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こんにちわ。みなさま、ごぶさたしておりました。このブログ「若草のシャルロット」をせり、あらため「らら」は再会することとしました。
ららの勝手気ままにおつきあいちょうだいし、しんていより感謝申し上げます。
さて、上の二枚の写真。
一枚目は「ダンスシューズ」
二枚目は
「フォークダンスシューズ」
と、申しまして、
上のは一般的なダンスをするとき、
下のは
フォークダンスに興じるときに使用します。
ららはジャンルとしては
「モダンダンス」。
あと
「フォークダンス」
を踊ります。
フォークダンスのほうはむかし、クラブに入っていました。
山登りなどもしますので、キャンプのとき、キャンプファイヤーをしてフォークダンスをするというのもありですよね。
おいおい、写真、記事など載せてまいります。
上の写真のシューズは古びていますけど、たいせつな思い出深いシューズです。というのも、がんらい、ららはシューズをはかず、はだしで踊っていました。はだしでおどるダンサーはたくさんいるそうです。
かなり最近になって、お金に余裕がでてきてから、
おもいきってシューズを買ってみようということになりました。
その、第一足目です。
シューズをはいて踊ると、足の安定感がまったくちがいます。
なんとなく、うまくなったようでした。
さて、ダンスは音楽の制約をかなりのてんにおいて受けます。
音楽しだいで「おふり」が変化します。
つまり、どんな音楽を流すかで、ダンス自体がどのようにも変わりうるのです。
このように、ダンスには音楽がものをいうのです。
ダンスをするときかける音楽などについても書いて行きますね。
今日は、ここで終わりにします。
それでは。
くつの紹介を終わりたいと思います。 |
ダンス
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今日の朝も昨日につづけてダンスに興じました。
何の音楽にしようかな・・・・と思案して、結果、「フォークダンスミュージック」となりました。
よしっ!!!!! マイムマイムとコロプチカにしよう。
この二曲は世界各国のフォークダンスのなかでも有名です。
マイムマイムはほとんどのかたが御存じだと思います。
フォークダンスというと、仲間同士の親睦をふかめる、という牧歌的な遊行の意味あいがつよいとおもいます。
メロディーも「振りつけ」のセットを何回もくりかえすごく素朴なものから、衣裳をまとって、多人数でおこなう豊かなものをひきたてるつくりのメロディーラインまで、種種さまざまです。
たとえば、アメリカのフォークダンスは西部劇のようなバンジョーなどを使用したかんじですし、アンデスでしたら、もちろん民族楽器としてめずらして品も登場します。
さて、音楽はダンスときってもきれないたいせつなひきたてやくですが、それにもまして、フォークダンスの特徴はそのステップの豊富さにあります。
ステップとは、足をつかったものです。
まだ、未習熟のステップがたくさんありますが、知っているなかでいくつか用いて今朝のダンスtimeを楽しみました。
背景が、アルプスの山並みですとか、田園でしたら、もっと牧歌、閑雲野かくな境地をおもうぞんぶんたのしめるのだろうな・・・・と、かんじました。
日本に紹介されているフォークダンスはごく一部です。
世界各国に、おおくのフォークダンスがあります。
今朝は、マイムマイムで気分のよい汗をながし、そのあと、コロプチカで印象的なふりにこったダンスができるようこころがけてみました。コロプチカはふりつけがわからなかったので、創作にしました。
民族色をもった作品は、熱いものがあり、同時に可憐です。
たとえるなら、お花のようなかんじです。
日本には「いぬのふぐり」という青色の小花がありますが、ららはこの花がとてもすきです。
春になって、道ばたに咲いているこの花をみつけるのがたのしみとなっています。
もぉ初夏ですけど、最近では「紫陽花」がきれいですね。
紫陽花からもなにかしらの印象を得ます。
かわいらしい自然の愛ぼくにさにはぐくまれた、素朴なこころをたいせつにしていきたいです。
「情緒」というとても高級なこころなのです。
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毎日、早起きのらら。
普段はFMラジオなどを聴いて時をすごします。とくに、クラシックがながれてきたときなどは、ダンスします。
ダンスのジャンルはとくに意識しません。
主軸となるのは「モダンダンス」かもしれませんが、社交ダンスやバレエもとりいれます。
今朝は、気分がよかったので、日舞をすこし、あと、ムードミュージックでスクエアステップの練習と、そのバリエーションでたのしみました。
ダンスの教養も日々、すこしづつたしなんでいます、
つめこむこともいいのでしょうけど、時をかけると、それなりのものが残るきがします。
とくに、メヌエット、ガボットから、ポルカ、ワルツへの移行期の音感と、同時にダンスの基礎を習得したいというのが今月の抱負です。
前者は宮廷舞踊とされていましたが、後者は「シャバ」の意味合いがつよいとききました。
たしかに、音楽的にリズミカルで、ステップもより起伏があります。
曲をつくるとなると、どうしてもワルツは楽です。
でも、メヌエットなども、つくってもつくっても、とても大作曲家のような名品にはとてもかないません。
なにかしら、普遍性・・・というか、かたいとともにやわらかな、繊細さと明晰と、そしてなにより、情熱がこめられている曲をららはこのみます。
必然、ららのつくったお曲は「駄作」だな、といつもおいます。
はなしがずれましたが、ららはダンスがすきです。
今日はスクエアステップを習得して、アレンジもいれるところまでいきました。
このとしになると、なんでも器用にできたとしても、そこらなかんじがしてしまって、どうしても、「情熱」のちからのまえにひとつことうちこむ、ハングリーさを思慕してしまうのです。
器用貧乏とはよくいったものです。
ひとつのちいさなことから、おおくのことを知ることが可能です。
ららとしても、いついつまでも、初志というか、若き日の無念や、後悔、そして燃えるこころをおぼえていたい。
これらの経験が、なにか、ゆたかなものを、ダンスにしろ、作曲にしろ、加味してくれるように思います。
たのしみのこころをうしなうと、新鮮なこころのありのままをなくしてしまうきがします。
ただ、それはダンサーの自己満足、ないし「精神論」であって、はたからららがどうみえているのか、そのことが
今、おおきな課題となっています。
芸術に、勝つも負けるもないようにおもえます。
でも、じぶんなりの「絵」をおもうぞんぶん生きたのなら、それ以上のしあわせはないとおもいます。
今朝はダンスの核心にせまってみました。
社交ダンスなどでは、異性を意識するということが必要です。
寛容のこころで、パートナーを信頼すること。
その姿勢は、ペアのダンスにとどまらず、くらしていくうえでも、たいせつなことだな・・・といつもおもいます。
ちなみに、日舞は「舞い」、西洋のダンスは外へ、外へと躍動するところにちがいがあるようです。
ポジションが決まったものであることが、フォルムをとらせることにつながっているようです。
このことは曲作りでもいっしょです。
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