座乱読無駄話日記

読書や趣味、日常のことなど不定期に語ります

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1
   明治7年に撮影された、ある集団写真に福沢諭吉が写っているのですが、彼は身にぴったりとした西洋服を着用し、乗馬ブーツを履いている。
 そして、彼がすでに明治3年に西洋乗馬をしていた・・・という記録があるのだそうです。
 ですが、その時には、当然、洋服を着用していたであろう・・・・それならば、そのような時代に体にぴったりあったオーダーメイドを、どこで仕立てたのだろう?
←あ・・福沢さん・・ちょっと「美化」しました・・。

 いち早く日本に洋服を紹介した人物は福沢諭吉であったということで、なかなかに面白い考察のあふれる本に「福沢諭吉 背広のすすめ」(出石尚三 文春新書)があります。
 これについては、またいろいろのネタ満載なんですが、それはまた別の機会で、、今回は諭吉の洋服の話。
 明治もごく初年に、体にあった洋服を仕立てるのに、採寸や仕立ては、どこで誰がやったのか・・。
 それは、おそらく・・・初期の慶応義塾のあった場所の近所にいた西洋服の仕立て屋・・つまり「舶来師」と呼ばれる人物ではないか・・・と推測されています。
                                    福沢諭吉
イメージ 2
 佐藤与次郎という名前で知られる人物です。
奇しくも諭吉と同い年の天保5年生まれ!
 「舶来屋与次郎」と号して、日本の洋服仕立て人の草分け的存在の人物。
 しかし、もともとは、京都の装束師。代々宮廷装束などを仕立てる家の出身で、松本伊平と言ったそうです。
  明治直前の、風雲急を告げる京都で、色々事情があって(祇園の名妓を身請けしようとしたとか・・まあ、なんだかそういった方面のごたごたで、勘当されたらしい)、京都を離れざるをえなくなります。
 何の偶然か、知己の紹介で、「裁縫技術があるなら、これからは西洋服だよ!」と、当時、一部では最先端の分野であった西洋軍服の研究をしたらどうか・・ということになって、江川太郎左衛門(もちろん、あの江川さんです! ビッグネームです!)の砲術塾に行った。
 砲術をやるには、羽織袴や、戦国時代の足軽みたいな恰好ではやりにくいので、西洋軍装を取り入れていたのです。そこで、ジョン万次郎に会う。
 これまた、ビッグネームですねえ! 
     ↓ジョン万次郎
イメージ 3
 「国産洋服、そりゃあ、結構だねえ。師匠について修業しなさい」と横浜は山下町のフレーザー商会なるフランス人の洋服屋に紹介されて、弟子入りすることになったのですね。ここで本格的な洋服の仕立て修業をはじめます。
 しかし、まあ、慣れてくると、気持ちも緩むのか、夜遊び癖は治らず、遊郭通いをしていて、師匠に叱られたりもしたんですが、ある時、夜道で、攘夷の浪人たちに取り囲まれ「日本人のくせに、夷狄の服を作るのはけしからん」と斬られそうになる。
 そこで、まるでドラマのように、通りがかった村田六蔵(大村益次郎です! またまたビッグネーム!)に助けられます。後に、その縁で、政府の軍服の注文を受けるのですが、幸運と言わずなんでしょうねえ。
 またまた、幸運というか、ようやく一人前になった頃、師匠のフレイザーが、突然、横浜の店をたたんでフランスに帰ることになり、仕立て用具など一切を譲りうけます。そして、江川砲術塾の江戸の長屋の一室を借りて、新たに自分で洋服屋を開くことになるのです。このとき33歳くらい。
 当時、西洋服の仕立て屋は、「舶来師」と呼ばれ、特殊技術であったのですが、もともと、京都で装束の仕立て技術を持っていた与次郎であったればこそ、すばやく自分のものにしたのではないかと思われます。
  そして、この与次郎の店のすぐ近所に、慶応義塾があったんです。で、多分、福沢諭吉(ビッグネーム第4弾ですねえ)から注文を受けたのでは・・・・・・

 京焼の宮川香山が、京都から、横浜に出て、新しい陶器を焼いたのですが、同じような時代に、京都の装束司が横浜に出て、舶来師になったんですねえ。

この記事に

閉じる コメント(6)

運命というのか必然というのか、これだけ人のご縁に恵まれている与次郎は
鉄道や軍隊や様々なものを取り入れた幕末〜明治にかけて
紳士服というものを日本に根づかせるための使命を持っていたような気がしてなりません。

遊び人っぽいところはきっと、人好きで、好奇心旺盛で、エネルギッシュな人物でしょうし
才気あふれ、まわりからも好かれたことでしょう。

折り紙のように平面的な装束に比べ、立体的な洋服の仕立ては大きな違いがあったでしょうが
それも楽しみながら、学んだように感じられます。

元々、京の都で培った装束師という確かな腕があればこそ
師匠からも見込まれたのでしょうが、ラッキーな人物。
運も味方する、パイオニアたる所以です。
宮川香山もまた、進取の気風に富んだ方ですね。

2016/7/3(日) 午後 3:00 月の真珠 返信する

顔アイコン

わ〜い! さっそく嬉しいです。いつも有意義なコメント有難うございます〜♪
そうなんですよねえ。この人、なんだかチャーミングだったんじゃないかなあ。
都での老舗の放蕩無息子から、時代の先端を行くアパレル業界の寵児・・なんて面白いですよねえ。 ほんとドラマとかにしてほしい人物ですねえ♪
雅な男前で、新しい時代にもマッチするエネルギッシュなところがあって・・なんて想像すると面白いですよねえ。

2016/7/3(日) 午後 10:13 [ 乱読おばさん ] 返信する

顔アイコン

うわ〜、これだけの人に出会う運ってすごいですね
やっぱ持ってる人は違うんだなー

そういえば着物も絶滅危惧種だ(笑

2016/7/6(水) 午後 2:37 [ fay*a*s200* ] 返信する

顔アイコン

> fay*a*s200*さま。この人、絶対「持って」ますね。明治14年くらいまでは同じ場所で営業していたんですけど、その後、どうなったのは記録がないそうです。あるいは、京都に「洋服仕立て屋として」帰ったりしたらおもしろいんですけどね。

2016/7/6(水) 午後 7:57 [ 乱読おばさん ] 返信する

顔アイコン

ジョン万次郎は分かりましたが、江川さんが分からなかった歴史オンチのALICAです・・・。
立派な人だったんですね〜
明治時代は、才能がある人がたくさん活躍したんだな〜と、ちょっとその時代にタイムスリップした気分です。
楽しかったです(*^_^*)

2016/7/16(土) 午後 7:57 [ ALICA ] 返信する

顔アイコン

> ALICAさま。あ・・・江川さんっていう表現が悪かったですね。もと野球選手のあの人しか思い浮かばないですよね。実は、私も「江川さん」といえばあの方ノイメージでして・・太郎左衛門さんじゃあヘンだし・・・。でもあの口をへの陣曲げた顔は有名ですから、あっちを貼ればよかったかも・・。すんません。

2016/7/16(土) 午後 10:13 [ 乱読おばさん ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事