ランのこと

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いいことがあった日

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今日はとてもいいことがあった。

出かけようとして玄関ドアを開けると、目の前に大きな、モシャモシャの犬がいた。まっすぐこっちを向いて、じっと立っていた。私がドアを開ける前から、こっちを見ていたような、そういう落ち着いた感じだった。

私が道路に踏み出しても、まだその犬は尻尾をゆさゆさと揺らしながらじっとしている。

リードの先を握った飼い主が、「ごめんなさいね。なんか、立ち止まっちゃって」
と困ったような顔をしている。別に立ち止まるくらい、ちっとも構わないけれども。

そしたら飼い主さんは続けていったのだ。

「お宅のワンちゃん、前はよくこの玄関ドアのところにつながれて、座って、外を見ていたでしょう。
うちのこの子は、お宅のワンちゃんと気があうらしくて、散歩で前を通ると、いつもちょっと匂い嗅いだり、尻尾振ったりして、嬉しそうに遊んでいたんですけど、ここのところ、見かけませんね。元気にしてますか?今日はいるかしら、って、いつもお宅の前でこうやって立ち止まって、少し待つんですよ」

「ああ…。あの子は病気で去年、死んでしまったんです。もう1年になります。そうですか。うちの犬を覚えていてくれて、探してくれていたんですね。ありがとう。友だちになってくれて、ありがとう」

ランが死んで明日で一年一ヶ月、その間、散歩のたびに「今日はいるかなあ」ってうちのドアを見つめてくれていた犬がいたなんて。
ほんとに嬉しい日だ。

記憶

今日の夕飯は五目焼きそばでした。少し焦げ目がつくくらいによく焼いたそばに、五目あんかけをかけて。小振りの「ひいか」を使ってみたら、柔らかくて、そりゃあ美味しい五目やきそばができあがりました。

しかし、一つ失敗がある。

炒り卵を作って、最後に混ぜ込もうと思って、熱々に熱したフライパンにどっと溶き卵を流し、勢いよくちゃっちゃっと混ぜ、ふわふわにしようとしていたら、油の上を卵が滑って、ひとかたまりの卵がツルリンっと場外へ。ガスレンジの縁も飛び越えて、キッチンの床にぺちゃっと着地!
あ!まずい!

うちのランは、病気で食事制限が厳しくなり、一方ステロイド剤の摂取で食欲は増したので、ほんとうに食べ物にがっつくようになった。
私が夕飯の支度をはじめると、キッチンの近くをなんとなくうろうろして、ひょっとしたらラッキーにもおいしいものがぽとりと落ちてこないとも限らない、と目と耳を働かせてスタンバイする。
刻んでる最中にキュウリの一切れでも転がったものなら、血相変えて、といいたくなるような勢いで駆け寄ってきて、その落ちたキュウリを食べようとするわけだ。
対抗策として私が編み出したのは、物を落としたら、間髪入れず「踏む」。これが、拾うとか、犬を寄せ付けない、とかいう行動より、確実に速い。私はその技をどんどん磨き、物を落としたら、ほとんど着地と同時くらいに踏めるようになった。しかし、敵もさるもの! ランも目にも留まらぬ速さで駆けつけ、私の足の下に鼻をつっこむチャンスを狙うようになり、我々はなかなかスリリングな勝負を繰り広げたものである。

そして今日、とっさにその習慣が蘇り、私はフライパンから飛び出た炒り卵の固まりを熟練の早業で踏み、
残念ながらスリッパは履いていなくて、
目下、足の裏はひりひりしております。

とっさに落ちた物を踏んづける、というその行儀の悪い習慣も、愛犬ランと私とで作った習慣だと思えば、なんだか楽しい。小さな犬が私の生活の中にいたんだという何よりの証拠だなあと思う。

覚えている、っていうことは、存在している、っていうことだ。

時が経って

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ランがいなくなって7ヶ月たった。
容態が悪くなって以来、ずっとピアノにさわりもしなかったんだけれども、
昨日、久しぶりにピアノの先生のお宅のミニコンサートに参加した。
写真は、先生がみんなにおみやげにくださったバラの花だ。

年が明けたらピアノを再開しよう!

知り合いの編集者に聞いた話。
ある作家さんはたいへんな愛猫家だった。
彼の担当編集者も愛猫家で、二人は自慢の猫の話をすることもあったのだろう。
しかし、ある時、作家さんの猫が病気で死んでしまう。
作家さんは、出版社に対して担当編集者の交替を求めたんだって。
元気な猫のいる人の顔を見たくないと。
そんな人に同情されたりすることに我慢できなかったんだろう。
ねたましい気持ちが苦しかったんだろう。

私もランの最後の頃、入院していた獣医に見舞いにいくと、
待合室にいるワクチンだけ打ちにきた輝くような若い犬を見る。すると
可愛い、とか、元気でいいね、とか、うちの子も前はこんなに元気だった
なんていう平和な気持ちが出る一瞬前に、
ねたましい気持ちが染み出てきて、自分でも苦しかった。

そんなものも少しずつ過去のひとこまになってきて、
あんなに弾く気のしなかったピアノも少しは弾こうかって気になる。
別れの曲を弾いたりすると、自分の別れを歌っているような気になる。
時が経ったんだなあ。

ひっつきむし

このあいだの瀬戸内の旅で来ていた服をクリーニングに出そうと用意していると、チクンとなにか刺すものが。
ひっつきむしである。
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こういうのは、キク科の花の種なんだよね。大多府島の断崖を歩いているときに、スカートにくっついたに違いない。ちっちゃいくせに結構鋭いカギをもっていて、ウールの服なんかだともうくっついたら離れないってくらいの根性の持ち主。
この間の娘との旅は、娘が一人暮らしをするようになって初めてでもあったから、なんだか印象深いものであったので、記念にこの4粒のタネをまいてみることにする。さて、どんな芽が出てくるのやら。雑草と紛れてわからなくなる可能性が大きいな。

ひっつきむしは、この季節、よく散歩中にランにもくっついた。お腹や耳の柔らかな毛や、尻尾のふさふさの部分にくっつくと本当に厄介で、ひっつきむしを一個取り除くと、毛が10本抜ける、って具合だった。そんなに頑丈にくっついたら、種としてはどうやって地面に落ちて発芽する算段なんだろうか。
一番やっかいだったのは、足の裏の肉球と肉球の隙間の毛にくっついた場合。張り切って散歩していたのに、とつぜん大げさなびっこをひくようになり、そのうち、足を上げたまま、もう1歩も歩けません!て顔で私を見上げる。
ははあ、ひっつきむしだな、としゃがんで足の裏を見てやると、案の状、しつこいヤツがこびりついていて、爪の先を使って取り除いてやると、「あ!治った!ありがとう!」ってな調子でまた元気に歩き始める。そうそう、一度は私が気づくのが遅れ、困ったランが自分で知恵を働かせ、地面に座り込んで、足の裏をガシガシと前歯でかじって、ひっつきむしをはがそうとしたことがあった。確かに、そのままじゃよほど痛かっただろう。靴、はいてないものねえ。

こんな小さなひっつきむし一つをみても、半年前に別れた犬のことを思い出す。いまだに悲しみというトーンもあるんだけれども、でも、それよりは本当にいきいきとした思い出で、目の前に犬の足の裏さえ見えるような、ちょっとポップコーンみたいなその匂いまで漂うような、そんな近さがある。
大村はまさんが、「作文を上手に書きたいとか、うまく話したいとか、そんなことを心配するよりも、小さなことでもいろいろなことを覚えていようと思って過ごすといいんですよ。忘れないようにしようと思っていると、ちゃんと覚えていられるものです。たくさんのものを自分の中に持っていたら、それを表すのは、なんとかなるものです」と言っていた。それはほんとうにそうだなあと思う。小さなことほど、自分が忘れたら、ほかに誰が覚えていてくれるだろう。

だから、ひっつきむし一つのことだって、私はずうっと覚えているんだ。

もともと妙なことに関心を持つから、私が「犬のふん」の看板についてどんなにこだわっても、今さら誰も何も思わないかもしれないけれども、
ちゃんと理由はあります。

ランは腸の病気でした。腸リンパ管拡張症という病気で、腸の壁を膨れたリンパ管が覆ってしまい、それが栄養の吸収を阻害するという病気。一種の自己免疫の故障であるらしい。最初に病気がわかった去年の早春、内視鏡検査まで行い、腸の壁がすっかり変形したリンパ管に覆われた様子も確認されました。以降、体に悪いと分かっていながら、ステロイド剤を投与しつづけて、後半は免疫抑制剤も加えて、なんとか症状を抑えてきたのでした。完治例はない、ということもわかっていました。
並行して、餌も化学的にものすごく分解済みの特殊なドッグフードだけを食べる(つまり、鶏肉、とか、レバーとかいうものでなく、なんとかアミノ酸、とか、そういう分子を食べる感じ)ことになりました。魚沼コシヒカリより高いドッグフードだった!強度のアレルギーに苦しむ犬のために開発されたものらしいけど、今や、そんなものもあるんだととても驚いたものでした。

そんなにしても、腸を覆うリンパ管はなくなるわけではなく、栄養の吸収は難しく、せっかく食べた栄養もうんちとして出ていってしまう。そして、そういう病気をもった犬のうんちは、健康なコロンとしたうんちにならず、どうしても柔らかいものになってしまうわけです。
病気を知ってからの1年半、私は毎日毎日、ランのうんちを見続け、チェックし続け、今日こそいいうんちが出るように、ちゃんと栄養を吸収したあとのコロンとしたうんちが出るように、と思い続けていました。あんなに一生懸命に犬のうんちを見る日々を送るとは、思ってもみませんでした。

散歩で出会った犬が、コロンとしたうんちをしていると、うらやましくってねえ。
ぴこさんが好んで絵に描くようなうんちが、あこがれだった。体調によっては、そこそこいいうんちをすることもあったけど、そういう時には、嬉しくって、ちょっとだけだよ、って言ってサツマイモを少しだけやったりしてねえ。
人は、時に、ほんとうに思いも寄らないものをうらやむこともあるんだとわかります。
ただの、変哲もない、当たり前のうんちが、あんなにうらやましかったなんて。

約500日も、来る日も来る日も、犬のうんちをじいっと見続けてきたんだ!
もう犬のうんち評論家になれるくらいです。だから、看板だって目に入る。そういうことです。

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