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前回に続き難しいテーマ(悟り)です。
前回は『夢中』になる時間の中で何となく判る事柄と位置づけましたが
それは要するに『悟り』=より良く生きる為のコツ(オリジナルの得意技?)のようなものといった捉え方を僕自身がしているからで、本来究極の『悟り』など無く、自分に合った『オリジナルの悟り』を模索することこそが各自がより良い人生を送る唯一の方法だと思うからです。
偉そうに全てを悟ったような著者(大○隆○)が宗教チックな本などを多数出版し、多くの群集がそれに群がるのを見て、『おい、それは違うだろう?』と何か違和感を感じますし
そんな確かな『悟り』があったらとっくにこの世から『争い』は無くなっている筈だからです。
また、この世には『マナー』というものがあります。
『マナー』とは己のエゴの実現の際、他人に迷惑をかけない為に遵守する一種の『法』のようなものだと僕はとらえています。これは実に便利な『法』です。
これが無いとお隣の某国の様に自分だけが良ければそれで良しといった振る舞いが大衆の中で常習化し、
非常に生き難い世の中になると思います。
マナーは守らなければなりません。
ちなみに『他人に迷惑をかけない限り何をやっても良い』というのが自分なりの『悟り』だったりします。ーvー
最後に最近思ったことをもう一点…
一昔前に『世界に一つだけの花』という曲がはやりましたが
その歌詞に『ナンバーワンにならなくてもいい。もともと特別なオンリーワン。♪』という部分がありますがどうもこの部分を誤って解釈している人が多いように思えます。
そもそも『個性』とは最低限の『常識やマナー』の上に成り立つのであってそれすら守れない者が
『個性』等といっても短たる『裸の王様』(馬鹿)でしかないと思います。
仕事においてもそうです。
『個性』とは『最低限の技術』の上に成り立つわけで、それすら身に付けていない者が
『個性』という単語を連発し独自に製品を作ってもそれは単なる『駄作』でしかありません。
『ベース』があって初めてその上に『個性』が成り立つのだと思います。
当たり前のことが当たり前に出来て初めて『個性』と言う言葉を使う資格を得るのだと思います。
(ハァ、最近全然ロックなネタじゃねぇ。−−;)
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