マリリンの競馬日記

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寺山修司の皮肉

競馬には全く無関係の小中陽太郎氏の新刊「市民たちの青春 小田実と歩いた世界」(講談社)を読んでいる。

昨年の夏、市民運動家であり作家でいらした小田実さんが亡くなった。小田実さんは「べ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)の指導者であった。小中陽太郎氏もまた、この反戦運動に深く関わった方である。

本著の中に、アジア・アフリカ作家会議の事務局員をしていた私のことも出てくるので、ちょっと恥ずかしい気分で拝読した。

こういった社会思想史が苦手で理解できない人には無縁の著作であるが、なんんとたった一つ競馬に関係があるフレーズが出てきた。

ハイセイコーが活躍していた時代、小中陽太郎氏が寺山修司氏に会ったエピソードである。

それを引用してみる。


【死んだ寺山修司がぼくに皮肉な口調でこういった。
「小中は、ほんとにいつでも平和のことだけ考えているの?」
からかわれているとはわかったものの、売り言葉に買い言葉、ぼくもこう言い返した。
「じゃ、あなたはいつでもハイセイコーのことを考えているの?かならず勝つ馬の馬券を買ってどこが面白いのさ」
 次第に毒を含みだした。ハイセイコーは当時無敵を誇った、地方競馬から来た馬の名である。寺山は、少し居住まいを正して、
「君は競馬に敵意を持っているな、それなら言おう。君が子供の教育費の貯金を下ろして50万円(それは当時のわれわれにとっての大金だった)全部ハイセイコーを買ったら、そうは言わなくなるよ」
 その年、(1973年)のダービーでハイセイコーは負けた。なるほどなあ、とぼくは寺山の卓見にうなった。】



 確かに、地方競馬、大井競馬場から鳴り物入りで中央入りしたハイセイコーは、不倶戴天の敵・タケホープに破れた。

 小田実氏や小中陽太郎氏がベトナム反戦運動に熱く燃えていた時代、私は、中山競馬場の馬券売り場でハイセイコーの馬券を売っていた。

 子供に頼まれて、ハイセイコーの馬券を買いにやってきた労働者のエピソードは、拙著「競馬場のマリリン」に書いた。狂乱インフレが日本中を震撼させ、庶民は自暴自棄になっていたあの時代、ハイセイコーは国民の希望の星であった。ハイセイコーの勝利を願う小さな子供が、豚の貯金箱を父親に預け、全財産をはたいてハイセイコーの馬券を買った。

 そして、誰よりもハイセイコーを愛したのが天才詩人、歌人の寺山修司だった。

「べ平連」とハイセイコーと寺山修司がこんなところで繋がっていることに驚嘆していた。

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