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「根付の雫」第81号表紙(右下クリックで拡大)
龍といえば空を自由に飛び回るイメージですが、根付にするとなるとそうもいきません。
固まりの中で表現しなければいけないので、どうしても動きが少なくなります。制限のある
根付の中で、デザインも含め根付師の技量が試されるモチーフでしょう。
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絵
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詳細
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「根付の雫」第77号表紙
(右下クリックで拡大) 幕末〜明治期の江戸で作られた饅頭根付や柳左根付、煙管筒などで雨龍をよく見ます。
龍と名がついてますが、龍の代名詞である角や鉤爪などが無いので、言われないと
どういう生き物か不思議に思われるような格好をしています。大抵、口の先が
くるっと丸まっていて、手足は(足がないことも多い)雨=水ということで水しぶき
を模したような形で、流れるようなとらえどころがない姿をしています。
いつから、どういう理由でこの姿になったのかよくわかりませんが、古い家紋にも
あるので由来は古そうです。
全身が曲線でデザイン化しやすいのか、作り手が様々なアレンジを効かせている
ものがあり見ていて面白い。
過去に雨龍の柳左根付を作ろうとしたことがあったんですが、技量が足りず挫折。
面白い意匠なのでなんか作りたいですね。 |
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(右下クリックで拡大します)
「根付の雫」第76号表紙 猿が瓢箪で鯰を押さえつけている根付を時々見ます。元々は室町時代に描かれた有名な如拙作 「瓢鮎図」から来ているのでしょうが、大津絵ではこれをパロディ化して猿に押さえつけさせる ことで面白さが増し、色々な意味が想像できます。 大津絵から影響を受けた後年の「鯰絵」
ぬるぬるするナマズをつるつるした瓢箪で押さえつけるにはどうするか、という禅問答が本来の 瓢鮎図ですが、人間を猿に変えたその心は? 人間のかわりに猿がこの難題に挑んでもうまく行くはずがなく、思慮の足りない行動を猿知恵 に例えて風刺し、茶化した絵である。要領を得ない人を皮肉る意味もある。とする説が一般的な ようですが、私が初めてその絵を見た時、思ったことはむしろその正反対のことです。 「押さえてやろう」という邪念がある人間より、なにも考えておらず遊び半分のような状態の 猿のほうが案外、あっさり押さえることが出来るのかも、という意味かなと思いました。 なぜ猿なのか、という事もちょっと調べてみると、猿関白と呼ばれていた豊臣秀吉の戦時の 馬印が瓢箪でした。戦に勝つ度に馬印の瓢箪を増やしていったといい、終いには瓢箪だらけに なって「千成瓢箪」と呼ばれたそうです。秀吉自身の瓢箪好きも有名で、たくさん収集もして いたようです。だから瓢箪と言えば秀吉→猿になったのかな?本当のところは、わかりません。 |






