同じ経験者として、二度と冤罪事件が起きないように
何かをすべきである。それなのに、時代に翻弄されてゆくばかりで、何も出来ないでいる。
人が経験したことがない体験をしたからこそ、その経験を社会に伝えるべきなのに・・・。
それが私に出来ることであり使命であると思う。

私は誰も知らない冤罪事件の実態や苦しみを伝えようと執筆を決意したのが1年前。
夢が叶い本は出版されたが、それで私の使命は終わったわけではない。
人の内面にある心の苦しみや悲しみ、人生の喜びや勇気、生きる意味や社会の矛盾。
そして現実の厳しさ・・・私の目で見たことや経験を伝えよう。
ブログで知り合った人たちの中にも裁判で苦しむ姿や世の中の矛盾に苦しむ人たちの姿を見た。
幸せな人たちの姿も見た。

人生とは何だろう・・・。
幸せとは何だろう・・・。

そういうことを考えていくと、正社員がどうのこうのという考えが、とてもちっぽけなものに
思えてきた。もっと大切なものがあるような気がしてきた。
会社という組織の中で「一生のチームメイト」を見つけようと考えたが、
会社でなくても仲間は見つけられるような気がしてきた。
仕事とは別に人生のライフワークを見つけ、コツコツと頑張る。
そういう人生もいいかも知れない。

家族には何も残してあげることが出来ないかも知れない。
裕福な生活はできなくても、父親として、夫として、そして一人の人間として
頑張る姿を見せることはできる。
それが私ができる唯一の家族へのプレゼントだ。

春が訪れ、まもなく私は五十歳になる。

五十年生きてきたからこそ出来ること。
五十歳になったから出来ること。
波乱万丈の人生を経験したからこそ語れること。

人生の選択肢が広がっていく。
そんな人生の扉を開くのも素敵かもしれない。



   「求職男」〜再就職への道〜 10.届かぬ想い

待ちに待っていたメールが届いた。
私にオファーを送ってくれた企業からだった。

『社内で検討しますので、貴殿の詳しい情報を送ってください』

最初のメールに『貴殿とお会いできる日を楽しみにしています』と
書かれていたので、あとは面接の日程を待つだけだと思っていた。
採用担当者が私の経歴や実績などを事前に確認して、興味を持ったから
メールを送ってきた。そう解釈していた。

私の名前や住所、さらに詳しい実績などの情報を返信した。

待つこと二日、再びメールが届いた。
(来た・・・いよいよだな)
期待に胸をふくらませながらメールを開封した。

『お送りいただいた貴殿の情報をもとに社内で慎重に検討いたしましたが、
誠に残念ながら貴意に添えない結果となりました』

言葉を失った・・・。

天を仰いだ。
(なぜ?・・・なぜだろう・・・何がダメだったのだろう・・・)
自分に問いかけるが答えなど見つからない。
体中の力が抜けていく。

「ふー・・・・」
しぼりだすようなため息がこぼれた。
静寂の時間が過ぎていく。

腕組みをしたまま動けない。

今までそれなりに頑張ってきたつもりだ。
しかし、想いが届かない・・・。
根っからの仕事人間だった私は身を粉にして仕事に取り組んだ。
それが評価されて企業や地域の指導に携わってきた。
今でも力を発揮し企業に貢献できると信じていた。

それが通用しない。
今はまったく通用しない。

今回の企業は私の年齢を承知の上で声をかけてくれた。
採用担当者は関心を寄せてくれたが、社内で協議された結果ダメだった。
面接のチャンスも一瞬にして消えうせた。

自分のどこに問題があるのだろう。どこが悪いのだろう。
それとも企業側の見る目がないのだろうか。

いいや違う・・・うすうす自分でも気づいていた。
時代が変わってしまったのだ。
企業が求める人材のニーズが変わった。
経済が変わり雇用のシステムや労働環境も変わった。

急激に経済や社会構造が変化する中で、企業も変わっていった。
私は父の無実を証明することで頭がいっぱいで、そのまま長い年月だけが
過ぎていった。仕事の現場を離れた私は激動する社会とは無縁の「裁判」という
世界で奮闘していた。
冤罪事件として父の無実を証明したが、気がつくと社会全体が大きく
変わっていた。変わりすぎていた。

急激に変化する社会に合わせて、私自身も変わっていかなければ
ならなかったが、裁判が終われば何とかなるさと対応しなかった。
対応する余裕もなかった。
裁判さえ終われば以前のように仕事に復帰して頑張れると過信していた。
時代を読むのが私の仕事だったが、私自身が判断ミスをおかしてしまった。

八年というブランク・・・大きすぎる。
心と時間がいつも空回りしている。
仕事にかける想いを企業に伝えたくても今は届かない。
想いだけではどうすることも出来ない現実を目の当たりにした。

時代は変わった・・・。



鉛を詰め込んだ心のままで玄関に立った。
ドアを開けるのをためらった。
今、俺はどんな顔をしているのだろう。
妻には何と話そうか・・・。
(・・・・・・)

「ただいまー!」
リビングに響く私の声。
普段よりも明るい私の声に二人の娘が振り返った。
「お父さん、おかえりー」
二人ともすぐにテレビのほうに向き直した。

私は台所に立つ妻に近づき、小さな声で打ち明けた。
「ただいま。あのさ、あの会社ダメだった」
「えっ!・・・」
妻は目を丸くして驚いた。
「俺にも理由は分からんけど、こればかりは縁だし、縁がなかっただけよ」
妻はうつむいて下を向いた。
「まっ、仕方なか。頑張るから・・・」
家族の前では絶対に悲しい顔は見せない。
これが私の誓いだった。

いつもと変わらない父親と夫を演じる私がいて、
いつもと変わらない我が家の時間が流れていった。

いつか春が・・・。



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