フランス・イタリア記
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ポンペイ駅のプラットホームに二本の時計塔が立っていた。 ふたつの時計には五分の時差があった。 どちらが正しいのだろう? 自分の時計を見たら、三つとも違っていた。 ポンペイには遺跡がある。 二千年以上前に栄えた古代都市には、スポーツジム、共同浴場、居酒屋、売春宿があった。 きっと、あっという間の出来事だったのだろう。 彼方にそびえるヴェスーヴィオ火山が噴火し、町は火山灰の下に埋もれた。 石のカマドやテーブル、ベッドを置いた家々が建ち並ぶ石畳を歩いた。 径は果てしなくつづき、照りつける太陽は容赦がない。 だんだんと気が遠のくようで、すれ違う観光客が、古代から現代へ時間旅行してきた人たちのように見えた。 ※2006年7月10日撮影/南イタリア・ポンペイ
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[ここまでの話] 私は建築家の巽さんを頼ってパリへやってきた。これといった目的はない。ただ仕事が暇だったからだ。 シャルル・ド・ゴール空港へ迎えにきたのは、秋山文乃という女性だった。彼女はパリ大学の大学院を卒業した後、日本の地方新聞3社が共同主宰しているパリ支局で、アルバイトをしている。 巽さんと文乃さんのふたりは、パリに多く存在するスワッピングクラブで知り合った。 ルーヴル美術館を見学しているときに、文乃さんから電話があり、私が滞在しているホテル近くのカフェで待ち合わせた。地下鉄に乗り、フローランスというパリ女性のアパートへ行く途中で、文乃さんは、フローランスとその恋人のジャックとの3人でセックスをしたときのことを話した。 初心者向けのパリ・ガイドとしても、お役立てください。連載ものです。最初から読みたいという奇特な方は、カテゴリーJe suisの「はじめてのパリ(1)」からどうぞ。 http://blogs.yahoo.co.jp/raraland2/1556923.html ◆熟成した体臭 フランス人は、恋人と会う何日か前から、体を洗わない。赤ワインを何年も寝かせて、芳醇な香りを熟成するかのように――。 フランスに在住したことがあるエッセイストの玉村豊男氏が、そんなことを話していたのを思い出した。 ただでさえ体臭が強い彼ら彼女らが、何日も体を洗わないと、どんな芳醇な香りを醸すのか。 これから行くフローランスのアパートは、恋人が留守中でひとりだけだ。かつてその恋人を交え、文乃さんたちは3人でセックスをした。 その文乃さんは、大学教授と共にスワッピングクラブへ行き、私の知人である巽さんと知り合った。 そして、今夜はフローランスと文乃さんと私の3人で過ごす。 私は文乃さんの表情を改めて見直した。彼女は私の視線を感じ、恥じらうように微笑んだ。 ◆モンマルトルへ 「ごめんなさい!」 車窓から、通りすぎるホームの景色を覗き見て、文乃さんが大声を出した。 フローランスのアパートは、モンマルトルにある。 地下鉄のアンヴェール(Anvers)駅で下車すれば、モンマルトルの丘の南斜面を昇り降りするケーブルカーがあり、ヴィレット小広場からサクレ・クール寺院まで運んでくれる。 彼女は、私を楽しまそうと趣向を凝らし、アンヴェール駅へ向かっているつもりだったが、乗り換えの路線を間違え、ケーブルカーの昇降駅がない反対側にきてしまったのだった。 「でも、フローランスのアパートはこちらのほうが近いから」と文乃さんは話した。 ◆芸術家の街 モンマルトルといえば、著名な芸術家や作家が多く暮らす街である。パリのガイドブックを見ると、19世紀末〜20世紀初め、ここで暮らされた自由奔放なボヘミアン的生活スタイルが人々を魅了したとある。 “青の時代”の青年ピカソも暮らした。 モンマルトルの丘の中腹にあるエミール・グドー広場の一角に、『洗濯船(Bateau Lavoir)』の看板が付いた家がある。 ピカソが、ブラックやヴァン・ドンゲンらと共に“キュビズム”を生んだ現代絵画の発祥地だ。広場からはパリの街並みを見下ろすことができる。 スーラやモジリアニが住んだ家。ピガール広場の裏にあるロートレックが住んだ家。ルーピック通り54番地にはヴァン・ゴッホと弟のテオが暮らしたくたびれた建物。ユトリロの絵そのままのパサージュ・コタンの狭くて急な階段。 大学院で現代美術史を専攻していた文乃さんは、この日、これらの名所を案内してくれたに違いなかった。 しかし、不思議なことに、彼女と一緒に歩いた道筋をほとんど覚えていない。 ガイドブックには「モンマルトルはどこも坂道と階段だらけ」と書いてあるのに、私にとってのモンマルトルは薄暗く、平坦な街だった。 ◆パリのアパルトマン フローランスのアパートは、パリの景観を形づくる、最もポピュラーな5−6階建ての小屋根がある集合住宅のなかにあった。 たまたま内装工事を行っている住戸があり、内部構造が露出していた。頭上を見上げると、古くて煤けたような太い梁(はり)が、左右に渡されていた。 外観・躯体は石積みかレンガ積みで頑強に築き上げられているが、内部を空洞にし、自在に内装・間取り・階数を変更できるように工夫されているのである。 パリの骨格は、19世紀にセーヌ県知事だったジョルジュ・ウージェーヌ・オスマン男爵(1809−91年)によって、つくられた。 ローマやウイーンなどの古都に比べると、新しい街だが、それでも百年、二百年の歳月が建築物に刻み込まれている。 地震がないとはいえ、建て替えることなく、長く建築物を使用できるのは、内部空間を自由に変更できる柔軟性にあるのだろう。 日本でもヨーロッパの建築を参考にし、SI住宅、SIマンションが登場してきている。 「S」は「スケルトン(構造・躯体)」、「I」は「インフィル(内装・間取り)」の略。スケルトンとインフィルを明確に分離した建築工法により、内部空間を自由に変更できるようにした建物である。 建物の寿命を百年、二百年と延ばせば、住宅に費やすコストを減らすことができるので、高齢社会への対応、環境負荷の軽減などの面でメリットは大きい。だが、残念なことに、SIを導入した実績はまだまだ少ない。 ◆長身痩躯のパリジャンヌ 何の話をしているのだろう。建築の話をしている場合ではない。フローランスの部屋を訪ねるのだった。 3−4人も乗れば満員になる小さなエレベーターに乗ったとき、文乃さんが小声で笑った。 「フランスでは、1階を数えないから、日本の2階が1階、3階が2階なんですよ」 そう言って「2」と記されたボタンを押した。 日本の1階が仏語でrez-de-chaussee(レッドショセ)、3階がdeux-etages(ドゥゼタジュ)となるのだそうだ。 呼び鈴を鳴らすと、「ハーイ」という元気のいい声がし、ドアが開いた。 フローランスが顔が出すと、文乃さんは歓声を上げ、ふたりは手を握り合って、言葉を交わし合った。そして、互いに左右の頰にキスをし、それを繰り返した。 彼女は背が高く、痩身で、黒っぽいワンピースを着ていた。網タイツに黒革のロングブーツ。はっきりとした目鼻立ちで、髪はショートカットでやや茶色。瞳は青かった。興奮しているせいか、白い肌を紅潮させている。 彼女は、私の前に立ち、「ボンソワ」というと、文乃さんとしたのと同じように、左右の頰にキスをし、それを繰り返した。顔を入れ換えるとき、香水の香りがした。彼女は少し汗ばんでいるようだった。 ※写真は、フローランスの愛猫
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