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やまと新聞の渾身の力作、号外の全文です。
宮崎の口蹄疫との闘いは終わっていません。
日本のブランド牛を守るためにも、ぜひ御一読ください。
文章が長いので、記事を三つに分けました。
特にPart1 含め、Part 2, Part 3 は、ぜひ読んで頂きたいです。
これは、宮崎だけの問題ではない、日本の問題なのです!
「口蹄疫被害」 28万頭殺処分
10年前は740頭 毎日毎日必死に消毒した。何とか助けたかった。 だけど、ごめんね本当にごめんね。感染したみたいだ。 牛さん豚さん。今まで本当にありがとう。毎日一緒に過ごしたね。 つらくて大変なときもあったけど、とても楽しい日々だった。 風邪ひいてないかい? おなかはすいてないか? 心配ないよ。最後迄一緒だから。そんな悲しい顔すんなって。 つらいなぁ。悲しくて悲しくて、たまらんよ。 こんなに元気なのになぜ殺さなきゃならん。 牛さんと一緒に、俺も一緒に、埋めてくれ。 どうしてこんなことになったんだ。 【衆議院本会議】 宮崎県畜産農家の心の叫びを聞いて 民主党議員は声を上げて笑った。そして発した言葉は 「金が欲しいのか」 「勝手に言ってろ」 記者は耳を疑った 宮崎選出 江藤拓議員の代表質問に民主党議員からものすごい数の野次が飛んだ。 農家はかわいい我が子の様に育てて来たんだ。なぜこんなことに…
この親子の子供は「安平」の子供だそうです。 親子仲良しですね。 お母さんが、子牛の顔を鼻先でナデナデして子牛も気持ち良さそうですね。 この子牛ちゃんは5月25日に産まれた「忠富士」の仔です。 こんな事になるなんて… 長い間畜産に携わり高齢となった父は「今回が見届けられる最後の出産になる」と言って、子牛の誕生を見守った。元気に生まれたのは宮崎が誇る「忠富士」の子供。子牛は産まれてから2週間は母親から引き継ぐ抗体で病気にはかからない。抗体がある間に移動させたかった。守ってやりたかった。ごめんね。ほんとうにごめんね。 「忠富士」「安平」が 口蹄疫が蔓延する宮崎県で22日、種牛エース級「忠富士」に感染が確認され、殺処分された。忠富士を生み、育てた宮崎市の畜産農家、川越忠次さん(52)は声を詰まらせ、「人間で言えば30代前後の働き盛り。これからが楽しみだったのに……。何とか生き延びてほしかった」 02年6月22日に「忠富士」は生まれた。「足の節が太くて。えらい大きな牛が生まれた」と家族で喜んだ。「忠富士」はスーパー種牛「安平」の孫に当たり、川越さん方で生後8カ月まで生育。その後、宮崎県畜産試験場から県家畜改良事業団とエリート街道を歩み07年1月、宮崎牛ブランドに認定された。川越さんは4月9日まだ元気な「忠富士」に「おい、元気でやってるか」と頭をなでたのが最後だった。22日にテレビのニュースで避難中の種牛のうち1頭の感染疑いを知った。それが「忠富士」と知って絶句した。 宮崎県は31日、県家畜改良事業団(同県高鍋町)で飼育中、口蹄疫の症状が出た1頭を含む種牛49頭を殺処分したと発表した。この中には伝説のスーパー種牛「安平(やすひら)」もいた。 宮崎の種雄牛がなぜ大切なのか? 日本全国のブランド牛の代表的な物に松阪牛があるが、この松阪牛は2009年度の44%が宮崎県産の子牛である。ブランド牛は宮崎県の繁殖牛農家で産まれ、その後三重県松阪地方などの肥育農家で育成される。育った期間が最も長い地域名を表示できるため、松阪牛や佐賀牛などの様々なブランド牛となる。 関係者は「宮崎さんの子牛がいなくなれば当然、松阪牛の品質にも影響が出る。他の産地を探すにしても宮崎のような信頼度がある産地はなかなかない。」と語った。 宮崎県では1960年代から大柄で肉質の良い牛への本格的な改良がスタートした。2007年には貴重な種牛の冷凍精液入り容器が143本盗まれるなど、宮崎牛のブランドの価値は40年の年月の末に最高レベルにまで高まっていた。種牛の育成には気の遠くなるような努力が必要であり、これまでに種牛と認定された牛はおよそ100頭ほどである。 出荷先は佐賀県(2784頭) 三重県(2695頭) 熊本県(2513頭)の順になっており、それぞれの土地で佐賀牛や松阪牛として育てられる。 宮崎県の種牛は育成まで7年かかる 優秀な種牛―――母牛350頭に人工授精 ↓ 雄の子牛約170頭 発育・体系をチェック ↓ 23頭が選ばれ112日間同じ条件で育てられる ↓ 雌牛50頭に人工授精 ↓ 子牛の肉質を比較する 種牛 県の第三者委員会により1〜2頭が種牛と認められる この7年間 家族同然に育てられる 口蹄疫の主だった事例 10年前にも発生。早期対応で 740頭の被害で終息 日本では2000年3月25日から4月9日に宮崎県、5月11日に北海道で感染が確認されたが6月9日には終息。日本では約92年ぶりの発生であったが、この際の殺処分対象数は宮崎で35頭、北海道と併せても740頭の被害で封じ込めることが出来た。 政府の対応は2000年当時畜産防疫対策本部長を務めた自民党の故・江藤隆美議員が、大蔵省(当時)の許可も得ずに「100億円出す」と翌日決定。「100億円用意するからお金の心配をせずに、思いっ切ってやってくれ」と指示を出した。畜産関係者は「国がそこまでやってくれるなら、現場も精一杯やろう」と奮い立ち、結局は35億円の対策費用で済むことが出来た。 台湾の豚肉産業は崩壊 海外の例では、1997年に台湾新竹市で発生。380万頭以上の豚が殺処分をされ約180億元(日本円で5000億円以上)の被害となり、それまで豚の輸出国であった台湾の豚肉産業は崩壊してしまった。 イギリスでは1兆41千億円を超える被害 対応の遅れで急速に感染 1千100万頭超殺処分 また2001年にはイギリスで約2000件の感染が確認された。この際も畜産農家の被害だけには留まらず観光業などの他の産業にも大きな影響が出て、損害額は1兆4千億円を超えるほどとなった。 翌年2002年に調査報告が提出され(1)移動禁止の3日遅れ (2)ワクチン接種の遅れなどから感染が広範囲に広がったと政府の危機管理能力が問われた。殺処分対象となった家畜の総数は1千100万頭超となり、これほど大規模な家畜の処理は役所の手にあまり、最後には国軍が出動して対応にあたった。 ワクチン接種の牛・豚は全て殺処分『涙も枯れた』 一頭の牛も豚もいなくなってしまう。涙は枯れた。 ワクチン接種の翌日、尾鈴農協を訪れるといつもなら「拓さん!おはよう!」と元気な声を聞けるのに、この日に限っては重たい空気が溢れかえっていた。「拓さん。。。俺達の今までの血と汗と涙。この努力はムダだったのか?」 朝から夜遅くまで畜舎の掃除・消毒作業に明け暮れた一月あまり。この努力も虚しく、最終手段のワクチン接種が始まったからだ。 *(ワクチンを接種すると全て殺処分となる) 「確かに尾鈴からは一頭の牛も豚もいなくなってしまう。受け入れなくてはならない。この悔しさを力に変えて再建の原動力にしなくてどうする!」蔓延を止められなかった悔しさ・ワクチンになってしまった悔しさ。誰もが大泣きをした。この悔しさは現地で頑張った人間にしか分からない。 精も根も尽き果てた。今更政府を批判しても仕方がない。農家の人間模様は、今日まで仲良かった人達が口もきかなくなったり色々な意味で地獄。苦しい哀しい場面がたくさんあった。人の心・人との信頼関係・コミュニティもズタズタ 心の傷が癒えるのは果たしていつになるのだろうか? 国が有り余るほどのお金をあげたとしても、どの程度再起してくれるのか分からない。「こんなつらい思いをしなきゃならないなら、畜産から手を引く」そんな声も上がっている。ポンと背中を押したら崖から落ちて行くかのように、みんながギリギリの状態だ。夜になると電話もかかってくる。泣きながら話す。一時間が過ぎていく。何も言うことはできないが「うん。うん。」とただ話を聞く。これも政治家の役目の一つだ。人としての暖かさがない赤松大臣には、もう何も求めるものはない。諦めました。涙は枯れた。とっくの昔に枯れ果てた。毎日報告を受けるとドーンと落ち込んだり、それこそ種雄牛に出たときは声を上げて泣いた。でも今になったら新しい報告があっても驚きもしなくなってしまった。
休戦協定を結んで取り組んで欲しかった。与党には参考にもしてもらえなかったようだ。「野党はつらい。今程野党がつらいと思うことはない。つらくてつらくてたまらん。権力が欲しいんじゃない。野党の限界を今回思い知らされた」誠意を尽くせば国は動いてくれると思ったが。。。救いがないね ひとりでも多くの国民に「なにかがおかしい」という事実に目を覚ましていただきたい 日本の心をつたえる会 日心会
http://www.nippon-kokoro.com/ ウイルス性伝染病「口蹄疫」 口蹄疫事件に関し六月五日までに殺処分された牛豚は十四万〇五二六頭です。そして殺処分対象となっていて、まだ殺害していない牛豚は十三万一六六五頭。合計二七万二一九一頭が殺処分対象です。五日いちにちだけでも五四九八頭が殺処分されているのです。牛や豚にも人と同じいのちがあるのです。そのいのちが奪われています。 口蹄疫というのは、牛、水牛、山羊、羊、鹿、豚、猪、カモシカなどの偶蹄類の動物が感染するウイルス性の伝染病です。口蹄疫はその伝播力の高さや、子牛の死亡率(成牛のなるのは一%以下)などでおそれられている病気です。発見され次第、輸出も禁止です。国際獣疫事務所(OIE)リストで「A疾病」とされている法定伝染病です。 口蹄疫に感染すると、発熱、元気消失、多量のよだれなどがみられます。そして舌や口中、蹄(ひづめ)の付け根など、皮膚の軟らかい部分に水泡ができ、この水泡が破裂し、痛みで食物の摂取が出来ず、歩行が阻害され、乳収量や産肉量が減少、傷口から別な感染症をひきおこすこともあります。 10年前も発生 740頭処分で終息 日本では一〇年前の二〇〇〇年の春に、宮崎県と北海道でO型口蹄疫の発生がありました。このときは、時の総理の小渕内閣のもと、自民党農水族の一部である畜産議員が素早く対応し、政府は緊急対策費として百億円の予算を準備。「できる事は即時すべてやる」という方針で臨み、わずか二か月半で完全に終息し、現実の支出も三五億円で済みました。このとき屠殺処分された家畜の数は、わずか七四〇頭でした。今回の宮崎で起きた口蹄疫事件では民主党の政府がまるで動きません。中国政府が豚の殺処分をしていた三一日、日本では宮崎県児湯郡都濃町でそれらしい感染症状が確認されます。他方、最初の症例が発見された韓国では四月八日、九日、一〇日、一九日、二一日さらに二二日には韓国内陸部で新たに感染が確認され、この段階で日本はすでにレッドゾーンです。 四月九日、宮崎県都濃町で、新たに和牛一頭に、口腔のびらん状態が確認され、菌の確認作業が行っています。
四月二〇日、同じく都濃町で和牛三頭の感染が発見され口蹄疫確定しました。 宮崎県は、知事が先頭に立ち、即時、家畜伝染予防法に基づき、当該農家から半径一〇キロを家畜類の移動制限区域、半径二〇キロを搬出制限区域に指定、さらに消毒ポイントを設置して、必死の感染拡大阻止活動に入ります。 四月二三日に口蹄疫検疫実施を発令。 四月二五日、新たに四頭の感染が確認されます。この時点で、屠殺処分対象となった家畜は、一一〇八頭です。日本では過去一〇〇年間で最多数の発症です。 四月二七日、都濃町に隣接する児湯郡川南町の豚五頭に口蹄疫感染。豚は牛の千倍程度感染性が高く危機感が広がります。 四月二八日、自民党の谷垣総裁が現地に入り現場の状況を見て回るとともに、自民党本部内に「口蹄疫対策本部」を開設します。 この時点でも民主党は動きませんでした。 |

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