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ダンシングハウス

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設計:フランク・O・ゲーリー

プラハ城横からの丘の公園からも際立つ、ゲーリー作品。

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ダンシングハウスの足部はかなりうねっていて構造になっていない気がする。

建築家の建物のジンクスかこの、建物テナントが最上階と4Fかにしか
入っておらず、運営としてはひどい有様。
解体されないか心配なレベル。

上記写真は、最上階のバーからプラハ城をみた写真。

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最上階のシンボリックなオブジェ。

この素材は多分、神戸のクジラとおんなじじゃないかなと。


プラハの街並み

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カレル橋付近よりプラハ城を見る。
パリを見てからだと他のヨーロッパの町が、しょぼく見えてしまうのは
私だけでしょうか?

そんな中で、プラハは期待以上によい街並みでした。

プラハ城をシンボルとして、川を渡ったところに、
旧市街、ユダヤ人街と広がっており、現代建築がほとんど見られないことで
調和がとれている。

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逆にプラハ城から市街を見る。

朝日が指す中、かなりムードのある景色。

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日本人がいない中で、アジア系だとやたらと韓国人が多かった。
なぜか調べてみたら、「プラハの恋人」なる、ドラマが
韓国で流行り、それがもとで韓国人が多いようだ。

実は、空港の案内も中国語ではなくなぜか韓国語。

今なにかと話題の大韓航空もプラハのニーズが多く、
ICN−PRGのダイレクトフライトを作ったそうな。
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設計:ダニエル・リベスキント

かなり、違和感を覚える建築。
ユダヤ博物館からここまで来たかと思われるほどの鋭利さが際立つ。

ちなみにとがっている部分に屋内施設は無く、
上層部が展望台となっているだけである。

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鋭利部から下を見る。
分かりづらいかもしれないが、何もない。

本当にシンボリックに設計されているだけ。
ただし、この鋭利部にも意味はあり、頂点の向こうは、ドレスデン空襲の最初の爆弾投下点(空中)を指しているそうだ。

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実際、後背部については、Vの字に切れ目が入ったように既存施設に
現代建築が突き刺さっており、その突き刺さり方が意識できるように、
内部も設計されている。

軍事史博物館と言われるだけあって、1900年代から現在までの
軍事史がこと細かく、色々な側面から展示されている。

あまり、グロテスクなものは無いので、ご安心を。
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アウシュヴィッツに続き、2つ目の収容所見学。
とにかく人がおらず、Z施設(=ガス室、焼却室)については、
入ることに少々恐怖感を覚えた。

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「ARBEIT MACHT FREI」この言葉は変わらず、入り口の門に
刻まれている。

調べてみたところ、特定ではないものの、絶滅収容所となったところと、
強制収容所となったところがあるそうだ。
こちらは、強制収容所だが、最終的にこちらでもホロコーストは起きた。

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今回、アウシュビッツと違い、本当に私一人しか人がいなかったため、
バラックの中に入ることなどが恐ろしくて出来なかった。

また、上の写真がZ施設の祈念施設となるが、この写真に写っている
像も、恐ろしい目をした人が立っているもので、直視するのさえ恐ろしかった。

これだけ人がいるといないとで違いがあるかというほど、
恐怖に襲われつつ、二度とこういったことが起こってはいけないという
念に駆られる。

ライヒスターク

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設計:ノーマン・フォスター

この訪問は事前予約が必要なのでご注意を。

夜の見学となったが、議会を上から市民が見るといった形に
少々驚く。また横にある連邦府が恐ろしくデザインが良く、何せでかい。

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実は上は吹き抜けとなっており、またレストランまで存在する。

これには少々驚いた。

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大英帝国博物館グレートコート然り、ホールなどの調和のとれた設計は
ノーマンフォスターお得意な気がする。
一見の価値ありです。

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