若草のシャルロット

四季のうつろいとうつくしい日々に感謝s

運動

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

ららの愛読書のひとつに宮本輝先生の「青が散る」があります。
ららがちいさかったころ、テレビドラマ化され人気を博したそうです。
ららは原作の文庫からこの世界観にはいっていきましたが、ららより年上のかたはテレビの印象が強いかもしれません。主題歌は松田聖子さんの「蒼いフォトグラフ」です。
新設の大学に浪人後入学した遼平はテニス部に青春をかけることを選びます。
名門校とはいえない大学です。遼平にとって、何かに打ち込むことに意味があったのです。
色様々なひとたちを知ることによって何故、自分自身のスタンドポジションが消えてしまうのでしょうか。
わたしはそれは早すぎたひとたちの御苦労というだけでなくて、もっと普遍的な青春のひとつの典型例だとおもっています。つまり、その時代だけのものではなくて、むかしのひとも知っていた青春なのです。
テレビ版にはピエールという菓子職人がでできます。
ピエールが言います。
「自分を追い求めつつ、逃げているより、自分を追い求めつつ探すほうがずっといい」
フランスの詩人のことばだそうです。
古今の詩人たちのことばがきこえる耳を遼平たちの青春時代は持っていて、また、そんなことをかみしめる実践という舞台がテニスという運動競技を通してあたえられているのです。
わたしはテニスという種目は、一生をかけられるだけの種目だとおもっています。
インカレを経験すると、様々なプレイがみえてきます。
一アマチュア選手として老齢に達し、なおも新人の目をひくプレイをする未完成でありながら完成しているかたの熟練されたテニス。個人として、つかんだなにかがあるのです。
結局、つかんだなにかがあるひとはしあわせなのだとおもいます。
棒に振ってしまったことを悔いる気持ちが、人生を変えていくのです。
時間は過ぎていくのを見送るだけだったのか、迎え撃ったのか、あるいは添い寝したのか、または同時進行したのか。青春時代が一度かぎりなように、どんな年齢であっても、たった一度きりです。
そんなことをうったえるなにかがあるテレビドラマでした。
体格的に男子よりまさるとは言えない女子には手がとどかないものでしょうか。
わたしはちがうとおもいます。
女子であっても、おなじなのです。
なぜなら、人間であるという点で一緒だからです。
運動をつづけていると、ふとそんなことに感づくことがあります。
なにか、おおきなことが人生にはあって、そのためにひとは生きているのだという、きづきがあるのです。
わたしはひととひとは対立すべきではないとおもっています。
ひとはわかりあおうとする生きものだとおもっています。
ただ、自分しか知らないで、死んでしまう人生によろこびがあるでしょうか。
安西選手は、余命5年と宣告されても、知ろうとしました。
友の中に交わっていこうとしたのです。
ていたい思いをしたとしても、きづつくことをおそれるあまり、なにもしないままの時代の傍観者であることを捨て、
親交を深めていこうとする場は、社会にもありますが、学校にもある。
そんなららにとって、よく通じなかったことをこのドラマからこんなにいっぱいもらいました。
連帯すること。むかし、ひとはそう言いました。
たいせつなことだけど、難しかったことです。
難しいことにとりくむには時間がいります。
でも、値打ちがあるようにおもえるのです。
 

今日のテニスの反省会

この一週間、まったく運動らしき運動をしませんでした。
今日、ひさしぶりにテニスをしてみたら、びっくり・・・・
体力がかなり落ちているのです。
からだが重くかんじられましたし、フットワークがぜんぜんだめです。
サイドステップひとつとっても、めちゃくちゃでした。
スピンはかけず、ストレートでラり―をつづけることに力点を置きました。
とにかく、運動量をすこしでもおおくして、体力を向上させようとおもったからです。
呼吸にも気を配って、循環系をめいっぱい酷使しました。
これで、きっかけができて、あとは毎日ちょっとづつ運動をつづければ、そこがほころびとなって体力というか、運動能力が向上すると踏みました。
今日の反省点として、グリップがあります。
ららはいつも握るところは細めです。
手がちいさいので、おおきいのだとぶれてしまうからです。
グリップがまたしても初心者だったころのようにぶれてしまっていることに気が付きました。
これは握力の問題ではない…
グリップ自体に問題があるのだ。
つまり、握り方がまちがっているということです。
これは理論書でもよんで、コンチネンタルにしても、イースタンにしてもセミにしても、研究が必要です。
ららの指のつくりからいって、ラケットの握るところはスクエアでないとだめです。
ららはピアノを弾くのです。
それで、指の骨格が生育しているからです。
でもちいさいというそういう指です。
とにかく、体の重いのはランニングでもして走り込んで軽くなるようにもっていけばいいでしょう。
あと、ステップの愚鈍は、反復横とびをしてなんとかしていくしかありません。
グリップ。
ステップ。
体力。
そして、敏律さ。
この四点が今日気づいたネックです。
フォームはなんとかです。
押す・・・というかんじにももっていけています。
腰も低く置けています。
リーチもまぁまぁです。
 
さて、じき夕暮れ。
それまで反復横とびでもして時を過ごそうかな。
高校生のころまでとは違って、時間があまりあまるほどあります。
むだにしたくはありません。
たいせつにしたい。
 
 
それでは。
 
今朝、4:00に目が覚めました。
ゆっくり朝のときがすぎていくのを待って、5:30頃、テニスをしにそとにでました。
ひとりテニス練習機をもって・・・
もちろんららは硬式です。一時、軟式に転向したときがあったのですが、またもどりました。
フォームの研究の一助となりました。
軟式は腰を落とすのです。
リーチから腕の振りまで、まっすぐにするところに特徴があります。
基本的に、しっかりとした姿勢は前に押し出すようにして打つです。
スィングするときバックに持って行きすぎるくらいにするのは、より前に持っていけるひとのパワーテニスです。
軟式というとやっぱりビューティフルを思い出します。
さて、ららのすんでいるところは都ではないので、車の通らない道路というのがまだあります。
そこでいつも練習しているのです。
基本的に、スポーツは自分とのたたかいだとおもいます。
勝ち負けにこだわると、自分を見失います。
精いっぱいやったのだからよいのだ。
この自分自身というこころいきはどんなときにでも、いい機運をはこんでくれるようにおもいます。
さて、ららは「尿閉」という病で入院して、退院したばかり。といって、もぉ二週間は経過し、お腹の張りもなくなりました。じゅうぶん、軽いスポーツならこなせると踏みました。
手打ちにすればいいやとおもって、おもいきってテニスをしてみたら、からだの調子がとてもいいのです。
かるく汗をかくくらいの運動量で、だいたい、二十分くらい、手打ちをひたすらつづけます。
今朝もそうして、テニスをたのしんでいました。
フォーメーションをいれて、スピンをいれて、角度をつけて、ラケットの面を意識して、と、かんがみながらラりーをつづけました。
ふとうしろをふりかえると、朝陽がのぼっていました。
真っ赤な朝陽でした。
燃えるような赤い太陽。
そして、どこかさわやかなかんじのする朝陽。
目がまぶしさにくらんで、まっくろくろすけがでました。
しばらく、テニスにもどっても、黒い点がでてしまって、こまりました。
足元を敏捷にすると、お腹に負担がきて、まだ駄目かなという感じなので、足は前。後ろ。横にあるくだけにしました。丹田というおなかの意識するところを、きいていたのですが、今回、からだがだめになって、本当に丹田があるのだということも実感としてわかりました。
フォームをシェイプすると、どうしても丹田が重要になってきます。
これはららがダンスをするからだけではないというきがします。
それとも、ダンスをするのでららはビューティフルを惜しんだのかな・・・・なんておもったりしました。
ようはバランスなのです。
からだのバランスを上手にとって、球を送るには、練習量を増やす必要があります。
これはビュウティフルなのではないか・・・
でも、基本であるきがします。
しかし、要は試合に勝つことです。
すると、パワーテニスとなってくるのです。
かの松岡修造選手は「ケンカテニス」というテニスをしました。
伊達公子選手は今も現役で御活躍されています。
ららの育った世代はそんな世代です。
ゼネレーションというものがあるのだとしたら、どうしても、根幹に、七十年代のテニスがあるようなきがしてならないのです。
テニス王国といわれたオーストラリア。
キング夫人。
ジョン・ボルグ。
マッケンリ―。
個人としてのテニスが強かったとしかおもえません。
いったい、個人としてのテニスとはなんなのか。
押して勝つ、パワーテニスこそ王道ではないのか。
しかし、実際、世界クラスの数名が、「個」をもったテニスに到達して、プレイできているというのが今のところの実情であるようです。
練習だけやっていればよいのではなく、実際に試合をして、成積をのこさねばならないのですから、プレッシャーはかなりのものだとおもいますし、そこにひつようなのはやはり「精神論」であって、技術やプラスアルファをこえたところで、どうしても「あたま」を積まなければならないという時代があるのかなとおもいました。
 
さて、早朝トレーニングを終え、エアコンのきいた自室で今、この記事を書いています。
快適です。
これからも適度に運動して、電解質がととのうようにこころがけ、健康に気を使って、かといってあまり神経質にならず、一歩づつ、向上していきたいと考えています。
庭球道は唯一無二の一球なり。
一日にしてならず。
 

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事