|
ブログ更新だ。
すっかり忘れ去っていた当ブログ。
筆者を取りまく環境も大きく変わって更新をサボっていたのだが、たまにはブログを書いてみようかと思い立った。
特段、筆者のことを気にしている人はいないであろう。
ほぼ独り言に近い形、で書き連ねる。
もう啓蟄も過ぎたので、まさに虫が這い出るかのような姿の現し方になってしまった。
ここしばらく何をしていたかと言えば、大学で教鞭を執ったり、体を壊して再度入院になったりとせわしない状態であった。
昨年末くらいからようやくほぼ復調、忘れもしない11/30くらいに、あれ?なんか調子いいぞと言う状態になった。
一度大きく体調を崩すと、なかなか戻らないものだ。
この間、あちこち不義理をしてしまっているのが非常に申し訳ない限りだ。
ほんと、健康には気をつけたいものである。
現在は、大阪芸大の写真学科で客員准教授を務めさせていただき、ぼちぼち仕事をしながら食いつないでいる。
筆者の専門分野は写真・画像処理なので、その関連で授業を持っている。
追々、そのあたりも記事で取り上げていきたい、と考えている。
了
|
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
もうすぐ終戦記念日だ。
戦時における写真は、報道写真分野があり、つとに写真を表す世界として有名で、数多の有名ジャーナリストが戦場の露と消えた。
今日では、ムービーでの撮影が一般的であるし動画サイト等の隆盛もあるから、静止画の報道写真よりも、動画ニュースとしての報道に大きな分があるだろう。
写真というのは、速報性という情報を伝えるツールとしての立場をムービーに譲りつつある状況を考慮すれば、アートやアドバタイジング、アーカイブでの(写真芸術/広告での情報伝達/肖像や記録などの分野)生き残りがメインになっていくのではないかと思われる。
こういった分野を支える原資、つまりどこから金が出るのか、をいうなら、それは間違いなく広告宣伝分野からの予算をいただくことになる。
世の中には、とにかくたくさんの人間が住んでいる。
人が、ある社会を築き、補完し合い、支え合いながら生きている。
核家族なんて死語に近いし、社会の中で孤立した生活を余儀なくされる世の中であるが、その実、皆さんが生きるために社会を構築し、生活し、それぞれの仕事をすることで、本当は孤立ではない支え合いをしているのである。おそらく、規模が大きすぎたりシステマチックすぎて気がつきにくくなっているのであろう。
実際、なんらかのわずかなトラブルで機能不全に陥ってしまうニュースを見れば、見えざる所で支え合っていることがよくわかる。
平和すぎて感謝することを忘れるから、己が存在意義に不安を抱いてしまうのだ。
そういった平和も、65年以上前の方々の尊い犠牲の上に成り立っている訳で、彼らは決して今日の日本を願って散って往った訳ではあるまい。
現代の写真(特に家族写真など個人支出分野以外)の原資が広告/宣伝費であることを考慮すれば、世の中が平和であるからこそ存在できるものであるということを強く認識しなければならない。
火急/緊急時にのんきに宣伝広告の話なんてしていられない訳で、皆さんの生活が不景気ながらも命の危うさなく(戦時的な危うさを指す)存在し、それぞれが生活し消費するからこそ、そういった広告宣伝の必要性が出てきて、そこに経費が発生するのである。
つまり、世の中が平和であることが、現代の写真の活性化に必須であると思われるのだ。
無論、ある程度景気がいいことも必須であるし、それ以前に平和でないと存続すら危ぶまれるわけだ。
終戦記念日を間近に控える今、こうして写真を生業にできるありがたさを、ご先祖様に感謝したいものだ。
ジジむさい言い方かもしれない。
でも、事実で真理なんだから仕方ない。
大事なことは、何かを固定された視点で見ないことだと思う。
社会をマクロ的(巨視的)に見てしまえば、ミクロの社会は砂粒一つと同じで何ら価値を見いださなくなる。
しかし、常にミクロだけでは全体像は測れない。
マクロがミクロをいかに大事にできるか、
ミクロがマクロに、いかに貢献できるか、
これがキモな気がする。
<了>
|
|
久しぶりの更新である。
ちょっと面白いニュースがあったので、それをネタにしようと思う。
おしゃれ?非常識?祇園祭おけいはんポスターに「逆さ帯」記事が消されてしまうと悲しいので、下記に引用する。
7月17日14時18分配信 産経新聞
京阪電鉄の祇園祭キャンペーン用のポスターやチラシに登場する女性イメージキャラクター「おけいはん」の帯が上下逆向きに巻きつけられていたことが分かった。同社は「おしゃれの一環」と主張するが、京の伝統文化を受け継ぐ関係者らからは疑問の声も上がる。はたしておしゃれなのか、それとも…。
ポスターは大小計5800枚、チラシは4万枚作られ、6月末から今月16日まで電車内や駅などで掲示された。
女性モデルの帯の文様は扇状の波を交互に重ねた「青海波」といわれる日本の伝統的な吉祥柄。赤地に金色の青海波があしらわれ、通常とは上下逆向きに巻きつけられていた。
京阪電鉄広報担当によると、同社の祇園祭の広告物用の着付けを10年以上担当する40代の女性スタイリストが調整。「帯の文様を崩す流行に乗った。おけいはんの年齢設定は10代で、元気の良さをアピールしたかった」と、意図的に上下逆さとしたと強調する。
ところが、京の伝統文化関係者などから「伝統を重んじる祇園祭の広告にはそぐわない」(40代女性)、「あり得ないミス」(60代男性)といった声が噴出。「若い人ならどちらでもいいのでは」(80代女性)との意見もあるが、西陣織工業組合の渡辺隆夫理事長は「お粗末の一言」とばっさり。「ベーシックな柄であり、ましてや吉祥柄を逆さにして新デザインというのはいかがなものか。デザインとは文化。もっとよく勉強してほしい」と苦言を呈した。
京阪電鉄は「スタイリストが浴衣メーカーに『逆にしても間違いではない』と確認を取っていた」と話している。
京阪電鉄の女性イメージキャラクターが上下逆さまに帯を巻いているチラシ(写真:産経新聞) 拡大写真はこちら。
早い話が、帯が上下さかさまなのだ。
正しい向きは下記。
←比較→
伝統小紋
「青海波」
こちらは下記から。
ポイントとして、スタイリストのミスではなく、きちんと確認の上許可をもらい用いたこと、文句を言っているのは「関係者」といいながら誰だかはわからず、記事上ではインタビューした人のコメントのみだ。
また、こちら。
「、西陣織工業組合の渡辺隆夫理事長は「お粗末の一言」とばっさり。「ベーシックな柄であり、ましてや吉祥柄を逆さにして新デザインというのはいかがなものか。デザインとは文化。もっとよく勉強してほしい」と苦言を呈した」
非常に興味深いことである。
実際、撮影していると良く発生することなのだ。
伝統や常識を守るか、表現を守るか。
ここでさらに興味深いネタがある。
外人の方々が、日本のこういった伝統的なものをどうとらえているか、と言う見地でみると、単純なデザインや絵柄のおもしろさとしてとらえて、既存の常識では考えもつかない表現方法を持ってくることもままある。
伝統は伝統で大事なことであるのだが、表現として考えると、それに新たな息吹を与える使用方法も大変意義がある。
今回の場合ネタが伝統的なお祭りのポスターであるから、使った場所が悪かったのかもしれないのだが、絵柄としてとらえておもしろさを演出するのは、大事なことなのだ。
特に、若い女の子の感覚というところからすれば、あまり伝統的なことにこだわりすぎても意味がない。なにせ、いつの時代も若者が新しい形を模索しているのであって、良ければそれは定着する。
ヒップハングのパンツみせなんて良い例だろう。
無論、TPOを無視していたり、リスペクトのない状態で行われているのであれば、それは認められない。ここが線引きであって、必ずしも伝統を守っているかどうかではない。
伝統を守っていながら、許容範囲内の新しさを認めないのは、伝統の死蔵であり冒涜とも言える。文句を言っている方々はそのことをよく考えなければならない。
小紋なんて、繰り返しパターンの絵柄であるから尚更だ。
厳密に言えば、モデルの髪型だって問題になってしまう。
余談だが、ミスならば、この程度のモノは画像処理でかんたんに修正できる。試しに筆者が呑みながらやってみたらラフな仕上げで15分くらいだった。(つまり、やっぱりミスではない裏付け。)
そんなわけで、本質を見失わないように表現を深めていきたいものだ。
<了>
|
|
写真業界者にとって「藤井秀樹」の名前を聞いたことがない人は少ないはずだ。
秋山正太郎御大のお弟子から独立し、日本の広告史に残る写真家の一大巨星だ。
依然、広告写真家協会の会長を務め、日本写真芸術専門学校の校長も、秋山校長の後を継いで歴任しておられた。
また、ポートレーターとしても沢山の作品を残し、ここ10年は平行してカンボジアのボランティアをなさっておられた。
広告写真や肖像写真を世界レベルに高め、教育やボランティアに従事した偉大な写真家だ。
そんな彼が、5/3夕刻、永久の旅路へと出立なされた。
ご葬儀日程は下記。
お通夜 5月7日(金)午後6時半より
告別式 5月8日(土)午前10時30分より
場所 厚木市水引2−0−38
JAあつぎグリーンホール
電話 046−221−1800
小田急本厚木駅下車
北口一番バス停又は厚木バスセンター「1−1」又は
「1−2」番バス停より松蓮寺・鳶尾団地・青年の家・
まつかげ台・上萩野車庫」・半原行き乗車
所用時間約10分。
注:ご供花される方は、JAあつぎグリンーンホールまで。
問い合わせすると申し込みFAXを送ってくれます。
筆者は、お弟子さん達が構成する藤井ファミリーの一員ではないが、ひょんなご縁から藤井ファミリーのおまけとして大変かわいがっていただいた。
デジタルフォトがまだ黎明期の頃、ご興味をもたれた藤井先生がPCのフルセットのご購入をされ、その相談役として色々とお世話したのがご縁だった。
以来、15年ほどのおつきあいになろうか。
何かというとご相談ごとのお電話をしていただき、意見を求められたりお手伝いをしたりと、おそらく世界一、筆者を認めてくれていた御仁であった。
ご自宅に伺うことも数知れず、奥様や息子さんと一緒にまるで家族のようにご飯に連れて行ってくれたりしたものだ。
筆者が病気の折にも、心配して何度もお電話をしてくれたのも藤井先生だ。
先日も入院中に撮影があると言ってそのお手伝いを藤井ファミリーのみなさんと担当したばかりであった。 この急な訃報に何も手につかない状態である。
筆者にとっては、父親のような存在であったからだ。
関係諸氏に連絡が行き届かないかもしれないことを憂慮して、不躾にもこの記事をアップする。
検索等でヒットすることを期待する。
この場を借りて、偉大なる藤井秀樹先生のご冥福を心よりお祈り申し上げる。
合掌
|
|
過日、海外ロケに行った。
ロケと行っても、仕事ではなくて知り合いのところを訪ねてついでに撮影しまくってきたのだ。 バングラディシュに行ったんだが、筆者も初めてでなかなか刺激的だった。 空港にあった無料の携帯チャージャー。
バングラディシュはこんなところ。
バングラはインドの東方に位置し、元インドであって、独立運動の末東パキスタンになり、さらに独立運動の末に現在のバングラディシュに落ち着いた。第二次世界大戦前まではイギリス支配下で、艱難辛苦を乗り越えて自分たちの国を獲得した。比較的最近まで政変に揺れる国であった関係もあり世界最貧国と言われる人口の多い国だ。
バングラ行きで注意すべきなのは、ビザが必要な点だ。
あらかじめ大使館に行き、申請しなければならない。この時間が最低2〜3日かかるのだ。
また、直行便がない為、バンコク経由でダッカに入る。
メインはベンガル人。若干の山岳民族もいるようだが、筆者が行ったダッカでそういう方々に遭遇することはなかった。
イスラム教徒が多く、ほとんどがムスリムだ。ただし、日本で良く聞く原理主義的ムスリムではなく、少しゆるめ。
そして、貧富の差が激しい。物乞いもたくさんいるし、お金持ちもいる。
国民性は極めて明るく、なんと、治安はかなりいい。
もともとムスリムはかなり穏和な行動原理を持つ方々だ。警察官がたくさんいるとか言うわけではないのに(むしろほとんど見ない)、思いの外、安全だ。
ただし、気をつけて欲しいのは、貧富の差がある為に当然それ相応の危険度はある。
筆者が滞在中も邦人向けの強盗情報とかが出ていた。
国自体が外人の安全に気を使っているようで、万が一のトラブル時に命が無くなるくらいやばいことになるらしく、それ故、外人には特に優しいと言うことなんだが、どこまで本当かはわからない。
この現地ガイドの怪しい情報ついでに、元々、勢力を誇るギャングがいたそうだが、法改正でRABなるSWATみたいなチームを作って暗殺してしまったらしい。現場判断で射殺可能だそうなので諸外国から人権問題を取り沙汰されたこともあるらしい。
また、この国に妙齢の女性の旅行はあまりオススメしない。
そもそも、ムスリムである関係で、10歳〜40歳くらいの女性を街中で見ることは少ない。
観光地に赴いてようやく若い女性を目にする。
ムスリムは結婚適齢期に入った/婚姻中の女性は外で働くことはあまりなく、結婚もお見合いが多い。(らしい)
気温が高いこの地で、露出度の多い若い女性を目にしたら、男性はかなり盛り上がってしまう。
さらに明るい国民性で外人を見ると話しかけて集まってきてしまう。
回り中、現地人に囲まれたら普通は恐怖を感じるはずだ。
ここで怖じ気づいたら「くみしやすい」とおもわれ強盗などの餌食になる。
が!怖じ気づかない日本人は少ないはずだ。
なお、巾着切りのスリもいる模様で、観光地でカミソリの刃だけが落ちていた。
これはカバンをカミソリで切って中味を抜くというやつだ。
囲まれたらそういう危険も増大するわけだ。
そもそも空港を出ると、ものすごい警備が厳重な中、空港出口前の車寄せが頑丈な檻で囲われている。ここに、人が立錐の余地なくびっしりとくっついているのだ。
出迎えとかそういうのではなく、ただ、見ているだけでびっしりと。
観光客はもともと中国人と韓国人が多いらしい。
すぐにチャイニーズ?コーリャン?と聞かれる。「ジャパニ!」というと意外な顔をされる。
聞けば、日本人は珍しいらしい。
それと、幾たびも筆者がうろついているとホーリーネームと宗教を聞かれた。
筆者がひげ面なせいでムスリムと勘違いしているらしい。
いずれにせよ、刺激的なバングラ旅行であった。
拡大すると↓
筆者は落書きが大嫌いなんだが、本当にどこに行ってもある。
記念を残したいのかもしれないが迷惑千万だ。
犬がマーキングするより始末が悪い。
この手の愚か者は若者のみならず、老若男女存在する。実際、おばさんが落書きをしているところを見たこともあるし注意したこともある。
こういうことは絶対にしないように。
↓そこかしこで見かけるその辺で寝る人。中央分離帯などあり得ない場所でも寝てしまう。
という訳で、楽しく撮影してきたバングラ旅行だが、もどったら寒くてすっかり風邪をひき、10日以上ぐずぐずしてしまった。
正確にはもう3週間だが未だに鼻水製造器だ。余計な病気をもらってきたかとびびったがそうでもないらしい。
つづきはまた。
了
|


