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3807 安積山(安積香山) 影さへ見ゆる 山の井の 浅き心を 我が思はなくに
右の歌は伝えて言うには「葛城王が陸奥国に派遣された時に、国司の接待が甚だしくなおざりであった。そこで王には不快な憤懣の表情があった。
酒宴の席を設けてもけっして楽しまなかった。その時、采女を務めてさがって来た女性がいた。風流な娘であった。
彼女が左の手に盃を持ち右手に水を執って王の膝を叩き、この歌を口ずさんだところ、王の心も和らいで一日中酒宴を楽しんだ」という。
6 :名無しさん@全板トナメ開催中:2008/05/22(木) 18:15:52 ID:a63lUWTJ0
安積山 影さへ見ゆる 山の井の
浅くは人を 思ふものかは
聖武天皇が造営した紫香楽宮(742−745年、滋賀県甲賀市)跡で出土した木簡に、最古の歌集、万葉集の
「安積山の歌」が書かれていたことが分かり、市教育委員会が22日発表した。万葉集の歌の木簡が見つかった
のは初めて。
反対の面には「難波津の歌」が記されていた。両歌は、平安時代に紀貫之が古今和歌集の仮名序(905年)で
「和歌を習得する際に必ず学ぶもの」として「歌の父母」と記している。2つの歌が書かれた史料としては仮名序
より約150年さかのぼり、古典文学の成立過程を解き明かす発見となりそうだ。
木簡は1997年に出土。幅は約2センチ、厚みはわずか1ミリで、これまで木簡の削りくずとみられていた。
一部が欠けており、長さは約60センチと推定されている。
ソース
静岡新聞 http://www.shizushin.com/news/culture/national/2008052201000431.htm
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