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今回大河ドラマ「清盛」をモデルにしたものや戦艦大和の錨をかたどったものなど様々である。 「花より団子」な人にはすぐ近くに「屋台通り」がある(4枚目写真)。とはいえ釜石ののんべぇ横丁や博多の屋台程多くはない。中にはオシャレなカフェっぽい屋台もあるが屋台といえば「吉田 類の酒場放浪記」みたいな写真のお店が自分のイメージである。もっとも自分は飲めないので蔵本通りの屋台には2回しか行った事はないが…。 あ〜なんか腹減ったな… |

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こんにちは、ゲストさん
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今回大河ドラマ「清盛」をモデルにしたものや戦艦大和の錨をかたどったものなど様々である。 「花より団子」な人にはすぐ近くに「屋台通り」がある(4枚目写真)。とはいえ釜石ののんべぇ横丁や博多の屋台程多くはない。中にはオシャレなカフェっぽい屋台もあるが屋台といえば「吉田 類の酒場放浪記」みたいな写真のお店が自分のイメージである。もっとも自分は飲めないので蔵本通りの屋台には2回しか行った事はないが…。 あ〜なんか腹減ったな… |
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歴史ある市政の街なんですね


(笑)
ライトアップはどこのも綺麗ですよ
4枚目ーーーーーー
2012/12/8(土) 午後 8:51 [ 鶴姫 ]
110周年ですか?
歴史ある街ですね。
もうクリスマスモードのようですが、屋台通りも雰囲気出してます。
2012/12/8(土) 午後 9:19
鶴姫さん、呉市は海軍が来るまでは地方のー寒村に過ぎませんでした。言うなれば呉市の歴史はそれ以降となります。
それにしてもこうしたイベントができるというのは有り難い事ですね。
※やはり鶴姫さんは屋台にヒットしましたな(笑)。
2012/12/8(土) 午後 9:43 [ スタリオン ]
ウグイスさん、自分は地元民のくせに市政110周年は知りませんでした(笑)。屋台も飲まない人間には行きづらい場所ではありますね〜。
2012/12/8(土) 午後 9:50 [ スタリオン ]
呉市政110周年ともあって、とてもキレイなイルミネーションですね。
今の時期どこでもイルミネーションで飾られているので、夜街に繰り出すととても気持ちがイイですよね。
鶴姫さん同様4枚目の画像に喰いつきましたよ
2012/12/8(土) 午後 9:52 [ サムライ ]
サムライさん、やはり冬の夜にこうした明かりを見るとホッとしますね。
酒場放浪記は時々見ますが、酒の銘柄云々より店の大将や女将、お客さんとのやりとり、美味しい料理に目が行ってしまいます。それにしても屋台から漂う煮込みやラーメンのにおいは空きっ腹には応えます。
2012/12/8(土) 午後 10:36 [ スタリオン ]
イルミネーション、女川の駅前には、毎年、『海ほたる』と称して、とても、美しいイルミネーションが飾られてました。
仙台とは、比べるべきもない規模でしたが、町民みんなが寄付をして、町民全員で、灯していたイルミネーションでした。
そのてっぺんには、今は、仮設商店街にある『希望の鐘』となっている鐘がありました。
今でも、目に浮かびます、あの美しさが・・・
2012/12/8(土) 午後 10:50 [ まんちゃん ]
まんちゃんの見た風景はもう思い出の中だけになってしまいましたね。これはぜひとも復活させてほしいです。
柳沼佑奈さんが見た女川駅の風景にもこのイルミネーションは刻み込まれていることでしょう。
2012/12/9(日) 午前 8:20 [ スタリオン ]
呉市の海軍さん、かっこいいイメージがあります。
市民全員「坂の上の雲」のもっくんじゃないかと思っているほど^^
完全に妄想ですね。
酒場放浪記、地味に好きかと思っていましたが、ファン、たくさんいるみたいですね。
2012/12/10(月) 午後 1:39 [ tetsumama ]
tetsumamaさん、以前は海軍の話をしようものなら「戦争賛美」とか右傾化が云々と批判されたものですが、最近は国の行く末を案じて犠牲になった兵士たちや海軍の礼節、公助の精神、世界に誇れる技術力などを見直そうという気運が高まっているように感じます。



※酒は飲めないが居酒屋メニューは気になる不肖スタリオンめでした。
2012/12/10(月) 午後 6:19 [ スタリオン ]
1)スタリオン様
オオタです。
世の中、狭いもの偶然にスタリオンさんのWebでお目にかかり、このような「バタ臭い」書き込みさせて頂いております。東北のことが、風化されないために、少し、私の故郷について触れさせて頂きます。
御察しのとおり、私の育ったのは、井伏鱒二の「黒い雨」の舞台の神石高原町です。
私達故郷の者の多くは、「黒い雨」を戦争記録文学としてある程度、割りきっていたのですが、この小説そのものが、政治目的に利用されるようになり、2000年頃から、豊田某や猪瀬直樹あたりが盛んに井伏を問題視するようになりました。
「黒い雨」と井伏鱒二の深層
「黒い雨は盗作」という言葉が独り歩きをし、文学に疎い人が「あれは盗作、井伏は犯罪者」という言い方をすることに、怒りを感じます。
資料提供者重松氏の共同執筆者の申し出を「先生の名前に傷」が付きます。作品の中に「私の日記が生かされて充分に報われている」と重松は断っているのです。最近のように著作権に配慮して資料出展の根拠を一言断り書きしてあれば、より万全だったのでしょうが、当時はそのような、著作権までを想定しておりません。
2013/4/11(木) 午後 8:32 [ オオタ ]
2)後日、井伏の本が出版され養女の方が、蔵を整理していて、初めて出てきた日記等が発見される顛末。猪瀬氏の、好奇心と攻撃心は特に際立っており、あの神石高原町の重松邸を秘書とおと連れ、ハンドコピーを持ち込み、執拗な調査を行った結果、田舎では顰蹙をかっております。ちなみに「重松日記」が出版されたのは、「黒い雨」に遅れること、35年です。静馬氏の意思は氏の養子文宏氏によれば、「原爆を知らない孫たちに、惨状の一部を伝えたらと思って書いた。」と言って、各所の講演会で当時を振り返っております。予断ですが、私の父については、以前にもふれましたが、故郷を守るため、[徴兵を拒み続けながらも、軍相手の木材商を友人と扱っており、村から出動する挺身隊をサポートしておりました。「黒い雨」、「重松日記」に登場する記述について、当時の村の状況を括弧にて追記しておきます。
●甲神部隊が広島に着いて二日目の朝、家屋強制疎開の作業を始めた頃原爆は投下された。原爆の災害を見て、逃げ帰った。
(当時は全国で、挺身隊と称して、空襲で類焼の恐れのある、建物の解体や空襲後の後片付けの仕事に駆り出されたもの。
2013/4/11(木) 午後 8:35 [ オオタ ]
3)(父等の話によると、当時は福山や呉の対応に追われていたが、「広島へ新型爆弾投下」の報に接し、急遽、神石と甲奴郡から、甲神部隊を編成し、木炭車4台に荷車を用意して、夜中の2時に田舎を出発した。被災地に到着して、あまりの惨状に為すすべもなく、中には、「悪魔や下道」の仕業と言い出し、怯えたものもいたという。こうした中、避難者を対策さえ、ままならぬことから、父達は、神石や甲奴の被災者を郷里に早く向かえるべく、広島市を後にした)
●養生のために散歩や魚釣りをすれば、口さがない村人から怠け者扱いされる。やるかたない重松は、村在住の被爆者仲間を説得し、鯉の養殖を始めようとする。
(父等、村に残ったものは、当時被災者を受け入れたが、食糧さえ事欠く始末の中で、当時は田んぼに鯉を養殖して、秋に成長したものを食べていたが、鯉の生血は熱病の薬にきくことから、大きなもの庭池に放して緊急薬品に使った。こうした活動は、父等が街の若い人、角屋旅館や木村薬局の後輩を指導して対応した事。
2013/4/11(木) 午後 8:36 [ オオタ ]
4)また、受け入れた被災者が栄養不足で肺結核(放射能の影響?)が多く、村長を中心に父等は米軍に掛け合い、山羊を12頭を緊急手配し、栄養補給に努め事。等が当時の状況、私も小学校に上がると、田んぼの鯉狩り、山羊の乳しぼりや、被災者への乳、配布などの手伝いの記憶が今も鮮明に思い出される。)
(井伏氏は、酒と肴は大好物のうえ、借金上手と聞いていたが、氏は何回か執筆のため、当地に乗り込んだ。その時父、角屋旅館や木村薬局等は、川魚を釣たり、樋干せと称した漁法により、採取して串焼き数日間乾燥の上、主食に供した。
五彩の虹とは、このように川魚を、朝早いうちに行い、日が差し始めると川面に日が映え、魚が昆虫を目がけ、湧きあがるように波立ち、まるで虹を見ているようだったと、稚心に記憶しており、井伏はこのような状況を表現しているものでしょう。)・・・このように、実態と離れた事実は往々にして、飾られのです。
東日本震災や、原発災害が「黒い雨」のような問題が惹起されぬように切望します。
2013/4/11(木) 午後 8:37 [ オオタ ]
5)さて私の学生時代のことになりますが、高校の同期で早大文学部で勉強した女性がおり、当時、早稲田茶房で井伏さんの「ミニ講話会」に誘いを受け、小説の舞台若者として、御馳走になったのです。井伏さん「黒い雨」の執筆時は、「左派」からは太宰、「右派」からは原爆の問題と、大変な苦労があるのだと聞かされました。また、集会仲間に政経学部の院生で、高橋義人氏(政治、社会学研究者)がおりましたが、45年ぶりに所在がつかめました。
私は実は、沖縄に縁があり、政府や報道の在り方を常に注視しておりますが、偶然にも「高橋氏」が琉球大学に赴任していることが、判明しました。
学生時代から、論者で一目置いていましたが、是非、「琉球大学 高橋義人」をキワードに検索下さい。私にとり感銘を受ける論考をのせております。
終わりに、政権与党の大臣や政務官、極端な「右傾化」は困りものですが、今回「硫黄島」訪問が取りざたされていますが、同伴する2大臣、私も良く承知しておりますが、御先祖のため、プロパガンダに利用されないよう願うばかりです。
2013/4/11(木) 午後 8:38 [ オオタ ]