『いつか春が』執筆日記

波乱に満ちた人生。夢に向かって挑戦する男のドキュメントストーリー。

きまぐれエッセイ

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最近、疲れてチカラが出ません…。
凛として胸を張って頑張ろうと思っていますが、まるで風船の
空気が抜けていくように元気がしぼんでいくような感じです。
やらなければならないことは、どんどんたまっていくばかり。
こんな時こそ酒でも飲んでウサをはらしたいけれど悲しいことに
酒を飲む相手も思いつきません。誰でもいいわけじゃないし
やはり自分のことを理解してくれている相手でないとですね。
人と交わろうとすると構えてしまう…やはり過去を引きずって
いるのかも…ですね。

頑張っても頑張ってもダメな時ってありますが、この梅雨空のように
何となくチカラが出ません。まっ、こんな時もあります。
こんな時は、久しぶりにストーンズの♪Honky Tonk Womenを
ガンガン流して聞こう(笑)
チカラが出ない時は充電が必要。音楽を聞いて充電中です。
ジャンジャン。

「あなたは本の中で、なぜ検事の名前を実名でなくイニシャルにしたのですか?」と
新聞の取材の中で記者に訪ねられました。たしかに本を読んでもらえば分かりますが
検事が取調室という密室の中で「ぶち殺すぞ!この野郎」と父の意識を失わせるほど
何度も恫喝して、勝手に嘘の自白調書まで作っていったことは脅迫であり犯罪だと
思います。しかも人権を無視した卑劣な行為であり謝罪すらしないままなのは
人間として許せない行為です。

私も最初は彼を殺してやりたいほど憎んでいました。しかし人を憎むことの虚しさに
気づきました。憎しみを持って彼に復習しても憎しみしか生まれません。
本の中で私や父、母は実名で書きました。この事件に関与した検事や事務官の名前を
実名で書けば、彼らに対して周囲も何らかのバッシングを行うでしょう。
しかし、私は父が実名で報道されて犯人の汚名を着せられて、家族というだけで
私にも周囲との溝が出来たことは事実であり苦しみました。

検事や事務官たちが行った行為は違法な行為であり許せないことです。
しかし彼らにも家族がいるのです。彼らの家族には何の罪もないのです。
彼らの名前を実名で公表すれば、彼らだけでなく家族も苦しむ結果を招くことは
自分の経験でも痛いほど分かります。私は人を傷つけるために本を書いたのでは
ありません。誰も知らない裁判の裏側でこうゆう事実があったことをきちんと世間に
伝えるために書いたのです。こうゆうことが今後も起きる可能性があることを
示唆して、裁判員制度や司法改革において二度とこのような悲劇が生まれないように。

検事や事務官たちは最後まで謝罪もしなかったし知らん振りして世間が忘れることを
祈っていたはずです。実際、世間の記憶からどんどん消えていっていましたから
内心安堵していたはずです。それが突然、息子が本を出した…驚いているでしょう。
できれば誰にもこの本は読んでもらいたくないでしょうし、本屋の店頭に並ばないで
ほしいと願っているでしょう。彼らの祈りが通じたのか福岡では新刊本扱いでもなく
ノンフィクションでもなく郷土本として本屋の片隅に置かれています。
これでは誰も気づかないでしょう(苦笑)

彼らの家族には罪もないし、世間の冷たい風を受けさせるような真似をしたくありません。
違法な行為を行った検事や事務官……彼らが人間としての良心に従ってきちんと
謝罪すべきです。彼らがこの本を読めば「これは自分のことだ」と気づくはずです。
自分が犯した行為によって人の人生を切り裂いた…これだけは忘れて欲しくないですね。
これからも知らん振りして生きていくのでしょうが、それならば一生十字架を背負って
生きていけばいいだけです。心の良心が痛む十字架を背負っている限り、彼らは
二度とこのような過ちを犯さないと思います。そう願います。

私たち家族が受けた苦しみを彼らの家族にも与える必要はないし、私はそれを
臨んでいるわけではありません。だから実名にしなかったのです。

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なかなか自分の思うようにならない時、現実の壁にぶち当たった時…まるで
迷路のように前へ進めない時があります。気持ちは焦るばかりで一向に形が
見えてこない。そんな時は誰かを応援すればいいんだと自分に言い聞かせます。

雪冤闘争宣言こと ori**n0706 さんのブログを見ていると、まるで自分の心を
鏡に映しだしているような気持ちになります。辛いけれど頑張って下さいと
声援をおくることしか出来ませんが、よければ皆さんも彼を応援してください。
中高年になってからの人生のやり直し…現実は厳しくて凹んでしまうときがあります。
「辛いのはお前だけじゃない」とお叱りを受けそうですが、そうですよね。

壁をぶち破るにはどうすればいいのか……いくら考えても答えが見つからない時は
当たって砕けろですね(笑)以前、友達に声をかけてもらった時の言葉ですが
「十の言葉よりも一の行動だよ」と言われました。
新しい世界に飛び込んでいくことに臆病になっている自分がいました。
無くすものは何もないじゃないか…そうです。そんな時はゼロから頑張るしか
ないですよね。

ori**n0706 に応援のコメントを投稿したら私も元気が出てきました。
遠回りしてもあきらめない限り、いつかは必ず春が来る。
そんな想いをこめて本を書いたのに、自分自身が忘れてしまっていました。
いやはや何ともお恥ずかしい限りです。

札幌の大山君、ありがとう。同じく札幌の藤田君。大学を卒業して以来何年ぶり
だろうか…励ましの電話をくれてありがとう。
頑張りますよ!

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時間を忘れさせてくれるように静かに流れる美しい四季の風景と決して誰にも見せることができない一途な想いが、私の渇いた心に染み入るような映画でした。
切ないくらい淡々と流れる場面の連続なのに最後まで目が離せませんでした。言葉の一つ一つが静かに心に響いてきて、最後は胸が熱くなりました。
映画の中でも、大切な人のために彼女は祈りながらひたすらじっと春を待っていました。春がくればきっと…。

今日、札幌に住む大学時代の同級生が僕の本を一人でも多くの人に知ってもらおうと札幌市内の書店やマスコミを回ってくれていました。
「こんな許せない冤罪事件に巻き込まれて、友人は必死でオヤジさんのために闘って無罪を勝ち取ったのです。その記録を本にしたので、ぜひおたくの書店でも並べて下さい」
彼は遠く離れた札幌で僕を応援してくれている。そんな友の気持ちが僕には嬉しくて胸が熱くなりました。
北海道ではこの事件を知らないだろうし、誰も関心を持ってもらえないだろう…勝手に決めつけていました。

いつの間にか自分で運命を切り開くことを忘れてしまっていましたが今日の友の行動に目が覚めました。
よし、後悔しないように頑張ってみよう。遠回りしたけど、今の自分に何が必要か…少し見えてきた気がします。

西日本新聞の記事を見て「自分も冤罪事件で闘っている」という電話が
出版社にかかってきました。その男性は、とにかく自分の話を聞いて
ほしかったようで、自分の事件の概要を一気に熱く語ったそうです。
私には、その人の気持ちがよくわかります。

誰かに真実を知って欲しい、誰かに自分の話をきちんと聞いて欲しい。
被告とされた本人は周囲に対して無実を必死に訴えようとしますが
一般の人には「裁判」という難解なシステムも理解しがたいものです。
しかも、逮捕されたからには何らかの理由があるだろうという疑念も
ぬぐえないでしょう。ましてや素人の自分には何も出来ないし、うかつに
関わってしまうとあとでやっかいなことになるかもしれない。あまり
深入りはしないほうがいい、関わらないほうがいい…そういう感情が
わいてきてもも、それは裁判を経験したことがない一般の人には当然な
心理かも知れません。

「俺は無実だ!信じてくれ」と被告となった友人に言われても、実際は
裁判のことや事件のことも詳しくは分からないし、何と言葉をかけていいのか
分からないでしょう。とりあえず被告とされた本人をなぐさめるつもりで
「分かった、分かった。俺は信じているよ」と言ってしまうこともあると
思います。仮に話を聞いてあげたとしても裁判のシステムや事件の概要を
知らないままでは理解できるわけがありません。被告とされた本人は
精神的に追いつめられて極限状態の中にいるのです。
普通の精神状態ではないので、何気ない言葉や仕草に異常なほど敏感に
なってしまいます。なぜならば、法廷で交わされる言葉の一言一言に全神経を
集中させ、証人や裁判官、弁護士や検察の仕草や表情を食い入るように
目で追ってしまうのです。

「分かっている。信じているよ」とアッサリと言われると、逆に「何が
分かっているんだ」と言い返したくなる場合もあります。友人はそんな意味で
言ったのではないでしょうが、精神状態が不安定な被告としては素直に
受け止めることができない状態であることも多いのです。つねに不安を抱え
ピリピリした状況ですから、常軌を逸した状態に陥っている場合が多いと思います。
被告だけでなく家族も同じです。
もし、家族の誰かに重大な問題が発生した場合を考えてください。
それは家族の中の一人の問題であり、たとえ家族であろうと個人の問題であり
周囲は「家族であろうとそれはそれ、別問題だし気にしないでいいよ」と励ます
つもりで声をかけてしまいがちですが、それは違います。
外から見れば家族の中の個人の問題として映るでしょうが、家族としては
自分の問題として同じように苦しみ悲しむのです。個人の問題として割り切ることが
出来ないのです。それが家族の絆ではないでしょうか。


例えば家族が突然の事故で亡くなった場合、亡くなったのは家族の一人であり
自分は健康で生きている。周囲は「これは事故だから仕方ない。お前の気持ちは
よく分かるよ。元気を出せ」「もう終わったことだし、もう忘れて前向きに生きろよ」
と声をかけるとしたら、逆に「お前に俺の気持ちが分かるか」と怒りを覚えることさえ
あります。実際に交通事故で家族を失った遺族の方の本音です。必死で悲しみから
立ち直ろうとしても、立ち直ることが出来ない…
自分は事故にあってないしこうやって生きている…それでも苦みは続くのです。
傷ついた心が癒えるまでに数年、いや十年、もっとかかるかもしれません。
一度刻まれた傷は一生消えることはなく、ただ薄れていくだけですよ。

じゃあ、何と声をかければいいのでしょう。
人によってタイプは違うと思いますが、「自分に何か出来ることがあったら
何でも言っていいよ。いつも自分は君のことを見守っているから」
そんな言葉のほうが嬉しいと思います。苦しくて誰かに話を聞いてほしくても
話したくても話せない……話そうとしたら話せなくなってしまう。身勝手かも
しれませんが、話すにはそれなりのタイミングや時間が必要なのです。
「飲みながら話を聞いてあげるよ」なんて言われても話せません。

このように家族の一人に何か重大な出来事が起きた時に、家族も自分のこととして
胸を痛め苦しむのです。個人の問題ではありません。
問題を抱えた本人だけでなく、家族の心もアするネットワークが必要だと思います。
しかし、家族の苦しみまでには目がゆき届かないのが現状です。
周囲からは理解しにくい家族の心の闇なのです。

電話をかけてこられた方の家族の苦しむ姿が目に浮かびました。
人間は弱いですよ。強い精神力を持っているつもりでも実際は傷つきやすく
いつも誰かに自分の存在を認めて欲しいのです。

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