赤ワインも山から転げ落ちる

山屋です 今日もユークリッド星座を仰ぎ見つつ山野跋渉

日記

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08/20  火曜

08/20 火曜は曇りから雨に

本日も夏バテ継続中なので引きこもる。・・・
それと今日は奥様がアクティブに車で活躍するので、雨中での自分の行動は制限される。

ツドームで筋トレに・・・と用意してたら、強雨にとか、・・・結果、本日は午前も午後も引きこもり・・・。
筋としては、筋トレしたり、整形で理療したり、秀チャンでコンパス買ったり、スーパーで雑貨を買ったり、信金と打ち合わせたりなどなどあったのだが・・・
あ、思いだした、午前に車でイオン東苗穂のKALDIに行っていた。
赤ワインが無くなっていたので買い出しだ。
自分は貧乏なので高級ワインは買えないが、産地などでこれはそこそこ美味しいだろうとあたりをつけて買っている。
価格帯は1500〜1000円、昔のこの価格帯の海外ワインは輸送過程での劣化が激しく、なかなか好い物には出合わなかった。

奥様の用事が16時半に終わったので、雨中に銭湯へ行く。
体重 61.15キロ ・・・・食っちゃ寝の成果。

過去にGMOのfreeMLの関係で、間歇的にだがそちらにブログを開いていた。
今次、2019年11月でGMOのサービスが終了するというので、自分なりの過去の記憶として転載して保存しておく。

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日米の核持ち込み「密約」

2010/03/11 21:50
「有識者」委員会だかによる標記「密約」のチェック結果が出ています。

これを評価する意見もあれば、評価に値しないとか、逆に「新たな国民欺瞞の始まりだ」として全面否定する意見もあります。
しかし、ただ一つ明確な事実(歴史的にも)は、日本はやはり米国の属国、植民地、軍事的占領下であったということ(その再確認)でしょう。
核持ち込みの現実と「非核三原則」が齟齬をきたすごとに、密約の文章があろうが無かろうが、歴代の政府、統治者は、米国から「それは約束と違うだろー!?」と糾弾されるや、ハイハイそうでございますかと、踝をそろえて米国(より正しくは日本担当窓口)の言いなりになって、核持ち込みを黙認する立場に立ち返ったのでした。
ご主人様の言うとおりに振舞うのが属国、傀儡政府の理想形であるとするなら、日本は正しく属国でしょう。それも、過去形であるよりは現在進行形で。

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核密約 歴代首相ら黙認 外務省極秘メモ公開
2010年3月10日1時16分

 岡田克也外相は9日、日米の密約に関する外務省調査結果と有識者委員会の検証報告書を公表した。併せて公開された機密文書から、政府が1968年に核兵器搭載の疑いのある米艦船の寄港・通過を黙認する立場を固め、その後の歴代首相や外相らも了承していたことが判明。寄港の可能性を知りながら、「事前協議がないので核搭載艦船の寄港はない」と虚偽の政府答弁を繰り返していた。非核三原則は佐藤栄作首相の67年の表明直後から空洞化していたことになる。見つからなかった重要文書も多く、有識者委は破棄の可能性など経緯調査の必要を指摘した。

 調査対象となったのは、四つの密約。60年の日米安保条約改定時の核持ち込み密約は、核搭載艦船の寄港・通過は核「持ち込み」の際に必要な事前協議の対象外とするもので、米側が主張したが、日本政府は国会答弁などで存在を否定。こうした艦船の寄港・通過はない、との説明も繰り返してきた。

 ところが、今回の調査で、68年1月27日付の東郷文彦北米局長による極秘メモが外務省の執務室から見つかった。前日にジョンソン駐日米大使に持ち込みの米側解釈を伝えられたやりとりを詳述。「政治的、軍事的に動きのつかない問題」と位置づけ、日本としては「現在の立場を続けるの他なし」と言及。表向きは核搭載艦船の寄港を認めない姿勢を示しつつ、米側解釈に異を唱えず、寄港を黙認する方針が示されていた。

 この文書は歴代首相や外相への説明に用いられており、余白には当時の佐藤首相が読んだことや、田中角栄、中曽根康弘、竹下登の各氏らが首相在任時に説明を受けたことを示す記載がある。また、添付された89年のメモには、首相就任直後の海部俊樹氏に説明したと記されている。

 核持ち込みをめぐり、密約の根拠とされ、政府が存在を否定していた安保条約改定時の「討議記録」の写しも見つかった。有識者委はこの文書だけでは寄港が持ち込みに当たるかはっきりせず、「密約の証拠とは言えない」とする一方、問題を意図的に回避し、「暗黙の合意による広義の密約があった」とした。

 有識者委は寄港・通過をめぐり政府が虚偽の答弁を続けてきたことについて、「うそを含む不正直な対応に終始した」と批判。岡田氏も9日の会見で、「これほどの長期間にわたり、国会、国民に対して明かされてこなかったことは極めて遺憾」と述べた。

 朝鮮半島有事の際に、在日米軍が事前協議なしに出撃できるとの密約についても、根拠とされてきた非公開の議事録の写しが見つかり、有識者委は「密約」と位置づけた。

 沖縄返還後の核再持ち込み密約では、昨年末、佐藤元首相の遺族宅から佐藤氏とニクソン米大統領の署名入り合意議事録が見つかった。だが、有識者委は69年11月の両首脳の共同声明の内容を大きく超える秘密の合意はなかったなどとして、「密約とは言えない」とした。政府内で引き継ぎがなく、佐藤内閣後の拘束力もないとした。

 沖縄返還時の原状回復費の肩代わり密約では、有識者委は肩代わりはあったと認定。根拠とされた吉野文六アメリカ局長が米側と交わした文書は見つからなかったが、広義の密約にあたるとした。

 今回の調査では大量の文書が見つかり、公開された関連文書は5千ページを超える。半面、署名入りの「討議記録」やあるはずの会談記録などが見つからなかった。有識者委は核持ち込みについても「解明できないところが残った」と指摘、文書の「不自然な欠落が見られるのは遺憾」などとした。(倉重奈苗)

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08/19  月曜

08/19 月曜も 晴れ そこそこ暑くなりそう・・・夏バテ中なのに。

午前中、なんとか家でゴロゴロしていたが次第に耐え難くなってきた。
昼前に朝里の「湯の華」へ逃避行に。
とりあへず前田森林公園へ行って、歩いて一周散歩。
昼過ぎに下道で朝里に向かうが、なんだか仕事で走っていた昔よりも混んでいる感じで、かなり時間がかかった、・・・いつもはここは高速ばかり使っている。

湯の華 は¥650- に レンタルタオルセットで、先に休憩室でまったりとする。
もう13時だったので、具沢山なあんかけ焼きそばを食べつつ日経紙を読み、続いて先週にも読んでいた「聖樹のパン」を最終のvol.7まで読む。・・・・なんだか勝負事にするために有り得ない設定の誘拐監禁事件を持ち込んでしまって興ざめに・・・。

お風呂はゆったりと入れた・・・先週と浴室が異なり、先週の男湯には無かった立湯のジャグジーがあった。
自分は寝湯に。

お風呂から出てから再び休憩室でコミック 「約束のネバーランド」を2巻まで読む。
以前から気になっていたコミックだが、スケールの大きな話で先が楽しみとなる。
オヤツ代わりに頼んだ枝豆だったが、量が多過ぎ、かつありがちだが固くてあまり食べられなかった・・・袋に入れて持ち帰る。
気付くと17時近かったので、慌てて帰宅。
朝里インターから札幌西まで高速で15分だったが、そこから家までは40分近くかかった・・・まぁ帰宅ラッシュだし・・・。

08/18 日曜  岩内岳

8月18日は家族でニセコ・岩内岳、自分は夏冬初登頂に。 

思い起こせばウン十年前、五色温泉からニト・チセ・目国内を縦走しての岩内岳プロジェクトだったのだが、吹雪とガスで五色温泉にも辿りつけず、已む無く計画を反転させて岩内に転進。
でもって吹雪の中を岩内スキー場を登ってゆくと、地吹雪の中から突如としてゴジラの如き凶暴なライトを点灯したピステンが下りてきて、危うくスキー場で交通事故になるところ・・・これはもう無理と下山したのは賢明と言うよりは遅きに失してと・・・ということで、岩内岳初登頂の記。

家族で山に行くとなるとその出が遅くなる、これはもう我が家のデフォで・・。
ということで、いわない温泉エリアの「円山」の南、親切にも岩内岳登山口駐車場と看板まで出してくださった岩内町には座布団一枚・・・の駐車場を出たのは、9時55分に。

夏山に出かける前に「夏山ガイド」の記述をチェックぐらいしておくのは蝦夷地の正しい登山者のアルファベット・・・・当家のそれは2013年版。
それによるとスキー場のセンターヒュッテの駐車場から出て、リフト跡沿いに登るとありましたが、実は先週に登山したグループの記録を読んで、どうも現在は登山口が違うらしいとは感じていた。
でもっての本番、・・・センターヒユッテへの道路は施錠されていたので、地理院25000図で歩道破線のある、その先のエリアに進むと、上記のように「岩内岳」登山者を厚遇してくれる標識多数で、専用駐車場まであるという至れり尽くせり・・・ま、草だらけだったし傾斜していてスライドドア閉めにくかったとか、そういうのはいわゆる誤差範囲。

この駐車場は「いわないリゾート キャンプ場」のセンター的建物の至近で、本来的な西寄りの登山道破線とは200Mほども離れている。
イメージ 1

 ので、駐車場から50M上がって入林届けのボックスがあり、
イメージ 2

そこから長短3度の西へのトラバース歩道を経て本来らしき登山道に辿りついたのも当然か。

笹刈りも丁寧な登山道だが、本日はいかんせん蒸し暑い・・過去の30℃オーバーじゃないのが救いだが、風が止っているし陽射しも当たるしで出だしから汗まみれ・・。
イメージ 3

 そこに奥様からラインギリギリを狙ったリターンが・・・「スマホ落としたかも・・」!!
とやか言うのは帰ってからということで(そうして帰ったらだいたいは記憶が欠落しているし)、先に進むように懇願し(ええ、誤植じゃありません、ほっとくとズーッと待っていたりするのです・・)、自分は落とされた(かも知れない)スマホを拾いに登山口近くまでダッシュ。
幸いに、拾ったばかりで見た目に如何にも「どーしょーか??」といった風情の青年が持っていてくれた、ありがとうー!♪
(上から探しに行くと葉などに隠されて発見しにくいので、折り返しの登りでの再捜査を覚悟していたのヨ)

そのスマホを持って登ってゆくが、自分の見当では3.5号付近で追い付くと想定・・・んがっ!、追い付いたのはリフト跡鉄塔の二合目からさほど遠くない2.5合目付近・・・あんたら、なにチンタラ歩いてんだっ!?という罵倒は喉の奥に仕舞いこむ・・・先は長いのだ。
二合目
イメージ 4

あっと、そういえば自分は本日はカメラ無しだった・・・先週に気付いたのだが、どうやらレンズの光軸が傾いてしまったらしく(画像に影が入り、地平線が丸くなり、ピント合わせに時間がかかったりピントが合わなかったり・・)、購入店に修理依頼中。(CANONのチープデジカメで6月に買ったばかりなのだが)
ということで、ここで自分は奥様のカメラ兼用スマホを委託される。

それにしても蒸し暑いのには閉口だが、4合目付近からの木陰の連続は大助かりだった。たいした風も無いのに、湿った地肌からなにやらヒンヤリとした精霊でも授かっているかのような感触で、たいへんに救われた。

五合目付近で、早朝から登ったらしい下山者さんとすれ違う・・・が、記憶の良い(こんな時だけ)奥様が一目で喝破!
所属していた山岳会で同じ釜の飯を食った同志夫婦だ。
豊満なメガネ美人さんにはあたしも目をつけていたのに、このムッツリスケベっ!!
と罵ってみた旦那は、思い起こせば、かのニセコ〜岩内縦走敗退時のパートナーだった、・・・これを世間では「因果応報」と呼ぶ、・・・ちょっと違う??
・・・「人を呪わば穴二つ」?? いやいや・・・やんかた無い怒りは、今は人妻のかの奥様に「少しお太りになられましたか?」と言って矛を収めた・・・なんまんだぶ・・

6合目で廃リフト終点になり(770M)、
イメージ 5

これまでの「普通」な登山道から一変。
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 「松風回廊」なんてネーミングの岩だらけのセクションを過ぎ、登山道は狭い尾根の上をひたすら辿る。
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 7合目、8合目を過ぎたら吹きっ曝しの・・つまり、陽光に照らされ続ける地獄を覚悟していたのだが、そういうのは一部で、だいたいは山頂まで木陰がガードしてくれていた、・・・人徳だろう、きっと。
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8合目付近
イメージ 9 

イメージ 10

 9合目は吹き曝しの岩場・・・ここまでだいたいグリーンがあったのに??と思ったが、どうやらこの雰囲気、植生の欠如は、周氷河地形的なソリフラクションなのかと考えて納得、・・・別に山体中に氷体が眠っているとかでは無く、厳しい気象条件下で一種の「山岳」ツンドラ状態なのかと。
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9合目で
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自分はスパイク長靴での靴ズレを予知感知して、大手を振ってひっくり返って全面昼寝・・あー気持ちいいー・・ちょっと太陽が暑いけど・・・そのままここに居たかったけど、踵にカットバンを張ったら歩けたので仕方なくピークへ。

岩内岳山頂 13:25
イメージ 13

ニセコ山系にガスがはびこっているものの、泊原発から雷電・目国内まで見えるのでOKだ。
イメージ 14

 休んでいると雷電方面から帰還のご夫婦が・・・足元は湿原での苦闘を物語って「歴戦の勇士」のようだ。
それを見ていて、20年ほど前に小樽のjinnoさんに連れられてパンケメクンナイ川を登ったことが思い出された・・・源頭湿原も良かったが、目国内岳山頂での岩とのスキンシップが懐かしいのだ。

下りは、高齢のマイ奥様を労わりつつとなる。
そもそもがこの登り調子は、逃げ足の速い自分が奥様だったならば絶対に引き返していたものだ。
それを行ってしまったのは、奥さまの根性というか、無謀というか、アシストのお陰というか・・・。

その奥様は下山中途、スリップしたりふくらはぎが攣ったりしたものの、ぶつぶつ文句を垂れるだけの気力を残してゴールイン。
下に降りるにつれて歩きやすく、ゆったりになるコースって好いなぁーと思う。(ちょっと滑りやすかったけど)

駐車場は15時40分 着   コースタイムはスーパーゆったり。 

ダニ検査も兼ねての入浴は至近の「おかえりなさい」にて、¥800-。
https://www.iwanai-okaeri.com/

明日は月曜なのだが、宿泊客が次々と現れる盛況ぶりに、「俺は一仕事終わって汗流しに寄ったのに この混み方はナンダっ!」と怒れるオジサンが居たので、「夏休み最後の日曜なんだから仕方ないですよ まぁまぁ・・」と、意味不明になだめる。
半地下のぬるい岩風呂はナゴミました。

それにしても岩内岳、あまり身辺で話を聞くことが無かったので舐めていた。
こんなにスッキリと登れて、秋の紅葉が楽しめそうで、そばにはお湯があって、高速道路が余市までつながったので、低ストレスで札幌から1時間45分で到着できる好いお山とは・・・是非、時期を変えて(暑くない日に)再訪したい。 

夕食は手抜きで「とんでん」で・・・デザートにスイーツを二つ頼んだが、ペロリと消えた。

「聖樹のパン」

朝里川温泉の「湯の華」の休憩室で読んだ「聖樹のパン」が良かったので、帰宅後にkoboで読んだ。
自分好みのウンチク漫画に、フワッとしたお色気と人情話の絡まりはまぁ定番。
でもって舞台は小樽と北海道各地で、北海道の食材を使うネタになっている。
ただ、読み込んで少し後悔したのは、ウンチクの密度が高すぎた・・・ここまで濃いウンチクには付き合えない感じ・・
イメージ 1

もうちょっと分析的に見ると、単に説明文が文字が多すぎると言うだけのことかもしれない。
漫画として、絵やコマ割りで上手く説明できていないということか・・・他の有名ウンチク漫画に比して。

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