|
上は181ページの写真です。
日本の教科書では載らないような写真でしょうか?
どうなんでしょう。
内地の事情がわからない南方ボケの浦島タロサなもので。
<引用開始>
Thinking Point
考慮するポイント
What does source 6 tell you about the reaction of
the Japanese to Japan's invasion of Manchuria?
日本の満州侵攻への日本人の反応についてソース6は何をアナタに告げていますか?
Source 6
Tokyo crowd cheering the Japanese Army on its way to attack Manchuria, 1931.
ソース6
東京の群衆が1931年の満州攻撃に向かう日本軍兵に歓声をあげているところ。
As a result of Zhang Xue-liang's actions, the army leaders were even more worried about
losing control of events in Manchuria by 1931. The leaders in the army felt they needed
to seize control of Manchuria. On 18 September 1931, train carrying Japanese passengers
outside Mukden exploded. The army accused the Chinese of attacking them, and seized Mukden.
By the next day, Japanese Soldiers had occupied Southern Manchuria.
Zhang fled from Manchuria. Fighting broke out between Chinese and Japanese troops in
Shanghai, the nearest major city to Manchuria, before an armistice was finally called.
張学良の行為の結果として、1931年には日本軍指導部は満州における事件のコントロールができなくなることをより不安視し、軍指導部は満州の統治を握る必要性を感じていた。
1931年9月18日、Mukden(奉天の満州語音でしょうか?)近郊を走る日本人乗客を乗せた列車が爆破された。軍はその攻撃で中国を非難し、Mukdenをおさえた。翌日には日本兵は満州南部を占領した。
張は満州から逃走した。満州から一番近い主要都市である上海では最終的に休戦がなされるまで、中国と日本の軍の間に紛争が勃発した。
Six months after the Mukden Incident, the govenment in Tokyo recognised that the Japanese
Army had set up a new state called Manchukuo. The army installed the last Manchu Emperor of
the Qing Dynasty, Henry Pu-Yi, as leader of the new state. However, real powr was in the
hands of the army officers. The army filled all the important positions in the manchukuo
government with Japanese advisors.
Mukdenでの事件の六ヶ月後、東京政府は日本軍部が創設した満州国と呼ばれる新しい国を承認した。その新しい国の指導者として軍部は清王朝の最後の皇帝であるヘンリー溥儀をたてた。しかしながら、実際の権力は軍の高官が掌握していた。軍は満州国政府のすべての重要なポストに日本人顧問を充てた。
Japanese Prime Minister Ki Inukai criticised the army, but he was unable to change what
had happened.
日本国首相の犬養毅(なんで彼のファーストネームがKiになっているのでしょう?)は軍を非難したが、犬養もそれを変えることはできなかった。
<引用終了>
犬養公の『話せば分かる』ですか・・・・。
最近の内地は
『話す前から分かる訳がないと判るのばかり』
らしいっすね。
・・・・。
六回連続で揚げましたので
このシリーズは少し小休止します。
拝
先先先先先先々週から人気ブログランキングに登録しました。
https://blog.with2.net/in.php?678691
宜しければクリックしてちゃぶ台
|
こかげさん。まぁ今回の目的は内地のみなさんは自国の歴史をどう他国で教えられているかが第一の目的ですから。自国の歴史なんですがね。拝
2008/11/19(水) 午後 4:52
たつやさん。結局、先生方の裁量なんでしょうかね・・・。拝
2008/11/19(水) 午後 4:53
愛新覚羅溥儀の自伝・完全版の刊行へ
http://blogs.yahoo.co.jp/yjisan/44785019.html
2008/11/20(木) 午前 5:50
んで、歌です。
出征兵士を送る歌(しゅっせいへいしをおくるうた)は生田大三郎作詞、林伊佐緒作曲の日本の軍歌である。発売は、1939年(昭和14年)10月。
当時は出征兵士を送るのに適当な曲が無く、事変勃発当初は『日本陸軍』が歌われる事が多かったが、日露戦争勃発年である1904年に作られた古い軍歌の為時代遅れという声もあった。次に『露営の歌』が使われたが歌詞や曲調が短調でもの悲しく、厭戦気分を煽るとして出征歓送の場に於いては不適当と倦厭された。こうした背景もあり、この曲は国民に受け入れられた。
戦後、当歌の作曲者でもある歌手林伊佐緒と、ボニージャックスが吹き込みキングレコードより発表された新しい音源は、林自身の響き渡る力強い声量とボニージャックスのきめ細かい合唱、そしてキング吹奏楽団のクリアな演奏により数ある戦後吹込軍歌として屈指の名音源となっており、
特に右翼団体の街宣車が流す軍歌の定番となっている。
2008/11/20(木) 午前 5:57
これね。
http://jp.youtube.com/watch?v=8YXaAS-gvHQ
2008/11/20(木) 午前 6:01
たつやさん。はいはい、内地に居た時、街宣車のドップラー効果をよく聞いたのをおぼえています。拝
2008/11/20(木) 午後 0:19
「露営の歌」
http://jp.youtube.com/watch?v=lzpjBdxz5io&feature=related
これにオーソドックスな出征風景がありますよ。
戦闘場面は、支那事変当時でしょうかねえ・・。
2008/11/23(日) 午前 4:25
田舎の簡易踏み切りの周りの田んぼで、群集が出征列車を見送る画像がありますな。
陸軍省の宣伝もあったのでしょうが、出征列車が何時頃どこを通るなんてことは、広く知られていたのでありましょうな。
まぶたに浮かぶ「旗の波」でした。
2008/11/23(日) 午前 4:35
予定通り、全記事転載させていただきました。「七」以降は転載元で直接読んでいただきたい旨コメント欄に書きましたので。続編の「催促」ではありませんよぉー。では、お疲れ様でした。ぺこり。
ヽ(^o^)丿ヽ(^o^)丿
2008/11/23(日) 午後 1:03 [ KABU ]
たつやさん。高校野球でさえ、駅まで行って壮行式を行います。ましてや命懸けで出掛けるのなら出征列車が通る時間に見送るのは当時は当たり前なことだったとお馬鹿な私でも予想できる光景です。拝
2008/11/23(日) 午後 10:22
KABUさん。転載、有難うございます。後編のアメリカの対日政策の所の翻訳記事も記事が上がりましたら宜しければ転載下さい(と売り込んでおく)。
それからこのシリーズの翻訳ではこの1ー6は小学生の悪がきBに1ページS$10でアルバイトに出していたのですが、どうもクオリティーがアレでしたので、以降は中学生の悪がきAにバイト先を変更します。中学生ですから翻訳は悪がきBより簡単でかつ時間も掛らないはず、ということでバイト代は$10からS$5/ページへ引き下げましたが、新しいゲームソフトのために貯金中の悪がきAは喜んで引き受けてくれました(笑)。拝
2008/11/23(日) 午後 10:40
世界は「昭和初期の世界恐慌」の第二ラウンドが始まろうとしています。アメリカ発信の株暴落が、オバマを勝たせたのでしょうか。今日の「日高義樹ワシントンリポート」は、
1オバマは、保護貿易政策を採る。
2オバマは、強い大統領にはならない。と言っています。
アメリカは、産軍共同体や自国民の生活のためには、「貿易自由化しろ!」と言ったり、「オレッチは保護貿易する」と言ったり、迷惑な「世界の台風の目」です。
アメリカの利権のために日本軍と中国軍に「殺し合いを行わせる」、これが米国政権中枢の戦略文書に明確に書かれている。http://www.asyura2.com/08/senkyo49/msg/741.html
これも、あながち妄想では無いかもしれませんよ。
(それぐらい平気でやる国だし・・・)
戦前の日本は、世界恐慌のツケをモロに食らった訳ですが、今回の恐慌のツケはどこが払わされるんでしょうね?
・・、ということで、まったり復習しませう。
2008/11/23(日) 午後 11:09
たつやさん。私はオバマさんは結局、ブッシュの国際政策との差違を何も示せないまま、単に保護主義的ま貿易政策へと転がっていくと思います。その中で最初に保護主義政策は・・・・・、どの国へ向かうでしょうねぇ・・・・。拝
2008/11/23(日) 午後 11:41
米国発の保護貿易策でどうなる?
中国の製品は売れなくなる→一度おいしい思いをした中共は我慢できない→国内の不満を外へ逸らそうと、台湾侵攻→日本は巻き込まれて↑のシナリオ?
この潮流に、ヨーロッパ・イスラム世界がどういう立場を採るか?が、
日本の運命の決め手!?
2008/11/24(月) 午前 3:37
たつやさん。APECの話し合いに次期アメリカ大統領がいまだに何もコミットしていないですね。アメリカ市場からそう簡単に中国製品はなりならないと思います。一般人にあまり関連性のない工場内などで使用する備品や生産関連の材料などもはや切っても切れない。
まぁ最初の六ヶ月のオバマさんは様子見でしょうが。拝
2008/11/24(月) 午前 9:30
シンガポールの歴史教科書は質が高いですネ・・さすが人材の国。
我が国の、まるで社会主義国家の洗脳教科書のレベルとは格段の相違です。
<1>からじっくり拝見します。ポチ♪こうもり
2008/11/26(水) 午後 9:34
こうもりさん。確かに他国の事柄を学ぶ質は大したものですが、シンガポールの自国・・・・以下自己規制。☆、TB有難うございます。拝
2008/11/26(水) 午後 11:54
( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
>東京の群衆が1931年の満州攻撃に向かう日本軍兵に歓声をあげている
ちょっと悪意が感じられますね、
出征兵士への旗振りが「満州攻撃に向かう日本軍兵に歓声をあげている」と表現するのは酷すぎるな。
☆一徹
2008/11/30(日) 午前 2:58
nipponiaさん。自国から他国へ向って行く者を見送う行為は、今でもアジア大会へ向かうシンガポール選手団・初の海外赴任を見送るシンガポール人など、日本だけの風景ではないと思います。
出征兵や軍艦の写真に対して『こんな写真を教科書に載せて・・・・』という発想が出るのは実は戦後生まれの日本人である証拠かもしれません。拝
2008/11/30(日) 午前 9:35
「人名で読み方が分からない時は、音読みしろ」というのは、
有職読み(ゆうそくよみ)
からきています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E8%81%B7%E8%AA%AD%E3%81%BF#cite_note-6
犬養毅(いぬかい・つよし)首相の
「毅」を読めなかった訳ですな。
執筆者が日本人に「どう読むんだ?」と聞いたのでしょう。聞かれた日本人が、
「イヌカイ・・・・う〜む、どう読むんだ?とりあえずキかなあ?」てなもんだ。
気の利いた中学生なら読めますよ。
首相までやった人間を知らないんだから、高校日本史では、コイツは落第。
2013/9/16(月) 午前 4:24