座乱読無駄話日記

読書や趣味、日常のことなど不定期に語ります

明智光秀と山崎合戦

 地元情報です。 7月7日(日)
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中世の盆栽

 うどんで、結構、反応あった、絵巻の「慕帰絵」ですが、この絵巻には、実は、かなり「盆栽」が登場しています。
 盆栽や、床の間の飾りつけなど集めてみました。
庭に据えつけられたかなり大きい盆栽。床の間の飾りも生花が活けてある。
付け書院の「仕事中断」感が面白い。
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 縁先に出して日に当てている・・?
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 付け書院のグリーン♪
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これもちゃんと日に当てる?
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 庭に、自慢の盆栽?
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 歌会の真っ最中。なかなか歌が浮かばず、呻吟している人も・・?
 床の間に、人麻呂の掛け軸を掛けている! 床の間や盆栽とは関係ないけど、白足袋を履いているお坊さん、いますね。
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 「桜の花はきれいだが、盛りの時期は短いな・・。(美しい稚児も・・しかり・・・)」
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 平成最後、令和最初の連休は、ほとんど、寝て過ごしたようなもんです。
 座ってパソコンをいじったり、絵を描いたりする作業が、なかなかできないもので、ソファにふんぞり帰って、野球を見ながら、スマホをいじる・・ということしかしないので、スマホカメラで「絵巻」を撮ったりしていました。
 「慕帰絵」を、またつらつら眺めていると、これまた面白い。厨房の画面がよく出るので見ていたところ、どうも、これはうどんではないか・・・という絵を見つけた。
 寺の厨房で、客を接待する準備中なのですが、ざるにゆがいた「うどん」を山盛りにして、垂れる汁をうけているのか、下に曲げ物を置いている。
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 その中から、朱塗りの食器に取り分けている人物(直垂烏帽子の俗人)と、つけ汁なのか、汁物の味見をして、満面の笑みで笑っている僧侶。その僧と会話している、これまた烏帽子の俗人の若い男は手に何かを持っているのだけど、これは、薬味なのか、味付けの追加なのか・・?
 暖簾の横から覗く若い小僧は、「もう饂飩ゆであがった?」と聞いているようだし、応える、僧は「おお、ばっちりやで。つけだれもええ味出てるぞ」
 みたいな風景。

 同じ絵巻の別の場面では、お堂の片隅に臨時厨房ができて、そこでゆでた饂飩を配膳しているような気がする。
 2人の僧が注いでいるのは酒で、壺から手酌に移しているので、どこか別の場所から持って来たようです。膳を運んでいるのは僧形も、俗人もいるので、お寺の厨房スタッフかもしれない。
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料理を饗されている客は、僧俗混じっていて、俗人の身分ありげな人物(立烏帽子に狩衣)が、隣席の稚児になにやら、話しかけていたりする。
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 お堂の真ん中に板敷を通路として残して、周りに畳を敷き、席を作っているようです。
 厨房の食材を見ていると、うどんとつけ垂れに、高野豆腐のような四角いおかずに、飯を少し・・といったところでしょうか?
 うどん定食!

 この絵巻は、製作の初めが観応年間・・つまり1351年頃からということで、かなり時期が絞れるのですが、。うどんが寺の振る舞いだったのは、この南北朝の頃・・?
 うどんという語が出てくるのが「庭訓往来」が初出・・・ということなのですが、庭訓往来といえば、作者に擬せられているのが玄恵法師ですよね。
 玄恵といえば、1350年に亡くなっています。高師直に失脚させられた足利直義がわび住まいをしていたところをたづねたり慰めたりしていた人で、その後すぐ死んでいるのだから、正に、その時代の絵巻ということになる。
 この観応という時期に饂飩が流行の食べ物だった・・・?

 これツィッターに絵をあげてたら、かなり見てくれたので、こっちに詳細に上げました。

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やってもた。

 連休にどっか行くとか、ありえへん😢
 久しぶりにぎっくり腰やってもた。

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 中世の男たちは、「表向き」頭に必ずなにかかぶっていた・・。
 被り物はパンツとまではいわないけれど、冠や、烏帽子が人前で脱げるということはとても恥ずかしいことだった・・・とされています。
 冠を留めるには、笄をしっかり髷に刺して留めなければならないのに、頭髪が薄くなって、脱げ落ちて笑われた話とか、宮中で、二人の公家が口論になり、冠をはたき落された藤原行成が、慌てることなく拾い上げた態度が立派だったとか。これ、もしかして、国会の中で議員が激昂して、相手のズボンを引きずり下ろした・・くらいの出来事かも・・。本当なら、場外乱闘ですね・・・。
 それほど、大事な被り物ですが、うっかり、ぬげてしまうこともある・・というので、そういう絵ばかり集めました・・(趣味が悪い・・? でも、私は現代人だからね)。
 若干以前と図柄がかぶっているかもしれませんが・・・。
 まず、なんらかの「事故」によって、冠が吹っ飛んだもの。
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 北野天神縁起絵巻。雷が清涼殿に落ちて、逃げまどい、階から転落する公卿。長い裾を踏んで滑ったのかも。
 庭先にいた、随身も吹っ飛ばされて冠が飛んでいます。慌てたのか、靴もぬげ、手に持っていた弓も飛んでいる。
 傍らに見えるのは漢竹(かわたけ)でしょうか? 落雷の爆風?の風圧に枝がなびいています。
 どとらも、冠は脱げ落ちて、髷がむき出しになっています。





 そして「事件」。絵巻ではありませんが、後世、描かれた藤原行成のエピソード。
ちゃんと、頭を隠しています。叩き落とした藤原実方は、後ろ向いて、「ふんっ!」という感じで去っていきますが、足元には、冠が転がっています。↓
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↓これも、天神縁起絵巻。もはや、冠はどっかへ行ってしまって、この方も、意識がどっかへいってしまっています。
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これは、時代がかなり下がりますが、室町時代。福富草紙。おなら芸をまねして、失敗し、無残にも、さんざん殴られて、へろへろになった姿。体中傷だらけで、着物は破れ、烏帽子はよれよれ・・な姿ですが、はからずも、どのように、烏帽子を髷につけているかがわかる絵柄となっています。髷に結び付けていた烏帽子の紐が緩んで、垂れ下がっている姿がリアルです。  ↓   
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←被っていない時の烏帽子は、こうして紐をぶら下げておいている。 







そして、自分の部屋で、リラックスするときでも、人目があれば皆、烏帽子はかぶっていますが、寝るときはやはり、邪魔になるので、脱いでいるのだろうと思う。    
そういった寝ている画像。  右のは、病鉢巻?                             春日権現験記絵     ↓病草紙                  
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 これは、寝ていて、たたき起こされた天皇陛下。突然寝室にやってきた藤原良房は急いでいたので烏帽子直衣姿。廊下に控える蔵人は仕事中なので、ちゃんと冠を被って束帯。↓ 伴大納言絵巻

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蒙古襲来絵詞にも頭の見える人物がいる。お馴染みの、船をこぐ水主たち。  ↓ 
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それと、戦の行方がわかるまで烏帽子はつけないのが我が家の当主の伝統だ・・というような、ちょっと変わった御仁がいる。部下や、息子はちゃんと烏帽子をかぶっているのだが・・。 ↓                                                                     
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  →右は土蜘蛛草紙。怪しい屋敷に入るのに、「等身大人形」をおしたてて進む、渡辺綱。人形に自分の烏帽子を被せたので頭は丸だし。しかし、人形が着ている衣装はどうしたのだろう? まさか裸に鎧・・?


 というような・・・中世男たちの、被り物の下・・・。
でした。
    
                                     
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サン・ジョルディの日は4月23日です。
もう、日付は替わるのですが・・・サン・ジョルディこと聖ゲオルギウスが殉教した日です。
 つまりは、彼の「命日」なのですが、いつのまにか、このドラゴン退治の英雄がやっつけたほうの、ドラゴンの日になってしまいましたね。

  ということで、岩佐又兵衛の「小栗判官絵巻」から、池のドラゴンです。
 これは、別に退治されたわけではありませんが、大迫力の龍です。
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 この派手な人物は何?  というのが、そもそもの疑問。
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 ツィッター上で挙げられていた、「文永賀茂祭絵巻」の登場人物である。
 衣服の上に、立体的な花を挿している。 もしかして、これは生花であるかもしれない。
 もしゃもしゃと水干の上から、花ショウブのようなものをはやしているのが、具体的な姿。
 つくりものであるかもしれないけれど、それにしては、なんだかリアル。
 そして、この人物は、うねうねとした仙人の杖みたいな木製の長い棒を担いでいるが、これは、伴大納言絵巻にも出てくる、検非違使の部下の「放免」の持ち物である。
 しかも、この人物のみならず、衣服に花を飾る人物は、同じ絵巻にもう一人出てくる。
 この「文永賀茂祭絵巻」は、賀茂祭つまり、現代では「葵祭」と言われる賀茂社の祭礼の行列を描いたもの。しかし、この当時は、現在のように、斎宮の行列ではなく、「勅使」の行列がメインであったもよう。だから、行列の人物はみな男です。
 もう一人の派手な人物は、やはりくねくね棒を担いだ放免で、警備の検非違使集団の真ん中で、目だった人物である。
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 文永賀茂祭図はこちらで見ることができます。

 そして、この派手な生花だか作りものだかの派手な衣装は、実は、他の絵巻にも登場します。
 これは「弘法大師行状絵詞」で、奥の院の弘法大師の御廟に上皇がお参りするシーンの使者に従う人物たちで、6人が、踊るようなしぐさをしているが、みな、水干の上着や袴にまで花や木、葉等を飾っている。
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 これは、警備の放免のようなものではないので、何やらよく分からないが、祭儀を行う使者の行列の先導をしているのかもしれないですね。袴にもひらひら飾っているのは、動くとゆれるのかしら?

 で、放免の派手派手衣装については、最初は、紋様が派手・・といった程度であったものが、だんだん奇抜になり、南北朝の頃になると、作り物を衣服につけ、それが重くなりすぎて、肝心のこの棒を担げなくなるほどだった・・などと、兼好法師も言っている(徒然草)。
 このぐねぐね棒が、なんと呼ばれていたのかはよくわからないけれど、徒然草では「鉾」とされていて、鉾というのは、とりあえず長い棒状のもので、処刑された人の首が、都に届き、町を練り歩くときにその先に付けるものであったり、放免自身が死刑執行人であったりしたことから、なかなかに、ちょっと恐ろしくもあり、マジカルなものであり、祇園祭に登場する鉾にまでつらなるものであるかもしれない・・・といった、興味深い記事は、こちら「放免と着ダ」に出ていました。

 現代復活した葵祭には、生花、葵桂が、特に「放免」などの特殊な役割の人ではなく、すべての飾りとなっています。
 花笠もきれいですね。騎馬で従事する女官も素敵ですし、稚児も可愛い♪
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こんなんあった・・

 どーでもいいことなんですけど・・・。
 今日は草壁皇子の命日だということでググっていたら、こんなん出た。

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 これ・・・・この記事の挿絵に使わせてもらったinariさんのイラストですよね・・。
       ↓





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