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日曜日の日経新聞で山下柚実さんが、「詩の力、土地の記憶」と題して短歌の枕詞について寄稿されています。
百人首にもある
「契りきな かたみに袖を絞りつつ 末の松山 浪こさじとは」 清原元輔
ここで、「末の松山」 は多賀城市にある海抜10mの小山で、1100年前の貞観大地震での大津波もこの小山を超えなかったことから、
「末の松山浪こさじとは」 は滅多に起こらないことの例えに用いられるようになったとか。
2011年の東日本大地震の大津波も末の松山を超えることはなかったと。
末の松山は固有名詞であったことも知りませんでした。
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微生物農業
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動物愛護団体は野生動物の保護を唱えるが、農作物に深刻な被害をもたらす憎き外敵である、ヒヨドリやサルは日本列島から完全駆除・撲滅すべきと考えます。
イノシシやシカは肉資源の面から撲滅までは求めないが、里に出没することのない程度までの駆除は不可欠です。
少し前になりますが、
「オオカミを放つ―森・動物・人のよい関係を求めて」 丸山直樹 須田知樹 小金澤正昭著 を読みました。
オオカミを山に放してシカ、サル、イノシシを効率的に駆除することについて、米国のイエローストーンの例を挙げて説明されています。
オオカミを山に放せば人も危ないと思っていたのですが、オオカミは人を襲うことは殆ど絶対にないと言える程に希であること。
放牧生活のモンゴル国で、ジンギスカンはオオカミとシカは神の使いとして保護していたと。オオカミを駆除絶滅させた馬鹿な日本の為政者との生態系に関する知見との差に驚かされました。
高山植物・尾瀬沼の水芭蕉、東北の原生林が次々にシカに食い荒らされて、待ったなしの今日。
「日本オオカミ協会」の活動を応援しましょう。
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完熟堆肥を畑に撒き拡げ、深く耕して地中に鋤き込む栽培に励む人が未だに多い。
土壌中の微生物を考慮しない無機的思考の農業であろう。
人の健康も腸内細菌叢を健全に保つことの重要性が叫ばれるようになってきた。
「野菜作りは微生物に全てを任せる。
人は微生物が棲みやすい土壌作りだけを考える。
野菜を人間が育てようと思ってはいけない。」
これが、微生物農法である。
窒素肥料を如何に与えるかは、作物を育てようとする人間が考えることだが、そこに間違いがあろう。
窒素は土壌中の微生物には有害に作用する。
微生物のためを考えた農業は。
1、畑は耕さない。
2、C/N比が30以上の有機物を、可能な限り大量に、生のままで、微生物に与える。
3、今まで投与してきた米ヌカも、微生物には有害と判断し使用を止める。
4、作物には肥料を与えない無肥料栽培とする。
5、当農場での微生物の餌は、モミガラ、草、作物の収穫残査になる。
6、ビニールマルチは使用しない。草には生えて貰い、伸びてきたら引き抜き、地中に残った毛根は微生物の餌と住処に、引き抜いた地上部は微生物の餌にする。
これが、当農場の「不耕起・無肥料・微生物農法」の新指針です。
そんな馬鹿なと嘲笑する人は、土壌微生物に対する知見が乏しいからでは。
富士山溶岩流の上に、豊かな青木ヶ原の森を育てたのは微生物である。誰も施肥しなかったことで微生物豊かな森が出来た。
山は施肥をしなくても豊かな森が育つのではなく、施肥をしなかったから微生物が豊かになり、豊かな森を育てた。
畑も微生物を無視して耕し、施肥に終始するから、まともな野菜が出来ていない。
微生物を大切に育てれば、微生物が豊かな作物を育ててくれる。
微生物を考えなかった「肥料学」、「作物栄養学」は過去の学問。今や科学ではない。
微生物が豊かな森を育て、美味しい野菜を多収させてくれるのは何故か。
これからは「土壌微生物学」が農学の基本です。
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イチゴの定植作業は200株程を終えたのですが、本日は快晴のため活着させるための水やりを考えて中止し、薩摩芋掘りに精を出しました。
紅あずまは大きくなりすぎていて、安納芋はちょうど良い感じ。
芋掘り作業も1/2を終えたばかり。
大量の芋をどう処理するかも悩むところです。
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種芋からの蔓だしから遅れて挿した、サツマイモ畑の収穫を始めました。
気候にも恵まれて豊作です。
子供さんに芋掘り体験をご希望の方、大勢でのお越しをお待ちしています。
ご連絡をお願いします。
ゲストブックからでも、コメント欄からでも結構です。
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