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第14話 心に新しい風が 「求職男」〜再就職への道〜 (前回からの続き) 私は看板の前に立ち尽くしたまま自分に問いかけた。 (本当にこの世界に飛び込むのか?今までの過去を捨てきれるのか?他にも道は あるかも知れないぞ?覚悟は出来ているのか?) 「・・・・・・」 今の雇用の現実を嘆いたり愚痴をこぼしても仕方がない。 年齢で受け入れてもらえないならば、受け入れてくれる世界に飛び込めばいいだけだ。 自分を必要とされない世界よりも自分を必要としてくれる世界があるはずだ。 過去の華やかだった頃に自分がこだわり続ける限り前には進めない。 今は前に進むことが大切だ。 (よし!行こう) 薄暗い階段を一歩ずつ上がるにつれて期待と不安が膨らんでいく。 自分の足跡が冷たく響いた。 二階に上がると廊下の一番奥にさっきと同じ看板が掲げられていた。 『緊急雇用対策 福祉・介護分野への就業促進 特別相談窓口』 「・・・・・・」 ハローワークには職を求めて多くの人たちがあふれている。ここも同じように 多くの人たちが相談に訪れているかもしれない。本当に私にもチャンスが あるのだろうか・・・。 緊張しながら部屋に入ると来訪者は誰もいなかった。 (あれ?・・・) カウンターにいた私より目上の男性職員がすぐに声をかけてきた。 「ご相談ですか?」 「あっ、はい・・・」 「こちらへどうぞ」 誰もいないフロアのテーブルに私と職員は向き合った。 「あのう・・・初めてなのですが、もっと相談の方が多いかと思っていましたが・・・ ハローワークにも行きましたが、仕事を求める人たちであふれていますが」 「ここは残念ながらいつもこんな感じですよ。これからも介護市場はもっともっと 拡大していくし将来性もあるのですが、やはりイメージが悪いのか・・・敬遠されて しまうみたいですね」 職員が寂しそうにつぶやいた。 「私は来月で50歳になりますが、この年齢でも仕事は出来るのでしょうか?」 「ええ、もちろんですよ。今はどの会社も人手が足りなくて募集していますし、 あなたの年齢でも十分働けますよ」 (ホッ、よかった。大丈夫みたいだ) 「私の年代の男性は見えられますか?」 「うーん・・・正直なところ、ほとんど見えられませんね」 (やはり思ったとおりだ。人材が集まらないということは、私の年代だって この業界では貴重な存在なのかもしれない。今までの経験を活かすチャンスが あるはずだ) 私の中で希望がふくらんでいく。 「失礼ですが、介護というとキツイ、キタナイ、低賃金というイメージが ありますが、実際のところどうでしょうか?」 職員が返事に困ったような表情になった。 「そうですね・・・たしかにキツイ仕事ですし、給料も安いです。お金だけで 計算するならばやれない仕事です。この仕事は人が好きでないと務まらない 仕事ですからね」 (人が好きでないと出来ない仕事か・・・まちづくりや人材育成の仕事は人が好きでない できない仕事だ。私は人の笑顔や頑張る人たちの熱意が好きだったから打ち込めた) 「介護の現場では多くのヘルパーさんたちをマネジメントしたり教育したりする 責任者がおられるのでしょう。年代的にはどんな方たちが多いのですか?」 「三十代から五十代くらいの方でしょうかね」 (自分を活かせるチャンスはきっとある) 私は職員に次々と質問を浴びせた。 この世界に飛び込むからには少しでも不安や疑問を打ち消したかった。 自分で納得した上で飛び込みたかったからだ。不平不満を抱きながら嫌々仕事を するならば長くは続かない。この仕事を好きになれる要素がないか、介護企業という 組織の中で目指すべき目的や満足が得られるか・・・私は可能性をさぐった。 「給与待遇面についてですが、私が調べた限りでは十五万前後が多いようですが・・・」 「そうですね。たしかに良い待遇とは言えないかもしれませんが、これからは改善 されていくはずですよ」 たしかに安いかもしれない。でもアルバイトよりはマシだ。調べて分かったが 福利厚生も充実してボーナスや退職金、住宅手当だってある会社もある。 定年だって六十五歳の会社もあった。 贅沢を言ったらキリがない。家族で力を合わせて今までだって乗り終えてきた。 贅沢しなければ何とかなる。 努力を惜しまず、自分の力を最大限発揮すれば認めてもらえるし待遇だって 良くなるはずだ。 その気になりゃ・・・何とかなる。 人が好きだから何とかなる。 人が好きだからまちづくりの仕事に関わった。 「何をしても無駄だ」「頑張ってもどうせ変わりはしない」こんなふうにあきらめムードや 閉塞感が蔓延する町や村に飛び込み、一緒に頑張ろうと熱く訴えながら、目指すべき 方向性を示し続けていくと住民の意識が少しずつ変わり目に輝きがましてくる。 簡単ではないが人は変われることを私は知っている。 人が好きだった私が父の事件で変わり、人間不信に陥り憎しみや怒りだけを支えに 生きていたことがある。自分の人生を滅茶苦茶にした者たちを、憎しみのあまり 刺し違えて死んでやろうとさえ思った。 今ではあれほど憎しみを抱いていた者たちの顔や声が思い浮かばなくなってきた。 虚勢を張って、誰にも頼らずに自分一人で人生を変えて見せると思ったこともあった。 そんな私が再び人の輪の中に飛び込んで行こうとしている。 数字やノルマに追われる仕事は結果が出て分かりやすいが、私には向かないことに気づいた。 肩書きや名誉など求めるよりも、今は一生のチームメイトを見つけたい。 人に関わる中で一緒に喜び、一緒に考え、一緒に悩み、一緒に頑張り、励ましあう。 そんな風が吹くような現場で頑張りたい。風が吹かなければ自分が吹かせてみたい。 裁判という孤独の極限状態を経験したからこそ、人との関わりを渇望していくように なったのかも知れない。 介護の現場には私が望むべき姿が見えてきた。 過酷といわれれば言われるほど挑戦してみたくなってきた。 介護の世界に飛び込んで頑張ってみよう。 自分の意思で飛び込むのだから苦労は覚悟の上だ。 一度、人生のどん底を経験したし、0.1%の可能性を実現した男だ。 自分に自信を持とう。 これから先、私の人生はどこに続くのか分からない。 しかし、一本の道が見えてきた。 歩く前からあきらめるよりも、とにかく歩いてみよう。
決めた!この世界に飛び込もう。 |

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