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サラリーマンであった私が庭でミツバチを飼育するようになった経緯ですが。
昭和49年(1974年)頃は第一次オイルショックによる狂乱物価の最中で、スーパーからトイレットペーパーがなくなり、次は洗剤もなくなると日本中が大騒ぎになっていました。その頃にこの土地で戸建て分譲住宅を買いました。
私が育った三河山間地の農家では、庭には実を着ける木を植えて飢饉に備えておく風習が残っていました。この風習に添って、既に植えられていたカイズカイブキ等は全て引き抜いて廃棄し、ミカンを主体に、スモモ、モモ、梅、等を植え付け100坪の敷地のミニ果樹園にしたのです。スモモは受粉が結実に大きく影響することからミツバチも飼いたいと思っていたのですが、直ぐには実行出来ていませんでした。
しかしながら、当時は生物生態学の専門誌で「アニマ」という写真の多い月刊雑誌が発行されていて、毎月購読していたのですが、この「アニマ」に蜜蜂が特集され、北大の理学部や農学部の教授陣がミツバチの行動学についての詳しく説明されたと同時に、ミツバチは一人で300群の飼育までは可能で、年間800万円程度の所得は確保出来、脱サラ者が取り組みには最も適していると試算まで載っていました。
それならと、養蜂の専門書を調べて3冊を図書館に購入をリクエストしました。1ヵ月ほどして図書館からの電話で「リクエストされた書物が入館したから借りに来るように」と、行ってみると3冊の予定が、5冊も用意されていました。図書館の司書は「ミツバチの本を探しておられるようなので、ついで残りの2冊も購入しておきました」と、今では信じられないような親切な応対に感激でした。
むさぼるように、1字1句を逃さないように読み尽くし、専門家になった気分で養蜂をスタートしたのでした。朝は4時頃に起きて出勤前に内検する生活を始めたのです。
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