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北京オリンピックの競泳選手には、日本水泳選手権での決勝タイムがオリンピックで準決勝に進めるであろうとされる標準タイムを突破し、且つ、2位以内に入ることという、明確で厳しい基準をクリアーした男子16名、女子15名の計31名が決定しています。長い間の練習の成果で晴れ舞台に見事出場を果たした選手に改めて拍手を送りたいと思います。
この晴の31名の代表選手に、我が住宅団地の校区にある平野中学校OBから、男女1名ずつの2名が入ったことは特筆すべきことと思います。地元民として大変誇りに思います。
陸上と水泳はオリンピックのメイン種目であり、オリンピックでの「水泳日本」には懐かしい郷愁を覚えます。
ヘルシンキの1500m自決勝では、全盛期を過ぎた古橋の代わりに、橋爪の金メダルに期待をこめて日本中がラジオの前に釘付けになって米国代表の紺野に破れての銀メダルになったのを聞いたあの時、100m自決勝では鈴木弘が同タイムながらタッチの差で金メダルを逃がしての銀メダルとなったあの時。
メルボンの1500m自決勝ではNHKラジオ午後7時のニュースが途中で現地からの英語放送の中継に切り替わり、ヤマナカ・ヤマナカの連呼しか聞き取れない英語放送に固唾を飲み、英語放送が終わった後で一呼吸を置いてから、NHKのアナウンサーが日本語で「山中は2位に入った模様です」と伝えたあの時。
注)当時はテレビ中継はなく、ラジオの中継のスタッフは現地入りしていたのですが、この時間帯での中継は出来なかったのでしょう。
水泳の代表選手に関しては、モントリオール大会の男子代表選手と、モスクワ幻の代表となった男子選手の全員が尾道高校のOBと現役に独占されていたことを知っていますか。この空前絶後の指導者が「徳田一臣コーチ」です。ミュンヘンオリンピックで金メダル獲った田口信教も先生の教え子です。
この先生はどんな方法で指導してこれだけの快挙を成し遂げたのか、マスコミにも語らず、表舞台には殆ど登場していませんが、歴史に残る不言実行の名コーチです。
この先生のお話をお聞きしたいものです。お話の中に子育ての究極が含まれているはずです。
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