|
モーツァルト
乱脈な放浪時代
もう二十年も昔のことを、どういうふうに思い出したらよいのかわからないのであるが、僕の乱脈な放浪時代のある冬の夜、大阪の道頓堀をうろついていたとき、突然、このト短調シンフォニィの有名なテエマが頭の中で鳴ったのである。
僕がそのとき、何を考えていたのか忘れた。いずれ人生だとか、絶望だとか孤独だとか、そういう自分でもよく意味のわからぬやくざな言葉で頭をいっぱいにして、犬のようにうろついていたのだろう。
ともかく、それは、自分で想像してみたとはどうしても思えなかった。街の雑踏の中を歩く、静まり返った僕の頭の中で、誰かがはっきりと演奏したように鳴った。
僕は、脳味噌に手術を受けたように驚き、感動でふるえた。
★ ★ ★
これは小林秀雄『モオツァルト』(新潮文庫)からの引用である。
この文を読んで私は、
「小林秀雄は、モーツァルトの音楽に命を救われたのだ」
と思った。
だれもがそうであるとは限らないが、青春期には一種の熱病にかかる。彼もまた“人生だとか絶望だとか孤独だとか”で頭をいっぱいにし、死の淵をさまよっていた。
とくにこの頃の彼は、私の推測だが、中原中也の彼女に恋をし、奪って逃避行していた時期ではなかっただろうか。
そんな乱脈な放浪生活のなかにあって彼は、“ネオンサインとジャズとで充満し、低劣な流行小歌が電波のように夜空を走っていた大阪の街”で、モーツァルトの音楽が頭の中で鳴り、何かの啓示を受けたのである。
モーツァルトの音楽にはそんなところがある。
悪魔が発明した音楽
今年はモーツァルト生誕250年に当たり、世界各地でコンサートが催された。日本も例外ではなく、私もそのいくつかに足を運んだ。
先日(十二月十九日)、モーツァルト・イヤーの最終章を飾るにふさわしいコンサートが、新宿文化センターで行われた。
ポーランド国立ワルシャワ室内歌劇場による『ジュピター&レクイエム』が、合唱付きで演奏された。
モーツァルトの天才ぶりは、つとに有名である。
六歳のときに『クラフィーアのためのト長調メヌエット』を作ったとか、
『ドン・ジョヴァンニ』の序曲を一夜で書いたとか、
スコア(楽譜)にまったく修整の跡がなく、いつもだれかを相手に無駄話をしながら作曲していたとか……。
この類の逸話は枚挙にいとまがない。
ゲーテは、
「いかにも美しく、親しみやすく、だれでも真似したがるが、一人として成功しなかった。いつかだれかが成功するかもしれないというようなことさえ考えられぬ。
元来、そういう仕組みに出来上がっている音楽だからだ。
はっきり言ってしまえば、人間どもをからかうために、悪魔が発明した音楽だ」
と言ってのけている。
最上の音楽と最悪の馬鹿者
一方で、奇癖にも事欠かない。
彼の義兄であり、彼の肖像画を描いたヨゼフ・ランゲがこう書き残している。
「この偉人の奇癖については、すでに多くのことが書かれているが、私はここで次の一事を思い出すだけで充分だとしておこう。
彼はどうみても大人物とは見えなかったが、とくに大事な仕事に没頭しているときの言行はひどいものであった。
あれやこれや前後もなくしゃべり散らすのみならず、この人の口からとあきれるようなあらゆる種類の冗談を言う。思い切ってふざけた無作法な態度をする。
自分のことはおろか、およそ何にも考えていないというふうに見えた。(略)
こういう卓絶した芸術家が、自分の芸術を崇(あが)めるあまり、自分という人間のほうは取るに足らぬと見限って、果てはまるで馬鹿者のようにしてしまう、そういうこともあり得ぬことではあるまいと考えた」
義妹ゾフィイ・ハイベルはこう言っている。
「少しもじっとしていない、そして、いつも何か考えている。
食卓につくと、ナプキンの端をつかみ、ギリギリねじって、鼻の下を行ったり来たりさせるのだが、考えごとをしているから、当人には何をしているか知らぬようすだ。
そんなことをしながら、さも人を馬鹿にしたような口つきをよくする。(略)
彼はいつも手や足を動かしていた。いつも何かを、たとえば帽子とかポケットとか時計の鎖とか椅子だとかを、ピアノのようにもてあそんでいた」
小林秀雄にいわせると、
「モオツァルトという最上の音楽を聞き、モオツァルトという馬鹿者と付き合わなければならなかった」
ということになる。
これらの奇癖は、映画『アマデウス』で、実に巧みに描写されている。
日常生活において品のない最低の男が、最高の音楽を生み出し、いまも私たちを魅了する。
冥土の使者が注文した「レクイエム」
さて、レクイエム(鎮魂曲)は、三十五歳という短い生涯を終えたモーツァルトの未完の遺作である。
一九七一年七月のある日、恐ろしく厳粛な顔をした、鼠色の服を着た背の高い痩せた男が、署名のない鄭重な依頼状を持って現れ、鎮魂曲の作曲を注文した。
モーツァルトは承諾し、完成の期日は約束できない旨を伝え、五十ダカットを要求した。その頃、多大な借金による貧窮と、衰弱していく健康の真っ只中にあった。
数日後、同じ男は金を持参し、作曲完成の際には、さらに五十ダカットを支払うと約束した。ただし、依頼主がだれであるかは明かせないと言い残し、立ち去った。
モーツァルトは、この男が冥土の使者であると信じて、さっそく作曲に取りかかった。
のちに依頼主は、ある金満家で、亡き妻のために「自作」と称して披露するために依頼したことが明らかになる。
モーツァルトは、作曲の完成まで生きていられなかった。
同じ年の十二月四日、病床にあるモーツァルトは、見舞いにきていた親しい歌手たちとともに、「レクイエム」の出来上がっている部分を口ずさんだ。
そして、絶筆となった「ラクリモサ(涙の日)」に差しかかると、激しく嗚咽したと伝えられている。
死期が間もなくやってくるのを知っていたモーツァルトは、弟子のジェストマイヤーに残りの完成を託し、昏睡状態に陥った。
日付が変わったばかりの十二月五日午前零時五十五分に、息を引き取った。享年三十五歳。
生前、モーツァルトは、「死が最上の友」だと手紙に書いている。
冥土の使者からレクイエムを注文されたと信じたモーツァルトは、最晩年に最後で最大の偶然に見舞われたのである。
レクイエムのコンサートを聴きながら、涙ぐむ聴衆。そして鳴りやまぬ拍手。それはモーツァルトに対してなのか、演奏者や歌手たちにたいする称賛なのか。つねにモーツァルトは私たちにいまもなお、啓示を与えている。
写真は、上から
1.東京オペラシティのコンサートホール(撮影禁止ですが、盗み取りしてしまいました)
レクイエムのコンサートに先立って「モーツァルト三大ディベルティメントとアイネ・クライネ&アヴェ・マリア」が十二月十六日に行われた。
同じオペラシティのイベント会場では、伊東豊雄の建築展が行われていたので、それも見学した。
2.東京オペラシティの中央広場のクリスマスツリー
|
映画『アマデウス』では、結構良い出来ですよね。モーツワルトは 余りにも曲が多いので、困りますよね(^^;)けど悪魔か。。。 悪魔にでも魅了されてもいいもん。音楽がすきやからね。。けぽ。。
2006/12/24(日) 午前 2:43 [ CAT'S ]
駆け抜けた天才。後世に残る天才たちは、何かに駆られるように生き急ぎをしたひとが多いですね。★すばらしい文にポチ。
2006/12/24(日) 午前 6:17
モーツァルトが、自己へのレクエイムを作って・・・さて、鎮魂されたのでしょうか?。興味の有るところです。
2006/12/24(日) 午前 8:50
未完となったレクイエムの話は、以前放送されたモーツァルト特集の番組で知りました。その番組を見たときは「依頼者の男はドッペルゲンガーだったのでは・・・」などと思ってしまいました。
2006/12/24(日) 午後 1:09
小林秀雄の評論を読んで、理解したほどのクラシツク音痴でした。今でもそうです。そして夭折した大音楽家に、敬意を!(●>u<●)
2006/12/24(日) 午後 5:03
傑作ポチー
2006/12/24(日) 午後 5:04
MERRY X`MAS.モーツァルトは、頭の中にいつも音楽が鳴り響いていたから、足や手を動かさずにはいられなかったかもしれませんね。彼の音楽は悪魔のジョークみたいに魅惑的。
2006/12/24(日) 午後 11:32
クラシックは詳しくないのですが、モーツァルトの音楽には良い意味で「人間臭さ」が余り感じられない気がします。そこがいいところなのかな?それにしても素敵な文章でした♪
2006/12/25(月) 午後 1:03
天才は時として狂気なのですね。モーツアルトのさわやかな曲を休日聴いていると落ち着きます。合掌!
2006/12/25(月) 午後 2:03
cat'sさん、確かに35年の生涯でものすごい量の作曲をしていますよね。レクイエムでK626。一説によると800曲ともいわれています。もう泉のように湧いてきたという感じです。▷映画のアマデウスを批判する人もいるようですが、私は好きです。
2006/12/26(火) 午前 2:46
天使さん、これだけの天才で、たくさんの曲を作っていたのに、多額の借金があったなんて、寡作の人ならわかりますが、信じられません。よほど豪遊していて、命を縮めのでしょうか。
2006/12/26(火) 午前 3:50
猫さん、鎮魂されたと思いたいですね。レクイエムの作曲をあの世からの注文だと信じたと言われていますから、「この曲を完成すれば天国へ召される」と考えていたのかもしれません。ただ、この時期はかつての名声が衰えていて、モーツァルトは相当焦っていたという見方もあるようです。
2006/12/26(火) 午前 4:39
あずまいあさん、「ドッペルゲンガーを見た者は数日のうちに必ず死ぬ」という伝説を、きっとモーツァルトも知っていたのかもしれません。影の男、自分の分身、死神の使者……、不吉なものに怯えていたとしても不思議ではありませんよね。
2006/12/26(火) 午前 4:47
かつみさん、ありがとうございます。私もクラシックも含め、音楽全般について、ラジオなどから流れてくるのをただ聴いているだけで、積極的にCDを集めるといったこともしていません。ブログをやっているおかげで、関心の範囲が広がっているような気がします。
2006/12/26(火) 午前 5:11
saiioさん、きっとモーツァルトは頭の回転が非常に早い人だったんでしょうね。いつもご機嫌で、品のない冗談を飛ばす一方で、頭のなかでは、自分が生み出す音楽が始終流れていたのかもしれませんね。
2006/12/26(火) 午前 5:31
キャンねこさん、専門家によるとモーツァルトの音楽は、メロディーが短いそうです。短いメロディーを転調させて新たな展開をつないでいくのが特色らしく、それによってベートーベンのような情緒性やドラマ性、または人間臭さがあまり感じられないのかもしれませんね。
2006/12/26(火) 午前 5:41
slowさん、私もときどきモーツァルトのCDをかけることがあります。レクイエムはふさわしくありませんが、優雅で華麗な感じのものを聴いています。わざとらしいところがないのが、いいです。
2006/12/26(火) 午前 5:44
すごい長文で!パチパチ☆音楽って作られた経緯やだれに献呈したかとか、調べだすと本当に奥が深くてそのうちその時代を覗いてみたくなったりしますよね。。現代で偉大なる作曲家たちの音楽を演奏したり聴いたりする私たちは、敬意を払いたいものです♪私はよくオペラシティの近くに行きますよ^^。
2006/12/26(火) 午後 10:45
アイコさん、つい長文になってしまって……、読んでくださってありがとうございます。★とくにモーツァルトの時代は、王侯や貴族などからの依頼が多かったから、依頼主の個性の影響を受けたでしょうね。★オペラシティ付近の工事はなかなか終わりませんね。
2006/12/27(水) 午前 9:54