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原発ゼロで日本産業衰退?
これって嘘じゃない!
神戸製鋼発電事業
これ原発建設じゃないよ!
製鉄所の自家発電設備です。
―論考―
企業活動とは工業革命のダイナミックさを持っている。初期の工業革命のエネルギーを支えたのは石炭だ。炭鉱業を起こす時経営者はまず街を作る。鉱山は人里離れたところにあるので労働者確保には労働者が生活する為の街の建設は当然の話だ。このように近代以降の産業はダイナミックな経営がなされた。しかし、現在の日本の経済界は何んとショボイのだろう。住友出身の経団連会長は住友の歴史を学ぶべきだ。
電力の大量消費企業にアルミ精錬が上げられる。
原発が無くなると日本の産業の空洞化が始まるというが果たして空洞化は原発廃止から発生するのだろうか?
電気を使うアルミ精錬は原発事故発生よりずう〜と前に生産拠点を海外へ移している。近代産業とはダイナミックなのだ。
注)日本語で言う産業革命は英語を直訳すると工業革命である。
日本のアルミニューム精錬
自前の発電所を持つ。
日本軽金属
電力価格が高いためコスト競争に弱い[7]日本国内のアルミニウム精錬事業は、オイルショック後採算困難になり、大部分は国外に拠点が移った[5]。現在、日本国内で原石(ボーキサイト)から製品まで一貫生産を行っているのは、自前の水力発電所により自家発電を行っているため低価格の電力が入手可能な日本軽金属(工場所在地は静岡市清水区)のみである。
1939年(昭和14年)に設立された日本軽金属は、工場を静岡県清水市および庵原郡蒲原町(ともに現・静岡市清水区)に構え、アルミニウムの生産を開始した。同社が目標とするアルミニウム生産量は年間5万トンという、当時としては世界でもまれに見る規模の大きさであった。しかし、アルミニウムは「電気の缶詰」と隠喩されるほど、その精錬過程で大量の電力が必要とされるものである。このため、日本軽金属は富士川の豊富な水資源を着目し、水力発電を主体とした自家発電によって大量の電力を低コストで調達しようとした。開発はまず富士川の支流・早川から始められ、1939年1月に波木井発電所が完成。続いて富士川本流へと移り、1941年(昭和16年)に富士川第一発電所・富士川第二発電所が完成。合計最大出力は11万キロワットに達した。
一企業が作った街
石炭鉱山企業は山の中へ街を作った。
これは会社が作った街だ。
昔の企業家と今の企業家は違うのかなァ〜?
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コメント(34)
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最近の私は“ブログの中の人々”からリアリティを感じています。
そこに鏡の中の自分を見出だすことが出来ます。匿名性のリアリズムは絶えず私に訴えかけてくれました。 実際は多少なりとも偽りがあると以前は思っていましたが、それが大多数のブロガーにとって一体何になるでしょう。 また、鍵コメントでの自分の発信の意味は(私の場合はと念を入れますが)本心を受け止めていただく行為かもしれないと先日ふと考えました。 私は今、多くのブロガーの方々の出会いに深く感謝をしています。 『クロワッサン』や『婦人公論』に載る、私にとっては半公人の人々の口から発せられる言葉はどこかリアリティが欠損している感が否めません。 専ら縁した記事やコメント、メッセージに自己を投影する日々でした。 自らが何も更新しない、出来なかったこの時間が、自分の考え方を少なからず変えるきっかけになりました。 あなたから真の息使いを感じる時、私の魂が呼応します。 感謝に絶えません。 ありがとうございます。 |
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世界会議開催まで
あと 7日 http://npfree.jp/assets/images/ticket_banner_side_nos.png←を、クリックしてプログラムを、ご覧下さい。二日分御座います。
MORE⇒賛同者の声 「脱原発世界会議 2012 YOKOHAMA」の開催にあたり、たくさんの賛同者の方々から脱原発世界会議へのメッセージが寄せられています。
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福島知事の米の安全宣言の次は「原発事故収束」と首相宣言。
どうも宣言が好きなようで。また世界に馬鹿っぷりを宣言した日本。恥ずかしい日本国!
賢い若い世代は言っている。「嘘つきの日本を捨てたい」と。
『絆』なんかに今年の漢字一字が決まってまだ平和ボケか?
過去からの負や悪事の繋がりの『繋』か反省の『省』、災難、国難の『難』、辺りだったら納得がいく。
今朝、久しぶりに『とくダネ』を見た。半月以上は見ていなかったと思う。そんな日に限って政府が夕方にも『冷温停止』だった。
「小倉はどんなリードをする?」と思って見ていた。案の定問題提起は無いに等しい。ここで中野アナが思わぬ質問をした。「大気中にもう放出はされていないんですか?」と。説明者は「今でも毎時1億ベクレルが放出されています。でも、希釈されるから大丈夫です…。」と答えた。
この男、大丈夫じゃない顔をして「大丈夫」と言った。
更に男前な本日のコメンテーターが中野に勇気づけられたのか「格納容器の中で融けた核燃料棒がメルトダウン、メルトスル―を起こして海洋汚染を進めていて、地下水と炉心が接触しないように地下をガードする必要がある中で『冷温停止』と言えるのか、ですよね…。」と、こんな趣旨を早口で一気に話した。
これでは一般視聴者には何のことか分からないだろうけれど、少なくともこの男前は原発推進派ではなく、また独自に「勉強をしている」と思った。
さて、こんな私に先ほど質問がきましたので、『冷温停止』についてまたおさらいをしましょう!
小出裕章氏によると(京都大学原子炉実験所)
《冷温停止の条件とは?》
1、圧力容器・格納容器が正常な状態で圧力容器の中に水が溜まっている。
2、その水の中に核燃料棒が冷却されている。 3、水は沸騰はしない状態で圧力容器の温度が100℃以下になっている事。 これが「冷温停止」 《冷温停止と言えない理由》
1、圧力容器に穴があいてるから水がない。
2、核燃料棒が圧力容器の中にない。 したがって、冷温停止という用語は絶対に使えない これで政府が言っていることが適切ではないとお分かりいただけましたね。
おまけです。絶好調の東京新聞より月初の記事です。より厳密です。冷温停止の定義です。
《以下抜粋》
「冷温停止」の本来の意味は、定期検査などで原発の運転を止め、密閉された原子炉の中で冷却水が沸騰していない安全な状態のことだ。
政府などは「状態」を加えた「冷温停止状態」という言葉をよく用いる。事故収束に向かっていることをアピールするためのようで、細野豪志原発事故担当相は「慎重な表現を使っている」と強調する。
しかし、原子炉の密閉性が失われて高濃度汚染水が大量に建屋内に残っている現状は、「冷温停止」の状態とかけ離れている。
ここからは本日18:02、共同通信の記事についてです。 「原子炉は冷温停止状態に達し、事故そのものが収束に至ったと判断できる」と述べ・・・とある。
どこが判断できるのか?
どこまで嘘を貫き通すのか?
本当は「事故そのものが収束に至った」
なんて露ほども思っていないだろう。
もう茶番は見たくない。
今日一番のナイスな人物は中野アナだった。
「原発事故収束」と首相宣言冷温停止しステップ2終了2011年12月16日 18時02分
野田首相は16日、政府の原子力災害対策本部の会合で、東電福島第1原発事故について「原子炉は冷温停止状態に達し、事故そのものが収束に至ったと判断できる」と述べ、事故収束への工程表の「ステップ2」完了を宣言した。
3月11日の地震と津波で原発の全電源が喪失、3基で燃料溶融が起きる未曽有の原子力事故発生から9カ月余り。事故対策の進展を内外に示す狙いだが、原子炉内の状況は把握のめどが立たず、広範囲の除染や住民の帰宅など重い課題が残る中での「収束宣言」には批判が必至だ。 (共同)
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《1955年から “国策” としてスタートした原子力村。この作品はその未来の末路をも点描した。それはある日突然 “帰ってくる” 》
〜以下抜粋〜
『利権屋は、仲間を都会で猛運動させた。
すばらしく深い穴がありますよ。
学者たちも少なくとも五千メートルはあると言っています。 原子炉のカスなんか捨てるのに絶好でしょう。 官庁は、許可を与えた。原子力発電会社は、争って契約した。 村人たちはちょっと心配したが、数千年は絶対地上に害は出ない、と説明され、また利益の配分をもらうことでなっとくした。 しかも、まもなく都会から村まで立派な道路が作られたのだ。 トラックは道路を走り、鉛の箱を運んできた。
穴の上でふたはあけられ、原子炉のカスは穴のなかに落ちていった。 外務省や防衛庁から、不要になった機密書類箱を捨てにきた。 監督についてきた役人たちは、ゴルフのことを話しあっていた。 下っぱの役人たちは、書類を投げこみながら、パチンコの話をしていた。』 『おーい でてこーい』 の全文はこちら http://www.geocities.jp/akaikeito2/oidetekoi.htm
《興味深い事実》
「おーい、でてこーい」の発表が1958年。
福島第一原発の誘致開始が1960年。
しばしば未来を予見しているかのような作品が見受けられるが、いずれも発表された時点では、何をどう予見しているのかは誰にも(あるいは本人ですら)分からなかったとされる。
この作品が今、私たちに何を語るかは言うまでもない。
《そこ等じゅうが『星新一の “穴”』?
汚染土を気軽に投棄》
【原発】環境省に汚染土送付
職員が空き地に投棄(11/11/17)
《近い将来を見据える責務の提唱、
“本当の復興とは何か”を
緻密に考えなければならない》
(いわきリエゾンオフィス企業組合さんより)
今、いわきのまちはどんな状況でしょうか?道路が混んでますね? 小売店に活気がありますね? 飲食店が盛況ですよね? そう、いわき市内はちょっとしたバブルのような状態です。
バブルとは、モノの価値より価格が上回った状態のことです。いわき市は相双地区から避難や移住してきた人や、原発関係者などにより人が増えています。土木や建築、不動産、飲食店など需要が供給を上回っているので価格が上昇傾向にあるのです。 しかし、原発の影響で観光や一次産業のように大きく業績が悪化しているのが本当のいわき市の姿かもしれません。このままバブルのような状態が続き、何の努力もせずに儲かってしまうと、バブルがはじけたときに大変なことになってしまいます。次の時代には生き残っていけないでしょう。
本当の意味での復興を考えましょう。バブルに振り回されずに、次の時代をしっかりと見据えてビジネスを革新していく必要があります。
《関連記事》
(もにぽブログさんより)
【チェルノブイリ並みの汚染を知ったいわき市の避難者の悲痛な叫びが届きました。泣けてきます。】
〜以下抜粋〜
我が家はいわき市の最北部、川内村との堺の地図で言ったら
黄緑色のところです。
チェルノブイリなら強制移住の地域か…
でも、いわき市は「安全だから帰って良し」と言い、
村の住民3世帯はもう戻って生活しています。
水は井戸か沢水、野菜はみんな自分の畑で作っているものを食べているのにね…
“風評被害”ってなんなんでしょうね。
これは明らかに“実害”なのに、
いわき市長は子供で人体実験したいんでしょうかね?
その結果が出るころにはきっと引退して
責任も何もとらずにどこかへ消えうせるんだろうなぁ 本当に、
政府ははっきりと
「もう住める土地ではありません。自治体ごと他県へ移住します」
と言うべきだと思います。
どんなに帰りたい“故郷”であっても、
健康に暮らせない土地にしがみつく理由はどこにあるだろう?
引用:地表汚染マップ(地表面のセシウム134と137の蓄積量)
航空機計測をもとに「地表汚染マップ」を日米共同で製作
asahi.com 2011.05.06
《ソース》
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